「彩姫先輩!!」
「はい〜。とっても優しいあなたの彩姫先輩ですよ〜」
入学式前に別れて以来、ずっと見当たらなかった優しい先輩との再会は、カオちゃんとの会話で生まれた違和感を吹き飛ばしてしまうくらい私にとっては嬉しいことで、会ってない時間はたかだか数時間ほどなのに、やけに久しぶりに感じた私は飛び跳ねるように移動しながら彩姫先輩の前へかけだします。
相変わらず小さくて可愛らしいその姿は、私を体育館へと導いてくれたその人と当然変わることはなく、淡い紫の髪と、純白の制服姿を持って私を迎え入れてくれました。
(やっぱり、この人はちゃんと存在している。私の勘違いなんかじゃない!!)
改めてそう確信した私は、再会した先輩に対して、頭を下げながらお礼をいいます。
「先輩、さっきはありがとうございました!!おかげで入学式に遅れることなく挨拶をすることが出来ました!!」
「みたいですね。立派な挨拶でしたよ〜」
「ちゃんと聞いてくださったんですね!!」
「勿論です。大切な後輩の晴れ舞台ですからね〜」
頭を下げていた私に対して投げられた言葉は、先程の挨拶に関する感想で、その言葉がちゃんと私の姿を見てくれていた証拠となっており、ついつい心に暖かいものが生まれていきます。が、同時にある疑問も少し生まれてきて。
「ですが先輩。壇上から見下ろしてた時には、先輩の姿はどこにもなかった気がしたんですけど……」
その疑問に関して言葉を落としてみれば、先輩はぽんと手を叩きながらすぐに返答をします。
「私は裏方の仕事が色々あったので、座席には座ってなかったのですよ〜」
「なるほど……それはお疲れ様です」
疑問に対する返答は驚くほどあっさりで、しかしそれ故に嘘には見えなくて、私はすんなりとその言葉を受けいれます。こんな優しい先輩が嘘をつく理由のありませんからね。
「裏方を頼まれるくらいには、先輩は先生方に頼られているんですね……もしかして、生徒会執行部の方だったりするんですか?」
「あはは、そこまで大層な人間ではないですよ〜。ただちょっとだけ、人よりもお節介をやくのが好きなだけです」
優しく笑いながらやんわり謙遜をする先輩を前に、そんなことないと思いながらも、きっとこんな性格だからこそ先輩は優しいのだろうということを理解して、私はこれ以上の言及をやめておきます。あまり言いすぎても良いことはなさそうですからね。
ですが、最後にこれだけは伝えないとと思い、心からの言葉を渡します。
「でもそのお節介にとても助けられた人もいるんです。だから、ありがとうございます!!」
「蘭さん……」
心からの笑顔を浮かべながら送る私の本気の感謝。それはまっすぐストレートに彩姫先輩に突き刺さったのか、少しだけ驚いたかのような表情を浮かべた後に、花のような微笑みを見せながら小さく頷いて、しっかりと受け止めてくれました。
「そこまで言われたら謙遜も無礼ですね。どういたしまして、です」
「はい!!」
穏やかな笑みを浮かべたままそう言ってくれた先輩の言葉がとても嬉しくて、心が暖かくなった私は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった気持ちで返事を返します。
春の穏やかで、暖かい空間の中行われるこのやり取りが、私の心にどうしようもない楽しさを与えてきます。
(もっと、この人と長くお話したいなぁ……)
そんなことを無意識のうちに思ってしまうほど、私はもう彩姫先輩のことを気に入ってしまっていました。しかし、私たち1年生は今日の予定を全て終えており、もうやることはありません。意味もなく学校に残るのも迷惑になるでしょうし、いい加減この教室の戸締りもしておかないとダメです。一方で、先輩はまだまだこの学校での仕事が残っていそうに見えるので、このまま引き止めるのもあまり宜しくありません。
今日のところは、お別れをした方がいいでしょう。
「あまり学校に長居しても良くなさそうなので、私はそろそろ帰ろうと思います」
「そうですね〜……。初めての高校ということで精神的な疲れもあるかもしれませんし、それがいいと思います。今日はゆっくり休んで、また明日元気な姿で学校に来てくださいね」
「はい!!」
そろそろ帰ろうとしている私の様子を察して、先輩は私よりも一足先に教室から出て、先輩の後に続いて外に出た私に向かって振り返りながら、声をかけてくれます。
相変わらず私の身を案じてかけてくれるその言葉に、ついつい頬を緩ませながら私も声を返します。
「先輩も、沢山仕事をしているみたいですから気をつけてくださいね?明日また会った時に、へとへとな表情は見たくありませんよ?」
「……あはは、善処しますね」
微妙に信用出来なさそうで、しかし先輩らしいその返答を聞いた私は、『これが先輩なんだろうなぁ』と改めて実感したと同時に、これ以上はくどくなりそうなので追撃は止め、教室に鍵をかけたのちに先輩に向かって振り返ります。……が、ここに来て、さっきから少しずつ感じていた違和感がどんどん膨らんでいくのを感じます。
(……先輩、どうしたんだろう?)
それは先輩の表情で、私がそろそろ帰る旨を口にしたあたりから、先輩の表情が徐々に暗くなっているような気がします。その証拠に、そのあたりくらいの会話から先輩の返答に若干の間があり、少しだけ会話のテンポが悪くなっていますし、チャームポイントのあほげも、少し萎れている気がします。
(もしかして、私と別れるのが寂しいのかな?……って、流石にそれは自意識過剰かな!?)
ちょっとした妄想混じりの予想を頭に浮かべてはすぐに否定しようとするものの、最初はちょっとだけだった表情の変化も、時間とともにどんどん大きくなっているように見えました。もしかしたら、私の考えはあながち間違っていないのかもしれません。
(……よし、迷子を助けて貰ったお礼もあるし、ここは私が頑張ろう!!)
そうと決まれば即行動。心の中で決意を固めた私は、彩姫先輩に向かって声をかけます。
「先輩!!甘いものは好きですか?!」
「え?あ、甘いもの?」
私の口から聞かされた質問を前に驚いたような顔を浮かべる彩姫先輩。我ながら突拍子もない質問であることは理解していますが、サプライズとしておきたいので、出来れば質問はこれだけにしたい私は、とにかくまっすぐ彩姫先輩の目を見つめます。
じっと見つめること数秒。急な質問と私の目力に動揺したらしい先輩は、少しの間固まった後に、止まった時を動かし始めます。
「ぷっ……あっははは」
「え?」
そのきっかけとなる声は笑い声。
まるで何かを思い出したかのように声を上げて笑い出す先輩を前に、今度は私がびっくりして動きを止められてしまいます。
「ふふ……ご、ごめんなさい。気にしないでくだいさい。……甘いものですね?大好きです。ついつい食べすぎちゃって困っちゃうくらいですよ」
「え?……あ、なるほど!!わかりました!!ありがとうございます!!」
そんな私を気にすることなく、笑いを何とか堪えながら、私の質問に対する返答を先輩は提出。相変わらずどうして笑っているのかは皆目検討がつきませんが、一応は目的の返答を貰えたことと、先輩が楽しそうにしているからいいかという気持ちから、若干の戸惑いを見せながらだけど、それでも了承の返事を返します。これで問題なく、私のしたいことができるでしょう。
「では先輩、そろそろ帰りますね!!また明日、お話できるのを楽しみにしています!!」
「はい、そうですね。私も楽しみにしています」
「えへへ!お先に失礼します!!」
やることは決まったし、明日会う約束もしました。となれば、今日はもうここにいる予定はありません。先輩との挨拶を終えた私は、一礼をした後に鍵を返すために職員室のある方向へ駆け出します。
「あ、廊下は走っちゃダメですよ〜」
「あ、すみませ〜ん!!」
と思ったら、後ろからそんな先輩の声が聞こえてきたので素早く早歩きにチェンジ。自分の非を謝りながら、先輩へ最後の挨拶として手を振りながら振り返り、そのまま足を動かしています。
そんな私に対して、先輩も控えめながら手を振って返してくれたことに嬉しさを感じながら、私は次の角を曲がって目的の場所へ。
角を曲がって先輩の姿が見えなくなったところで、頭の中で必死にルート構築開始。職員室の位置と靴箱の位置はちゃんと覚えているので、その記憶を頼りに慎重に歩き、何とか迷わずミッションを達成した私は、そのまま学校から外へ出て、家へ帰宅……する前にスーパーに寄って、薄力粉やバター、ココア、キャラメルといった物の中から、家にあまり数が残っていないものを思い浮かべて購入してから帰路へ。いつも常備しているエコバックに入れた買ったものをちょっとワクワクした気持ちで眺めながら、我が家の玄関へと足を運んでいきます。
「ただいま〜」
両親が共働き故に返事がないのを理解しておきながら、もう癖になってしまっている挨拶をしながら帰宅し、買ったものをキッチンへ置いた後に手洗いとうがい、着替えを素早く完了。白色のルームウェアに身を包み、その上にエプロンをつけた後に再びキッチンへと戻り、今しがた買ってきたものと、家にあるものを使ってお菓子作りを始めます。
作るお菓子はクッキー。
本当はもっと色々凝ったものを作りたいですけど、時間があまりないことと、変に凝りすぎても逆に困惑される可能性を考えて、とりあえずは無難なものを作っていきます。
なんていいながらも、お菓子作りは私の趣味。それなりに美味しいことは保証できるので、自信を持って手を動かしていきましょう。
(喜んでくれるといいなぁ〜)
「ただいま〜!!あ、お姉ちゃんクッキー作ってる!!」
「あ、おかえり〜!!燐の分もあるからね〜」
「やった〜!!」
遅れて帰ってきた妹におかえりをいいながら、手をせかせかと動かしていく。
私のクッキーを食べられると喜ぶ妹をみながら、先輩もこんなふうに喜んでくれたらなぁと……最後の別れ際にまた見せてた、あの寂しそうな顔を少しでも上書き出来ればなぁと……そんなことを考えながら。
☆
「おはようカオちゃん!!」
「ええ、おはよう……ってあら?お菓子?」
「うん!!昨日クッキー作ったから、カオちゃんにもどうぞ〜」
「ありがと蘭。後でいただくわ」
「食べたら感想聞かせてね。味見してるから保証はできるけど一応〜……」
「はいはいわかってるわよ。任せてちょうだい。……にしても蘭、そのクッキー、まだ他にあげる予定があるの?」
「え?」
「え?じゃなくて、ほら、まだその手に包みを持っているじゃない。てっきり誰か本命がいて、私にはそのついでにくれたものだと思っていたのだけれども……」
「ほんとだ……これ……
☆
「……そうですよね。分かっていたことです。今更、寂しいとは思いません」
入学式を終えて次の日。
昨日と変わらず暖かなお日様に包まれた麗らかな1日。
まだまだお祝いムードの消えることの無い、明るい光に包まれた今日も、新入生たちの談笑も合わさって、希望に溢れた1日となりそうな、そんな素晴らし予感を感じさせてくれます。
しかし、そんな晴れやかな雰囲気に対して、私は少しだけセンチな気分になっていました。
「……ふふ、私の事なんてどうでもいいんです。皆さんが、楽しい学園生活を送ってくれれば、それで……」
私の視線の先には、クッキーの袋を持ち上げながら首を傾げる蘭さんの姿。
きっと今頃、どうして余分にクッキーを持ってきたんだろう?と疑問に思っていることでしょう。しかし、今の私からできることは何もありません。今、彼女の前に顔を出したところで、彼女は私を
「それにしても、蘭さんは変わりませんね〜」
脳内で再生される、初めて蘭さんと出会った日のこと。
迷子の彼女を道案内して、そのお礼にクッキーを作りますと言われ、ついぞ果たされることのなかったその約束。
「覚えていないかもしれませんけど、蘭さんが
高校生の校舎の窓の外を浮遊しながら屋上に向かって飛んでいく私は、当時のことを思い出して微笑みをひとつ。
とても暖かく、優しい思い出に浸りながら目的地にたどり着いた私は、屋上の縁に腰を下ろしてこの学校を見下ろします。
「また約束してくれて、ありがとうございます」
こんな気持ちをくれた可愛い後輩に向けてそう零しながら、私はまた困っている人がいないか、目を閉じながら耳をすませていった。
私の名前は、幽花彩姫。
その正体は、1日でその存在を忘れられてしまう、そんなルールに縛られた、この学校に住み着いた1人の幽霊です。