第27話 気になるあの子と懐かしいあの子
入学式を祝いうために咲き誇る桜の季節と、ゴールデンウィークという休みを抜け、五月病によって少しふわふわした空気を過ぎ、中間テストと総体予選という一転して気の引き締まるイベントをも終えて迎えるは6月。
夏至に向けて徐々にピークを迎える太陽の輝く時間の長さと、その長さに比例していくように上がり始める気温を、梅雨という雨が抑えてくれるようにしとしとと降り注ぐ季節。
1年を通して唯一祝日の存在しないこの月は、雨が多い季節というのも相まって嫌う人も多いのではないでしょうか。低気圧に弱い人や、髪の毛に癖がある人にとってはなおのこと辛い季節でしょう。
ですが私にとってはこの季節はとても大好きな時期のひとつです。
今日も今日とて、梅雨の時期という名に違わずしとしとと雨を降らす朝に、私はいつも通り屋上にて鼻歌を歌いながら視界を下に向けていきます。え?雨に濡れないのか、ですか?透過すれば大丈夫なんです。幽霊特権ですね。
そんな唯一無二の特典を行使しながら見下ろす世界には、色とりどりの円盤がまばらに校舎へと吸い込まれていきます。
大きいものもあれば小さいものもあり、1色だけのものもあれば水玉や縞模様のもの、透明なものにキャラもののものと、バラエティに富んだその光景はまるで、人工の花が咲き誇っているようにも見えます。
目を閉じれば、その花の景色が消える代わりに鼓膜を打つ、水たまりを歩く音と、傘を叩く雨の音。
パラパラと。ピチピチと。どこか心地よくて落ち着く水音の合唱は、私の心を沢山楽しませてくれます。
雨の香りと水の音、生徒の喧騒……その何もかもがとても好きで、やっぱり私にとって6月は絶対に必要な時期だなぁと、改めて思わせてくれます。
私の名前の
「ふふ、もっと降ってくれてもいいんですよ〜……とは言ってみたものの、これで悩む人が増えちゃったら本末転倒ですよね。う〜ん……難しい……」
自分の好みが少数派であることを自覚しているからこそ、下手にこの発言をしてしまえば、それはそれで波風を立ててしまいかねないと言う葛藤を抱えながらも、それでもこの時間が好きな私は鼻歌を歌いながら登校中の皆さんを見守ります。
「今日も一日、素敵な日になりますように〜」
☆
「うう〜、雨の日嫌い〜……早く梅雨明けろ〜……」
「はいはい、そんなに暴れないの。髪がセットできないでしょ」
「ごめんなさい〜……」
雨が降りしきる中、傘をさしながら学校に到着して自分のクラスである1年D組に入った私は、席に着きながら鏡を確認すると、そこには湿気のせいで少し乱れてしまっている私の髪型。
朝はちゃんとセットしたはずなのに、気づけば乱れてしまっているのはテンション的にはダダ下がり。
別にオシャレにとても気を使っているという訳では無いけど、整った身だしなみはしておきたい。汚いだとか不潔だとかはもちろん、みっともないとかもできれば避けたい以上、清潔さは保っておきたいのに、梅雨の時期はその最低限すら達成しづらいからやっぱり嫌いだ。
けど、こうして大好きな親友に髪を整えてもらっている時間は嫌いじゃない。むしろ大好きだ。
今日も朝から崩れた髪を前に項垂れている私を見た親友は、櫛を持ってきて私の髪を整えてくれている。特に何かを頼んだ訳じゃないのに、自然とこうやってくれるのが本当に嬉しくて頼もしい。
「カオちゃん〜、ありがと〜」
「はい、どういたしまして」
「だいすき〜」
「はいはい、あたしもよ〜」
「結婚して〜」
「機会があればぜひ〜」
「それしないやつじゃん!!」
「動かないの」
「は〜い」
中身のまるでない、感謝の言葉以外本当に意味の無い会話。だけど、それをできる関係性が築けているという事実が心地いい。
髪の毛を通る櫛の感覚に浸ること数分。思わず眠ってしまいそうなくらい気持ちいい時間を作り出してくれたカオちゃんは、整え終えた私の髪を軽くポンポンと叩きながら声をかけてくれる。
「はい、終わったわよ。一応確認しておいてね」
「は〜い」
カオちゃんからの合図を受け取った私は、カバンの中から鏡を取り出して自分の姿をチェックすると、そこにはいつも通り……ううん、なんならいつもよりも少しツヤが乗っているように見える、整われた綺麗な髪型にセットされた私の姿。
「わぁ……ありがと〜カオちゃん。やっぱり上手だよね〜……羨ましい」
「そうなのかしら?あたし自身はあまり実感わかないのよねぇ……特別なにかをしているって訳じゃないのだけど……」
「実家のカフェを手伝っているからとか?」
「カフェと髪の何処に関係性があるのよ……」
「ほら、ドリンク準備とか料理作っているうちに手先が器用になったとか!」
「それだけで上手くなるのなら、世の中の主婦はみんな床屋になれるわね。っていうか、そういう蘭だってお菓子作り得意じゃない。ただの料理好きよりもよっぽど器用じゃないと作れないわよ?」
「そうだった……じゃあ、私にその手の才能はない、ってこと……?」
整われた姿に満足のいった私は、まだ朝礼まで時間があるのでそのままカオちゃんとの雑談へ移行。
目的もなく、ただ頭の中に浮かんだ言葉をノータイムで口にするだけのなんでもない時間。
きっとこれから行われるホームルームが終わってしまえば、この時何を話していたのかなんて日常に埋もれて忘れてしまうのだろう。その程度の、なんてことのない軽い言葉。けどそのやり取りがとても心地よくて、こういうことをカオちゃんとやり取りしているだけで、『ああ、安心する日常だなぁ』と強く感じてしまうのは、なんだかカオちゃんとの付き合いの長さと強さを感じられてちょっと嬉しい。
「……て、あれ?」
と、ここまで話しておいて、教室の周りに視線を向けてみる。
ホームルームの時間が近づいていることもあって、徐々に騒がしくなってきた教室にはたくさんの声が溢れ始めました。
友人と顔を合わせたことに喜びの声をあげるもの。梅雨の時期に対しての不満を言い合うもの。スマホの画面を片手に、季節限定物の話で盛り上がるもの。
教室の至る所で巻き起こるたくさんの会話が渦巻く中、私の視線はそのうちの一つに固定されていました。
「……はぁ」
それは、こんな賑やかな教室の中で響くひとつのため息。
誰かしらとグループを作って楽しそうに笑いあっているのが普通の教室の中で、1人っきりで溜息をつきながら目の前の紙に視線を落とす姿はとても寂しそうで、私の目にはかなり浮いているように写ってしまいました。
(一体何に悩んでいるんだろう……?)
落ち込んでいるように見えることと、手元の紙を見つめてしきりについているため息を見るに、なにかに悩んでいそうという予想は立てられるものの、ここからでは紙の内容は確認できないので、その悩みの内容を感じ取ることはできません。
普段なら特に意識することなくスルーしてしまう場面。だけど、今日だけはどうもその姿を見過ごすことができなかった。
なんだか、放っておいたらダメな気がして。
「ん?蘭、どうかしたの?」
「あ、ううん。ちょっと気になった人が━━」
「おいおいどうしたんだよお前〜、そんな辛気臭い顔をしてよ〜」
なんて声をかけようとしたら、私と彼の間を遮るように何人かの男子グループの影が挟まり、そのまま彼らの声が周りの雑談に紛れて聞こえなくなってしまった。
一応声が聞き取れなくても、行動だけは何となく見えたので観察していると、どうやらいじめとかではなく、純粋に彼らもあの人が難しい顔をしているのが気になったから声をかけただけで、別に友達という訳では無く、声をかけられた本人も慌てた首を振りながら、抱えていた紙を慌てて鞄に突っ込んでいた。
「な、なんでもないよ。気にしないで。あはは」
「お〜、そうか〜。なら良かったぜ〜」
「ん、もう時間か……それじゃあ蘭、また休み時間ね」
「あ、うん!」
そのまま2人のやり取りは終了し、同時に響く朝のチャイム。
悩んでいた人に話しかけていた人も自分の席に戻り、担任の先生も入室することによって、もう私語を続けるような空気ではなくなったので、私もおとなしく先生のあいさつに耳を傾けます。
けど……
「はぁ……」
(まだ落ち込んでる……本当に何があったんだろう……)
先生の話は、いまだに頭を抱えながらため息をついている彼のせいで全く耳に入ってこず、その姿がずっと目に焼き付いて離れることはなかった。
☆
「ねぇ、そんなに気になるの?」
「え?」
意識を取られ続けたホームルームから時間が経って、2時間目の授業が終わった休み時間。
次の授業が移動教室であるため、休憩時間を取ると同時に、移動するための準備をしていると、私の元に歩いてくるカオちゃんの影。
既に準備を終えたらしく、腕に次の授業である科学の教科書やノートを抱えた親友は、少しだけ疑問に歪んだ表情を浮かばせながら私の方に歩いてきます。けど、その疑問の理由が分からない私は、思わず気の抜けた返事で言葉を返してしまいます。
振り返ってみればちょっと間抜けなその言葉に少しだけ恥ずかしさを感じはしたけど、親友はそんな事露も気にせず次の言葉を投げてきました。
「あんた、朝のホームルームの時から隙あらばあの子のこと見てるんだけど……」
「……え!?そんなに見てたの!?」
「うそ、無意識だったの……?」
「あ、あはは……全く身に覚えがないや」
カオちゃんに言われて初めて気づく衝撃の事実。
私の自認ではちゃんと授業を受けているつもりだったし、現に自分がとったノートを振り返ってみても、記入漏れはもちろんのこと、他のことに気が取れらたことによる文字のぶれなんかもひとつも無いから、てっきり真面目に授業を受けられていたと思っていたのだけど、どうやら傍から見たら全然ちがったみたいで。
「先生もかなり物珍しそうにしてたわよ。注意こそしてなかったけど、蘭が集中しきっていないのが珍しいものね」
「うわ〜、先生にも見つかってたんだ……」
「あたしと先生以外は気づいていないみたいだけどね。それにしても、普段の成績が良くてよかったわね。だからちょっとくらいは見逃してもらえるだろうけど……あまり続くようだと、さすがに何か言われるかもしれないから注意しなさいよ?」
「は〜い……」
カオちゃんに注意を受けながらも準備を終えた私たちは、そのまま次の授業場所である科学室へ移動しながら話を続けます。
「じゃあもしかして、先生は私が何を見ていたのかも気づいてるのかなぁ?」
「そこまでは気づいていないと思うわよ?違和感を感じたのは他所を向いていたからが理由じゃなくて、どこか集中していないなって言うソワソワした姿からだから、何に気を取られているかまでは分からないと思うわ」
「ほっ、なら良かった……のかな?」
「そこで疑問形になられても……」
「っていうか、なんでカオちゃんはわかったの!?」
「朝イチの出来事を知ってたら誰でも察するでしょうに」
「あ、そっか……」
いつも一緒にいて、いつもお互いのことをしっかり見てるからこそ気づかれた今回の私の行動。
むしろ、私がある一人の人間に夢中……?になっているということを他の人にバレていなくて本当に良かったと、心の中でほっと一息。これで他の人にも気づかれていたら、変な噂が起きかねないからね。
私自身は別に気にしないんだけど、相手の方に迷惑がかかりそうで、そういうのはちょっと得意ではないんだよね……。
「はぁ、とりあえずはちょっと注意しなきゃなぁ……」
「そうよ?蘭ってば、結構抜けてるところあるんだから」
「そ、そんなことな……あ」
カオちゃんからの指摘に反論しようとして、ここに来てようやく今抱えているものの重量のなさに違和感を感じた私は、そっと腕の中に視線を落とします。するとそこには教科書と筆箱しか抱えていない腕があり、授業の内容をまとめるための大切なノートがかけていました。
「……」
「ほら言わんこっちゃない」
「……はい、ごめんなさい。すぐにノートを取りに戻ります……」
「道は━━」
「もうさすがに大丈夫だから!!」
カオちゃんからの呆れた視線から逃げるように引き返した私は、ため息を零しながら足を動かしていきます。
「はぁ、でも本当にちゃんとしなきゃ」
その道中で軽く頬を叩いて意識を切り替えます。せめて他の人に心配をかけないくらいにはしっかりしないといけませんから。
「さて、さっさとノートを回収して授業を……ってあれ?」
気を引き締め直したところで、ちゃちゃっと行動をしようと私の教室まで急いで戻ると、そこには未だに移動していない生徒がひとり残っていました。
最初は私と同じ忘れ物をした人なのかなと思いましたが、その人は机の上に突っ伏しており、動いている姿がありませんでした。どうやら眠っているようで、単純に次が移動授業だということに気づいていないようで。
「あなたは……」
そしてそれ以上に気になったのは、その突っ伏している生徒というのが、朝から私の意識を奪っているあの生徒だったから。
そんな机に突っ伏している彼の体が徐々に右にずれていき……
「「危ない!!」」
そんな不自然な動きに反応して
「「え?」」
自分1人しかいないと思っていたのに、突如伸びた第3者の物(やわらかそうなクッション)を前に、思わず驚いた声をあげる私。
どうやら相手も同じ気持ちだったらしく、またもや声をそろえることとなったその人物がお互い気になった私たちは、ゆっくりとその視線を合わせます。
「あなたは……」
そこに居たのは、淡い紫色の髪と桜色の瞳が特徴的で、どこか懐かしさを感じる可愛らしい少女でした。