第39話 満月の宴
「んん〜……お空が綺麗ですね〜……」
理人さんの悩みという大型案件を乗り越えて数週間後。梅雨も開け、夏の匂いが近づいてきたこの頃。
空を高確率で覆っていた雲は、まるでその存在が夢だったかのようにさっぱり消えてしまい、代わりに浮かぶのはどこまでも続いていく真っ黒な空と、その黒色のキャンパスにちりばめられた無数の小さな光たち。
屋上の縁に座って空を見あげた時に視界に移るこの景色は、田舎ならではの絶景と言って差し支えないでしょう。街灯が少ないからこそ映える自然の輝きは、まるで1つの芸術作品です。見惚れてしまいそうですよね。
「こんな素敵な夜は、永く、楽しく、そして昂った夜になりそうです」
そんな私の視線が吸い込まれるのは、星が散りばめられた夜空の中心にて、燦然と輝くまん丸のお月様。
十五夜と呼ばれる今宵は、欠けたところの一切ない満月となって、私たちを見下ろしています。
そう、今宵は満月。
夜の時間というのは、私のような幽霊たちにとっては最も活動が活発になる時間ですが、実はその活発になる具合というのは、その日が何夜かによって大きく変わります。
十五夜に近づくほど強くなり、三十夜に近づくほど落ち着く。
なぜそんなことになっているのかは詳しくはわかっていません。ただ、満月だと月から感じる暖かな感覚が強くなり、結果いつもよりも気分が高揚するんですよね。古来より妖怪と月は深い繋がりがあると聞きますし、それが理由なのでしょうか?
とにかく、いつもよりも元気な私は、空を見てまったりしていましたが、この少しハイテンションな状態で大人しくしているのが少し耐えられなかったので、屋上の床をすり抜けて目的の部屋に一直線に飛んでいきます。
床を2枚ほど抜け、壁をいくつも通過してたどり着いたその場所は、ピアノや木琴に鉄琴、ティンパニーにアコーディオン、ギターにドラムと、沢山の楽器が並んでいる音楽室。
生徒が全員帰って誰もいないこの教室は、現在はとても静かで、壁に掛かっている偉人たちの絵画の存在もあって不気味な空間になって━━
「縺?d縲∫ァ√?菴懷刀縺薙◎縺?逡ェ縺?」
「縺?>繧??蜒輔?譁ケ縺悟ョ檎挑縺??」
「繧?l繧?l縲∵?豌代?險?>蜷医>縺ッ驢懊>縲ゆソコ縺後ヨ繝??縺ォ豎コ縺セ縺」縺ヲ縺?k」
いません。静かと思っていた音楽室は全然そんなことなく、壁にかかっているはずの人物絵は空中に浮かび上がり、お互いの顔を向かい合わせながら白熱した議論を交わしています。どうやら満月に当てられて興奮しているのは私だけでは無いようで……もしかしたら今夜は学校全体の幽霊たちが興奮しているのかもしれませんね。
「今宵は賑やかな一夜になりそうですね〜」
「ギギ、ギギギ……」
「あ、人体模型さん。こんばんは〜。その説はどうもお世話になりました〜」
「ギギギギ」
井戸端会議をしている絵画たちをみて、ますます今夜は盛り上がること間違いナシと思っていると、後ろから人体模型さんが挨拶をしに来てくれたので、私も頭を下げながら挨拶を返します。どうやらこの人体模型さんは、私がここに来るよりも前にここに来て、井戸端会議を見守っていたみたいですね。
「人体模型さん。彼らはなんでこんな言い争いをしているのでしょうか?」
「ギギギギ、ギギギ……」
「なるほど、『今自分たちの新曲を投稿したら誰が1番再生されるか』の問答ですか……随分と現代に染まってますねぇ……」
「ギギ、ギギ……」
「え、たまに3人でパソコン室に行って動画サイトみてるんです?……一体どうやってキーボードを……あ、そこは骨の人体模型さんがしてるんですね」
「ギギギギ」
「『最近は電子の歌姫に首ったけ』……VOCALOIDにどハマりしてるベートーヴェンたちって、歴史家が見たら泡吹いて倒れそうですね……いえ、あくまで人物絵であって本人では無いからいいんでしょうけど……」
人体模型さんから聞いたなんともシュールな光景を想像してしまい、思わず苦笑い。最近は幽霊さんもネットを使って動画や曲を聞くみたいですね。そのうち配信もはじめてしまいそうな気がします。その時は一緒に出演するのも楽しいかもしれません。……その前に、学校の備品で何してるんだ。誰がやったんだ。と問題になりそうな気がしますが。
「と、話し合いはそこそこにして、ここに来た目的を全うしましょう!!人体模型さん、手伝ってもらっていいですか?」
「ギギ?」
「『何をするの?』ですか?今日は満月の夜!ということで、ちょっとはっちゃけたい気分なんです!なので楽器をならべて演奏でもしようかなと!!」
「ギギギ」
私の発言に嬉しそうな反応を見せた人体模型さんは、私と一緒に各種楽器を運ぶのを手伝ってくれます。……とは言っても、この学校の備品ということもあって、動かすのに力は必要ありません。人喰い本の七不思議の時にも言いましたが、この学校のものであれば、私は自由に操ることができるので特に時間はかかりません。強いていえば、乱暴に地面において壊すことがないように、配置は慎重に行うくらいでしょうか。楽器はとても繊細なものですからね。
そうやってギターやドラム、キーボードなどを並べていくこと数分。私と人体模型さんが準備している姿を見て、これから何をするのかを理解したベートーヴェンさんたちや、たまたま近くを散歩していたテケテケさんに花子さん、学園創設者の銅像さんも来はじめて、気づけばちょっとした宴のような集まりになりました。
「ふぅ……こんなところですかね?では……いざ、大演奏会です!!」
『&?#?%=##%=%??#=%?=』
響き渡る人ならざるものの叫び声。
人によっては、気絶しかねない恐ろしい状況。
けど、すくなくとも私にとってはとても落ち着く大好きな合いの手であり、同時に満月で昂ったこの気持ちをさらに持ち上げてくれる最高のガヤでもありました。
私が指を振れば、並べられた楽器たちが綺麗な音を奏で、その音をきっかけに更に声をあげる魑魅魍魎たち。そしてその声を糧に、さらに音を奏でるために指を振る私。
お互いの気持ちがさらにお互いを持ち上げる相乗効果によってどんどん盛り上がっていく私たちは、音楽室の中をひとつのライブ会場へと昇華させていきます。
まだ曲を演奏している訳ではなく、適当に音をジャカジャカ鳴らしているだけなのにこのテンションの上がりよう。もし盛り上がる曲を演奏しようものなら、この盛り上がりはどこまで行くのでしょうか。
「いいですね……楽しいですね……盛り上がりますね……!!この調子でどんどん騒ぎましょう!!さあ行きますよ、一曲目は……」
その限界値を知るために、早速私は1曲目を演奏するべく大きく振り上げていきます。
時刻は23:00。私たち幽霊たちからすれば、まだまだ早い時間帯。
夜が更ければ更けるほど熱くなる幽霊たちの宴会は、今幕が上がりました。
☆
「ふあぁ……今日もは侵入者はなしっと……ま、こんな平和な田舎じゃあそうそう窃盗とか侵入なんざ起きないけどなぁ……」
私立懇篤地支学校は、その広大な土地と、設立されている設備の豪華さから、侵入者や窃盗の対策として常駐の警備員が存在する。
交代制でここにいる警備員は昼と夜の二交代制で、班は3つに別れており、昼の班と夜の班、そして休日の班をローテーションで回すことによって成り立っている。有給申請をする際は他の班とも話をしておかないといけないという若干融通が効きづらいところがあるのだが、基本的には理不尽な残業や休日出勤などはなく、給金もそこそこ出るいい職場ではある。少なくとも、今ここに勤めている警備員は、今の仕事は所謂ホワイトよりの職場だと感じていた。
それもそうで、いくら警備とは言ってもこんな夜中に学校に侵入する輩はなかなかいない。
勿論田舎だからと言う理由に逃げるつもりはなく、単純にこの学校そのもののセキュリティが割と高いからであり、田舎安全神話なんかに振り回されていないからというのが1番の理由だ。
広大な土地であるにも関わらず、その周囲をちゃんと守るようにしっかりと塀が作られており、時間外は警報が鳴るシステムもしっかり組まれているためかなり強力なものとなっている。ここまでお金をかけられるのも田舎ならではということなのだろうか。
故にここ数年何か問題が起きただなんて話はまるで聞かない。
窃盗はもちろん、侵入者の報告だってひとつも上がってこない。
「だからいい加減落ち着けよ。お前が見たのは気のせいだっての」
「で、ですが……あ、あれは……」
だからこそ、こうやって部屋の隅っこで蹲って震えている男性を前に、俺は盛大に溜息をつきながら声をかける。
最近配属されたばかりの俺の後輩に当たるこいつは、どうやらこの学校の噂に出会ってしまったらしい。
この学校には、学生に広く知られているとある噂が流れている。それはどんな学校にもよくある学校七不思議と言うやつで、曰く人喰い本が出るだの、存在しない階段があり、その階段を下ると異世界に飛ばされるだの、よく聞くありふれたもので、且つ現実味なんて一切ないその噂は、ある程度の人気を持って広がっていた。
当然そんな話を心から信じているやつなんて居ないだろう。学生の中でも、そんな噂くだらないと切り捨てる人だっているのだから、大人にとっては子供たちのちょっとした夢物語として微笑みながら見守る程度のものだ。
そんな空想の話なのだが、実は一部ではこの話はただの空想ではないと言っている人もいる。
曰く、本当に空を飛ぶ本と出会い、消化器に噛み付いている姿を見かけただとか、曰く、誰もいないはずの校舎から恐ろしい声が響き渡っていただとか。
特に多かった証言が、なにか白い、幼い子供のような子を先頭に、まるで百鬼夜行とでも言わんばかりに数多の存在が歩いている姿を見たというもの。
おどろおどろしい声とともに、数え切れない人数で移動を行うその姿は一目見ただけで恐怖を植えつけられるらしく、さらに感情にもなにか作用をされるのか、見た者はこぞって気絶し、記憶の一部を抜き取られてしまうのだとか。
どうやらこの先頭に立つ子供というのが、現在学校で流行っている七不思議の親玉である、七番目の不思議らしい。
懇篤地支学校七不思議。
七番、桜と共に現れる幽霊少女。
中庭に植えられてある花の咲かない桜の木が、何故か満開になっているタイミングがあるという。その桜が満開になった時、その麓にて真っ白い服に身をつつみ、儚げな姿で、しかしどこか恨みのこもった目を持って睨んでくる少女が現れるという。
その少女は校内をゆっくり彷徨い、同時に内に秘めた恨みを持って周囲のものたちを操り、部下として引き連れ、百鬼夜行を起こす。
その少女に一度目をつけられたら覚悟した方がいい。もし捕まってしまえば最後、記憶は貪られ、心に穴をあけられ、まともな生活が送れなくなってしまうのだから。
(……バカバカしい)
自分でふと思い返してみても、なんとも馬鹿らしい噂だ。
当然信じるわけもないし、ここに配属されて数年経つけどそんな姿も影も見た覚えがない。やっぱり噂は噂で、信じるに値しないのだ。……が、どうやらそう思っているのは俺だけらしく、ここで蹲っている後輩をはじめ、今まで少なくない数の人間がこうして怯えながら『少女』を見たと言うのだ。
おかげで仕事を辞めたいという人がそこそこいて、交代制のメンバーの変動が多くて困ってしまう。
「はぁ……わかったわかった。じゃあ今日は俺一人でパトロールするから、お前はここで待ってろ」
「え……だ、ダメですよ先輩!!そんなことしたら先輩が!!」
「何もあるわけないって。それを俺が証明してくるから大人しくしてろ」
こんな怯えきっている人間を連れて行ったところでまともに仕事ができるとは思えない。ならいっその事自分一人で行ったほうがよっぽど建設的だ。一緒に歩いて横で騒がれても対応に困ってしまう。
そんな思いから一人で行くと提案してみれば、真面目な後輩君はそれはそれでダメだと必死に止めてくる。
正直めんどくさいし、ここでパトロールに行かなかったら、それはそれで職務放棄になってしまう。
個人的には実入りがいいと思っているこの仕事を追い出されるのは勘弁したい。となれば、パトロールはしなくてはならない。ならひとりでさっさと終わらせた方がよっぽど楽だ。
「どっちにしろパトロールは必要業務。やらなきゃならんのだから仕方ないだろう?お前はここに残って落ち着け。じゃ、行ってくる」
「せ、先輩!?」
後ろから聞こえる後輩の悲痛な声なんか無視して、俺は懐中電灯をひとつ片手に、夜の校舎へと歩いていった。
「はぁ……人が変わったらまた教育のしなおしだなぁ」
そんな愚痴とため息を零しながら。