仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第7話 大好きだから

「幽花……彩姫さん……」

 

 じっくり、噛み締めるように口の中で言葉を反響させる衣さん。

 

 近くにいる私がギリギリ聞き取れるかなくらいの声量でそうやって何度も何度も繰り返すその様は、苦手な暗記科目を一生懸命覚えようとする姿に酷似しており、とても微笑ましく感じます。

 

(願わくば、その記憶がずっと続けばいいんですけどね……)

 

「あ、すいません!!もしかして……先輩だったりしますか?」

 

 なんて叶わない願いをほんのり考えていると、衣さんから慌てたような声が聞こえてきます。どうやら、私が年上の可能性を考慮したみたいですね。身長が高くない私を見て尚その可能性を考慮するあたり、彼女の思慮深さを強く実感します。きっと成績も良好な聡明な方のでしょう。

 

 蘭さんといい、衣さんといい、最近関わる方は賢い方が多いですね。今度は2人だけでのお話も聞いてみたいものです。

 

 と、有り得るかもしれない未来に少しだけ期待をしてみながらも、今は目の前の質問に答えるべきと思い出した私は、少しだけ遠回しな言葉で返事をしてみます。

 

「現状で衣さんが18歳以上なら、私の方が後輩ということになりそうですね?」

 

「わたしが現状で18以上なら後輩……ってそれ、彩姫さんが3年生って意味じゃありません!?す、すいません先輩!!わ、わたし失礼なことを言ってませんよね!?」

 

「ふふふ〜。さぁどうでしょう〜」

 

「えぇ!?」

 

 遠回しな返事を受けてもすぐに答えにたどり着く思考の速さに若干感心し、頬を緩ませながら意味深なことを言ってみます。

 

 ただのからかい目的故に、中身なんて一切ない、本当にくだらない言葉なのですが、これを真正面から受けてしまった衣さんは、あわあわした様子を見せながら視線をあちこちへと泳がせていきます。

 

「……ふふふっ」

 

 さっきまでの思考の素早い彼女の状態とでギャップが大きく、それがとてもおかしくってさらに笑い出してしまう私。そうやって笑う私を見た衣さんは、ここでようやく自分がからかわれているということに気づいたのか、少し頬を膨らませ、まさしく今、『わたし不機嫌です』という空気を出しながら、言葉を返してきます。

 

「も、もう……酷いです。わたしは凄く緊張して気を張っていたのに……」

 

「ふふっ、ごめんなさい。でも、おかげで緊張はほぐれたんじゃないですか?」

 

「え?……あ」

 

 その不機嫌さに対して、ここまでの会話の意味を改めて伝えてみれば、今度はあっと驚いたような表情を見せる衣さん。

 

 内気で若干の人見知りを持っているだろうという私の予想は、恐らくそんなに外れていません。そしてそれは彼女自身も自覚していることです。が、そんな彼女は、初めて出会う先輩という、本来の彼女自身では普通に話すのが中々難しい相手に、肩肘張ることなく、リラックスした状態で会話ができています。

 

 それはまるで、人見知りなんて最初からなかったかのようで。

 

 そのことに気づいた衣さんは、驚きの表情を浮かべたままこちらを見つめて、言葉をこぼします。

 

「もしかして、わざと……」

 

「ふふふ〜」

 

 呟くようにこぼされる衣さんの言葉に、私は微笑みだけで返します。こうすることで、私の印象が少し変わることでしょう。

 

 謎多き美少女……少しかっこよくありませんか?いえ、自分で言ってしまうと意味が無いですし、発言を振り返るとだんだん恥ずかしくなってきたので、今の発言は是非忘れていただきたいのですが……ダメですか?そうですか……。

 

「それよりも、ずいぶんと早い登校ですね?まだ日が登り始めて少ししか経ってませんけど……」

 

「あ、えっと……それに関しては、この本達のせいでして……」

 

 話の流れを断ち切るようにして告げられた私の質問に対して、自分も乗った方が都合がいいと考えたらしい衣さんは、視線を台車の上に積まれた本達に移しながら答えを返してきます。

 

 私が運び込んだ時に比べて、その数倍にまで膨れ上がった本の山。

 

 本の交換が1番多い時期故に起きている、気が遠くなるような状況。

 

 苦笑いを浮かべながらそう言う衣さんを見ていると、どこか同情したくなる気持ちに襲われます。

 

「本の更新の時期ですもんね。大変ですよね〜……」

 

「ですね……でもわたしは、不思議とこの時期は嫌いじゃないんです」

 

「……と、言いますと?」

 

 毎年その様子を見ている私は、その気持ちを正直に口から零しますが、返ってきたのはそんな私の言葉を否定とまで言わないでも、少し反する言葉。その言葉の意味を受け取りたいがために、私がさらに深く質問すると、衣さんは、積み重なっている本の1番上のものをそっと手のひらで撫でながら言葉を紡いでいきます。

 

「わたし、本が大好きなんです。書いた人の歴史を辿れる本が、書いた人の想像を覗ける本が、書いた人の想いを受け取れる本が、書いた人の知識を収めた本が……」

 

 手のひらで撫でている本をひとつ手に取り、ページを適当に開きながらそう言う彼女は、とても穏やかな表情を浮かべながら、心の底から愛おしそうに言葉を続けていきます。

 

「そんな大好きな本達に、『ありがとう、お疲れ様』って言葉と、『いらっしゃい、今日からよろしく』って言えるこの時期が、わたしは大好きなんです」

 

「……成程」

 

「はい……ってすいません!!きゅ、急に自分語りを……え、えと……ごめんなさい……へ、変なこと言ってませんよ……ね?」

 

 一通り喋り終えて、満足しきった辺りで気が抜けてしまったのか、緊張がぶり返したらしい衣さんは、再び人見知りモードへ移行。喋り方がたどたどしいものに戻ってしまい、こちらを伺うような視線を向けてきます。

 

「ふふふ」

 

「あぅ……」

 

 さっきまであんなにハキハキしていて、まっすぐ本を見つめていたのとは180度違うその姿は、むしろ本への愛情をより強く感じてしまい、そのギャップの差がおかしすぎて思わず声が漏れてしまいます。

 

 そんな笑い声を聞いた衣さんは、自分がやってしまったことを思い出して、顔を覆いながらしゃがみこみます。

 

 その姿がまた愛おしくて。

 

「急に笑ってすいません。ですが、決して衣さんを貶しているわけではないんです。ただ、本当に本が大好きなんだなって、思っただけです」

 

「え?」

 

 しゃがみ込んだ衣さんと目線の高さを合わせるようにした私は、じっと衣さんを見つめながら言葉を返します。すると、予想外の言葉を受けたせいか、少し驚いたような声を上げながら、衣さんは私の目をまっすぐと見つめ返してきました。

 

「私も本は好きですけど、あなたほどの熱意はありません。ですが、その熱意はとても大事なものだなとも思います。私も……熱意をかたむけているものはありますしね」

 

 そういいながら頭の中を巡っていくのは、今まで私が助けてきた人達。

 

 みんなの表情が、困っていたものから笑顔に変わっていくその瞬間を見るのが、私はとても大好きで、それを見るためならどんな手伝いだってすることができます。

 

 熱意を向ける方向が違うだけで、きっと根本的な考えという点において、私と衣さんはとても近い位置にいるように感じます。

 

(だから、なんでしょうね〜。これだけの本を前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 この学校内で困っている人がいれば、ピコピコと動いて反応するはずのあほげちゃんは、今この状況下においても一切の反応をみせません。それは、傍から見れば大変だと思われるこの作業を、衣さんは『本が大好きだから』という1点のみで、楽しい仕事に脳内で変換されているからなのでしょう。

 

 私は、困っている人を助けるのが趣味です。その理論に当てはめるのなら、今回は私の出る出番はないでしょう。けど……

 

「そんな熱意の塊を見せられて、私も少し響いてしまいました。そこで提案です」

 

 もう少しだけ、この人の熱意に触れてみたい。そう思った私は、気づけば口を開いていました。

 

「あなたのお仕事、私に手伝わせていただけませんか?」

 

 この1日を、かけがえのないものにするための1歩を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、この本はどこに……」

 

「それならこの本棚の上から……」

 

 衣さんにお願いして、図書館内の蔵書更新の手伝いをすることになった私は、まだ日が登ったばかりで、早朝特有の白さを残した図書館内を順番に歩いていきます。

 

 物凄く広い図書館ではあるものの、本好きを自称しているだけあって、この図書館内をしっかり把握しているらしい衣さんの指示に従うことによって、私たちの作業は意外と好調に動いていました。

 

 この図書館、規模が大きすぎることもあってか、衣さんのような図書委員の生徒の他にも、どうやら図書館専用の司書さんを雇っているらしく、その司書さんがこの図書館内の蔵書をデジタルでしっかりと記録しているため、本の場所を調べるだけなら、図書館内に設置されている端末を使うことで、検索をすることが出来るシステムとなっています。とても便利ですよね。

 

 しかし、膨大な数の本があることに変わりはありません。蔵書交換ということは、『1つの本を探す』のではなく、『交換対象の本全てを変える』というのも、大変な点ですね。普通に本を貸出するのに比べて、捜索回数が数十倍では効きません。いくら本が大好きと言っている衣さんでも、さすがに全てを把握している訳では無いみたいですしね。だからこそ、他校では年度末に終わらせるらしい蔵書交換が、ここまで伸びてしまっている訳ですし。

 

 なので、私たちの仕事がどんなものかと言われると、交換対象の本を検索し、その場所まで台車を押して本を移動。目的に到着したところで、古い本と新しい本を入れ替え、また次の場所へ。言ってしまえばこれだけです。

 

 こう聞くと、本当に苦痛というか、人によっては絶対にやりたくない作業ですよね。ですが……

 

「はい、衣さん。この本で合ってますか?」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。……ありがとう、お疲れ様」

 

 交換対象の本を受けとる度に、お礼の言葉をかけながら優しく微笑みかけるその姿は、この作業を楽しんでいる風に見えます。……いえ、実際楽しんでいるのでしょう。

 

(そんな姿を見せられると、こちらも楽しくなってしまいますね)

 

 本1冊1冊を大事にするその行動は、効率面だけを見るのであれば、決して良いこととはいえません。ですが、幽霊の視点で物事を見れる私だからこそ、彼女のこの行動がすごく大きなものであることが伝わってきます。

 

 学校の蔵書交換は、先も言った通り、古かったり経年劣化などで汚染、または破損している本を処分するという側面も抱えています。その際、それでもまだ本として価値があったり、使用できそうな状態であるのならば、他の場所に寄贈されたり、学校にスペースがあれば閉架図書として少しの間保管したりすることが出来るのですが、うちの図書館は抱えている本が多すぎて保管する余裕はありませんし、むしろこの図書館が周りから本を寄贈される側に回ることも多いので、そうなるとやはり交換対象の本は、学校に定められている廃棄基準に則って処分されることとなります。

 

 そして、処分するとなると難しいのが、本に宿る精霊の存在。

 

 長く使用されたものには精霊が宿るという考えの元生まれる付喪神という存在がいます。これは、今となっては本来であればそう伝えられているだけの架空の存在として扱われています。ですが、この学校に置いては、地脈という点と、私の存在という点から、そういったものが具現化しやすい状態となってしまっています。なので、精霊が宿った本の扱いを少しでも間違えれば、ちょっと面倒臭いことが起こりかねないのです。

 

 精霊はイタズラ好きな方が多いですし、精霊にとってはイタズラでも、人間にとっては洒落にならない、なんてことも往々にしてありますからね。

 

 ですが、今回の衣さんのように感謝を込めて、丁寧に対応することによって、精霊の宿った本達もその意志を受け取り、イタズラに対する好奇心や行動力を抑えることができます。

 

(……やはり、衣さんは良い人ですね)

 

 今もまた、衣さんに言葉を投げかけられながら撫でられる本が、私の目には嬉しそうに光っているように見えます。これでこの本が暴れて迷惑をかけることは無いでしょう。

 

(きっかけは熱意に当てられたから、と言うものですが……こんな不思議で興味深いことに出会えるなんて……やはり今日はとてもいい日ですね)

 

 その様子を見ながら、まだ今日が始まったばかりなのに、私は既に、今日という日に大きな満足感を覚えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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