『続いて、新入生代表挨拶。新入生代表、鈴音蘭』
『はい!!』
「……どうやらちゃんと間に合ったようですね。良かったです」
ぽかぽかとした気温の中行われている入学式。
体育館の壇上では、先程私が道案内をして送り届けた蘭さんが、これからの未来に対する期待を込めた、眩しいくらいに輝く笑顔とともに挨拶を述べています。
あと少し時間が遅れていたならば、見ることが叶わなかったその姿を見て、私は改めて手助けをしてよかったと心からそう実感しました。
「やっぱり、何度見てもいいものですね〜。始まりはとても尊いものです」
蘭さんの綺麗な声を聴きながら新入生の席を見れば、これからの学園生活に期待を込めて瞳を輝かせている人。ここまでの長いプログラムと、春の暖かな陽気のせいで船を漕いでいる人。特に何かを期待するでもなく、のんびりと前を見つめる人。
反応は様々で、一部褒められた人ではない方もいますが、私にとってはどれも個性のひとつで、そんな彼ら、彼女らが、これからどんな青春とぶつかっていくのかと考えると、それだけでこちらもワクワクしてきます。
平和で、おだやかで、しかし刺激的。
学校という幾分かの安全が担保されているが故に体験することが出来る、相反する2つの生活。
「是非とも、心の奥から楽しんでいただきたいですね〜」
挨拶を終え、壇上で一礼した後に、自分の席へと歩いていく蘭さんの姿を見送った後に、私は太陽へと視線を向けながらそっと言葉を落とし……
「んん〜……では、そんな皆さんが心から学園を楽しめるように、ちょっと見回りでもしましょうかね〜」
私は、
☆
「ふぅ……何とか間に合ってよかった〜……」
無事入学式を終え、新入生退場の声とともに体育館から出てきた私は、式が終わったことによる緊張感から開放された安心感を、息を吐くのと同時に表していきます。すると、隣から私の肩を叩く感触。
その感触に従って視線を向けてみたら、そこには私の一番の友達がいました。
「ほら見た事よ。全く……間に合わなかったらどうするつもりだったの?」
「えへへ、ごめんなさい、カオちゃん」
私の一番の親友、
長く、そして綺麗で艶やかな黒色をしたストレートヘアの彼女は、背の高さとキリッとした表情も相まってとても大人っぽく、そんな見た目通りに頼れるしっかりしたお姉さんみたいな人で、勉強や料理以外はあまり得意じゃない……ううん、むしろ方向音痴とか含めたらおっちょこちょい寄りな私の手助けを毎回してくれる有り難い人です。その上勉強もちゃんとできて、その証拠に首席合格は私だけど、次席合格を果たしたのはこのカオちゃんだ。
そんな自慢の友達から心配度MAXな言葉を投げられたので、少し苦笑いをしながらお返事をひとつ。
カオちゃんには普段か色んなことで助けて貰っているせいで、こういう時に全く頭が上がりません。
「ほんとにもう、ただでさえ入試の時もやらかしているって言うのに、今回まで……って、入学早々言い続けるのもちょっと違うわよね。むしろ、あの方向音痴の蘭がよく間に合ったと褒めるべきかしら?」
「褒めてるようで貶してないかな!?それ!?」
「あはは、ごめんごめん。でも、よく間に合ったっていうのはほんと。1度迷ったら全然帰ってこないのに、あの試験の時といい今回と言い……最近はよく帰って来れてるわよね?」
「あ、そうだった!!カオちゃんに紹介したい人がいてね?」
今回の迷子事件についてあれやこれやと話しているうちに、話題は1度迷子になった私がどうやって戻ったかについてに変わりました。確かにカオちゃん視点、1度迷うと帰れない私が、今回はそうならなかったことに気になるのは当然。と、ここまで話しているうちに、私の頭の中には体育館まで案内してくれた優しい先輩、幽花彩姫先輩のことが浮かんできました。
小さくて暖かくて可愛くて、それでいて頼もしい大きな背中を持つ素晴らしい先輩。
いつの間にか居なくなってしまったため、お礼をちゃんと言うことは出来なかったものの、彼女のおかげで今回私はちゃんと帰ってくることが出来た。
そんな素敵な先輩と入学して早々に知り合えたことをカオちゃんにも伝えようと、あの時何があったのかを交えながら話していきます。
「迷子になっていた私に声をかけてくれて、体育館まで案内してくれた先輩がいたんだ!!とても可愛くて、身長も私より少し小さいくらい人なんだけど、案内してくれているあいだも会話して、私の焦りをほぐしてくれてた頼もしい人でね?」
「へぇ〜、そんなことが……それは確かに、あたしも気になるわね……」
私の話に対して素直に感心した様子を見せるカオちゃんは、興味深そうな表情を浮かべながら言葉を返してくる。
「ねぇねぇ、その人ってどんな人?蘭が迷惑をかけた以上、あたしもお礼をしていきたいし……」
「もう!!なんで私の保護者みたいな感じなの!?」
「日頃の行い」
「うぐ……うぅ……」
カオちゃんに対して猛抗議の勢いで言葉を発するものの、正論すぎる言葉を前にものの見事に撃沈。やっぱり私はカオちゃんに頭が上がらないようで。
「で、どんな人なの?」
「あ、えっとね……」
と、項垂れているところに、カオちゃんが流れを戻すように質問してきたので、私はあの時のことを思いいかべながら彩姫先輩の特徴を挙げていく。
桜色の瞳と、綺麗に整えられた淡い薄紫色のセミロングヘア。少しタレ目気味で小顔なその姿は低身長も相まって、パッと見年下……つまりは中学生と見間違えてもおかしくない印象を与える人。それでいて、一緒にいるだけでどこか落ち着く、安心感を与えるような空気をまとった不思議な人。そこにさらに白色の改造服と言う否が応でも目立つ見た目。
「ふ〜ん……?」
「どうしたの?カオちゃん?」
これらの情報をゆっくりと伝え終えた私は、カオちゃんから返ってきた反応が思ったものと違ったため、つい首を傾げながら質問をなげかけてしまう。
一瞬自分がなにか間違って伝えたことがあるかも?と振り返ってみはするものの、どこも間違えてないので、やっぱりカオちゃんの反応はよく分からない。
(てっきり、『そんな可愛い子がいるんだ。あたしも会ってみたい』なんて言われるかと思ったけど……)
「ねぇ蘭。本当にあなたの言った特徴は間違っていないのよね?」
「え?あ、うん。そうだけど……」
頭の中でイマジナリーカオちゃんの返答を聞いていた私は、リアルカオちゃんから急に投げられた質問に対して、一瞬反応が送れながらも、それでも間違えてはいないはずなので、そこは自信をもって返答をします。
あれだけ衝撃的な出会いをした上に、相手が美少女となれば、その記憶は嫌でも残るはずだし、現にその時交わした言葉はほぼ全て覚えています。故のこの反応だし、このことに関してはカオちゃんも疑ってはいない様子です。が……
「う〜ん……あなたがちゃんと帰ってきた以上、嘘ってことは無いんでしょうけど……」
「その信じられ方は不本意なんですけど……」
「けど、今の話に信憑性がないことは、他の誰でもない蘭が1番分かっているはずでしょ?」
「え?」
カオちゃんの言っていることがよく分からず、思わず首を傾げる私。
そんな私に対して、カオちゃんはクリティカルな一言をこぼします。
「アンタ、壇上に昇って挨拶をしたんでしょう?だったら見なかったの?その道案内してくれた優しい先輩の姿」
「……あ」
と、ここまで言われて頭に思い浮かぶ今日の新入生代表挨拶の時間。
緊張しながら壇上に昇って、全校生徒の前で言葉を発したあの瞬間。
勿論、全生徒に視線を向けられたわけではない。緊張していたし、挨拶の文を読むことに集中していたから、周りをしっかり見た訳でもない。けど、白の改造服に淡い紫色の髪色となれば、どこにいたってその姿は強く目立つはずです。しかし……
「確かに……どこにもそんな人いなかった……」
どれだけ振り返っても、そんな目立つ姿なんて壇上からは見当たらなくて、ここに来て根本的な疑問が口から出てくる。
「いったい……どこにいたんだろう……」
私の口から呟かれたその質問に、答えてくれる人はいませんでした。
☆
「では、今日のところはこれで終了です。また明日、遅刻しないようにしてくださいね。それではさようなら」
『さようなら』
先生の言葉を合図にみんなで揃って別れの言葉を告げ、今日の予定を終えた私たちは、各々が散らばり始めていきます。
まだ入学初日ということで、クラス内で大きな動きがあるわけではなく、中学の頃からこの学校にいる人たちは昔からの友達で一旦かたまり、私のように高校からこの学校に入ってきた人は、同じ学校からきた人同士で集まるか、1人でササッと教室からでていきます。
記念すべき入学式だから、まずは打ち解けるためにも打ち上げを〜、なんて話はさすがにまだ早いのかあがっていません。おそらく、入学してすぐだから家庭の方でやることがあるという人も少なくないのでしょう。私は特にそういうのはありませんが、慌てている人が少ないくないことから、周りはそうでもないみたいですね。急いでいるのはこれを機に一人暮らしを始めている人達だったりすのかも知れません。
「蘭。悪いんだけど今日は……」
「わかってるよ。お家の手伝いでしょ?大丈夫だから気にしないで」
「そう言って貰えると助かるわ」
そして、そんな少し慌ただしい教室の中で、同じく今日やることがある側の人間であるカオちゃんが、すぐに帰る準備を整えた後に、私に一言かけてくれます。
実家がカフェを営んでおり、その手伝いをよくしていることを知っているので今更驚くことの無いその報告に、私は笑顔で返します。すると、カオちゃんの表情がちょっと歪んで……
「ほ、本当に?」
「もう!!さすがに通学路はちゃんと覚えたから平気だってば!!」
方向音痴の私がちゃんとひとりで帰れるかの心配をしてきました。
さすがに心配の度合いが強すぎて、もはや私のことをバカにしているようにしか聞こえなかったので、ここは強めに反論。その根拠もちゃんとあるので、しっかりとそれを提示してみせます。
「こんなこともあろうかと、昨日学校と家を10往復したんだから!!もう道はバッチリだよ!!」
「その発言がますます不安を煽るってどうして分からないのかしら……」
「え?」
しかし、私の渾身の説得文句は上手く響かなかったみたいで、カオちゃんは頭に手をあって首を振ります。どうしてでしょうか?
「……ちなみに、ちゃんと迷わずに歩けたのは何回?」
「5、7、8、10回目の計4回!!どう?すごいでしょ!!」
「9回目の失敗が気になりすぎてやばいわ……」
「そ、それはたまたま野良猫を見かけて、可愛かったからついつい……」
「……やっぱり家まで送る?」
「もう!!……それよりもカオちゃん、時間大丈夫?」
「時間……ってやば!?」
なんて、いつまでも平行線の話をしていると、教室に残っている人もだいぶ減っており、解散からそこそこの時間が経っていることが分かります。それに気づいたカオちゃんは、少し焦った表情を浮かべながら、慌ててカバンを手に取ります。
「じゃあ悪いけど先に帰るわね。本当に気をつけて帰るのよ」
「うん。また明日ね、カオちゃん」
迫り来るタイムリミットを前に、ようやく私を1人で帰らせることを決めたカオちゃんは、そのまま風のように駆け抜けて教室を飛び出していきます。
私とカオちゃんの家は、この学校から見て北と西に別れているため、よっぽどの事がない限りは今日はもう会うこともないでしょう。カオちゃんが私を家に送らず、すぐに帰った理由もここにあります。
友達とのひとまずの別れ。
「ふふ、楽しみだなぁ……」
しかしそこに寂しさなんて何も無く、むしろ新しい高校生活を一緒に過ごせる楽しみが勝っていて、そんな感傷に浸るように、教室の窓から見える中庭の景色に見とれていました。
「……」
「……おや、まだ居たんですか?新入生はもう下校していると思っていましたが……」
「え……?」
そのまま暫く外を見ていると、どうやらもう教室からは全員退出していたみたいで、部屋には私1人だけ。
そんなちょっぴり寂しい人間になっていた私に対して声をかける存在が現れました。
その声が聞こえてきた方に視線を向ければ、そこには今日知り合ったばかりの人の姿。
「彩姫先輩!!」
私を助けてくれた優しい先輩、幽花彩姫先輩が立っていました。