仄めく少女の言霊を   作:犬鼬

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第8話 たまには幽霊らしく

 2人で楽しく談笑しながら作業を続けること数十分。

 

 息も合い始め、作業がどんどんスムーズになっていった所でふと、私はあることが気になりました。

 

 これだけの作業量を1人に押し付けるだなんてことは絶対にしなさそうですし、そもそもこの作業は毎年図書員全員で行っているのを確認しています。

 

 ですが、今ここにいるのは衣さん1人のみ。それが気になった私は、衣さんに質問を投げてみます。

 

「そういえば、他の図書員の方は来ないのですか?」

 

「ああ、その事なんですが……実は、この時間はそもそもする必要がなくてですね……」

 

「……なるほど、自主的活動ですか〜」

 

「あ、でもでも、ちゃんと先生に許可はとってますからね!?勝手にやってないですよ!!」

 

「大丈夫です。そこの心配はしていませんから〜」

 

 衣さんは本に対しては並々ならない愛を持っていますが、それでも周りへ迷惑をかけない範囲で留めてはいます。よくある、愛が暴走して〜というパターンにならない人ということですね。本当に珍しいというか、好感を持てる方です。

 

 いえ、好きな物に対して暴走するというのも、言い方が悪いだけで、何か一つに熱中できるほどの素晴らしい出会いをしていると考えればいい事ではあるのですけどね。そこはTPOが大事ということで。

 

「では、今日から本格的に図書員は活動開始って感じですか〜?」

 

「そうなりますね。しばらくはこの図書館も賑やかになるかもしれません」

 

「図書館が賑やか……良いことなのか悪いことなのか、なかなか判断が難しいですね〜」

 

 あの本が〜、この本が〜と騒がしく言い合いながら作業する図書委員たちを思い浮かべながら、少し苦笑し。

 

 利用する際に静かにしましょうという注意書きが書かれがちなここにおいては、賑やかな状態は少し敬遠されるかもしれません。もしかしたら、賑やかではあっても、利用者は減るかもしれませんね。

 

「あはは、でも必要なことですから……それに、わたしはこの作業、結構楽しみにしていたんです。去年はどうしたって参加出来ませんでしたし……」

 

「時期が時期ですからね〜。1年生は入学したばかりで委員会に入っていませんしね」

 

 入学式よりも早く学校が開始される2年生と3年生はともかく、入学したばかりの1年生は、委員会や部活といった活動にまだ入れていません。そのため、この時期に行われる活動は1年生は参加出来ないんですよね。

 

 じゃあこの図書館の作業はきついのでは?と思われるかもですが、そこは小中高一貫校の強みを生かし、学年に拘らずに声をかけることで、人数を増やして挑むようです。まぁそのせいもあってか、他の学校に比べて図書委員の人気は低いみたいなんですよね。いえ、他の学校については又聞きでしかないので詳しくは分かりませんけど。

 

 そんな大変な作業ですが、本好きな衣さんにとっては全く苦ではありません。現にこうして1人で先に行動してしまうくらいには。

 

 とはいえ、やはりひとりでできる量なんてたかがしれており、もうちょっとで朝のHRが始まるという時間まで活動していた私たちですが、台車の上に乗っている本で、交換されたものはまだ1割にも満たされていません。私も手伝っているとはいえ、さすがにまだまだ終わりは見えてきそうにありません。

 

「今日の朝は、これくらいで終わっておきましょうか」

 

「え?まだわたしは疲れて……ってもうこんな時間だったんですか!?」

 

 私が終了の言葉を投げかけると、これを聞いた衣さんは図書館内の時計を確認して、体を跳ねさせながら驚きます。余程作業に夢中だったみたいで、時間を確認してしばらくは、時計を見て固まってしまうほど。

 

 その姿も面白くて、ついつい眺めてしまいたくなりますが、遅刻をさせる訳にはいかないので、私は衣さんに近づいて声をかけます。

 

「さぁ、早く教室に戻りましょう。衣さんのこれまでの出欠状況は分かりませんけど、もし皆勤賞を狙っているのだとしたら、こんな所で落とすのはもったいないですよ?」

 

「そ、そうですね!!急いで戻りましょう!!」

 

 そういいながら慌てて片付けを始めた私たちは、残った本を軽く整えて、直ぐに出口の方へと向かいます。勿論、駆け足なんてせずに早歩きで。

 

 図書館で走って、人や本棚にぶつかったら危ないですからね。

 

「っと、予鈴ですね。今から向かえば何とか間に合いそうです。急ぎましょう」

 

「あ、あの!!」

 

 図書館から外に出ると同時に耳に入ってくるのは、朝のHR5分前の合図。今から急げば、遅刻することは無いでしょう。

 

 最も、私はどこのクラスにも所属していないので、遅刻になることは無いのですが、ここで動かなければ衣さんに変な疑いが掛けられてしまうので、一応急いでいるそぶりは見せておきます。

 

 そうやってちょっとした演技をしているところに後ろからかけられるのは、少しだけモジモジした様子でこちらを向く衣さん。

 

 時間が迫っている中、それでも伝えたいことがあるらしい彼女は、意を決した表情で、私に続きの言葉を投げてきます。

 

「もし良かったら……お昼休みと放課後……どちらかだけとか、ちょっとの間だけでもいいので……また一緒に作業してくれませんか?」

 

 それは、今までしていた仕事の続きを一緒にして欲しいという衣さんからのお願い。

 

 私との会話ではあまり露見していませんが、本来は人見知兼引っ込み思案であろう彼女にとって、会話という行為そのものがかなりのカロリーを消費する行動だったはずです。そんな彼女にとって、自分の我儘を通すという行為であるこのお願いというものは、物凄く難易度の高い行動です。

 

 けど、そんな行動を勇気を振り絞ってするくらいには、どうやら私は衣さんに気に入って貰えたらしくて。

 

「……ふふ」

 

 その事が嬉しくなった私は、笑みを零しながら、素早く返答を返します。

 

「私でよければ、是非!!」

 

 その答えは勿論YES。私だって、こんなに楽しい時間は久しぶりで、それをまだ味わってもいいと言うのなら、喜んで飛びつきます。

 

 たった1日だけの幸せ。それを大切にしたいから。

 

「あ、ありがとうございます!!では、可能ならお昼休み、お願いします!!」

 

 私の返答が嬉しかったらしい衣さんは、頭を思いっきり下げながらお礼を言い、しかしHRが迫ってきているのですぐさま頭を上げて足を動かし始めます。

 

「では失礼しますね!!」

 

 私に声をかけながら先を進んでいく衣さん。

 

 おそらく自分の教室に向かって、今にもスキップしだしそうなほどウキウキとした様子で進んでいく彼女の背中は、あっという間に見えなくなりました。

 

「ふふ、よっぽど嬉しかったんですね〜……そっか〜……」

 

 まさしく心が踊っていると言う言葉が似合うほど嬉しそうにしていた姿を思い出して、私にそこまでの感情を持ってくれていることに、大きな温かさを感じます。

 

「大事にしないといけませんね」

 

 日を跨げばリセットされる細い関係。

 

 だけど、私の記憶にはしっかり刻まれる深い関係。

 

「やっぱり、辞めることなんてできませんね」

 

 そう呟きながら、私は図書館からこっそり拝借した本のひとつを撫で、衣さんがいるであろう教室の方に視線を向けるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「衣さ〜ん。手伝いに来ましたよ〜?」

 

 朝の濃密な時間からまるっと4時間ほど経過して、学生たちにとては憩いの時間となったお昼休み。

 

 入ってすぐはご飯を食べているだろうということで、昼休み開始から15分ほど時間を空けてから2度目の図書館訪問を行った私は、人が少ない図書館で、恐らく受付にいるであろう衣さんにのみ聞こえるくらいの声量で呼びかけてみながら近づいてみます。

 

「う〜ん、返事がありませんね〜……」

 

 呼びかけては見たものの、そんな私への返答は0。

 

 自分から誘っておいて、ドタキャンをしてしまうような子ではないと思っている私は、なにか事情があるのかな?なんて思いながら、『とりあえず受付周りを見てみましょう』と足を進めて見ます。

 

 本棚の影からひょこっと顔を出しながら、受付周りの様子を視界にとらえた私は、辺りを見回して目的の人物が居ないかを探してみます。

 

「やっぱりいないですね〜……おや?」

 

 もしかしたら先生や友達に呼ばれて、少し遅れているのかもしれない。それならそれで、少し待てばいいやくらいの気持ちでいたら、ふと、受付カウンターの奥にある扉が少しだけ開かれているのが確認できました。

 

 恐らく、本の貸出表や、本の状況を管理するためのパソコンなどが置いてあると思われる司書室へと繋がっているのであろう扉。

 

 基本的には、司書さんや図書委員の人しか入ることの許されていないと思われるその部屋の扉が、今は少しだけ開いていた事から、もしかしたら?と想像を膨らませた私は、ゆっくりと扉の隙間から中を覗き込んでみます。

 

「…………」

 

(予想通り……ですね)

 

 そこに居たのは、司書室内の椅子に座りながら、一冊の本を読み込んでいる衣さんの姿。

 

 そんなに広くなく、人もいないためとても静かなその空間は、正しく読書するのにふさわしい場所。

 

 司書室に勝手に足を踏み入れた私も、入った瞬間外の世界と隔離されたのでは?と錯覚してしまうほど、静かで落ち着く空間に飲み込まれていきます。

 

(どうして、こう普段入ることが出来ないところに足を踏み入れると、ちょっと特別な気分になるのでしょうかね?……いえ、私幽霊なので、この学校で入れない場所なんて存在しないんですけど)

 

 なんて、幽霊ジョークを挟みながら足を進める私は、未だに私に気付かず、ほほ笑みを浮かべながら楽しそうに読書をしている衣さんのそばに近寄り、その隣に腰を下ろします。

 

 声をかけても良かったのですが、とても穏やかで、そして楽しそうに読書をしている彼女を邪魔するのは少し忍びなく、どうせならキリのいいところまで読み終えるのを待とうかなと思った私は、声をかけるのをやめておきます。

 

 あとは私を誘っている側なのに、こうして私を忘れて夢中してしまっている姿を見て、少し悪戯心が芽生えたというのもありますね。

 

 ……え?後者の方が大きい理由じゃないのかって?……黙秘権を行使します。幽霊に適応されるか分かりませんが。

 

 ということで、とても楽しそうに微笑みながら本を読んでいる衣さんの横で、私も同じく本を取りだして一緒に読書開始。と言っても、私が読んでいるのは曰く付きのもので、夜になると勝手に動いてしまうタイプの子を、人を襲わないように教育をするというのが目的ですが。

 

(ふむふむ……なるほど〜、この子は歴史タイプの本でしたか〜。となると、特に力が溜まっているページは、有名な方が亡くなった描写のあるところになりますから〜……)

 

 というわけで、軽く除霊まがいな事をしながら衣さんを待つこと20分ほど。

 

 図書館に行くまでに待っていた15分と合わせて、既にお昼休み時間の7割前後の時間を消費してしまったところで、キリのいいところまで読み終わったのか、衣さんが大きく伸びをしながら声を漏らし始めます。

 

「んん〜…………この方の作品はやっぱり面白いですね〜!!」

 

 伸びを終えた後に衣さんから続けられた言葉は読んでいる本の感想。しかしその言葉は私に向けられているものではなく、本を読むことで内側に積もった自分の感情をどこかに発散するために放たれた独り言。

 

 今いる場所が、関係者以外が入ることがあまりない司書室であることと、基本的にここにいる時は1人であるという前提に思考が縛られているが故の行動。

 

「王道展開を進みながら、しかしマンネリを防ぐためのスパイスがしっかり練り込まれ、その上で伏線もしっかりしている……それも、通だけにしか分からないと言ったものではなく、作品を読んでいたら、ちゃんとそのタイミングで『ああ、そういえばあった!!』と誰でも思い出せるように丁寧に線引してある親切設計!!勿論、分かる人しか分からない隠された伏線も良いですが、こう言う形の伏線も、ライト層がのめり込めるようにしっかりと考えられている感があっていいですよね〜……これは読書初心者の方にもオススメ出来る素晴らしい作品!!はぁ〜……好き……」

 

「……ふふ」

 

 相当今読んでいる作品を気に入っているのか、そこからマシンガンのように放たれる感想の嵐。

 

 恍惚とした笑みを浮かべながらどんどん溢れ出てくるその言葉は、良いものに出会った時特有の喋り方で、本当に充実した時間を過ごせたんだろうなぁと言うのがよく伝わりました。

 

(本当に、本が好きなんですね〜)

 

 良い笑顔を浮かべる衣さんの横顔を、出来ることならずっと眺めていたい。ですが、残念ながら今日は予定が入っています。

 

 時間的にもう作業することは難しいかもしれませんが、それはそれとして、私を放っておいたことに対するちょっとしたオシオキも必要ですよね?

 

(ということで〜……ちょっと、幽霊っぽいことでもしましょうか!!)

 

 未だに本の感想を述べている衣さん。

 

 そんな彼女の後ろに回り込んだ私は、出来るだけ声を低くして、衣さんの右耳の近くで囁きます。

 

「う〜ら〜め〜し〜や〜」

 

「ぴゃああああっ!?!?!?」

 

 司書室内に、大きな悲鳴が響き渡りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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