ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
ログイン初日 19:12
やった。
本当にやった。
俺は今、森の入口の切り株に座りながら震えている。
寒さじゃない。
初戦闘の余韻だ。
⸻
◆ 初討伐:スライム
森は、街から見た時よりずっと暗かった。
木々が光を遮って、湿った土の匂いが濃い。
《対象エリアに到達しました》
その直後だった。
ぷるん、と音がしそうな半透明の塊が、木の根元からにゅるっと出てきた。
スライム。
ゲームでは見飽きたはずの存在なのに、目の前にいるとまるで違う。
呼吸が浅くなる。
「……よし」
剣を構える。
重い。思ったよりずっと重い。
スライムが跳ねた。
反射的に横へ転がる。
地面が冷たい。土の感触がリアルすぎる。
《回避成功》
そんな表示を見ている余裕はなかった。
立ち上がって、思いきり剣を振り下ろす。
手が痺れる。
刃がスライムの体に食い込み、青い粒子が弾ける。
もう一撃。
今度は横薙ぎ。
《スライムを討伐しました》
光の粒になって消える魔物。
その場に、ぷかりと浮かぶ小さな結晶。
《魔素結晶(微)》
《スライム粘液》
「……はは」
力が抜けて、その場にへたり込んだ。
たった一体。
でも、確実に俺は“この世界で戦った”。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
⸻
◆ 帰還と報酬
ギルドに戻ると、同じ初心者装備のプレイヤーが何人もいた。
みんな、どこか誇らしげな顔をしている。
カウンターに素材を提出。
受付嬢が微笑む。
《依頼達成、おめでとうございます》
ギルドカードが淡く光る。
Fランク経験値 +15
たった15。
でも、その数字が眩しかった。
報酬は少額のコインと、初心者用ポーション。
それだけなのに、宝物みたいに感じた。
⸻
◆ 初めての“他人”
ギルドの隅でメニューを確認していると、横から声がした。
「スライム行ってきた?」
振り向くと、軽装の槍使い風プレイヤー。
頭上の名前は “ガロウ”。
「あ、うん。めちゃくちゃ怖かったけど」
「だよな! あいつ地味に跳ねるし!」
二人で笑う。
現実では知らない相手なのに、変な距離の近さがあった。
「このゲーム、痛覚設定リアルすぎない?」
「それな。転んだとき普通に痛かったわ」
いつの間にか、周囲にも人が集まっていた。
回復職の少女アバター、盾持ちの大柄プレイヤー、ローブ姿の魔法使い。
全員、今日が初ログインらしい。
「明日パーティ組まない?」
「森の奥、ソロだとキツいらしいぞ」
「え、もう奥行ってる人いんの!?」
情報交換が始まる。
掲示板でもチャットでもなく、その場の会話で。
ああ、これがオンラインゲームなんだなって、今さら実感した。
⸻
◆ その瞬間
扉が開いた。
ただそれだけなのに、ギルドの空気が一瞬静まった。
入ってきたのは、ひとりのプレイヤー。
白い。
最初の印象はそれだった。
長い白髪が、淡く光を反射している。
黒を基調にした軽装。動きやすそうなのに、どこか儀式的なデザイン。
そして、目。
淡い光を宿したその瞳は、NPCよりも“生きている”感じがした。
頭上の名前表示。
「イルム」
誰かが小声で言った。
「……上位勢っぽくない?」
装備の雰囲気が違う。
初期装備の延長じゃない、明らかに洗練された動き。
イルムは周囲を一瞥して、まっすぐ掲示板へ向かう。
その歩き方が、妙に静かだった。
騒がしいギルドの中で、そこだけ音が吸われたみたいに。
俺は、気づいたら見つめていた。
「おいトーヤ、どうした?」
ガロウの声が遠い。
視線が外せない。
イルムが依頼書を一枚剥がす。
その瞬間、袖が揺れて白い手首が見えた。
細いのに、無駄がない。
強い人の手だ、って直感した。
イルムが振り返る。
一瞬だけ、目が合った気がした。
心臓が跳ねる。
理由なんてわからない。
ただ、
“この人は違う”
そう思ってしまった。
イルムは何事もなかったようにギルドを出ていった。
扉が閉まる音で、周囲の喧騒が戻る。
「なあ今の人やばくなかった?」
「絶対ベータテスターだろ」
「ソロで上位行くタイプのやつだあれ」
みんな口々に言う。
でも俺は何も言えなかった。
ただ胸の奥がざわざわしている。
⸻
◆ 今日の最後の記録
宿屋のベッドに横になりながら、メニューを閉じる前に日記ログを開く。
今日だけで、いろんなことがあった。
初戦闘。
初報酬。
初めてのゲーム仲間。
そして。
名前を、もう一度打ち込む。
「19:58 ギルドで“イルム”というプレイヤーを見た。
たぶん強い。たぶん有名になる。
でもそれより――なぜか、目が離せなかった。」
セーブ。
ログアウト。
ヘッドギアを外した現実の天井が、やけに味気なかった。
明日もログインしよう。
たぶん俺はもう、あの世界に帰る理由ができてしまったからだ。