「ううん……」
「今日はずっと難しそうな顔を浮かべているわね。あんまり溜め込むとご飯が美味しくなくなるわよ?」
「う〜ん……そうなんだけど〜……」
あれからさらに時間が経過してお昼休み。
窓の外を見れば相変わらず降り注ぐ雨の音をBGMに悩みながらご飯を食べていると、目の前で一緒に食べているカオちゃんからのお言葉を1つ。
雨のせいでテンションが下がっているのは勿論のこと、朝から見かける悩みの種のせいでずっと思案顔になっている私を気遣ってのそれは、暖かな優しさとして、私の心にスルッと入り込んできました。
どんなことがあってもしっかりと私を見てくれているという安心感を感じながら、その優しさに甘えて私はちょっと相談をしてみます。
「大きな悩みを持っていそうな人からどうやって話を聞けばいいのかなって」
「大きな悩み……まあ十中八九あの人なんでしょうけど……そんなに大きなことになっているの?えっと……」
「連草理人君だよ」
「連草って言うのね。了解。で、件の彼ってそんな大きなものを背負ってるの?」
「一緒に連草君を助けた先輩の話によるとそうらしいんだけど、あくまでも先輩の予想でしかないって。だから詳しく聞いて欲しいって頼まれたんだ」
「なるほどね……で、肝心のその悩みの予想ってどうなってるのよ」
「うん、それはね……」
☆
『悩みの内容はほぼ間違いなく生活環境です』
『生活環境?』
『はい』
『どうしてそう思うんですか……?』
『要因は2つ。1つめは、明らかに栄養と急速が足りていない彼の見た目に関してですね。こちらに関しては既に蘭さんも把握されているので省きます。重要なのはもう1つの要因。それは、先程彼が呼んだ3人の名前です』
『えっと……
『はい。全員の名前に共通して
『4人兄弟の1番上が連草君ということですか?』
『もしかしたら名前の近い親戚だったり、たまたま名前が似ただけの可能性もありますけど、現実的に考えればそうではないかと。少なくとも、あの慌てながら叫ぶ感じを見れば、彼らが理人さんにとっては大切な存在であることは分かりますよね』
『確かに……物凄く焦った様子でしたもんね……でも、それだけで環境と結び付けられるのでしょうか?』
『勿論他の要因もあります。実は、ここに運ぶ前に彼の荷物少し確認したんです。保健の先生に伝える際に、少しでも情報があればいいなと思いまして。ですが……』
『何かあったんですか?』
『……いえ、これは蘭さんが直接彼に確認した方が良さそうですね。その方が自然と話ができると思います』
『はぁ……』
『詳しく言えなくてすいません……』
『い、いえ!!気にしないでください!!先輩がそういうってことは大事な理由があるってことですよね?大丈夫です!!ちゃんと連草君本人から聞けるように頑張ります!!』
『ふふ、はい。期待していますね』
☆
「って感じだよ」
「なるほどね……」
お弁当箱に入っている卵焼きをひとくち食べながら、私が語った話に相槌を打つカオちゃん。
その表情は少し真剣味を帯びており、カオちゃんの料理スキルを知っている私としては、ちょっともったいない食べ方だなぁなんて、少し呑気なことを考えていました。
一方のカオちゃんは、しばらくご飯を咀嚼した後、喉を鳴らして飲み込んだところで考えがまとまったのか、ゆっくりと口を開きます。
「その先輩、そこまで色々わかっているのなら自分で解決したらいいのに、なんで蘭に全部丸投げなのかしら?」
「きっと先輩は先輩で別方面から動いてくれているんだよ。確か生徒会の手伝いもしているらしいし……」
「そんなこともしてるの?でも、生徒会の周りにそんな人がいるなんて聞いたことないけど……」
「……そういえば確かに」
と、ここまで話したところで、そういえば先輩のような見た目の人が生徒会の手伝いをしているって話は1度も聞いていないことを思い出します。
全く聞いた事のない話。なのに、どこかでこのことを聞いたはずと訴える私の本能と確かな信頼。
(どう考えても怪しいはずなのに、どうして私はあの人を無条件で信頼しているんだろう……)
「ま、そんな不思議な先輩のことは1度置いておいて……実際のところどうするの?今も保健室にいるのなら話しかけるのは放課後になりそうだけど……」
「あ、そ、そうだね……うん、放課後にもう一度様子を見に行こうと思う」
先輩について思考を伸ばしていると、カオちゃんの言葉によって話を本題に戻されたので、慌てて思考を打ち切って会話を再開します。
確かに先輩に関しては謎が多く、気になることが沢山あります。けど、今はそれよりも先に連草君について考える方が優先です。なのでここはぐっと我慢をして、今日をどう動くかを考えていきます。
「そっか、じゃあ頑張ってね。本当なら少しは付き合ってあげたいんだけど……」
「ううん、気にしないで。今日もお家のカフェの手伝いでしょ?カオちゃんのカフェ、人気だもんね〜」
「有難いことにね」
「また時間が出来たら手伝わせて!!」
「いいわよ。母さんも喜ぶと思うし、常連さんも待ってる節があるからいつでも歓迎するわ」
「えへへ、またお客さんたちから面白い話聞けたりするの楽しみかも」
なんて決意をしておきながらも、気づけばまた話は脱線して今度はカオちゃんが手伝っている実家のカフェの話へ。
やっぱり重い話や難しい話ばかりなのは私たちの空気にあっていないらしく、また連草君に関しても放課後に話を聞くまでどうしようもないということから、一旦連草君に関する話は中断して、最近のカフェの様子を話しながら、残りの弁当をゆっくりと食べ進めることに。
その時間はとても優しく、とても落ち着いていて、安心感のある大好きな時間でした。
(連草君も、悩みが解決したらこんなふうに落ち着けるのかな?)
ふと視線を向ければそこには、普段なら突っ伏して寝ている人がいるはずの席には誰もおらず、まるでそこだけが切り離されたかのように寂しい空間。
願わくば、その空間にまた主が安心して戻ってこれますように。そんなことを心の片隅で想いながら、私はカオちゃんとの楽しいお昼時間を消化していきました。
☆
「じゃあ、頑張りなさいよね」
「うん!!カオちゃんも頑張ってね!!」
そのまま時間は流れていき、やってきた放課後の時間。
昼休みの時間に話した通り、実家のお手伝いがあるカオちゃんは私に挨拶をして、手を振りながら教室を出ていき、対する私は自分のカバンと連草君のカバンを回収して準備。友達もおらず、影も薄い彼の荷物を届けようという人は残念ながら私以外に存在はしないようで、私がカバンを2個持っても特に何か言われることはなく、他のクラスメイトも、何も疑問を持つことなく私に『さようなら』の挨拶をして1人、また1人と帰っていきます。
「わかっていたけど、誰にも心配されていないなぁ……」
その事実が、彼が今まで本当に学校で誰とも関わっていなかったという証明になっており、どうしても寂しさを感じてしまいます。
「……って、この寂しさの原因の1人は、他でもない私自身なんだけどね」
彼が一人ぼっちなのは誰一人として彼と関わろうとしなかったからであり、その中には当然彼と同じクラスである私も含まれます。そういう意味では、私が『寂しい』だなんて言葉を使うのはおこがましい気がします。
けど、それは私が動かない理由にはなりません。本人は現在進行形で体調不良を起こしているのに、そんな理由で何もせずにスルーだなんてできません。むしろ、今まで関わらなかったからこそ、ここから関わって後悔の気持ちに対して埋め合わせをしてあげたい。
自己満足って言われたらそれまでの話かもしれないけど、それでもこのまま放置してもいいだなんて、絶対に思うことはできない。
(それに、先輩に託されたんだもん!!絶対に頑張りたいよね!!)
どうして?と聞かれると返答に困ってしまうけど、私の心はもう完全に先輩を信用しきってしまっています。そんな相手から願いを託されたのなら、それに応えたいと思うのは当然の思考ではないでしょうか。
(いつか、この無償の信頼の理由も知りたいな……)
おそらく先輩は私が信頼しきっている理由を知っている。そんな気がする。けど、教えて貰えないということは、まだなにか理由があるということ。願わくば、今回の件をきっかけに教えてもらえるくらいまでの関係を築いていきたい。
(って、ダメダメ!!これじゃあ自分優先の手助けになっちゃう。今回はあくまでも、連草君の悩みを優先して解決しなきゃ……!!)
顔を軽く叩いて気合いを入れ直した私は、自分と連草君、2人分のカバンを抱えて保健室への道を歩いていきます。
いくら方向音痴だとはいえ、保健室の場所はその役割の重要性上わかりやすい位置にあるので、私でもちゃんと到着することができます。その証拠に、曲がり角を間違えそうになる回数を三回に抑えることができました。
……三回は充分多い?それはちゃんと歩ける人のことの意見なので知りません!!
「すいません、失礼します〜」
保健室の前に着いたところで、今一度自分の服装を軽く整えてから保健室の扉を開きます。すると中には、連草君を連れてきた時にはいなかった保健室の先生がいました。
「あら〜いらっしゃい〜。もしかして〜連草君の彼女かしら〜?」
のんびりと、そしてふわふわした喋り方で、凄い誤解した言葉を喋りながら出迎えてくれたのは、この保健室で生徒の健康状態を診てくれている保険医、
薄い黄色のセーターの上から白衣を着ているその姿は、見ているだけでふわふわとしたやわらかさを感じ、ちょっとした安心感を与えてくれます。うちの学校でもかなりの人気を誇る先生のひとりですね。
そんな先生からの熱い視線を感じながらも、それが誤解であるとわかっている私は特に意識することなくサラッと訂正していきます。
「ただのクラスメイトですよ。連草君のカバンを持ってきました。彼はまだ寝てますか?」
「な〜んだ、つまらないの〜……彼なら今起きたところよ〜。ほら〜」
キラキラした表情をつまらなさそうなそれに変えた先生は、そのまま足をベッドの方に動かしてゆっくりとカーテンを開きます。するとそこには、ベッドから上半身だけを起こして、まだほんの少し辛そうな顔を浮かべる連草君の姿があった。
「おはよう連草君。調子はどう?」
「あ、鈴音さん……だよね?おはよう。……体の方は大分楽になったかな。これならバイトとかも……」
「ダメよ〜。栄養失調と過労でそこそこ体力失ってたんだもの〜。高校生とは思えない消耗の仕方よ〜。暫くは安静にしないと〜先生が許さないわよ〜」
「……そんなにギリギリだったんだ」
「うっ……」
じとっとした目を先生と一緒に連草君に向けると、彼は詰まった声を上げながら苦いかいを浮かべます。
「ちゃんと休まないとダメだよ?」
「……分かってる……けど……」
ちゃんと休んでもらうためにもしっかりと注意をしようと声をかけるけど、それでもどこか納得が行かないという表情を浮かべる連草君。
一体何が彼をここまで追い立てるんだろうか。それが気になって、連草君の続きの言葉をしっかり聞く準備をする。
この言葉の先に、先輩の言っていたものがあるかもしれないから。
そんな期待とともに連草君の言葉を待っていると、彼の言葉を遮るようにバイブ音が鳴り出した。音の出処に視線を向ければ、そこには連草君にバッグがあり、その中にあるものが音を出しているのがわかった。
「僕の携帯……っ!?今何時!?」
その音の正体にいち早く気づいた連草君は、時計を見ながら顔を青くして、慌ててバッグから携帯を取り出してすぐにかかってきた電話に出た。
「もしもし、連草です。……はい、すいません……体調を崩しちゃって……」
(誰からだろう……)
慌てて何度も頭を下げながら通話をするあたり、親しい相手ではなさそう……と言うより、まるで会社員のようなその対応に、私は加密先生と顔を合わせて目を点にしながら、改めて連草君の方に視線を向けます。そして肝心の向けられている本人はと言うと、こちらの事なんて気にする余裕すらないのか、何度も頭を下げながら数十秒ほど話した後に……
「……はぁ」
大きなため息とともに電話をそっと切りました。
「……えっと、連草君……大丈夫?」
「何とかなりそう〜?」
「……大丈夫じゃないかもです」
「「え?」」
私と加密先生の言葉に、しんどそうに返した彼は、そのまま大き方を落とし一言。
「バイト……クビになりました……」
その一言は、とてつもない絶望を孕んでいました。