ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――街中遭遇イベント:対ナンパ戦
ログイン659日目
始まりの街リディア・中央通り
イルムと街に来る頻度が、いつの間にか増えていた。
本人は「買い物」とか「観察」とか言うけど、
どう見ても“出かけてる”回数だ。
今日も軽装で露店通りを歩いていた。
イルムは素材屋のショーケースを真剣に見ている。
その横で俺は屋台の串焼きを食べている。
平和。
……のはずだった。
⸻
◆ 接触
「ねぇねぇお姉さん、初心者エリア初めて?」
背後から軽い声。
振り向くと、チャラめの装備をした二人組プレイヤー。
初心者じゃないが、中堅くらい。
視線の先は、もちろんイルム。
イルムはゆっくり顔を上げる。
無表情。
「違う」
短い返答。
だがナンパ勢はめげない。
「よかったら街案内しようか? 俺らこの辺詳しいし」
詳しいのは多分屋台の値段だけだろ。
俺は串焼きを持ったまま様子を見る。
イルムは視線を逸らし、ショーケースに戻す。
「必要ない」
ナンパ男Aが笑う。
「つれないなー、彼氏いるの?」
俺の手が止まる。
イルムの肩が、ほんの少しだけ強張る。
その変化を見て、もう十分だった。
⸻
◆ 介入
「いるよ」
俺が横から言った。
二人が振り向く。
「え?」
「彼氏。今横にいる」
串焼きを指でくるくる回しながら言う。
ナンパ男Bが俺を上から下まで見る。
「え、マジで? そんな装備地味なやつが?」
ほう。
その言い方は前線勢に刺さるやつだ。
俺は笑顔のまま言う。
「地味で悪かったな」
ナンパ男Aがまだ食い下がる。
「いやでも本人に聞いてないし?」
その瞬間。
イルムが小さく俺の袖を掴んだ。
視線は相手に向けないまま。
それだけで十分だった。
俺は一歩前に出る。
「聞いたじゃん。“必要ない”って」
声のトーンを落とす。
戦闘中の声。
ナンパ男Bが一瞬たじろぐ。
「いや、そんなガチになること?」
「ならないで済ませたいなら引いてくれ」
笑顔のまま、目は笑わない。
前線で命預かる時の視線。
二人は顔を見合わせる。
「あーはいはい、悪かったって」
「彼氏持ちなら早く言ってよー」
言い訳しながら去っていく。
⸻
◆ 残った沈黙
人混みの音が戻る。
俺は串焼きを一口かじる。
「大丈夫か?」
イルムは少し遅れて頷く。
「うん」
でも手はまだ袖を掴んでいる。
気づいてないのか、気づいてて離せないのか。
「街は戦場より面倒だな」
俺が言うと、
イルムは小さく息を吐いた。
「敵の行動パターンが読めない」
「それな」
少しの間。
イルムがぽつりと言う。
「さっきの」
「ん?」
「彼氏っていうの」
あ、そこ触れる?
俺は頭をかく。
「撃退用の即席設定ってことで」
イルムは少し黙る。
そして小さく言う。
「……嫌じゃなかった」
心臓が一瞬止まる。
「そ、そうか」
イルムは視線を逸らす。
「でも次からは、もう少し穏便に」
「努力はする」
たぶん無理だけど。
⸻
◆ 周囲の目
遠巻きに見てたプレイヤーたちがひそひそ。
「今のトーヤだよな?」
「彼氏宣言したぞ」
「公式じゃんもう」
やめろ。
イルムは無表情を保とうとしているが、耳が赤い。
俺は屋台の残りを口に押し込む。
「移動するか」
「うん」
並んで歩き出す。
今度は、イルムの方から距離が近い。
⸻
◆ 今日の日記
「イルムがナンパされてた
反射的に彼氏って言って撃退した」
少し考えてから書き足す。
「否定されなかった」
最後に。
「街イベントの難易度、前線より高い」
セーブ。
画面を閉じながら思う。
あの“嫌じゃなかった”は、
たぶん今日一番のクリティカルヒットだった。