ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――アリスブルーの再会
ログイン366日目
一周年ワールドボス戦・最終局面
空が割れていた。
それは比喩じゃなく、実際に空間が裂けている。
《星喰いの巨竜》の最終フェーズ。
空中に浮かぶ巨大な魔法陣。
そこから降り注ぐ星屑のような破壊光。
前衛は半壊。
後衛は魔力切れ。
回復職はポーションも底を尽きかけている。
「トーヤ、次のブレス耐えられない!」
ミナの声が震える。
ボルドの盾はひび割れ、レティは詠唱を止めて膝をついていた。
でも、ここで崩れたら終わる。
俺は前に出た。
「俺が受ける!! 全員後ろ下がれ!」
正直、無茶だとわかっていた。
でも1年前の俺じゃない。
この1年、ずっと前線に立ち続けた。
仲間の命を預かる立場になった。
なら、ここで倒れるわけにはいかない。
巨竜が息を吸い込む。
世界が赤く染まる。
その瞬間――
視界に、青い閃光が走った。
轟音。
衝撃。
だが、熱は来なかった。
ゆっくり目を開く。
俺の前に、ひとりのプレイヤーが立っていた。
風に揺れる、淡い青の髪。
白にも見える、けれど確かに青を含んだ色。
アリスブルー。
黒基調の軽装。
背筋を伸ばした立ち姿。
無駄のない、静かな気配。
そして頭上の名前。
《イルム》
時間が止まったみたいだった。
イルムの片手が前にかざされている。
そこに展開された薄い光の障壁が、巨竜のブレスを完全に受け止めていた。
周囲のプレイヤーがどよめく。
「誰だあれ!?」
「ダメージ通ってないぞ!?」
イルムは振り向かない。
ただ小さく言った。
「……下がって」
声は静かで、淡々としていた。
命令というより、事実の提示みたいな言い方。
俺は反射的に一歩下がる。
イルムが前へ出る。
その動きは速いというより、無駄がなかった。
巨竜の脚元に滑り込み、一閃。
派手なエフェクトはない。
なのに次の瞬間、巨竜のHPバーが大きく削れた。
「……は?」
俺だけじゃない。
周囲の全員が固まっている。
イルムは振り向かずに言う。
「弱点、胸部左側。今なら通る」
その一言で、空気が変わった。
レティが立ち上がる。
「詠唱再開する!」
ボルドが盾を構える。
「前出るぞトーヤ!」
俺は剣を握り直した。
心臓がうるさい。
でも今度は恐怖じゃない。
追いつきたいと思い続けた背中が、目の前にある。
全員で畳みかける。
俺の斬撃が、イルムの攻撃と同じ場所に重なる。
確かな手応え。
巨竜が悲鳴を上げる。
最後は、全サーバーの一斉攻撃。
《星喰いの巨竜 討伐成功》
世界に勝利演出が走る。
歓声。
エフェクト。
チャット欄の大洪水。
でも俺は動けなかった。
目の前にいる。
1年前、ギルドで見かけて。
それ以来、噂だけを追い続けた存在が。
イルムがゆっくり振り向く。
視線が合う。
あのときと同じだ。
けれど今は、逃げずに見返せる。
数秒、無言。
それからイルムが小さく首を傾げた。
「……成長したね」
一瞬、意味がわからなかった。
「え?」
思わず声が漏れる。
イルムは少しだけ目を細めた。
微笑んだ、ように見えた。
「最初のスタンピード。森で戦ってた」
頭が真っ白になる。
見てたのか?
あの時。
俺が必死にゴブリン斬ってた頃。
イルムは静かに言う。
「いい動きだった」
たったそれだけなのに。
胸の奥が、熱くなる。
1年間、勝手に目標にして。
勝手に追いかけて。
勝手に焦って。
その全部を、見られていたみたいで。
言葉が出てこない俺に、イルムは続ける。
「前線、任せられる人が増えるのは助かる」
その言い方。
まるで――
「……やっぱり、運営なのか?」
聞いてしまった。
イルムは一瞬だけ視線を逸らす。
そして、少し考えるような間。
「さあ」
否定しない。
肯定もしない。
でもそれで十分だった。
イルムは踵を返す。
「またどこかで」
去ろうとする背中に、思わず叫ぶ。
「待ってくれ!」
足が止まる。
俺は言う。
今度は、ちゃんと。
「次は、同じ前線で並びたい」
少しの沈黙。
それから、イルムはほんの僅かに振り向き。
「……来られるなら」
そう言って、転移エフェクトに包まれた。
光が消える。
そこにはもう誰もいない。
でも、胸の奥に確かなものが残っていた。
⸻
その日の最後の日記。
「ログイン366日目
イルムに再会した
アリスブルーの髪は、本当に綺麗だった
そして――
俺は、まだ強くなれると言われた気がした」
カーソルが点滅する。
少し迷って、最後にこう打ち込む。
「次は、隣に立つ」
セーブ。
ログアウト。
現実の天井を見上げながら、笑ってしまった。
ああ。
このゲーム、やっぱり最高だ。