ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――ぎこちない翌日と、母のような人
ログイン674日目
始まりの街リディア
昨日の出来事は、間違いなく“事件”だった。
イルムの
「私の彼氏だ!」
発言。
掲示板は当然のように祭り状態。
俺はログイン前から覚悟していた。
でも問題は周囲じゃない。
当人同士だ。
⸻
◆ 気まずい再会
広場で合流。
イルムはいつも通りの表情。
だが目が合わない。
「……おはよう」
「おはよう」
声のトーンも少し低い。
歩き出す。
距離は近いのに、空気が微妙にぎこちない。
昨日のあの勢いはどこへ行った。
俺が口を開く。
「昨日のことなんだけど」
イルムが即座に言う。
「業務外の発言」
かぶせてきた。
早口。
耳が赤い。
「いや、あのな」
「必要な状況判断だった」
目を逸らしたまま。
完全に照れの防御モード。
前線での冷静さはどこだ。
俺は思わず笑いそうになる。
でも今笑うと余計ややこしい。
⸻
◆ そこに現れる存在
「はいはいそこまで」
横から、柔らかい声。
振り向くと、見覚えのある女性アバター。
長い髪、落ち着いた雰囲気。
楓。
イルムが一瞬固まる。
「……楓」
「おはようイルムちゃん」
にこやか。
でも目は完全に“全部分かってます”の人。
俺にも軽く会釈。
「トーヤ君、だよね? 噂は聞いてるわ」
嫌な予感しかしない。
⸻
◆ 逃げ道なし
楓はイルムの肩をぽんと叩く。
「ちょうどよかったわ。二人とも時間ある?」
イルムが警戒する。
「内容による」
「運営の方から挨拶があるの」
俺、固まる。
「え、俺プレイヤーなんだけど」
楓は微笑む。
「“ただのプレイヤー”じゃなくなってるのよ、あなた」
イルムが小声で言う。
「……ごめん」
いや謝るな。
何が起きるんだ。
⸻
◆ 運営区画
転移。
着いたのは見慣れない白い空間。
UIも簡素。
完全にバックヤード。
そこに数人のアバターが立っていた。
雰囲気で分かる。
運営メンバー。
一人が腕を組んでいる。
理知的な目。
「彼がトーヤか」
もう一人、穏やかな表情の人物が軽く手を挙げる。
「初めまして。イルムがいつも世話になってます」
待って。
親への挨拶みたいな空気やめて。
楓が楽しそうに言う。
「例の“彼氏宣言”の相手よ」
イルムが顔を伏せる。
耳が完全に赤い。
運営側の一人が咳払い。
「公私混同は原則禁止だが」
うわ怒られる流れ?
「現場貢献度と信頼値を考慮し、問題なしと判断している」
OKなのか。
「むしろ君の存在がイルムの稼働安定に寄与している」
数値評価きた。
やっぱり数字見る人いるじゃん。
楓が横でくすっと笑う。
⸻
◆ ぎこちなさ爆発
紹介タイムが終わり、解散前。
イルムが小さく俺に言う。
「ごめん、いきなり」
「いや、俺もびっくりした」
視線が合う。
すぐ逸らす。
同時に逸らす。
楓が遠くから見ている。
絶対楽しんでる。
⸻
◆ 帰還後
リディアへ戻る。
さっきより、距離が自然。
ぎこちなさはまだある。
でも逃げる感じじゃない。
ただ“慣れてないだけ”。
イルムがぽつりと言う。
「……昨日の発言」
俺が身構える。
「撤回はしない」
心臓に悪い言い方をする。
「ただ、もう少し段階を踏みたかった」
俺は苦笑する。
「街イベントは突発クエだからな」
イルムが小さく笑った。
それで十分だった。
⸻
◆ 今日の日記
「イルムと気まずい再会
そのまま楓に運営へ連行された」
少し考えて書き足す。
「公認されたらしい」
最後に。
「でも当人同士が一番ぎこちない」
セーブ。
画面を閉じながら思う。
前線ボスより強いのは、
たぶん“関係性イベント”だ。