「えっと……『とても美味しかったです。ご馳走様でした』……これでよし、と」
クッキーを食べ、その後に音楽室でたくさんの楽器による演奏会を楽しんだ私は、蘭さんへの手紙をしたためて机へ投入。
絶対のルールである、私に関する記憶の消去がどこまで行われているのかが分からない関係上、このクッキーの存在すら忘れている可能性もゼロではありませんし、その場合はこの手紙は蘭さんを怖がらせてしまうだけの可能性が大きいですが、さすがに感想をくださいと言われて何もしないのは私の良心がとても痛みます。
(それに、もしかしたら……こういう形なら日を跨いでもお話ができるのかも……)
まるでルールの抜け穴をつつくような、ちょっとずるい作戦。けど、1度希望を見つけてしまったら動かずにはいられないかった私は、少しドキドキしながらその場を離れます。
(ちゃんと届いてくれると嬉しいですね……)
そんなことを思いながら蘭さんの教室から出た私は、そのまま学校の廊下をぶらぶらと散歩していきます。
特に目的地を設定せずに歩く気ままな散歩。
ぼーっとしながら歩いていると、ふと顔に光が差し込んできたのを感じます。
急に来た眩しさに目を少し細めながら横を向けば、そこには立派な朝日が映り込み、今日一日の初めを祝福するかのように輝いています。
「今日も一日が始まりますね……さて、今日はどう動きましょうか」
学校が明るくなるにつれて、徐々に静かになっていく周りの音。どうやら人ならざるものたちが、各々の場所に戻っているようです。もうあと数分もすれば、昨日皆さんが帰る前の景色に綺麗に戻っていることでしょう。駐車場を見てみれば、教師の方が出勤していらっしゃるのが見え始めます。
車から降り、カバンやら荷物やらを抱えながら降りてきている姿は、どこか昨日のあの子を彷彿とさせ……
「んん〜……はぁ……よし、今日はあそこに行ってみましょうか」
その姿から今日の予定を立てた私は、早速足を動かしていきます。
「さぁ行きましょう!!いざ、図書館へ!!」
☆
図書館。
どの学校にもありそうに思い、しかし、最後の文字が「室」では無く「館」であることが、他とは違うということを如実に表しているこの言葉。
我が校、私立懇篤地支学校は、先も説明した通り、余った土地をふんだんに使って建てられた学校です。それは校舎だけに飽き足らず、他の建築物にも影響を与えており、この図書館もそんな影響を受けた建物のひとつです。
本来なら、校舎の一室をあてがわれ、その中に本を陳列し、それを貸出す場所となっている図書室ですが、土地が余っている私たちの学校は、部屋ひとつでは無く、建物ひとつがまるまる本の管理に宛てがわれています。それも、ただ普通の建物という訳ではなく、建設に関して有名なデザイナーに依頼をしたのか、3階建ての吹き抜け構造になっているこの図書館は、図書館という少し暗さを感じる印象を払拭するかのように、開放感と明るさのある暖かいデザインとなっています。もちろんそのうえで、図書館特有の神秘さは失っていないところが、まさしくプロのお仕事ですね。
貸出されている本の数も見た目通り多く、各階にびっしりと並んでいる本棚と本の数は、見ているだけで圧倒されそうな圧を感じさせます。
いくら土地が余っているからと言っても、さすがにこれはやりすぎではないのか?なんて考えも出てきますが、実はこれにも訳があり、その訳とは、この図書館がこの学校に在籍する全ての方が利用できるようにするためというものだったりします。
何を当たり前のことを言っているんだ?と思われるかもしれませんが、忘れてはいけないのは、この学校は、小中高一貫校という事です。つまり、小学生から高校生までの12学年全員が、この設備を使えるということです。
さすがにそれだけの人数が利用するとなると、それなりの規模の建物が必要になります。だからこそ、この学校の図書館は出来上がったという訳ですね。
さて、そんな恵まれた設備として敷地内に建っている図書館ですが、こここそが昨日、私が手助けで本を運び込んだ場所となっています。今日ここに来た理由も、私がお手伝いをしたあの時から、何か変わったことが起きていないかの確認をしたかったからという訳ですね。というのも、私ができたことといえば、本をカウンターの邪魔にならないところに持って行っただけなので、その行動が正しかったのかどうかがまだ分からないんですよね。
「それにこの時期は図書委員は……やっぱり……凄く大変そうですね……」
確認のためにやってきた図書館。そのカウンターへと歩いていくと、そこには台車に載せられた大量の本。その数はとてもじゃないけどパッと数えられる量ではなく、私が持ってきた時とは比べ物にならない程に積み重なっていました。
「仕方ないとはいえ、いつ見ても凄いですよねぇ……」
正しく本の城とでも言うべきその様は、人によっては楽園にもなりそうな程の状態になっており、毎年恒例なのを知っている私から見ても、思わず苦笑いが浮かんで来るほどです。
何故こんなことになっているのかと言うと、それは毎年この時期に図書館内の本の品揃えの変更を行っているから。
図書館内のラインナップは、当たり前のことですがずっと同じというわけではありません。貸し出し率の低いものや、経年劣化によってとてもじゃないですが本の役割をもう全うできないものなどを、新しいものや近頃話題になっているものに定期的に変更を行っているのですが、その交換量が一番多いのがこの時期という訳ですね。
普通の学校なら、本の交換はそんなに苦ではないのでしょうが、見ての通り、この学校は図書館という名の通りとても広く、揃えている本の数もバカになりません。故に、本の交換というイベントひとつとっても、こんなにも大事になってしまう、ということですね。
この時期の図書委員さんは毎回大変そうで、いつもわたわたしているイメージがあります。
そして同時に、私にもちょっとした仕事がある時期となっています。
その仕事とは、曰く付きの本を管理すること。
「あ、あの本……消火器に噛み付いていた子ですね。成程……
その本の山の中に見覚えのある表紙をした本を見かけたので、近づいて確認してみれば、そこには昨夜消火器に噛み付いていた子がいました。
「ふむふむ……なかなかの曰く付き……この子は私の方で別に管理した方が良さそうですね〜……他に同じような子は〜……」
このようにして、霊力的なものを感知し、生徒の皆さんを襲う可能性がある本を予めピックアップし、一時的に私の方で保管、教育を行って、大丈夫と判断したところでこっそり返していくいというのが、この時期いつも私がやっている仕事です。
この学校は、私がはっきり存在を維持できるほど霊力的に力が強い地域であり、さらに私という存在が共鳴の役割を果たすことで、増幅されているような現象が起きます。そのため、ほんの少しだけ力を持ったものがこの学園を訪れるだけでも、急成長して動き出すようになったりするのですが、そういった産まれたばかりの子は右も左も分からないので、色々なものに襲いかかってしまうことがよくあります。そういった子達が、謝って生徒や警備員さん、先生方を襲ってしまうと大変なことになっちゃいますからね。それを予めしっかりと予防しておこうということです。
「この子も少し危ないかもしれませんね……現状で3冊……ふむ、今回は豊作ですね〜。いえ、あまりいい意味ではないですが……」
「あ、あの……!!」
ということで、新しく追加されることとなった本達の様子をひとつひとつ確認していると、突如後ろから声をかけられてしまいます。
そのことにほんの少し驚きを感じはしたものの、幽霊としてむしろ驚かせる側に立つことの多い私は必要以上の反応をすることなく後ろに振り返ります。
すると、そこには1人の女子生徒の姿が。
「すいません。その本はまだ貸出の準備が出来ていない本でして……」
髪型は黒色のボブカットで、前髪は目をほんのりと隠すくらい伸び、その奥に綺麗な瞳を宿している女の子は、前髪をあげたらさぞ可愛いお顔が拝めるであろうことが予想できます。そんな彼女は少し人見知りがあるのか、緊張した様子で、しかし自身の信念に基づき、勇気をだして声をかけてきたように見えます。
その姿はどこか微笑ましく、おそらく怒られているはずの私は、無意識のうちに頬が緩んでしまっているのを感じます。
一生懸命頑張るその姿をもっと眺めていたかったですが、さすがにここで何も言わずにじっと顔を見つめるのはおかしな人なので、私は緩んだ頬を引き締めながら言葉を返します。
「そうでしたか。申し訳ありません、つい興味深い本を見つけてしまったため思わず……」
「い、いえ!!私の方こそ……急に強い言葉を言っちゃってごめんなさい……」
客観的に見ても悪いのは私の方ではあるため、ここは誠心誠意の謝罪をひとつ。そんなこちらの態度に対して、まっすぐ謝ってくるのが意外だったのか、彼女は少し縮こまりながら言葉を返してきました。
(小動物感があって、思わず庇護欲を掻き立ててしまいそうな可愛さがありますね)
「あなたが謝る必要はありませんよ。悪いのは私ですから。この本たちは、整理が終わった時に改めて借りに来ますね」
とりあえず、見つかってしまった以上、ここで本の物色はもうできません。なので、早々に諦めをつけた私は本を元の場所に戻し、しかし見失うことのないように、ちょっとだけ私の霊力を付着させて、GPS代わりとして目印をつけておきます。これで何かあってもすぐに対応することができるでしょう。
一通り応急処置を施した私は、改めて私に注意をしてきた頑張り屋な彼女に視線を向けます。
未だに私との会話に慣れないのか、相変わらずもじもじとした様子で、しかし本を守るために決して視線を外したりしない彼女に、私はひとつの質問を投げます。
「そういえば、昨日は大丈夫でしたか?急に気絶をされたので、保健室に運んで、ついでにそばにあった本をここに運ばせてもらったのですが……」
「え?……あ……もしかて……!!」
その質問を聞いた彼女は、まずはキョトンとした顔を浮かべ、次に困惑、そして驚嘆へと流れるように表情を変化。その動きがあまりにも綺麗で、また笑ってしまいそうになるのをぐっとこらえながら、私は彼女の言葉を待ちます。
「き、昨日記憶が途中でなくって、運んでいた本がなくなっていたと思ったらいつの間にか図書館に運ばれてて……もしかして、あなたが助けてくれたんですか!?ああ、私は恩人の人になんてことを……」
「落ち着いてください。今日に関しては悪いのは私ですし、助けるのは当たり前のことです。むしろ、余計なことをして困らせていないかと不安になったくらいで……」
「そんな!!私は凄く助かりました!!ありがとうございます!!」
言葉を受けて合点がいった彼女は、昨日のお礼を告げてきます。
さて、ここでなんで昨日のことを覚えているのか?と疑問に持つ方がいるかと思いますが、それは彼女が、昨日の人物を私だと認識していないからですね。
出会ってすぐに気絶した彼女は、私のことに関するものを覚えていないせいで、『昨日気絶したあと誰かに助けてもらった』ということだけを覚えていたというわけです。だから、私の言葉に対して素直に受け取ることが出来ています。
もっとも、また日をまたげば私のことは忘れて、また『誰かに助けられた』ということだけが頭に残ることになるのですが。
かと言って、この出会いによる言葉のやり取りが無意味だとは私は思いません。こうして出会い、話し合ったのも何かの縁。
たった1日。されど1日。
この思い出をしっかりと胸に刻むために、私は言葉を続けていきます。
「それなら良かったです。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は幽花彩姫といいます。よろしくお願いしますね」
「あ、はい……!!お願いします……!!わ、わたしは
そんな私の一種の覚悟を当然知らない彼女……薫草衣さんが、しかしまるでこの胸に秘めた思いに応えるように、私の自己紹介に対して真っ直ぐ、そして真剣な表情を持って返してきてくれました。
(ふふ、今日はなんだか、良い一日になりそうですね)
この返事を聞いて、私は頬を緩めながらそう感じました。