ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――ログアウトの向こう側
ログイン713日目
始まりの街リディア・夜
今日は前線もレイドも入れていない。
ただ、イルムと街を歩いていただけ。
噴水の水音だけが響く静かな広場。
夜のリディアは、どこか現実に近い空気がある。
並んで座る。
会話は途切れがち。
でも落ち着く時間。
しばらくして、イルムが口を開いた。
「トーヤ」
声が少し硬い。
いつもの冷静なトーンじゃない。
「ん?」
イルムは視線を水面に落としたまま言う。
「前から考えてたことがある」
胸の奥が少しだけざわつく。
戦闘前の緊張に似ている。
「私、現実とこの世界を分けてきた」
ゆっくりした言葉。
「ここは仕事で、戦場で、調整場所で」
少し間。
「でも今は、違う」
視線が少しだけ揺れる。
「あなたといる時間が、“ここだけ”のものなのが、だんだん苦しくなってきた」
呼吸が止まりそうになる。
イルムが続ける。
「画面越しなのが、もどかしい」
正直すぎる言葉。
飾らない。
逃げない。
「……それで」
ここで初めて、イルムが俺を見る。
覚悟を決めた人の目。
「会いに行ってもいい?」
時間が止まったみたいだった。
前線で隣に立つ許可をもらった時より、重い一言。
俺はゆっくり息を吐く。
「それ、仕事として?」
少しだけ冗談混じりに聞く。
イルムは首を振る。
「個人として」
はっきり。
「運営じゃなくて、イルムとして」
胸の奥がじんわり熱くなる。
「……後悔しないか?」
俺が聞く。
イルムは少しだけ考える。
そして静かに言う。
「後悔するかもしれない」
正直すぎる。
「でも、会わない方がずっと後悔する」
その言葉に、迷いはなかった。
俺は笑う。
「なら、歓迎するしかないな」
イルムの肩から、少し力が抜けるのが分かる。
「本当に?」
「こっちも同じこと考えてたし」
イルムの目がわずかに見開かれる。
「言うタイミングを探してた」
俺が続ける。
「そしたら先越された」
ほんの少しだけ、イルムが笑う。
安心したみたいな、小さな笑顔。
⸻
◆ 現実の約束
「日程は…調整する」
さすが運営。
「場所は人の多いところがいい」
「了解。最初は安全圏な」
「戦闘用語で言わないで」
でも少し楽しそうだ。
⸻
◆ 今日の日記
「イルムが現実で会いに来ると言った」
手が少し震えながら打つ。
「ついにログアウトの向こう側の話になった」
最後に、ゆっくり書き足す。
「たぶん次は、もうゲームのイベントじゃない」
セーブ。
画面が暗転する。
でも今日は、ヘッドギアを外した後の現実の方が
少しだけ楽しみになっている自分がいた。