ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録   作:Rime casket

16 / 22
束の間のショッピング

――戦場じゃない場所

 

ログイン642日目

始まりの街リディア

 

前線レイドの合間。

 

珍しく、イルムから先にメッセージが来た。

 

《少し時間ある?》

 

内容がざっくりしすぎて逆に緊張するやつ。

 

《あるけど、どうした?》

 

少し間が空いてから返信。

 

《調整用アイテムの補充

 …ついでに街を見たい》

 

ついで、って言い方がいかにもイルムだった。

 

 

◆ 初期街デート(本人たちは無自覚)

 

リディア中央広場。

 

噴水の前で待っていると、淡い青が人混みの中に見えた。

 

戦闘装備じゃなく、軽装の街歩き用アバター。

 

黒基調だけど装飾が少し柔らかい。

 

初めて見る姿に、一瞬言葉が出なかった。

 

「遅れてないよな?」

 

「時間ぴったり」

 

イルムは周囲を見回す。

 

プレイヤー、初心者、露店、子供NPC。

 

「ここは、騒がしいね」

 

「初心者の巣だからな」

 

「嫌いじゃない」

 

小さく言う。

 

それがちょっと嬉しい。

 

 

◆ 買い物の温度差

 

最初の目的は調整用触媒の購入。

 

専門店に入り、イルムは即座に棚へ直行。

 

「これとこれとこれ」

 

判断が早い。

 

完全に“仕事モード”。

 

俺は後ろで見守る係。

 

会計を終えたあと、店を出る。

 

ここからが本題らしい。

 

イルムは通りを見て、少し迷ってから言った。

 

「……他も見る?」

 

なんだその言い方。

 

遠回しすぎる。

 

「案内しようか、リディア観光」

 

「観光じゃない」

 

「はいはい」

 

でも並んで歩く。

 

 

◆ 屋台通り

 

甘い匂いのする屋台前でイルムが立ち止まる。

 

焼き菓子のNPC屋台。

 

「食べるのか?」

 

「……データ収集」

 

「はいはい」

 

二つ買って一つ渡す。

 

イルムは少し考えてから受け取る。

 

一口かじる。

 

「……甘い」

 

「そりゃ菓子だしな」

 

少しだけ目が丸くなる。

 

戦場じゃ絶対見ない表情。

 

「嫌いか?」

 

首を横に振る。

 

「たまにはいい」

 

その“たまに”が、なんか貴重に聞こえる。

 

 

◆ 装備屋での事件

 

防具屋の前で、イルムが立ち止まる。

 

ショーケースの中に、初心者用マント。

 

「これ、まだ人気あるんだ」

 

「初期街の象徴みたいなもんだからな」

 

イルムが少し黙る。

 

「あなた、最初これ着てた」

 

覚えてるのか。

 

「似合ってなかっただろ」

 

「うん」

 

即答だった。

 

俺は吹き出す。

 

イルムの口元も少し緩む。

 

 

◆ 周囲のざわつき

 

問題はここから。

 

前線で顔が知られてる俺と、アリスブルーのイルム。

 

目立たないわけがない。

 

「え、あれトーヤじゃね?」

「隣イルム!? リディアに!?」

「デートでは???」

 

聞こえてる。めちゃくちゃ聞こえてる。

 

俺は気まずい。

 

イルムは無反応を装っているが、歩幅が微妙に早い。

 

「気にするな、あいつらすぐ騒ぐ」

 

「騒音レベルが高い」

 

ちょっと不機嫌そう。

 

でも帰らない。

 

それが答えみたいなもんだ。

 

 

◆ 静かな場所

 

街外れのベンチ。

 

人通りが減る。

 

二人並んで座る。

 

戦闘でも調整でもない時間。

 

沈黙が落ちる。

 

でも居心地は悪くない。

 

イルムがぽつりと言う。

 

「こういう時間、久しぶり」

 

「戦わない時間?」

 

「誰かと、目的のない時間」

 

胸が少しだけ温かくなる。

 

俺は空を見上げる。

 

「リディア悪くないだろ」

 

イルムも同じ方向を見る。

 

「うん」

 

短いけど、ちゃんとした肯定。

 

 

◆ 帰り際

 

転移ポイント前。

 

イルムが言う。

 

「今日はありがとう」

 

仕事の礼じゃない言い方。

 

「こちらこそ」

 

少し沈黙。

 

イルムが視線を合わせる。

 

前みたいに逃げない。

 

「また、街に来てもいい?」

 

質問形なのが、少しだけ不安を含んでる。

 

俺は笑う。

 

「初心者の巣へようこそ」

 

イルムが小さく笑った。

 

ほんの少しだけ。

 

 

◆ 今日の日記

 

「イルムと初期街で買い物した

戦場じゃない時間を一緒に過ごした」

 

少し考えて、最後に書く。

 

「あの人が笑うと、戦場より緊張する」

 

セーブ。

 

画面を閉じながら思う。

 

前線で隣に立つより、

 

街で隣に座る方が難易度高いのかもしれないな。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。