初めまして。
お互いの口から発せられたその言葉は、鈴音さんという共通の友人を挟んで交換され、しかしお互いのことを全く知らないためそれ以上続くことはない。
とりあえず自己紹介の交換を済ませたところで、僕たちの視線は鈴音さんへと注がれる。
僕からしてみれば、この金森さんが一体僕にどんな影響を与えてくれるのかが、金森さんからしてみれば、一体僕に対して何をすればいいのか。
疑問をぶつけるようなその真っ直ぐな視線に対して、鈴音さんは視線を気にすることなく、嬉しそうな表情を浮かべながら答えてくれた。
「カオちゃんに解決して欲しいのはズバリ、連草君のお金の問題です!!」
「……昨日も言っていたことだよね?」
「そう!!」
昨日僕の家に来て、ついぞその内容を話すことなく出ていってしまったせいで全く内容を知らないその解決内容。正直この部分だけを切り取ったら、とてつもなく怪しい勧誘だ。
「まさかじゃないけど、金森さんが金融関係の人で、借金してしまうって話じゃないよね?」
「そんな危ない話じゃないよ!?そんなに警戒しなくても良くない!?」
「あなたの話し方の問題でしょうに……どうせ深い説明なんてしてないんでしょう?私が連草君の立場でも同じ反応をするわよ」
「うぐっ……」
僕の頭の中にある嫌な過程を潰すように言葉を投げかけてみれば、さすがにそれは違うらしく、鈴音さんも心外だとばかりに対抗してきた。けど、事情を知らない僕からしてみればこの反応こそが普通な気がするし、現に彼女の親友である金森さんは、僕に寄り添った発言をしてくれた。
この短時間で2人の関係性がよくわかった気がする。金森さんに心の中でお疲れ様と言っておこう。
「とりあえず、まずは連草君に説明するところからでしょう?さっきみたいな怪しい勧誘じゃなくて、ちゃんとした説明。何するにしても、張本人である彼を置いていくのが1番ありえないわよ?」
「わ、わかってるってば……」
このやり取りだけを見れば、学年首席と次席、実は逆なんじゃないかと思ってしまいそうだ。
そんな僕の心情なんて露も知らない彼女は、咳払いをひとつした後に、ようやく説明をはじめてくれた。
「私が連草君に提供するのは、ズバリバイト先だよ!!」
「バイト先……?」
「そう!!」
改めて口を開いた彼女から伝えられたのは、僕のバイト先の斡旋だった。
「ほら、昨日バイトをクビになったって嘆いてたし、さすがに昨日の今日でもう見つかっているとも思ってないんだけど……あ、そこを聞き忘れてた!!……まだバイト見つかってないよね?」
「それは……そうだけど……」
「良かったぁ」
「いや、気持ちはわかるけど良かったはちょっと変でしょ」
「あ、それもそっか。えへへ……」
安堵のため息をつく鈴音さんと、そこに苦笑いで突っ込む金森さん。
2人のやり取りを見ていると、なんだか自分の悩みがちっぽけに見えてきて、そして何より楽しそうで。
「ふふ、いいなぁ……」
「「!?」」
と思わず小声でつぶやくと、目の前の2人がびっくりした様子でこちらを振り向いてきた。
元から顔をこちらに向けていた金森さんはともかくとして、金森さんの方に顔を向けていた鈴音さんは、グリンという効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで首を回してこちらを見てくるものだから、若干のホラーみを感じて変な声が漏れそうになる。
「え、な、なに?」
それを何とか抑えた僕は、何がそんなに彼女たちの視線を引いたのか気になって質問をしてみた。すると鈴音さんは、少し表情を柔らかくして答えてくれた。
「連草君、ようやく笑顔になった!!」
「え……?」
「気づいてなかったのかしら?あなたずっと苦しそうな顔を浮かべていたわよ?」
そう言われて無意識に頬に手を持っていき、ゆっくり触ってみるけど、正直自分ではよく分からない。元々こんな硬かった気もするし、笑顔という点だけいえば、昨日だって浮かべていたような気もする。
けど、少なくとも学校で笑顔を浮かべていたことはなかったかもしれない。
だからなんだという話ではある。笑顔を今浮かべたところで状況が良くなっているわけではない。
でも、僕の心は少しだけ軽くなった。そんな気がする。
「……ありがとう2人とも。ちょっと余裕出てきた。鈴音さん、話の続き、聞いてもいい?」
今なら、落ち着いて鈴音さんの話を聞くことができそうだ。
「うん!任せて!!で、バイト先の紹介なんだけど、その肝心の場所が何を隠そうこのカオちゃんの実家なんだよ!!」
「金森さんの実家?なにかお店をしているの?」
鈴音さんから紹介された金森さんの実家について質問を返してみると、鈴音さんの説明を引き継ぐように金森さんが発言をする。
「私の家はカフェを営んでいるのよ。距離も、あなたたちの家の方向とは逆方向だけど、この学校からはそんなに離れていないわ。あなたの家から見てもそんなに離れていないと思うの。ここなんだけど……」
そういいながらスマホの画面に写っている地図を見せてもらえば、確かに場所はここから近くて、僕の家からもそんなに遠く離れているようには見えない。なんなら、今までのバイト先と比べたら全然離れていない。今までで1番近い場所だ。
「……うん、場所としては凄く近いよ。けど、肝心の業務内容は?カフェってことは、もしかして料理とか覚えないといけないんじゃ……」
「そこは大丈夫でしょ?」
僕の不安を前に、さもなんでもないように答えるのは金森さん。
色々厳しそうな彼女が楽観的な答えをするのはとても想像できなくて、思わずぽかんと口を開けながら言葉を返す。
「そ、そんなに楽観的に見ていいの?2人が親友なら、僕がバイトをクビになった理由も知っているはずだけど……」
僕がバイトをクビになったのは過労という理由があれど、仕事ミスの多発によるものだ。それが理由なのだとすれば、雇用する側からすればとてもじゃないけど、雇いたいだなんて思うことは無いはずだ。
なのに、彼女はそんなことなんて些細なこととでも言うかのような雰囲気と共に告げる。
「どれだけ疲れてても、家族へ出す料理を失敗はしていないんでしょ?あなた」
「それは……そうだけど……でもそれだって、あくまでも僕の主観的な言葉でしかないでしょ?確認する方法なんて……」
「それは私が見てるでしょ?」
「……あ」
僕の言葉を遮ったのは、昨日僕の家で料理を実際に食べた鈴音さんの言葉。
「私自身もさ、よくお菓子作りとかするから料理の腕はそこそこあるつもりなんだ。まぁ、カオちゃんには勝てないんだけどさ。でも、そんな私が本当に美味しいって感じたんだよ」
「蘭とはもう長い付き合いだから、この子の舌が信じられるってこともよくわかっているわ。だから、あなたの料理の腕前は十分信じられるわよ。それに、あなたの手を見れば何となくその辺もわかるの」
少し柔らかい表情を浮かべながら鈴音さんを見る金森さんの姿は、なんだかんだ言いながらも親友のことを信頼しており、良い関係を築けているのがよくわかった。
(……羨ましいな)
2人を見ながら、ついつい心の中によぎるその感情は嫉妬か、羨望か、あるいはその両方か。ここに来て急に、今まで忙しかったが故に取りこぼしてきたものの大きさを感じた気がした。
そんな視線をいつの間にか金森さんに向けていたらしく、これを受けた金森さんは、僕が不安そうな視線を向けていると勘違いしたのか、自身が『人を見る目がある』と言える根拠を述べていく。
「人を見る目はしっかりあるつもりよ?なんせ、この子1人にしていると不安だもの」
「何その言い方!?まるで私が悪徳商法にひっかりやすい人間みたいじゃん!!」
「事実引っかかりかけたじゃないの……」
「うぐっ……」
本当に楽しそうに話す2人は、もはや僕を置いてけぼりにして盛り上がっていく。しかし不思議と、蚊帳の外にされていることに不満はなく、むしろそんな2人をもっと見守っていたいと思えるほど、2人が作り上げる空間は優しくて、暖かかった。
「……って、脱線しまくってるわね、ごめんなさい」
「とりあえず、連草君の今日の予定は空いてる?」
「うん、それは大丈夫」
「ならなら、今日はこれからカオちゃんのカフェに顔出しをしてみよっ!!働くにしても、働かないにしても、1度来てみて欲しいんだ!!」
2人の和やかな空気が一旦終わったことに何故か少しだけ残念な空気を感じたけど、その気持ちに蓋をしたところで提案されたのは、金森さんの実家が経営するカフェへの訪問。
確かに、働くにしても、そうじゃないにしても、興味がないわけじゃない。生きる上で覚えるしかなかったとはいえ、僕にとって料理というのは既に大きな趣味の1つだ。忙しさのあまり遊びやゲーム、読書といったメジャーな趣味に手をかける時間が無い僕にとって、この料理というのは唯一手をかけることのできるものと言っても過言では無い。
なぜなら、手をかければかけるだけ弟や妹たちが喜んでくれるから。頑張れば頑張るほど家族が喜んでくれるのなら、頑張りがいがあるというものだ。
(……そういえば確かに、料理系のバイトに就いたことはないかも……)
基本的に僕が受けるバイトは体力系の仕事が多く、物の運搬や商品の品出しとかばかりだった。掛け持ちやバイト代のことを考えるとどうしてもこちら面の方が効率がよく見えてしまい、ついついこちらによっているものばかりを受けていた。
連日連夜働いてくたくたな体で接客なんてできる気がしないし、料理はバイトじゃなくて正社員が引き受ける場所というイメージが強かったというのもある。ファーストフード店だと作っている感もあまり無さそうだし。……とは言え、疲れのせいでその体力系の仕事でも失敗しているのなら、全くもって意味は無いんだけどね……かけ持ちしすぎて倒れているのなら、どの職種でも意味はなかっただろう。
「どうかな、連草君?」
首を傾げながらこちらを覗く鈴音さんと、腕を組みながらじっとこちらを見つめる金森さん。
2人の態勢は全然違えど、浮かべる表情はどちらも少し不安げで、そこからは僕の身を案じる思いやりが感じ取れた。
(本当に、昨日今日知り合ったばかりなのになんでこんなに優しいかな……)
そんな2人の姿がとても眩しく目に映り、思わず頬が緩んでしまいそうになる。が、ここで急に微笑むと間違いなく不審者だ。小さく深呼吸することで表情をしっかりと引き締めて、まっすぐ相手の目を見て返す。
「じゃあ案内してもらおうかな。カフェかぁ……全然行く機会ないから、ちょっと楽しみだよ」
「ほんと!?やったぁ!!」
「ほっ……良かった」
僕の返事を聞いて、文字通り飛んで喜ぶ鈴音さんと、安心したようにため息をこぼす金森さん。その反応から、やっぱりこの誘いに乗ってよかったと感じた僕は、金森さんの手を取ってぴょんぴょん跳ねる鈴音さんという2人のやり取りを見てそっと微笑む。
(カフェのお仕事か……どんな感じなんだろうなぁ……)
そんな2人からそっと視線を外し、若干夕焼けに足を突っ込みそうな空模様を見ながら、僕はこれから向かう場所に対して、期待に胸を膨らませていった。
『……この様子なら大丈夫そうですね。……頑張ってくださいね?』
「……え?」
そんな新たな一歩を踏み込もうとしている僕の背中を、誰かがそっと押してくれたような気がした。