ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録   作:Rime casket

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ログイン。そして初めてのダンクロ

四月某日。

 

その日は、ただの平日になるはずだった。

 

朝のニュースも、電車の混雑も、コンビニのレジ待ちも、全部いつも通り。

違ったのは、世界中の人間が同じ“カウントダウン”を見ていたことだけだ。

 

《DUNGEON CHRONICLE — GLOBAL SERVICE START 18:00》

 

スマホの通知欄、街頭ビジョン、動画サイトの待機画面。

どこを見ても、その文字が踊っていた。

 

ダンジョン・クロニクル。

略してダンクロ。

 

現実拡張型フルダイブゲーム。

「世界と地続きの異界」をコンセプトにした、史上最大規模のVRMMO。

 

事前登録者数、三億人。

 

そんなバカみたいな数字、信じてなかった。

でも今日、電車の中で周囲を見渡して理解した。

 

サラリーマンも、学生も、主婦も、イヤホン越しに同じ配信を見ている。

 

「お前、キャラメイクもう決めた?」

「最初は回復職が安定じゃね?」

「いやいや初期魔法“火”は絶対強いって!」

 

まるで遠足前の小学生だ。

 

俺もその一人だった。

 

仕事を終え、ダッシュで帰宅。

冷凍パスタをレンチンしながら、VRギアの最終チェックをする。

 

手のひらが、汗ばんでいた。

 

別に命がけの何かをするわけじゃない。

ただゲームを始めるだけだ。

 

なのに、心臓がうるさい。

 

時計は17:59。

 

深呼吸。

 

ヘッドギアを装着する。

 

 

◆ ログイン

 

視界が暗転し、次の瞬間。

 

空だった。

 

足元のない、光に満ちた白い空間。

その中心に、巨大な水晶のような構造物が浮かんでいる。

 

《ようこそ、ダンジョン・クロニクルへ》

 

声は、男でも女でもなく、年齢すら感じさせない。

 

《あなたは今、“世界の外側”にいます。ここから先は、あなた自身の選択で世界を形作っていきます》

 

水晶が割れ、光の粒が降り注ぐ。

 

《キャラクタークリエイトを開始します》

 

目の前に、自分の姿が現れた。

 

現実の俺そのまま。

 

「……うわ、リアルすぎ」

 

髪型、体格、顔立ち。全部再現されてる。

そこから微調整できるらしい。

 

せっかくだから少しだけ変えた。

目つきを鋭く、背を少し高く。

現実の自分より、ちょっとだけ“主人公感”。

 

《職業選択》

 

剣士、魔術師、弓使い、盾士、斥候、聖職者。

 

さらにその下に、小さく書かれた一文。

 

《初期職業はあくまで“傾向”です。あなたの行動が、未来の職業を決定します》

 

うわ、これやばいやつだ。

 

「……とりあえず、バランス型で」

 

選んだのは剣士寄りの汎用タイプ。

近接もできて、最低限の魔法も使えるらしい。

 

《名前を入力してください》

 

少し迷って、キーボードに打ち込む。

 

「トーヤ」

 

現実の名前の一部。

でも、ここではもう一人の自分だ。

 

《登録完了》

 

世界が、音を立てて開いた。

 

 

◆ 始まりの街《リディア》

 

眩しい。

 

石畳の広場。

噴水の水音。

行き交う人々の話し声。

 

全部、作り物のはずなのに。

 

空気の匂いまである。

 

「うわ……」

 

思わず声が出た。

 

周囲には、同じように呆然としているプレイヤーたち。

初心者装備丸出しの服装で、キョロキョロしている。

 

頭の上にはプレイヤーネーム。

 

まるで異世界転生直後のモブ集団だ。

 

《チュートリアルクエストが発行されました》

 

視界の端にUIが開く。

 

【冒険者ギルドへ向かおう】

 

王道すぎる。だがそれがいい。

 

人の流れに乗って歩き出す。

街は広く、活気に満ちていた。

 

露店、宿屋、鍛冶屋、教会。

NPCたちが自然に生活している。

 

いや、自然すぎる。

 

子供が走り回り、商人が値切り、衛兵があくびをしている。

 

「これ、もう現実いらなくね……?」

 

誰かのつぶやきに、心の底から同意した。

 

 

◆ 冒険者ギルド

 

大きな扉を押し開けると、中は酒場のような空間だった。

 

ざわめき、笑い声、食器の音。

 

カウンターに立つ受付嬢が、こちらに気づいて微笑む。

 

《ようこそ、冒険者ギルドへ》

 

声が、あまりにも自然で。

 

一瞬、本当に“人”なんじゃないかと思った。

 

チュートリアルが進み、冒険者登録を済ませる。

ギルドカードが手の中に現れる。

 

《ランク:F》

 

最底辺。

 

でも、嫌じゃなかった。

 

ここから始まるんだって実感があったから。

 

《最初の依頼を受注できます》

 

掲示板に表示されたクエスト。

 

・薬草の採取

・街道の見回り

・森のスライム討伐

 

王道。

テンプレ。

でも、それが最高にワクワクした。

 

俺は迷わず、一番下を選んだ。

 

【森のスライム討伐:1体】

 

初戦闘だ。

 

喉が乾く。

 

《準備が整い次第、街の外へ向かってください》

 

ギルドを出ると、夕暮れの光が街を染めていた。

 

遠くに見える門の向こう。

その先に、森が広がっている。

 

あそこが、冒険の始まり。

 

胸が高鳴る。

 

怖さは、不思議となかった。

 

たぶんこれは、ゲームだからじゃない。

 

“ここでなら、何者にでもなれる”

 

そう思えてしまったからだ。

 

剣を握る。

 

現実では触ったこともない重みが、手にある。

 

深呼吸。

 

そして、門へ向かって歩き出す。

 

 

その日の日記、最後の一文はこう締められていた。

 

「18:47 俺は今日、もう一つの世界で生き始めた。」

 

そして物語は、まだ始まったばかりだった。

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