「ごめんね、鈴音さん。結局こんな時間まで付き合わせちゃって……」
「ううん、気にしないで〜。家にも連絡入れて遅くなることも伝えたし、何よりご飯作ってもらっちゃったしね。これくらいはさせて欲しいな」
素朴で平凡で、けどどこよりも暖かさと楽しさを感じた晩御飯の時間を過ごした私は、お風呂に駆け込んで行った理久君たちを見送ったところで、今日帰りが遅くなることと、晩御飯がいらないことを家族に報告し、今しがたいただいたばかりのご飯の後片付けをするために、連草君と一緒に皿洗いをしていました。
「にしても本当に美味しかったなぁ……私も料理はそこそこするんだけど本当に美味しかったよ。友達がカフェのお手伝いをしているんだけどさ、そのレベルで美味しかった!!」
「お、大袈裟だよ。……でも、そう言われて悪い気はしないかな。ちょっと自信ついたかも」
「うんうん!!もっと誇っていいよ!!改めてご馳走様でした!!」
「お粗末さまでした」
私の言葉に照れを見せながらも手際よく皿を磨いていくその様は、もはや主婦すら超えた仕事人のそれに見えるほどどうに入っており、つけているエプロンも歴戦の戦士の装備のように彼に似合ってました。
この一コマでけ見れば、家庭的で家事スキルの高いとても頼りになる1人の学生という、なかなか珍しく、同時に微笑ましい日常の一コマです。……が、ここまで見てきた私は、どうしてもひとつの違和感を抱いてしまいました。
強烈な、だけど聞くにしてはあまりにも勇気のいる質問。ともすれば、連草君に対して最上級に失礼になりかねないその言葉。
少なくとも、今日知り合ったばかりである私がおいそれと聞いていいものではないと思われるその質問は、しかし1度頭に浮かんでしまった以上なかなか消えることなく、頭の中をうずまいて離れてくれません。
「……やっぱり、気になる?」
「え?」
それでもやっぱり口に出すことを憚られていると、急に連草君が声をかけてきました。
その声に弾かれたように視線を向けた私は、その先に見えた、苦笑いを浮かべながら皿を洗い続ける連草君の横顔を見ながら声をこぼします。
「……もしかして声にでてた?」
「ううん、声には出ていなかったよ。ただ、ちょっとそわそわはしていたから、なにか気になることがあるんだろうなって、思いはしたかな。……それと質問の内容も、なんとなくわかったかも」
「う……ごめんなさい」
「あはは、謝らなくてもいいよ。ごく自然の疑問だと思う」
私の考えを読み切った上で笑う彼は、確かに表面上は穏やかで、既に乗り切っている人のそれでした。ただ、出会ったばかりの私にとってはそれが本物のそれかどうかの判断はできず、やっぱり口は上手く動きません。
「……僕の両親はね、3年前に交通事故でどっちも亡くなったんだ」
「っ!!」
そんな私の口の動きを見て、自分から過去を話し出す連草君。
その声を聞いた私は、弾かれたように彼を見つめます。
心に渦巻くのは後悔。
私にとってその解答は想像通りの分かりきった答えであるはずで、同時に間違いなく辛い出来事のはずなのに、それを彼の口から言わせたというのが何よりも私の心を締め付ける。
(こんなことになるなら、ちゃんと自分の口から聞けばよかった)
「……ごめんなさい」
「謝らないでよ。さっきも言った通り、もう受け入れているし、乗り越えたことだからさ」
私の謝罪を前に、やっぱり声色を変えることない連草君。その姿は無理をしているようには見えず、嘘をついているようにも見えませんでした。
「確かに、亡くした直後は悲しかったよ?……けど、僕にはまだ家族がいる。皆も、まだまだ子供なのに僕と一緒に乗り越えてくれたんだ」
そういいながらお風呂場の方に振り向く連草君と、その視線から微かに聞こえてくる理久君たちの楽しそうな笑い声。
「だから大丈夫。むしろ、父さんも母さんも結構豪快な人でさ。くよくよしてたら怒られちゃうよ。だから、胸を張って頑張りたいんだ」
「連草君……」
まさか、クラスでずっと突っ伏していた級友が、影でこんなにも頑張っているだなんて知りもしなかった。その事実に少しの後悔と、それ以上の尊敬の念を抱きます。
きっとこれまでもかなり苦労してきたはずだ。なのに、今の彼の表情は本当に明るくて、ちゃんと前を向いていた。
(強いなぁ……)
とても同い年には見えないその姿に、どんどん自分の中での尊敬度が上がっていく。が、ふとここであることが頭をよぎる。
(……あれ、でも確か連草君って……先輩の話だと何か悩みを抱えているんじゃって……)
それは彩姫先輩から言われた言葉。
『これが彼の悩みと大きく関係しそうですね……』
『悩みの内容はほぼ間違いなく生活環境です』
彩姫先輩が言うには、連草君は生活環境に対して大きな悩みを抱えており、そのせいで今日も過労で倒れています。実際、今も華麗な手際で家事を片付けていますが、顔色がいいかと言われたら、素直に頷くことができません。
ですが同時に、理久君たちを見つめる姿はとても穏やかで、パッと見では悩んでいるようにも見えません最初は両親がいないことに対して抱えているのかと思いましたけど、そういう訳ではありませんし……。
(一体どこなんだろう……連草君の悩み……)
「……鈴音さん?どうしたの?」
そこからうんうんうなっていると、そんな私が気になったのか、連草君が首を傾げながらこちらを見てきました。
純粋な疑問を孕んだ、真っ直ぐな瞳。
そんな目で見られた私は、もう考えるのが馬鹿らしくなってきました。
(あれこれ考えたって答えが出ることはないよね。……うん、今の私と連草君の関係なら、下手に探偵みたいなことをするよりも、真っ直ぐぶつかった方がいいよね)
自分の中で答えが出た私は、小さく『よしっ』と気合を入れた後に、連草君へと視線を向け直して、言葉を返します。
「連草君!!ズバリ聞きます!!」
「え、な、なに?」
急な私のテンションの切り替わりに戸惑った連草君は、若干引き気味になりながら私を見てきます。その姿を見て、少しテンション感を失敗したと感じながらも、ここまで来たら引き返せないので、このまま真っ直ぐ自分の言葉をぶつけます。
「連草君の悩みはなんですか!!」
「……へ?」
鈴音蘭のドストレートは会心の一撃となり、連草君へ300のダメージを与え、攻撃を受けた連草君の顔は素っ頓狂なものへと変化した!!
……と変な実況を思わずつけたくなるような表情を浮かべて固まった連草君を前に、しかし私は気にすることなく声をかけます。
「連草君、物凄く家族と仲良さそうで、この家にいる間はずっと笑顔でいるんだけどさ?学校で見る連草君はいつも疲れた顔をして、いつもしんどそうな姿をしているんだよね。多分、弟や妹の前では辛い顔をしたくないってことだと思うんだけど……もしそうなら連草君、もしかしたら凄く苦労しているんじゃないかなって……」
「学校の僕は、そう見えているのか……」
私の言葉を受けて、ようやく合点が言ったという顔を浮かべた連草君は、苦笑いを浮かべながら目線を天井に向けた。その視線を追っても何もないあたり、上を向いているのは単純に、これまでのことを振り返っているだけなのかもしれない。
「はぁ……やっぱり見ている人は見ているんだね……実は、正直ちょっと色々まずい……かも。大きな問題は2つかな」
「2つ?」
「うん……」
天井から視線を下げながら、ようやく見せてくれた弱気な表情。その表情を浮かばせたことに少なくない苦しさを感じはするものの、ここで引いたら問題は解決しないと感じた私は、彼の心に1歩だけ踏み込んでみます。すると連草君は観念したかのように言葉をこぼします。
「1つ目はお金。どうしても収入が限られるからさ。バイトをかけもちしてるんだけど……高校一年生が稼げる金額なんて限界が近くてさ。いや、普通に暮らす分には問題なんだけど……」
そういいながら彼が向ける視線の先には、楽しそうな声を上げてお風呂に入っている3人の弟妹たち。
「みんなに不自由なく過ごしてもらおうと思ったらどうしてもね。けど、かけ持ちすれば体力が持たなくて……」
「もしかして、今日の放課後みたいな電話……」
「これに関しては僕が悪いんだけどね……ほら、ミスが多くてさ……」
絶対にそんなことない。いや、ミスをしているのは事実なのだろう。けど、そのミスの根底は過労だ。ちゃんと休憩を取って、万全の状態で仕事をすれば、連草君なら絶対に完璧な仕事をしてくれるはずです。料理の手際が何よりもそのことを物語っています。
(前も話題になったけど、たぶんクビにした側も、休んでほしくて、けどどれだけ伝えても休んでくれなったからそうするしかなかったんだろうな……)
けど、万全な休憩をとる時間がそもそも取れず、だからこんなことになってしまっている。
最悪の無限ループ。どこかで脱出しないといけないのに、その出口がどこにもない。
「あはは……せめてもう少し安定した職につければいいんだけどね……」
「それは……」
そういう彼の表情がどんどん暗くなっていくというのに、私は次の言葉がつむげなかった。
お金の問題はとても重く、そして解決の難しいそれだ。
しかも厄介なのが、どうやらこれとは別にもうひとつ、大きな問題を抱えているようで。
「その……連草君、もうひとつの問題って……?」
少しでも情報を得ることと、お金の問題から少しだけ目をそらすためにもうひとつの問題に話題を変えてみる。すると、今度は照れと苦笑いを混ぜたような表情に変わり、ボソッと零すように教えてくれました。
「……実は……成績が結構やばそうなんだよね」
「……え?」
聞こえた言葉はまさかの成績不良。
性格も良さそうで、料理の手際を見る限り容量もとても良さそうで、パッと見は勉強ができると言われてもおかしくない……ううん、むしろ得意と言われた方が納得するくらいには真面目な雰囲気を醸し出している彼が言うにはあまりにも似つかわしくないその言葉を聞いて、しかしすぐに私は理解しました。
「そっか……そもそも勉強する時間がないんだ……」
朝は弟たちのご飯を作って、放課後はバイトに晩御飯作り、そしてバイトと休みなく動き続ける結果、満足に睡眠できる時間は授業時間に回してしまっているため、たとえ地頭が良くてもそもそも学ぶ時間が存在しない。そんな状態では満足いく結果なんて出せるはずがありません。
「1番範囲が狭いはずの、高校一年一学期中間試験でこのザマだからね……正直、補習なんて入れられようものなら、いよいよ……」
その先を口にすることはなかったですが、私にはすぐさま理解できました。
この人は、そうなったら学校をやめてでも体を酷使すると。
勿論、そんな結末は誰も望んでいません。連草君は当然として、亡くなられた彼の両親だって食い止めたいはずです。
(安定した収入源と、成績の両立……これが連草君の悩み……)
ここまで来てようやくぶつかることができた連草君の悩み。やっぱり彩姫先輩の言う通り、家でのあれこれが原因でしたし、確かにこれはおいそれと他人に話していい内容ではありませんね。
(凄いなぁ……私は本人に直接聞かないとわからなかったのに、彩姫先輩はこれを観察と洞察だけで気づいたってことだよね……って、今は先輩に感心している場合じゃないよね)
改めて彩姫先輩の凄さを実感した私は、しかしすぐに首を振って思考を戻し、連草君の悩みの解決の方に話を持っていきます。
幸いにも、悩みのうちの片方は私でも何とかできそうだから。
「連草君。勉強の方はあまり心配しなくてもいいと思うんだ」
「え?」
その何とかできそうなほうである勉強について、連草君を安心させるように言葉を投げかけます。
そんな私の言葉がぱっと理解できなかった連草君は、疑問の言葉と表情をあげてフリーズ。その姿が面白くて、少し笑いそうになるのを我慢した後に、提案の続きを話します。
「普段の生活が忙しくて知らないかもだけど、こう見えても私、学年首席なんだよ?今の所、勉強において同学年で私の右に出る人はいないんだから!!」
「……え!?鈴音さんってそんなに頭が良かったの!?」
「まぁね?」
私の実力を聞いたあとの反応がとてもよく、ついつい頬が緩んでしまうのを何とか抑えます。思えば、自分の成績を聞いてここまでの反応をされるのは久しぶりな気がします。決して天狗になるつもりはないのですが、それでもちょっと気持ちが上がってしまうのはしょうがないですね。
「だからそっちに関しては任せて?私だけじゃ足りなかったら、友達も呼ぶからさ。その友達も学年次席だし」
「……もしかして僕、とんでもない人と知り合った……?」
「あはは、ただテストの点数がいいだけだよ。私もカオちゃんも……」
と、ここまで言葉を続けて、ふと頭にあることがよぎります。
「……あれ……そういえば……もしかしたら……!!」
それは急に現れた典型で、むしろなんで今まで思いつかなかったのかと不思議に思うくらい。
「これだよ!!」
「え?」
それを思いついた瞬間、私は思わず連草君の手を取り、少し大きな声で伝えます。
「これならお金の面も少し楽になるかも!?」
「……え?」
連草君を助けるかもしれない大きな一手を。