ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――戦場じゃない場所
ログイン642日目
始まりの街リディア
前線レイドの合間。
珍しく、イルムから先にメッセージが来た。
《少し時間ある?》
内容がざっくりしすぎて逆に緊張するやつ。
《あるけど、どうした?》
少し間が空いてから返信。
《調整用アイテムの補充
…ついでに街を見たい》
ついで、って言い方がいかにもイルムだった。
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◆ 初期街デート(本人たちは無自覚)
リディア中央広場。
噴水の前で待っていると、淡い青が人混みの中に見えた。
戦闘装備じゃなく、軽装の街歩き用アバター。
黒基調だけど装飾が少し柔らかい。
初めて見る姿に、一瞬言葉が出なかった。
「遅れてないよな?」
「時間ぴったり」
イルムは周囲を見回す。
プレイヤー、初心者、露店、子供NPC。
「ここは、騒がしいね」
「初心者の巣だからな」
「嫌いじゃない」
小さく言う。
それがちょっと嬉しい。
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◆ 買い物の温度差
最初の目的は調整用触媒の購入。
専門店に入り、イルムは即座に棚へ直行。
「これとこれとこれ」
判断が早い。
完全に“仕事モード”。
俺は後ろで見守る係。
会計を終えたあと、店を出る。
ここからが本題らしい。
イルムは通りを見て、少し迷ってから言った。
「……他も見る?」
なんだその言い方。
遠回しすぎる。
「案内しようか、リディア観光」
「観光じゃない」
「はいはい」
でも並んで歩く。
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◆ 屋台通り
甘い匂いのする屋台前でイルムが立ち止まる。
焼き菓子のNPC屋台。
「食べるのか?」
「……データ収集」
「はいはい」
二つ買って一つ渡す。
イルムは少し考えてから受け取る。
一口かじる。
「……甘い」
「そりゃ菓子だしな」
少しだけ目が丸くなる。
戦場じゃ絶対見ない表情。
「嫌いか?」
首を横に振る。
「たまにはいい」
その“たまに”が、なんか貴重に聞こえる。
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◆ 装備屋での事件
防具屋の前で、イルムが立ち止まる。
ショーケースの中に、初心者用マント。
「これ、まだ人気あるんだ」
「初期街の象徴みたいなもんだからな」
イルムが少し黙る。
「あなた、最初これ着てた」
覚えてるのか。
「似合ってなかっただろ」
「うん」
即答だった。
俺は吹き出す。
イルムの口元も少し緩む。
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◆ 周囲のざわつき
問題はここから。
前線で顔が知られてる俺と、アリスブルーのイルム。
目立たないわけがない。
「え、あれトーヤじゃね?」
「隣イルム!? リディアに!?」
「デートでは???」
聞こえてる。めちゃくちゃ聞こえてる。
俺は気まずい。
イルムは無反応を装っているが、歩幅が微妙に早い。
「気にするな、あいつらすぐ騒ぐ」
「騒音レベルが高い」
ちょっと不機嫌そう。
でも帰らない。
それが答えみたいなもんだ。
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◆ 静かな場所
街外れのベンチ。
人通りが減る。
二人並んで座る。
戦闘でも調整でもない時間。
沈黙が落ちる。
でも居心地は悪くない。
イルムがぽつりと言う。
「こういう時間、久しぶり」
「戦わない時間?」
「誰かと、目的のない時間」
胸が少しだけ温かくなる。
俺は空を見上げる。
「リディア悪くないだろ」
イルムも同じ方向を見る。
「うん」
短いけど、ちゃんとした肯定。
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◆ 帰り際
転移ポイント前。
イルムが言う。
「今日はありがとう」
仕事の礼じゃない言い方。
「こちらこそ」
少し沈黙。
イルムが視線を合わせる。
前みたいに逃げない。
「また、街に来てもいい?」
質問形なのが、少しだけ不安を含んでる。
俺は笑う。
「初心者の巣へようこそ」
イルムが小さく笑った。
ほんの少しだけ。
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◆ 今日の日記
「イルムと初期街で買い物した
戦場じゃない時間を一緒に過ごした」
少し考えて、最後に書く。
「あの人が笑うと、戦場より緊張する」
セーブ。
画面を閉じながら思う。
前線で隣に立つより、
街で隣に座る方が難易度高いのかもしれないな。