行く先が決まったところで、僕たちは即移動を開始するべく、3人揃って学校から出て、金森さんの実家への道を歩く。
「でさでさ、この前燐と一緒にそのお店に行ったら本当に美味しくて〜」
「あなたと燐が絶賛するならよっぽどなのね……私も今度行こうかしら」
「行こ行こ!!私も他の味試したいし!!」
金森さんの家へ行くまでの配置は、前に鈴音さんと金森さんが2人で横に並び、そのちょっと後ろに僕が着いていくという感じだ。仲のいい2人が話しながら道案内をするという兼ね合いで自然とこのポジションに落ち着いた。間に入るなんてもっての他だし、そもそも横に広がると他の人へ迷惑だ。となるとやっぱりこの位置がいちばん適切だろう。
「連草君はどう?この辺でなにか美味しいお店とか知らない?」
そうやって後ろから2人のやり取りを微笑ましそうに眺めていると、急に後ろに振り返りながら鈴音さんが話題を振ってきた。
「え、お店!?お店……お店……」
まさか振られるだなんて思っていなかったボクは、急に投げられたその質問に答えるべくあわてて自分の記憶を探っていく。が、どれだけ記憶を探っても自分の脳内検索に何一つ引っかからないことに気づく。
「……そう言われると何も思いつかないな。……そういえば、最後に外食したのっていつなんだろう」
母親の料理が美味かったおかげで毎日手料理だったし、両親が居なくなってからは外食をするお金なんてないから僕がずっと作り続けていたし、テレビを見る暇もなかったから、よくテレビの特集で見られる旬のグルメとかを見る機会もなかったし、友達もいなかったから口伝いに知ることもなかった。そう考えると僕は、美味しいお店に限らず、皆が話すであろう話題についての手札が全然ないことに気づいた。
「ああ……そっか……そうだよね」
僕の発言を聞いて家庭環境を思い出した鈴音さんが気まずそうな顔を浮かべたものの、直ぐに切りかえて明るい声で喋り出す。僕が昨日、過去についてはもう割り切って乗り越えられているという発言をしっかり覚えてくれているみたいで、必要以上に重く捉える方が悪いと思ってくれたのだろう。この辺りは人によって意見が別れるんだろうけど、少なくとも僕にとってはこの扱いの方が嬉しい。
「じゃあさじゃあさ!これから色んなことを知ろうよ!!良かったら連草君も一緒に行ってみない?」
「え、いいの?」
「もちろん!!ね、カオちゃん?」
「ええ、私も問題ないわよ。なんならその時は弟君や妹ちゃんも連れて来なさい。あなた、1人でそういう店行くの躊躇うタイプでしょ?私の店にも連れてきていいわよ」
「……」
鈴音さんの発言を聞いて、金森さんも僕への正しい対応を見極めたのか、僕が言われて嬉しい言葉をちゃんと選んで発言してくれた。
そのことにびっくりしてしまい、思わず返答が遅れてしまう。けど、そんな僕の心情すら読み取ったのか、金森さんは決して急かすことなく、しかし、僕と同じく金森さんの気遣いに気づいて、横でニマニマとした笑顔を向けている鈴音さんに対して恥ずかしさと少しの不満を混ぜ合わせた顔を見せながら言葉を続けていく。
「なによ。私が気を使うのが変なのかしら?」
最終的にはそっぽを向きながら告げられたその姿は、傍から見てもちょっとおかしくて、思わず鈴音さんと顔を見合せたあと、2人して笑い出してしまう。
「「ふ、あはははっ」」
「ちょ、ちょっと!!2人して何笑ってるのよ!!」
「あはは!!ごめんごめん。ありがとうね、金森さん。うん。今度弟と妹もつれてお邪魔させてもらうよ」
まだカフェに行ってすらいないのに、僕の中で確かな確信があった。
(ああ、これから行く場所はきっと素敵な場所で、すぐに好きになるんだろうなぁ)
こんなに優しくて楽しい人の家族が経営している場所はいい所。そんなことが勝手に頭の中で想像されるくらいには、僕の心はもう動かされていた。
☆
「さ、ここが私の家よ」
「どうどう?すごいいい雰囲気でしょ!?」
「なんであなたがそんなに得意げなのよ」
「ええ〜、だって自慢したいじゃん〜」
「……」
横で聞こえてくる金森さんと鈴音さんの相変わらずな会話を聞き流しながら僕がみつめていたのは、金森さんの実家が経営するカフェの外観。
個人経営ということもあって、決して大きなお店という訳では無いが、その大きさがちょうどよく、初めての入店だったとしても、木目調の扉が優しくお客さんを迎え入れてくれそうな雰囲気を放っており、まだ入っていないのに、既に温かさを感じさせてくれていた。
扉の見た目からわかる通り、コンセプトは所謂ナチュラル系のお店となっており、窓からちらりと見える内装も、使われている家具類は基本木製で、ウォールシェルフなどに飾られている植物たちもその空間を作っている1つの手助けとなっているように見える。
(早く、中に入ってみたい)
そんな気持ちに頭の中を支配されていた僕は、金森さんと鈴音さんの話し合いが続いているうちに、気づけば手がカフェの扉へと向かっており、そのドアノブを開いて中に入っていた。
チリンチリンという入店を知らせる鈴の音が僕を出迎えてくれる中、そのまま足を中に進めれば、窓から中を見ていた時以上に、優しい雰囲気が僕を包み込んでいく。
木目調の壁に暖かい暖色寄りの照明。そして聞いているだけで心が落ち着く店内BGM。
ひとつひとつを見てもかなり素晴らしいデザインなのに、それらが合わさることで相乗効果が発揮し、更な癒し空間が生成されていた。
お店の中の席は決して多くはなく、お客さんも少なくは無いが多くもないという丁度いい人数が収まっており、そのバランスも計算されているのではないかと疑ってしまうほど丁度いい。
「あら、いらっしゃい。学生がこの時間に来るなんて珍しいわね?」
「っ!?」
辺りに微かに漂うコーヒーの香りも相まって、まるで別空間にでも迷い込んでしまったのかと思う程の雰囲気を作り出している店の中を思わずゆっくり見回している僕は、急にかけられた声に一気に現実に戻され、慌てて声の主の方に意識を戻す。
ここはカフェの中。当然僕以外の人間は存在するし、もっと言えば入店直後は必ず店員さんが声をかけてくる。
当たり前のことなのに、それすらも頭から抜け落ちるほどこのお店の雰囲気にのまれていた僕は、すぐさま声の主にに言葉を返した。
「えっと、クラスメイトの方に紹介されて来たんですけど……」
「
「母さん、帰ったわよ」
と、言葉を返している途中で、話し合いを終えたらしい鈴音さんと金森さんがお店の中に入ってきて、僕の横を通り抜けて店員さん……いや、金森さんがお母さんと言ったということは、もしかしたら店長かもしれない人と楽しそうに話を始めた。
「あら、いらっしゃい蘭ちゃん。香もお帰りなさい。しかし珍しいわね?あなたたちが揃って男の子を連れてくるなんて」
鈴音さんと金森さんと穏やかに話す彼女の見た目は、綺麗な黒髪をミドルポジションでポニーテールにまとめていることと、目元が少し穏やかになっていること以外は、まさしく金森さんを成長させた姿という言葉がしっくりくる。……いや、正確にはしっくり来ていない。金森さんのお母さんと言うにはあまりにも若く見え、ともすれば姉と勘違いするレベルだ。金森さんの『母さん』発言がなければ、100%間違えていたことだろう。
そんな若々しい、おそらく店長と思われる金森さんのお母さんは、興味深そうに僕のことを観察していた。その視線がどうもくすぐったく、ついつい視線をあちこちとそらしてしまう。
「ふ〜ん……なかなか面白そうな子ね?」
「え?」
と、傍から見たら完全に挙動不審な態度をしていた僕に対して、そんな評価を下す金森玉緒さん。
正直、僕の見た目はお世辞にもいいとは言い難い。さっき視線を泳がせた挙動不審さはもちろんのこと、度重なる栄養不足と寝不足による、少しやつれた姿と目元にできている隈、そしてあまり整えられていない(整える暇すらない)髪型を見れば、だいたいの人がマイナスなイメージを抱えてしまうはずだ。
なのに、玉緒さんはこんな僕を見て『面白そうな子』という評価を下した。
その言葉の意味が一切わからず、おもわず声を上げながら視線を戻せば、いつの間にか目の前には玉緒さんの姿。
「っ!?」
いきなりの光景に思わず声を上げ、後ろに下がってしまいそうな所で、しかしそんな僕の動きを止めるかのように肩に手を置いた玉緒さんは、僕の前髪をそっとあげ、至近距離でじっと目を合わせてきた。
「……っ」
黒色の綺麗な瞳は、まるで僕を飲み込むのではないかと言うほど真っ直ぐ見つめており、全てを見透かされているような感覚に落ちる。が、そこに不思議と不快感はなく、むしろ変な安心感があるくらいだった。
それはまるで、死んだ母さんを彷彿とさせるような暖かさで……
(って、なんで人の親に母性を感じてるのさ!!しっかりしろ、連草理人!!)
もしここに人の目がなければ、頬を叩いて気持ちをリセットしていたくらいだ。そして、そんな僕の心持ちすらも見通しているのか、目の前の玉緒さんは少し表情を緩ませながら口を開く。
「うん、ちゃんとすれば見た目もいいし……手も綺麗だし、この手の形は料理になれてる人の手ね。本当になかなか面白い子を連れてきたのね。香ったら、こんな子がいるのならもっと早く連れてくればよかったのに……」
「え、えっと……あ、あの……」
「ちょっと母さん。いきなり距離を詰めたら連草が驚くでしょ」
「ふ〜ん、連草君って言うのね。ねえねえ、香と蘭ちゃんとはどういう関係なの?」
「ちょっと!!話聞いてよ!!」
あわあわしているうちにどんどん盛り上がっていく金森母娘の会話に完全に乗り遅れた僕は2人を眺めることしか出来ない。そうやって呆気に取れれていると、隣から肩をつんつんされたので、そちらに視線を向けてみれば、そこにはまるでいたずら成功とでも言いたそうな雰囲気の笑顔を浮かべながらこちらを見つめる鈴音さんの姿。
「賑やかでいいところでしょ?カオちゃんも玉緒さんも、とっても話しやすい人なんだからさ!!」
「……玉緒さんはともかく、金森さんは意外だなぁ。……家ではこんなふうに話すんだ」
「ふふ、でしょでしょ?なんかお堅い雰囲気じゃないけどさ、真面目な空気をまとっている普段の姿とは結構違って見えるでしょ?……あ、でもそれは直接カオちゃんに言ったらダメだよ?カオちゃん赤くなって怒っちゃうから」
「ちょっと蘭!!聞こえてるからね!!連草も変なこと言わないで!!」
「あはは〜、バレてる〜」
「僕も!?」
決して騒がしくしていたわけではない。なんせここはカフェの中だし、玉緒さんは店長さんで、今は営業時間中だ。けど、カフェのカウンター周りで行われているこの会話は確かに盛り上がっており、カフェでくつろいでいるお客さんの邪魔をしない範囲で沸いていく。
同時に、確かに感じる僕の緊張が溶けていく感覚。そして、ふと玉緒さんの方に目を向けてみれば、僕に分かる範囲んでウィンクを飛ばしてくるお茶目な姿。
(ああ、成程……これは、敵わないなぁ)
このやり取りが僕の緊張を解すためのアイスブレイクの役割を担っており、その空気を玉緒さんが会話を回すことで作り上げている。
きっと、そのことに金森さんと鈴音さんは気づいていない。
玉緒さんの立ち回りが、ただただひたすらに上手い。
(だからこそ、このカフェはずっと優しく営業し続けてきたんだろうし、多分これからも長く続いていくんだろうなぁ)
気づけば自分までもがこのカフェの空気の中に取り込まれており、玉緒さんの狙い通り、体からはすっかりと緊張が抜けてしまっている。
既に、体がこの空間に対して落ち着きを感じ始めている。その証拠にいつの間にか僕と金森さん、そして鈴音さんは、なんの疑問を抱くことなくカウンター席に座り、マスターである玉緒さんと談笑に花を咲かせている。
そうやってすっかり馴染んでしまった僕の前に、ひとつのカップがそっと置かれる。
置かれたのは、とても心地いい香りを立ち上らせる一杯のコーヒー。
鼻腔をくすぐるその匂いは、思わずため息を零してしまうくらい素敵なもので。
「改めて……ようこそ、『カフェ・ナチュレ』」へ。貴方を歓迎するわ。連草君」
その匂いと言葉を持って、自然の名を関する素敵なカフェは、僕を素敵な時間へと誘っていった。