「運んでくれてありがとう。迷惑かけちゃったね……なにかお礼が出来ればいいんだけど……」
「気にしないでください。困った時はお互い様ですよ」
「うんうん。今はじっくり休むことを考えてて!!」
私のあほ毛センサーが赴くままに進んだ先にて発見した、体調不良によってダウンしていた理人さんを蘭さんを発見し、即席の担架(私の能力付き)による運搬激を何とか終えて、私たち以外に人のいない保健室にて行われた日本人らしい謙虚なやり取り。それが、ひとまずの山場を超えたことを証明してくれており、ほっとため息を吐きながら改めて状況を確認します。
(今回のお悩み反応先は
連草理人さん。
蘭さんと同じく1年D組の生徒で、身長は170に届かないくらいでしょうか。体型はかなりの痩せ型で、細いと言うよりも、栄養が足りていなくて不安という印象を受けてしまうレベルです。髪も少し長く、目元と耳の一部が隠れてしまっているため、どうしても暗いという印象が拭えず、彼の喋り方や雰囲気から、一言で表すのなら、若干失礼かもしれませんが『地味』という言葉がいちばんしっくり来てしまう、そんな方です。
が、あくまでそれは今このままの姿を評価したものであって、おそらくですが、これから健康的な生活を送り、髪型を整えたらかなりいい姿になれそうな、いわゆる原石のような魅力を秘めているように思えます。これが果たして、彼がオシャレに疎いのが原因なのか、はたまた環境が許してくれないのからなのかは分かりません。しかし、少なくとも彼自身が抱えている悩みには、何かしらの理由で絡んでいるようには感じます。
(そこを含めて、要観察と言ったところですかね……しかし、不思議な縁もあるものですね……)
「はぁ……うん、じゃあお言葉に甘えて今はゆっくり休もうかな……せめて放課後までには熱を下げておかないと……」
「だったら尚更寝ておかないとだね。保健の先生が来たら私から事情を説明するから、連草君は気にせず寝てて」
「うん、ありがとう。そうさせてもらう……よ……」
しんどそうな理人さんと、そんな彼を休ませるために優しい声色で声をかける蘭さんを見ながら、私は心の中で今の心境を呟きます。
鈴音蘭さん。
今日の邂逅によって、通算3回目の関わりを持つに至った人。
過去にも1回で関わりが終わらなかった人はゼロではないのですが、こんな短期間で3回も関わったのは彼女が初めてだったりします。しかも、私に関する記憶は日を跨いでしまうと消えてしまうと言う決まりがある以上、たとえ再会したとて、前の邂逅の時と同じ関係になる可能性があまり高くないというのに、彼女は頑なに私を先輩と呼び、その関係性を変えることがありません。
(何かある……そういうことなんでしょうか……?)
今までに観測したことのない出来事に、興味半分、期待半分といった割合を持った目で蘭さんを見つめる私。一方で、そんな事なんて露も知らない彼女は、再びベッドに横になって休み出した理人さんにそっと布団をかけ直し、起き上がった反動で、ベッドの上を少し転がってしまった小さな氷嚢を拾い、再びおでこのところに当たるように調節していきます。
このシーンだけを切りにいてしまえば、甲斐甲斐しい幼なじみが看病をしているかのような、微笑ましい姿に見えますね。実際には彼女たちは何の関係もない、なんならクラスメイトのはずなのにお互いの名前すら覚えていないというなかなかにドライな関係なのですが。
「ふぅ……これで一先ず大丈夫ですかね。……ですけど、ちょっと心配ですね……」
穏やかな呼吸とともに、安らかな寝顔を見せてくれる理人さんを眺めながら蘭さんが言葉をこぼしたので、私は視線だけを向けて続きを促してみます。すると、こちらに振り返って目線があった蘭さんは、私の意図を読み取って、特に何かアクションすることなく続きを話始めました。
「改めて連草君の姿を見直してみたら、気になるところが結構あるんです」
その言葉と共に、今度は私も一緒に理人さんへ視線を落とし、二人で一緒に蘭さんの気になるところに視線を動かしていきます。
「まずは身体。痩せ型、って言ってしまえば聞こえはいいですけど、頬を見ればこの痩せ方が健康的なものではなくて、栄養が足りなくて細くなってしまっているって言うのが分かります。それに、髪も少しやつれているのかいたんでますし、何より前髪で隠れていますが目元を見ればかなり酷い隈があります。彩姫先輩。これは……」
「栄養失調と睡眠不足……もっといえば過労、でしょうか。どちらにせよ、おおよそ高校生が患っていいものではない気がしますが……これが彼の悩みと大きく関係しそうですね……」
「え!?連草君、なにか悩み事でもあるんですか!?」
素人意見ながらもじっくりと観察して述べられた蘭さんの意見はかなり的を得ており、私も同じ意見だったため途中から意見を引き継いで、予想される今回の原因を仮として立ててみますが、この間にも私の頭に伸びているあほ毛さんがピコピコと反応してくれているあたり、あながち間違ってはいなさそうです。
そんな私の気持ちを独り言のように呟いてみれば、蘭さんも私の言葉に反応して驚いたように顔をあげます。場所が保健室だし、現在進行形で病人が休んでいるので声量自体は抑えられていましたが、体の動きまでは抑えきれておらず、そこから彼女の驚き具合がしっかりと伝わってきました。
場違いながらも素晴らしいリアクションを取ってくれたことにちょっとクスッとしながらも、事態は思ったよりも難しそうな展開を迎えていることに少し頭を悩ませます。
「そこそこに大きそうな悩みです。その内容も予想こそできても、本人がこの様子では確定や確認もできませんし、何よりも……」
その悩みの1番の原因は、今までの悩みと違って間違いなく1日で解決できない規模の悩みの可能性が高いところです。
本来なら活気や生命力に溢れているであろう十代の高校生がこんな姿になってしまうほどのものを背負ってしまっているということは、その解消にも長い時間がかかること間違いなしです。となれば当然1日で解決なんて不可能で、そうなってしまえば私を縛る、『日を跨ぐと記憶が失われる』というルールがとてつもなく大きな足枷となってしまいます。
例えばこの悩みの解決に1週間かかるとすれば、その間最初の数十分を常に自己紹介に奪われるということ。それはなんとも非効率で、そして出会う度に友達になれるとも分からない未来において不安定と言うしかない行動です。
(さて、どうしたものですかね〜……)
「あの……先輩」
「はい!……そんなモジモジされて、なにかありましたか?蘭さん?」
そうやって頭の中で悩んでいたら急に横から声をかけられたので、思わずちょっと声量の強い言葉で返事をしてしまった私は、幽霊なのに驚いてしまったことに少し恥ずかしさを感じながらも、少し挙動不審な動きをする蘭さんに対して、恥ずかしさ異常に疑問を感じてしまい、思わず首を傾げながら言葉を返してみます。すると彼女は、意を決したかのように顔を上げながら、私に対してまっすぐ視線を向け、言葉をあげます。
「私になにか出来ることはありませんか?!」
(……おや?なんかこの展開ちょっとデジャブ……)
その言葉の内容は私のお手伝い宣言であり、その言葉を聞くと同時に、つい数ヶ月前にあった図書館でのやり取りがふと頭に思い浮かびます。
(あの時もこんな風に、ちょっと恥ずかしがられながら手伝いを頼まれましたね〜……)
そんなに時間が経っている訳では無いのに、既に懐かしさを感じはじめてしまう衣さんとのやり取りを思い出しながら、ついつい頬が緩んでしまうのを感じます。
「……ふふふ」
「先輩……?」
「いえ、なんでもありませんよ。気にしないでください」
「は、はい……?」
ついつい口からこぼれてしまった微笑みに、蘭さんは首を傾げながら声を返してきますが、この言葉に返答した所で、残念ながら蘭さんは理解することはできないでしょうから、私は適当に誤魔化して話を本題に戻していきます。
「蘭さん。むしろ私からお願いしていいですか?彼の悩みを解決するために力を貸してください」
先程蘭さんに頼まれたお願いに対して、むしろ私からお願いするように頭を下げ、協力を仰ぎます。
(そうですよね。1日で解決できないのなら、他の人の力も使っていかないと!!)
実際に、先日解決した凪茶さんの件だって、私がしたのは練習試合の時に案を出しただけで、そこからの実践や練習に関しては、テニス経験のある他校の生徒や、同じ部活内の方に全部ぶん投げてしまっています。そういう点では私がしたことなんてたかが知れていますし、他人の力を使いまくりです。……ここだけ聞くとなんかすごくみっともなく聞こえますね?
さて、そんなみっともない私からの心からの応援要請。
お願いしていたはずなのに、まさか逆にお願いされるだなんて思ってもいなかったらしい蘭さんは、モジモジさせていた指を止めて、ポカンと口を開けながら固まってしまいました。
「……ふふふ」
「……はっ!?」
その姿がとても滑稽に見えてしまい、再び笑い声をこぼすと、そんな私の声で現実に戻ってきて、自分が変な姿を見せてしまっていたことに気づいた蘭さんの短い声が響き、その反応にまた笑いが込み上げた私は、さらに大きな声で笑ってしまいます。
「も、も〜!!なんで笑うんですか!!」
「ご、ごめんなさい。その、呆気にとられた顔とハッとした時の顔がちょっと……面白くって……ふふ」
「それって私が間抜けって言いたいんですか!?」
「そんなこと……ナイデスネー」
「ちょっと!?なんで棒読みなんですか!?しかも声震えてます!!」
シリアスだった空気が一瞬で霧散し、笑いの溢れる微笑ましい空間が出来上がりました。
勿論、横に病人がいる手前騒がしくならないように声量自体は抑えてあるものの、私と蘭さんの会話は雰囲気のおかげでとても心地いいものになっており、その空気はまるで長年の付き合いがある親友のようなそれでした。
(やっぱり、蘭さんとの会話はどこか空気が違って心地いいですね……)
通算三回目の邂逅で、さらにその度に相手は私のことを忘れているというのに、ずっと変わらないこの空気感に満足感を得た私は、これなら充分任せることが出来ると判断し、この心地いい空気のまま、話題だけは真面目なものへと持っていきます。
「ふふふ……さて、じゃあお手伝いの内容を話すとでもしましょうか〜」
「……私、まだ先輩からの言葉に返事してないんですけど〜!!」
「でも、先にお手伝いをお願いしてきたのは蘭さんです。それにとっても優しくて暖かいあなたのことですから……手伝ってくれるでしょう?」
「……その言い方はずるいです」
私からの大きな信頼を前に、不満気な顔から恥ずかしそうな顔に変えて、小声でボソッと呟く蘭さん。
その姿を見てまた微笑みがこぼれそうになりましたが、ここで笑ってしまえばまたさっきのやり取りを繰り返すいたちごっこが始まってしまうので、ここで1つ深呼吸をして心を落ち着け、空気をリセットします。
ここから始まるのは、私によるお悩み解決ではありません。
今日しか続くことのない記憶を未来に託し、私の代わりに悩みを解決してもらう代行作戦。
「では始めましょうか。まずは彼が一体どんな悩みを抱えているのか。あくまでこれは私が彼の発言や姿から読み取った予想でしかないので正しいという証明はありませんが……」
行うのは情報のすり合わせ。
今日しかこうして話せないのなら、今日で私の考えを全て伝えなくてはいけません。故に、私からの発言の熱は少し熱い。
「構いません!正しいかどうかは私が頑張りながら確かめます!!」
そんな私の熱を知ってか知らずか、同じ熱量で返してくれる蘭さん。
その姿が嬉しくて、改めて『この人になら任せられる』と感じた私は、大きく頷きながら口を開きます。
「分かりました。では、しっかりお話しましょう!!」
保健室の中で、些細な会議が、熱く繰り広げられていきました。