ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――アリスブルーの素顔
ログイン562日目
あの日以来、イルムと会う頻度が増えた。
偶然じゃない。
前線のさらに奥、
“普通のプレイヤーが滅多に来ない場所”にいると、自然と会う。
そしていつの間にか、パーティーを組むようになっていた。
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◆ 異常エリア
最初は気づかなかった。
イルムが向かう場所は、どこかおかしい。
・敵の出現数が不自然
・地形に当たり判定のズレ
・スキルが発動しない瞬間がある
「バグか?」
俺が言うと、イルムは短く答える。
「仕様の綻び」
プレイヤー目線じゃない言い方だった。
戦闘の合間、人気のない岩場で休憩していた時。
俺は聞いた。
「……やっぱり、運営なんだろ」
イルムは否定しなかった。
代わりに小さく息を吐く。
「正確には“調整担当アカウント”」
空を見ながら続ける。
「想定外の成長、想定外の攻略速度
プレイヤーはいつも運営の想定を越えてくる」
少しだけ口元が緩む。
「だから現場で見る必要がある」
やっぱりそうか、と妙に納得した。
「じゃあ俺、運営とパーティー組んでるのか」
「バレたら怒られる」
真顔で言う。
少しだけ笑った。
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◆ イルムは女性だった
ある日の戦闘後。
回復待ちの間に、俺は何気なく聞いた。
「そういえばさ」
イルムが視線だけ向ける。
「リアルのこと聞いたらダメなやつか?」
少しの沈黙。
「内容による」
「性別とか」
また沈黙。
そして、短く。
「女性」
あまりにもあっさりしていて、逆に反応に困る。
「……そっか」
「何か変わる?」
「いや、変わらんけど」
でも確かに思う。
声の落ち着き、視線の鋭さ、距離感。
どこか繊細さがあった理由が、少しだけ腑に落ちた。
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◆ 冷たい理由
イルムは他人に対して基本的に冷たい。
必要以上に関わらない
期待させる言い方をしない
距離を保つ
でも、ある日ぽつりと言った。
「昔、ひとりだけ」
珍しく、イルムの方から話を切り出した。
「期待した相手がいた」
視線は遠く。
「初恋だったと思う」
心臓が一瞬止まる。
「失った」
それだけ。
事故なのか、病気なのか、別れなのか。
詳しくは語らない。
でも、それで十分だった。
「それ以来、誰かに強く期待するのが苦手になった」
だから距離を取る。
だから冷たい。
優しくないんじゃない。
深く関わるのが怖いだけだ。
俺は何も言えなかった。
慰めも、励ましも、軽くなる。
ただ隣に座って、同じ景色を見ていた。
それを、イルムは拒まなかった。
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◆ 運営の苦労人
調整作業の合間、イルムは珍しく愚痴をこぼした。
「上は数字しか見ない」
「プレイヤーがどんな気持ちで戦ってるか、知らない」
「バグ直すより、新イベント優先って言われる」
思わず笑ってしまう。
「どこの会社も同じなんだな」
イルムが小さく笑う。
「そう」
その笑顔は、前線で見せるものと違って少しだけ年相応だった。
「だから現場に出るのは、私のわがまま」
「プレイヤーの顔を見ないと、調整を間違える」
その言葉を聞いて思った。
この人は、ちゃんとこの世界を守っている側なんだと。
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◆ 周囲の反応
問題は、俺たちの関係が目立ち始めたことだった。
前線で二人並んで戦う
高難度エリアで一緒にいる
休憩中も隣に座っている
当然、周りが騒ぎ出す。
「おいトーヤ、アリスブルーと固定なの?」
「運営と癒着してんのかお前」
「いやあれ絶対相棒ポジだろ」
茶化される。めちゃくちゃ。
俺が否定しても誰も信じない。
イルムは無反応。
だが一度だけ、プレイヤーに聞かれた。
「付き合ってるんですか?」
イルムは一瞬考えてから言った。
「戦場の信頼関係」
余計誤解を生む言い方だった。
俺は顔を覆った。
後日、掲示板にスレが立つ。
【速報】壁役トーヤ、アリスブルーの隣を独占
やめてくれ。
イルムはそれを見て言った。
「騒がれるのは慣れている」
でも少しだけ、困った顔をしていた。
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◆ 今日の日記
「イルムとよく組むようになった
運営だった
女性だった
冷たい理由も少し知った」
少し考えて、最後に書く。
「それでも前線では、ただの相棒だ」
画面を閉じる。
きっと周りはこれからも茶化す。
でもそれでいい。
イルムの横に立つ理由は、もう他人に説明するものじゃないから。