ダンジョン・クロニクル プレイヤー記録 作:Rime casket
――一番弱い人に、背中を押される日
ログイン456日目
始まりの街リディア
あれから数日。
俺はまだリディアにいた。
いつも通り初心者の護衛をして、
いつも通り「ありがとう」と言われて、
いつも通り笑ってごまかす。
でも中身は空っぽだった。
イルムの言葉が、ずっと頭の中に残っている。
「自分から下りた場所で満足するのは、違う」
考えないようにしても、消えない。
今日も門の外でスライム処理をしていた時。
後ろから声がした。
「トーヤさん」
振り向くと、見覚えのある初心者が立っていた。
小柄な片手剣使いのプレイヤー。
名前は ユズ。
初ログイン日に俺が護衛した子だ。
「どうした? クエ詰まったか?」
いつもの調子で聞く。
でもユズは首を振った。
「今日はお願いじゃなくて、話があって」
妙に真剣な声だった。
⸻
◆ 思っていたこと
門の脇の石段に座る。
初心者に相談されるのは慣れてる。
でも、こんな顔は初めて見た。
「トーヤさん、最近ずっとここにいますよね」
胸がちくりとする。
「まあな、こっちも人手いるし」
軽く返す。
ユズはまっすぐ俺を見る。
「前は、違う場所にいた人ですよね」
言葉に詰まる。
「なんでそう思うんだ?」
「動きが違うから」
即答だった。
「スライム倒すときも、いつも周り見てるし
危ない前に動いてくれるし
私たちと同じ人じゃないって、みんな言ってます」
苦笑する。
褒め言葉のはずなのに、胸が痛い。
ユズは続けた。
「でも最近、楽しそうじゃない」
ド直球だった。
「前は、強い人ってキラキラしてると思ってたんです」
ぎくりとする。
「でもトーヤさんは、なんか……」
言い淀んで、でも言った。
「ここにいるの、我慢してる人みたいです」
息が止まる。
初心者に、見抜かれてる。
⸻
◆ 逆の立場
「私、最初すごく怖かったんです」
ユズが言う。
「戦うのも、死ぬのも。
でもトーヤさんが“失敗しても大丈夫”って言ってくれたから続けられました」
覚えている。
震えてたこの子に、そう言った。
「だから今、森の奥にも行けるようになったし、
このゲーム好きだなって思えてます」
少し笑う。
その笑顔がまぶしい。
「でも」
ユズは俺を見上げる。
「トーヤさんは、好きな場所で戦ってますか?」
何も言えない。
答えは出ている。
俺は“好きな場所”じゃなくて“安全な場所”にいる。
ユズは小さく息を吸う。
「私、トーヤさんが前に行くところ見たいです」
「え……?」
「だって、強い人が後ろで止まってるの、もったいないです」
子供みたいな理屈。
でも、まっすぐすぎる。
「トーヤさんがいたら、もっとたくさんの人が助かると思う」
言葉が刺さらない。
代わりに、じわじわ温かく広がる。
イルムの言葉は、痛かった。
ユズの言葉は、熱かった。
⸻
◆ 決定的な一言
立ち上がろうとしたユズが、振り返って言った。
「私、強くなったらトーヤさんみたいになりたいんです」
呼吸が止まる。
「でも今のトーヤさんは、目標にしちゃダメな人になりそうで嫌です」
胸を殴られたみたいだった。
責めてるわけじゃない。
失望でもない。
期待してるから言っている目だった。
それが、何より効いた。
⸻
◆ 立ち上がる理由
ユズが門の外へ走っていく。
もう護衛はいらないレベルだ。
俺はその背中を見送りながら、剣を握る。
手が震えている。
怖さは消えていない。
また失敗するかもしれない。
また仲間を危険にさらすかもしれない。
でも。
それでも。
前に出たいと思ってしまった。
イルムに言われたからじゃない。
一流の誇りでもない。
初心者の憧れでもない。
まだ、自分の剣を嫌いになりたくなかったから。
⸻
◆ ギルドへ
リディアの冒険者ギルドの扉を押し開ける。
ざわめきが止まる。
「トーヤ……?」
「リディア専属じゃなかったのか?」
カウンターへ歩く。
受付嬢が微笑む。
《ご用件は?》
喉が少し乾く。
でも、言えた。
「前線復帰申請。高難度ダンジョンの参加登録を」
ギルドカードが光る。
久しぶりに見る表示。
《前線活動ステータス:再開》
胸の奥で、何かが戻ってくる。
怖さもある。
後悔もある。
でもそれ以上に――
熱があった。
⸻
その日の最後の日記。
「ログイン456日目
初心者に背中を押された
俺はまだ、戦いたいらしい」
少し迷って、最後に書き足す。
「次は、逃げない」
セーブ。
ログアウト前、ふと思う。
もしまたイルムに会ったら。
今度は、目を逸らさずに立てる気がした。