さて、慌ただしく、そしてちょっとハプニングのあったお昼を無事に乗り切り、時刻は逢魔が時をも超えて真夜中へ。
お昼の頃に咲いていた喧騒さはすっかりなりを潜め、人によってはそのギャップから恐怖を抱いてしまうほど不気味な、真っ暗な校舎へと変わっていきます。
とはいいつつも、特に危険なことはありません。むしろ、世間から見れば私の方が危険を起こす側でしょう。幽霊ですし。
そんな私がこの夜に何をするかと言うと……ずばり、パトロールです。
なにか備品が壊れたり、不自然な位置に動いていないか、1日の捜索で見つけることの出来なかった失せ物は本当にないのか、そしてこの学校に、こんな時間にまで残っている、ないし、侵入しているいけない子はいないか。などなど……
お昼と違ってさらに力が強くなっている私は、より大胆にこの学校を巡って行動することができます。
一応この学校、敷地の広さと、色々物が沢山あることから、夜の間も警備員の人が務めており、完全な無人となっている訳では無いのですが、彼らの仕事はあくまでも、不審者が侵入していないかどうかの確認なため、物品の場所や状態の確認などまでは行っていません。なので、その分を私が担っているという訳ですね。
別にそこに不満がある訳ではなく、むしろ、夜を通してこの学校を見てくれていることに感謝をしているので、逆にお礼を言いに行きたいくらいのレベルです。実際に、お礼と評して、詰所にコーヒーやお菓子の差し入れをしたこともありましたしね。
残念ながらそれらの差し入れは、無人のはずなのに準備されたということから不気味だと言われ、口にされることなく捨てられ、挙句当時の警備員は怖がって辞めてしまいましたが……。
とにかく、夜は人ならざるものの時間。いつもよりも力に満ちている私は、睡眠が必要ないということもあってかちょっと元気モリモリな状態で学校をめぐります。勿論、警備員さんに会うことのないように気をつけて。
「う〜ん、いい空気ですね〜」
コツコツと、地面を叩く靴の音を無人の廊下に響かせながら歩くこの時間は私は大好きです。
生徒に溢れた暖かい時間だってもちろん好きなのですが、幽霊だからか、こうした静かな時間もとても雅に感じてしまいます。
それに、実は完全に孤独で一切の物音がしないかと言われるとそうではないんですよね。
「あ、人体模型さん。こんばんは〜。なにか探しものですか?」
『ギギ、ギギギ……』
「そうですか〜。たしかに今日は良い夜ですもんね。散歩したくなる気持ち、とても分かります。けど、警備員さんに見つかったらまた迷惑かけちゃうので、そこは気をつけてくださいね?」
『ギギギ……』
理科準備室にて良く見かける人体模型さんと廊下で出会った私は、そこで少しお話をしてすれ違っていきます。
「あ、ベートーヴェンさん。またなにかいい曲を思いつきそうですか?」
『ゴゴ……』
「おお!それは楽しみです!!譜面が完成したら教えてください。また演奏会しましょうね」
そして次に出会うにはベートーヴェンさんの肖像画。
「あ、こらこら、また物に齧り付いて……紙が傷んでしまいますよ?」
『バクバク……』
そしてその次は、歯が生えた本が、廊下にある消火器に噛み付いている姿に出会います。
どれもこれも、幽霊やおばけ、都市伝説、七不思議として色々語り継がれているものたちばかり。そんな彼らが、普通に夜の学校を闊歩しています。
これが、私が夜の学校を好きで、かつ寂しさに囚われることがない理由。
どうやらこの学校は、霊力的な力がとても強く、且つそこに私という存在がいるせいか、割とこういった異能の存在を強く引き寄せてしまう性質を持っているようで、その結果ご覧の通り、ちょっとした百鬼夜行……は大袈裟ですね。お化けたちの自由な時間が出来上がってしまっています。
人によっては失神してしまうのではないかというほどの恐ろしい光景ですが、実はそんなに危ないなんてことはなく、皆さんこの学校を大事に思っているのか、暴れるなんてことは絶対にありません。とはいえ、傍から見れば絵画や人体模型、ピアノなどの楽器、本たちが好き勝手闊歩しているこの様は、かなりホラー色の強い景色になってはいることに変わりはないので、気休めにもなりませんが。
それに、あくまでも学校を大事に思っており、生徒のたちのことが大好きだと言うだけであって、不審者がこの学校に入ろうものなら、ここにいる子達は全力でその侵入者を攻撃することでしょう。下手をすれば、そんじょそこらの会社よりもセキュリティは万全ですね。生徒の皆さんにはぜひ安心して欲しいです。……いえ、私会社に務めたことないので、このセキュリティが強い方かは分かりませんし、そもそも、学校の皆さんは絶対に知らない方がいいと言うよく分からない状況になってはいますが。
「今日も皆さん、元気ですね〜」
とにかく、こんな賑やかで、自由な夜の時間もまた、私にとっては大切な時間です。
幽霊と言うだけあって、悩みや不安、仕事は特になく、やっていることといえば悩み解決くらいしかありませんが、何もコミュニケーションタイミングはそこだけではありません。むしろ、ここでのかかわりの方が大半を占めているといってもいいでしょう。
(というより、私の体質上、ここでのコミュニケーションしか積み重ねになってくれないというのが正しいんですけどね。せめて一人くらいは、覚えてくれる人がいてくれたらなぁ……)
ふと頭をよぎるのは、今日の朝教室で見かけた、クッキーを持ってきた理由を忘れてしまっていた蘭さんの姿。
袋を片手に首を傾げてしまっている姿は、とても見慣れた、しかしとても寂しく、虚しい一幕でした。
(どうしてなんでしょうね……もう何度も経験しているはずなのに……蘭さんに忘れられたところを見た時は、いつもよりも強く心を締め付けられた気がします)
その理由がなんなのかはまるで想像できませんが、けど確かに、心に小さくない傷を負った気がします。幽霊なのにおかしな話と言われたら、それまでですが。
「っと、どうしましたか?」
「カッカッ……」
そんな私を見て、まるで慰めるかのように寄り添ってくるのはカスタネットさん。
木と木を打ち付ける音を小さく鳴らしながら、私の周りをくるくる周るその姿は、まるで『元気を出して』と言っているようで、思わず頬が緩んでしまいます。
「ふふ、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ〜。あなたたちのおかげで、寂しくありませんから」
そのまま暫く周り続け、私の目の前で止まったところで、上側の青色の部分を優しく撫でます。すると、カスタネットさんは嬉しそうに身体を揺らして、そのまま音楽室の方向へ飛び去ってしまいます。きっと、これから仲間たちと演奏会でもするのでしょう。
「今日は音楽室で一夜明かすのがいいかもしれませんね」
カスタネットさんの様子から今日の予定を決めた私は、早速足を音楽室へ動かそうとします。
『コツコツ……』
「ん?どうかしましたか?」
そんな私の背中から待ったをかける方がいたので、足を止めて振り返ります。するとそこには人体模型さんが一人。
ただ、この人体模型さんは最初に私が声をかけた、筋肉や内臓などが着いている方ではなく、完全な骸骨さんの方で、骨の模型をこつこつと音を立てながら、私にコミュニケーションを取ろうとアプローチをかけてきます。
そんな骸骨さんの右手には、袋が1つ。
「これは……」
その袋を見た私は、思わず手が止まります。
「あの、骸骨さん。この袋、一体どこで……」
なぜなら、その袋は……
☆
「う〜ん……」
「そんなにうんうん悩んで、結局あんたはどうしたいの?」
私の右手に握られているクッキーの入った袋。
どうしてもってきたのか分からないこの袋を一体どうすればいいのかで悩んでいた私は、カオちゃんからの質問にずっと悩んでいます。
「処理に困っているならあたしが貰ってあげるけど……それとも燐ちゃんのために持って帰る?」
「う〜ん……それも考えたんだけど……どれも違う気がして……」
「違う気……ねぇ……?」
ずっと悩んでいる私に対して、カオちゃんが解決策を提示してくれましたけど、その解決策もしっくり来ない私は、やっぱりうんうんとうなってしまって。
「いっそその辺の誰かにポイッと渡してみる?」
「それだけはダメ!!」
「ちょ、蘭!!声!!」
「え?あ……」
悩み続ける私に対して少し面倒さが勝ったらしいカオちゃんが、突飛なことをと考えたのか、なかなか大胆なことを提案してくれましたが、それだけは絶対にダメだと本能で悟った私は、ついつい大声で否定してしまいます。
その声がなかなか大きかったみたいで、気づけば周りの人の視線が私に集中していました。
それが恥ずかしくなった私は、小さくごめんなさいと謝りながら頭を下げます。すると、私が謝ったことで興味をなくした周りの人は、すぐさま雑談へと戻ったので、そのことにほっとした私はカオちゃんに視線を戻しながら会話を続けます。
「大声出しちゃってごめん……でも、このクッキーだけは、雑に扱っちゃいけない気がして……」
「気にしないで。さすがにあたしも適当すぎたって自覚はしてるから。……けど、いよいよもってどうするの?」
「それは……」
再び詰まる私の言葉。
たしかに、ずっと反対意見を出し続けても事態が解決する訳ではありません。このクッキーの袋に関しても、カオちゃんの言う通りどこかで折り合いをつけないといけません。
じゃあどこでその折り合いをつけるのか。
「よし、決めた!」
顎に右手人差し指を当て続け、考えること数分。
「ちょっと行ってくる!!」
「あ、ちょっと!!」
ようやく答えを出した私は、手紙を書いてクッキーの袋に添付し、教室を飛び出します。
カオちゃんの声を後ろに流しながら廊下を駆けない程度に急いだ私は、ある場所に移動していきます。
(あの場所に行けば、もしかしたら……!!)
その場所は、私が迷い込んでしまった場所。
方向音痴の私が2度も迷い込み、そして
ひとりで迷子になったら最後、絶対に帰れないはずの私が帰ってこれた不思議な場所。そこにもしかしたら、何かあるのではないか。そんな根拠の無い期待に胸を膨らませて進んだ私は、数分ほどしてその場所にたどり着きました。
「……ここだ」
そこは何の変哲もないただの廊下。
左右を空き教室で埋められているせいで、人の気配が全くないことを除けば、特になにか気になるようなものもないただの廊下だ。だからこそ、目印がないせいで私にとっては地獄のような場所であり、同時に、確かな何かを感じる場所だった。
「……ねぇ」
そんな無音な廊下に、私の声だけがゆっくり響く。
「これ、良かったら食べてください」
返事なんて期待していない。けど、きっと誰かに届いている。そんな気がした私は、手紙が添えられたクッキーの袋を、空き教室の窓の縁に、立てかけるように置きながら声をかける。
「この声が届いているか分かりませんし、なぜ私自身、こんなことをしているのか分かりませんけど、でも、こうしなきゃいけないって、心が叫んでいるんです。だから……もしよろしければ、お願いします!!」
誰に向けて言っているのか分からない私の声は、廊下に反響して消えていく。
当然返ってくる声はないし、このままここにいても、授業の時間を迎えてしまうので帰らなくてはいけません。けど……
「……また、です!」
どこか満足感に満たされた私は、踵を返して教室へ戻ります。
もう、私の心には、あの袋をとうすればいいのかという不安は、綺麗さっぱり無くなっており。
『コツコツ……』
そんな私にお礼をするかのような音が、聞こえた気がしました。
「あれ、ここからどう帰ればいいんだっけ……?」
「言わんこっちゃない、ほら、戻るわよバカ蘭」
「カオちゃん!!」
この後説教されたのは、また別のお話です。
☆
『どこかの大切な誰かへ。もしよろしければ食べて、感想をください!!鈴音蘭より』
「……そっか」
骸骨の人体模型さんから受け取ったクッキーの袋と、そこにくっついていた手紙を読んだ私は、つい頬を緩めてしまいます。
決して私のことを覚えてくれていた訳ではありません。けど、心の端っこには引っかかっていたみたいで。
「全く……今度は約束を守ってくれたみたいですね?」
3度目どころか、2度目で正直さを見せてくれた彼女に、私の心はどんどん暖かくなります。
この気持ちに少し浸りながら、袋の中のクッキーを1口。
「甘くて……美味しい……」
その美味しさに舌鼓を打つ私は、気づけばそのクッキーを残さず食べていました。
『コツコツコツ……』
そんな私を、目の前の骸骨さんは、嬉しそうに音を立てて笑うのでした。