「さて……蘭さんは上手くいったのでしょうか……」
蘭さんと理人さんを送り出し、夜を迎えた学校にてやることを全て終えた私は、最近になってようやく全て浄化し終えた図書館の本のひとつを撫でながら、そっと空を見つめます。その先には輝いていたはずの星空が徐々に消えていく様が見えました。よくよく見れば、空の色も濃い黒色から紫色と変わっており、あとちょっと時間が経てば夜が開け、お日様が顔を出す時間になるでしょう。そうなればまた新しい1日が始まります。
しかし、それは同時に、私に関する記憶が消えていく合図でもあります。
「もう蘭さんと理人さんの記憶に私はいないでしょうね……」
昨日再会と出会いを果たした2人の学生。
片方は過去に悩みを解決した相手で、もう片方は現在進行形で悩みを抱える人。
どちらも時間軸は違えども私が関わった人で、そんな彼らが助ける側と助けられる側として関わっているのがとても不思議な気分です。
まるで私が2人を引き合わせたみたいですよね。肝心の張本人たちは、私のことを覚えていない訳ですが。
「蘭さん……無事に理人さんの悩みにたどり着いていればいいのですが……」
そんな2人……というより理人さんが抱える大きな問題。
私は理人さんについて詳しく知っている訳ではありませんし、ここから大きく離れることができないので、どんな悩みを抱えているのかを正確に判断することはできません。恐らく解決させることも不可能でしょう。それ故に蘭さんに託すしかなく、こうしてお願いしていますが、やっぱり自分が動けないと言うのはどうしてももどかしく、早く朝になって、皆に登校してもらって、この目で確認したいという欲で溢れてしまいます。
「凪茶さんの時も思いましたけど……やっぱりこういう大きな悩みを抱えている方に対して、どうしても私の特性が邪魔してしまうのはどうにかしたいところですよね……」
日を跨げば、私に関する記憶が消え去るという超ド級の足枷。
これさえなければ、まだ私は融通の効く行動ができるというのにと、どうしても思ってしまうのは仕方ないでしょう。
例えない物ねだりだとわかっていても。
「せめて1人だけでも、私のことを覚え続けてくれる人がいればなぁ……」
その呟きは誰に聞かれることもなく、そっと空気に溶けていきます。
果たしてその言葉に込められた意味は、悩み解決に関する助手が欲しいという意味なのか、それとも……
自分が呟いた言葉だと言うのに、その自分自身がどんな感情を載せてこの言葉を喋ったのかは、ついぞ理解することはできませんでした。
☆
「おはよ〜カオちゃん」
「おはよう蘭。昨日は大丈夫だったかしら?」
「うん、ちゃんと家まで送ってあげたよ!!」
「家まで!?」
「うん。あ、あと連草君の家でご飯貰ったんだけどさ、連草君無茶苦茶料理上手かったんだよ!!」
「ちょ、ちょっとまて!?想像の斜め上を突っ走り続けないでもらえるかしら!?」
連草君を家に送り、色々なお話を聞いた翌日。学校に到着した私は、先に来ていたカオちゃんと合流して昨日のことに関する報告をはじめます。
まずはジャブとして、連草君を家に送ったことと、彼の料理の腕が凄く良かったことを伝えると、カオちゃんの表情が驚愕のそれへと変化し、掌をこちらに向けて一旦話を止めることを言ってきます。
「えっと……話をまとめるわね?」
「うん……」
自分の左目より少し上の部分に左手を添え、目を瞑りながらそういうカオちゃんは、まるで頭痛に苛まれているかのように見えます。が、これは彼女が考えをまとめるためによくする、所謂ルーティーンというやつです。私がしたら格好がつかないのに、カオちゃんがするとクールな見た目と相まって、物凄くかっこよく見えます。特に、考えがまとまった時に、この状態からゆっくり目を開け、カオちゃんの持つ深い藍色の目が少しずつ見える瞬間は何にも変えられないほど綺麗で大好きです。
「うん……とりあえずわかった。つまりこういう事ね」
そんな一連の動作に見とれているうちに落ち着きを取り戻したカオちゃんは、今までの出来事をサラッとまとめます。
「昨日助けることとなった連草君の体調を気遣って、彼の家へと送り届けることとなった。恐らく連草君の家が蘭の家から近かったのね。じゃなきゃ今あなたはここにいないでしょうし」
「ちょっと?」
「で、たまたま家が近かった蘭が奇跡的に迷子にならずに連草君を無事に家に送り届けて……」
「ねぇ、サラッと私をディスらないで?」
やたらと言葉が強いカオちゃんに思わずツッコミを入れるけど、当の本人は一切気にすることなく言葉を続けていきます。……絶対に後で仕返しをすることを今決めました。
「家上がらせてもらって、そこでご飯もご馳走になったって事よね」
「うん、すごく美味しかったよ!」
「そう、それは良かったわね。……で、あなたが私に対して少し違うテンションで声をかけてきたってことは……この先が本題ね?」
「……凄いなぁ、そんな所まで分かっちゃうんだ」
「何年あなたと付き合ってると思ってるのよ。考えてる事は大体わかるわ」
「……えへへ」
クールな印象を持つカオちゃんから、まさかこんなことを言われると思わずついつい微笑みがこぼれます。こんなことを言われたらさっきの言葉は許すしかないじゃないですか。
「大方、連草君の家でご飯を食べてる時に彼の悩みにでも触れたってところかしら?」
「うん、そうなの。しかもその悩みが結構大きくてね?」
「なるほど……」
そんな話をしているうちに、件の連草君が教室に入ってきて、誰に挨拶をするでもなく自分の席に座って、机に突っ伏していきます。
顔色を見た感じ、少なくとも普段よりかは明るいそれにはなっているけど、やっぱり蓄積された疲れは取れきっていないのか、まだ万全の体調には全然見えませんでした。
「まぁあそこまでになるってことは相当大きな悩みってことよね。で、そんな大きな悩みを解決するには、私にどうして欲しいの?」
「うん、それはね━━━」
☆
「……放課後か」
珍しくいつもより少し体調がいい状態で学校に望むこととなった今日が終わり、窓から差し込む陽の光が今から茜色に変わろうとしている時、僕の中にはずっと『バイト』の3文字が巡っては消えていた。
「……クビになってるもんね……また探さなきゃ……」
僕の家庭環境的に、僕が頑張らないと弟や妹に満足いく生活をさせることができない。もちろん、僕たちが未成年である以上、未成年後見人が存在し、その役割は僕のお父さんのお兄さんが担ってくれている。今住んでいる家だって、その人の名義で住んでいるわけだし。
別にその人と仲が悪いわけじゃないし、定期的にこの家に来て様子を確認しに来てもくれている。けど、当たり前ながら2家族分の面倒を見きることなんてできるわけが無い。それに、お金を借り続けるのは僕の良心が許さないし、まだまだ小さい弟と妹に不自由ない生活をさせてあげようとすれば足りない。だからこそ、せめてそれくらいは自分で稼ごうとバイトを行っているのだが、家事に勉強、そしてバイトの3つを完璧に両立させようとするのはさすがに厳しく、高校生という体力の多い時期でさえダウンしてしまうくらいには追い詰められていた。
その結果が、昨日の過労によるダウンとバイト先のクビ。
収入源を失い、中間試験の結果も散々で、唯一癒しと言える弟たちの笑顔はまだ守らているものの、このままではこの笑顔がいつ崩れるかも分からない。それが怖くて怖くて仕方なく、学校にいて体力を回復した今だって、『すぐに次のバイト先を見つけないと』という強迫観念から逃れられず、冷や汗が少し出始めている。
「早く見つけて頑張らないと……けどまた同じことが起きたら……」
早く見つけてお金を稼がないといけないという焦りと、また過労でミスしてクビになったら?という2つの不安から、どうしても就職先を探すために携帯を握っている手が震えてしまうのを感じる。
ただでさえ学校の成績だって危ないのに、これ以上こんな不安な状態を続けてしまえば、いよいよ持って学校を辞める必要があるかもしれない。
(……そうだよ。さっさと学校を辞めてしまえば、僕にかかるお金が安くなる)
いっそ今からやめてしまえばいいのではないか?1度思いついてしまったその案は、不自然なぐらい自分の中に入り込んでいき、『もはやこれが最善なのでは』と思い込んでしまうほどにまで思考が進んでいく。
(そうだよ。そうすれば家にいる時間も取れて、なんならバイトの掛け持ちだって自由だ。お金も沢山入ってみんなの時間がも作れる。やっぱりこれが……)
最善。ただし、そこに自分への気遣いは一切ない。
弟たちが幸せなら、自分のことがどうなろうと構わない。
そんな仄暗い考えがどんどんと頭を支配していき……
「連草君!!」
「っ!?」
まるで暗闇に飲み込まれるかのような状況から、光が差し込むがごとく、綺麗で真っ直ぐな声が耳を打つ。その声によって、暗闇の中から引っ張りあげられた僕は、顔を上げて声の主へと顔を向ける。するとそこには、つい昨日から関係を持つことになった、1年生で1番テストの成績がいい天才、鈴音蘭さんと、そんな彼女の後ろに控える学年2位の秀才、金森香さんという、1年生の間では少し噂になっている美人天才コンビの2人だった。
「鈴音さん……?どうかしたの?」
「どうかしたの?はこっちのセリフだよ。なんか、うなされているように見えたけど……大丈夫だった?」
「うなされ……声にでてたんだ……」
そんな2人が僕に声をかけてきたのは、どうやら僕がうなされているように見えたかららしく、後ろに立っている金森さんはともかくとして、目の前で立っている鈴音さんはとても心配そうな表情を浮かべていた。
(そんな顔は浮かべて欲しくないな……)
まだ関わって2日目という浅い関係ではあるけど、それでもこの人のこの表情が似合わないということはわかった僕は、心配を少しでもなくそうと、努めて笑顔で言葉を返す。
「大丈夫、久しぶりにじっくり眠れたから、これからアルバイト探しにちょっと嫌だなぁって気持ちが生まれただけだよ……」
「……嘘だよね?」
「っ!?」
彼女を安心させるために返した嘘の言葉。それは一瞬のうちに切り伏せられ、彼女の瞳に真っ直ぐ見つめ返される。
(……って、そういえば彼女には事情を全て話しちゃったんだっけ)
関わってまだ2日目だと言うのに、彼女の雰囲気に絆されて、僕は彼女に家庭事情の全てを話してしまっている。そんな彼女に対しては、この程度の言葉はなんの意味もなさないだろう。
「って言うか!昨日私言ったはずだよ!!『これならお金の面も少し楽になるかも!?』って!!」
確かに昨日彼女は、僕の悩みを聞いた上でさっきの発言を残してくれた。けど、僕はその言葉の内容を知らない。
「確かに言ったけど……鈴音さんあの後、『明日を楽しみにしてて!!』って言って直ぐに帰っちゃったから、内容を知らないんだけど……」
そう、なぜならその言葉を最後に彼女は帰ってしまったからだ。そのせいで話の内容が気になって頭から離れなかったし、弟や妹たちからしたら、お風呂に入っている間にいつの間にか居なくなってしまったからかなり拗ねてしまい、その対応にかなり苦労した。出来ることなら弟たちがお風呂から上がってくるまで残って欲しかったって心の中で愚痴っていたほどだ。いやまぁ、出会った初日の人に言う愚痴では決してないんだけどさ。
そんな僕の考えなんて露知らず、相変わらずにこにことした明るい表情を浮かべた鈴音さんは、元気な声で言葉をつ続ける。
「だから、その何とかなるための考えを紹介しに来たの!!」
そういいながら体を少し横にずらした彼女は、後ろに控えていた彼女の友達である金森さんの姿がよく見えるように引っ張ってきた。
「紹介するよ!!カオちゃん……じゃなかった、金森香ちゃん!!私の親友にして、連草君を助けてくれる救世主だよ!!」
「はぁ、その説明じゃ分からないでしょうが……まぁいいわ。初めまして、連草君。紹介に預かった金森香です。よろしくね」
「えっと……初めまして、連草理人です。よろしくお願い、します」
詳しい説明もないまま紹介さたのか、少し呆れながら、しかしもう慣れてしまってるのか特に不満を述べることもなく自己紹介をしてくれた金森さんに、同じく自己紹介出返す僕。
初対面の印象は、多分そんなによく思われていないだろう。
本当に、こんな感じで大丈夫なんだろうか。そんな不安が渦巻くやり取り。
けどこの出会いは、ボクの人生において、一生忘れることができない、そんなやり取りになって行くことになる。
この時の僕は、そんなこと、全くわからなかったのだった。