整った顔に、私よりも小さい身長、そして何より私の着ている紺のブレザーの色違いである純白のブレザーを着た謎の少女。
この学校に制服を改造していいという校則はないため、明らかにダメなもののはずなのに、何故かとてもそれが似合っていて、それ以上に強く感じる懐かしさのせいで、胸から何かが込み上げてきそうな感覚に襲われた私は、色んな感情を載せた声を出そうとしました。
「う、うぅ……」
「「っ!?」」
が、そんな私を止めるひとつの呻き声。
その声の発生源に慌てて顔を向ければ、そこには今しがた私たちが受け止めた男子生徒がおり、机から落ちた影響で顔が見えるようになったことにより、赤く、滝のように汗を流している姿が確認できました。
どう見たってただ事ではないその表情を前に、私はハンカチで汗をぬぐいながら、額にそっと手を当てます。
「熱い……これ、すごい熱が出てます……!!」
「急いで保健室に運びましょう!!道案内は私がしますので、後ろをついてきてください!!」
「は、はい!!」
急に倒れた生徒が熱を持っていることが分かったとたん、すぐさま教室の扉を開けて、私の動線の確保をしてくれました。その行動の速さに少しびっくりしちゃったものの、それ以上に今も抱えている男子生徒の体調が心配すぎて、行動するのを優先させます。
「でも、私に運び込むだけの力は……」
とはいえ私は女性で、運ぶ対象は男性。私自身そこまで力があるわけでもなければ、私の体格も恵まれている方ではありません。ここから保健室までの距離を憶えていないので何とも言えないですけど、少なくとも教室と同じ階層に保健室はなかったことを記憶しています。
階層をまたぐとなると階段を行く必要があるので、そうなると私ひとりで運ぶのは至難の業なのですが……
「安心してください。前もってシーツを借りているので、そのシーツを引っ張ってもらえればそれで十分です」
「え?」
出会ったばかりの女性の声を聴いて、倒れていた生徒の方に目を向ければ、そこにはなぜかハンモックのような形に伸びているシーツにくるまれて宙に浮かぶ男子生徒の姿。
およそ現実とは思えないその光景に思わず声を上げそうになるのをぐっとこらえた私は、今は驚いている時間も惜しいと考えて頷き、ハンモックの端を掴んで移動。前を走る小さな女子生徒を追いかけ、必死に足を動かしていきます。
私の事前知識の通り、今いる階とは別の階にある保健室へ向かうため、階段を全力で駆け下りながら前を走る生徒についていきます。
自分よりも小さな体なのに危なげなく先を走るその姿は、どこか親近感というか、懐かしさというか、見たことのあるような気がし、思わず首をかしげてしまいたくなる気持ちが膨らんできた。
(どうしよう、今凄く声をかけたい……)
今私の後ろには、苦しそうな表情を浮かべながら呼吸を荒らげる男子生徒がいます。この方がいる以上、優先事項はこの人の保健室への運搬なのですが、その優先事項を変えてしまいたくなるくらいには、目の前の生徒に心を奪われるほど掻き乱されていました。
(先輩……なのかな?あなたは一体……誰なんですか?)
初対面のはずだ。だってこんなにインパクトのある見た目、1度見たら絶対に忘れないから。けど、私の記憶のどこを探してもいないはずなのに、ずっと心のどこかに引っかかって気持ち悪い感覚がずっと残っている。
解消したいのに、そのための発言ができない。そんなモヤモヤしたことに脳を支配されていたせいか、自分が今どこにいるのかを判断することができず……
「さぁ着きましたよ。保健の先生は残念ながら不在のようなので、とりあえずはベッドのところまで移動させましょう。他の利用者もいないようですし、このままで大丈夫そうですね」
「え?」
目の前の女生徒の声にハッとなって周りを見てみれば、そこはもう保健室の入口で、一足先に中に入っていた彼女がこちらに向けて最後の案内をしているところでした。
「蘭さん?どうかしました?」
「あ、いえ!!なんでもないです!!すぐに運びますね!!」
いつの間にか物事が進んでいることにようやく追いついた私の脳は、とにかく今の最優先事項であるこの男子生徒を休ませるため、シーツを引っ張ってベッドの方へと連れていきます。
最初からシーツでくるんで運んでいたこともあって、ベッドに到着してしまえばそこからの運搬は特に必要なく、シーツごとベッドの上に下ろすだけで休ませるという目標は達成です。あとは汗で体を冷やさないように軽く額を拭いて、小さな氷嚢をタオルで包んだ後に額に乗せて、布団をかけてひとまずの処置は完了。保健の先生がいない以上、素人である私たちが出来ることはほとんど無いので、あとは待つだけとなりました。
キーンコーンカーンコーン。
「あ、チャイム……」
と、ようやく一息つけると言ったところで響き渡るチャイム音。
それは次の授業の始まりの合図であり、同時に私が授業への遅刻が確定したことを知らせるものでした。
「蘭さん、授業の方へは行かなくて大丈夫なんですか?」
その知らせと同時に私の声をかけてくれた女生徒は、次の授業に関する心配の質問を投げかけてくれました。自分だって授業に遅れているのに、そんなことを表にも出さずに私の心配をしてくれていることに温かさを感じながら、私はゆっくり返答をします。
「ここまで関わったのなら、最後まで責任を持ってかかわらせてください。ここで離れちゃうと、授業中も気になって集中できなさそうですから……それに、私方向音痴なので、1人だと到着できるか怪しくて……」
「……ふふふ」
「ちょ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!!」
真面目かと思いきや、後半で全てが台無しな私の返答を聞いた目の前の女性は、一瞬呆気にとられたかのような表情を浮かべた後に、その表情を崩してくすくすと笑います。その様に見とれながらも、恥ずかしさが僅かに勝った私は、抗議するかのように反論をします。
「ご、ごめんなさい。そういえばあなたはそういう人でしたね〜」
「……え?」
「いえ、なんでもありません。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は幽花彩姫と言います。おろしくお願いしますね、鈴音蘭さん」
「は、はい……あれ、私の名前……」
かと思えば、返ってきたのはまるで最初から私のことを知っているかのような挨拶。それも、名前だけでなく私が方向音痴であるという情報までも知っている様子で、とても不思議な感覚を受けました。
喋ったことが無いはずの相手から伝えられる私の個人情報。それは、普通にしていれば恐怖を覚えかねない体験のはずなのに、彩姫先輩(1年には絶対にこの人はいなかったので多分先輩だろうと仮定してこう呼ぶ)から言われた瞬間私を襲ったのは、とてつもなく暖かく、そして優しい安心感でした。
「生徒会のお仕事を手伝う機会がありまして、その時に1年生の名簿は確認してたので覚えているんですよ。これでも記憶力に自身はありますからね〜。それに、蘭さんは入学式に代表挨拶もしていましたから〜」
次々と襲いかかる予想外の感覚についていけず、戸惑いがどんどん募っていく私に気づくことなく、彩姫先輩は次々と言葉を紡いでいきます。
せめて言葉を聞き逃すことはないようにと、しっかり言葉は飲み込んではいるものの、正直返事をするほどの余裕はありません。結果、私から漏れる言葉は少し上の空なそれで。
「あ、ありがとうございます……?」
「ふふ、なんで疑問形なんですか?」
「え、えと……なんででしょう?」
混乱しまくって返答ができないし、頭も全然まとまらない。
どうにかして落ち着きたいのに、それすらもできない。
(なんでもいいから1回リセットさせて〜!!助けてカオちゃん〜!!)
情報過多で軽いパニックになりそうな脳内であわあわしている私は、脳内にイマジナリーカオちゃんを作ろうとし、しかしここでそんな私に救いの手を差し伸べるかのような割り込みが入りました。
「う、うぅ……ん……」
「「っ!?」」
それはここまで運んできた男子生徒の呻き声。
まだ目を覚ましてこそいないものの、最初見た時と比べたら少し汗は落ち着き、表情も穏やかになっているように見受けられます。すぐに目を覚ますことはないでしょうけど、少なくとも大事には至らなさそうだなという印象は受けました。とはいえ、あくまでこれは素人意見だから、やっぱり早く保健の先生には見てもらいたいですが。
「ひとまずは大丈夫そうですけど……早く診てもらいたいですね〜……」
彩姫先輩も同じ感想を抱いていたいみたいで、私が思っていたことをそのまま発言してくれた先輩に頷きながら、同時にここまで来てようやくとある疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば私、この人の名前知らないかも……」
「え?」
それはこの人の名前。
なんだかんだで入学してもう2ヶ月以上たって、教室内でもそれなりに仲のいいグループが形成されつつあり、入学式当初のようなよそよそしい緊張した空間はだいぶ薄れています。そうなれば、『あの人はよくあの塊にいるなぁ』とか、『この人はこのグループでこういう立場だなぁ』なんてものが何となく見えてきます。
ですが、私はこの人が誰かと一緒にいて話していたところを見た記憶がありません。
いつも独りで過ごし、登校はいつもギリギリで、放課後は誰よりも早く帰宅しており、授業と休憩時間は寝て過ごしている。
それはある意味で目立つ行為ではあるものの、友人でない以上わざわ声をかけるほどでもなく、抱く感想は総じて『不真面目』の一言だけでそれ以上でもそれ以下でもありません。故にクラスの誰からも気にされない存在で、だからこそ私も彼のことを全く知りません。
「彼の名前は
「え?」
だからこそ、クラスメイトですらない彩姫先輩から、スっと彼の名前が出てきたことに驚きを隠せません。
生徒会の手伝いを下から名簿には目を通していると言われても、それはあくまでも名前を見ただけであり、顔を見ていない以上2つの情報を結びつけるのは不可能なはず。なのにこうも簡単に情報が出てきている辺り、もしかしたら彩姫先輩はこの学校全員の情報を把握しているのかもしれません。
「とはいえ、私が知っている情報は名前と学年くらいなんですよね……蘭さん。理人さんに関してなにか知っていることはありますか?」
が、そんな彩姫先輩でも情報の限界があるらしく、私から追加で情報をえようと質問をしてきました。それに対して私は、彩姫先輩の頭上でぴょこぴょこと動いているあほ毛に視線を奪われながらも、何とか言葉を返します。
「いえ、私なんか名前すら知らなかったほどですから……強いていえば、学校に来るのが誰よりも遅くて、帰るのが誰よりも早くて、普段は机に突っ伏してずっと1人でいる人……ってことくらいです」
「それだけあれば十分深い情報ですよ。ありがとうございます」
私から出る言葉は、私と同じクラスであれば誰でも知り得るもので、しかし普段から私のクラスにいない先輩からすれば貴重なものだったらしく、私の言葉に丁寧に礼を返してくれます。正直あまり有益なものを出している感覚はないので、少しこそばゆいものを感じるものの、先輩にとっては限られた情報源の1つなので、ここは素直に受け取っておきましょう。
「うぅ……はっ!?
というやり取りをしていると、ようやく意識を取りもだしたらしい男子生徒……連草理人君が、嫌な夢でも見ていたのか、焦ったような声とともに急に体を起こし、呼吸を少し荒らげます。が、周りを少し見て、今自分がいるところがベッドの上であるのを確認した瞬間に、肩の力を大きく抜きながら声をこぼした。
「ここ……保健室……はぁ……夢……」
「とりあえず目が覚めて良かったです。けど、熱があることに変わりは無いので今は大人しく自愛してくださいね」
見ていた嫌なものが夢だとわかって安堵の息を吐く連草君の横にたった彩姫先輩は、落ち着かせるように声をかけ、布団に眠るように誘導します。
「あ、ありがとう。君たちが僕を運んでくれたんだよね?えっと……」
「幽花彩姫と言います」
「す、鈴音蘭です!!」
「幽花さんと鈴音さんだね……僕は連草理人。改めて、2人ともありがとう」
布団に体を落としながらそういう彼の姿は、とても弱々しく、見ているだけで不安になりそうな印象を受けました。