僕と君の恋はダービー   作:フラペチーノ

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トレーナーも……そんな趣味、あるんだね。いや、何も言わないよ?

「……よしっ!」

 

 約束のデートの日。トレーナーを、一日好きにしていい日の当日。

 とある秘策のために早起きからの支度をしていたボクは、自室の鏡の前で身だしなみチェックを行っていた。

 髪型も、服装も、そして気合をいれるためにつけた香水も。特に違和感がないように着こなせている。

 とはいっても、実はいつもトレーナーとお出かけしている時に着ている服装と全く同じものなんだけどね。

 お気に入りのピンクのリボンで結んだポニーテールに、おへそを出したストライプ柄の私服。ちょっと子供っぽいけど、パンツスタイルで動きやすいから今回のおでかけにぴったり。

 

「じゃあ行ってきまーす……」

 

 時刻はまだ朝の九時頃。

 同室のマヤノはすぅすぅとまだ寝息を立てているので、起こさないように音を立てずに扉から出ていく。

 ボクの秘策を包んだバッグを倒さないように持ちながら寮を出ると、集合場所である学園の駐車場へと向かった。

 春先の少し肌寒い感じはするが、それは恐らく朝だけの気温。天気予報だとお昼から絶好のデート日和だったので、これから暖かくなっていくのだろう。

 

「ふんふーん♪」

 

 鼻歌を歌いながら、テイオーステップをする気持ちで学園の小道を歩く。

 今日という日が楽しみ過ぎて、なんだか遠足前のようなテンションになってしまっていた。

 そしてそんな気分の中、ボクが今一番待っていたヒトの声が耳に入ってくる。

 

「おはよう、テイオー。時間ピッタリだな」

 

「おはよう、トレーナー! ありがとね、朝早くから」

 

「全然、大丈夫だ。テイオーとのお出かけなら、俺は何時でも起きるぞ?」

 

 挨拶した直後、トレーナーはサラッと当たり前のようにボクが欲しかった言葉を言ってきた。

 一瞬でペースを持ってかれそうになってしまい、口から好きが零れそうになったが何とか堪える。

 今日はボクが手綱を握るデートなんだから、トレーナーの誘惑に負けないようにしなきゃ。

 

「じゃあ行こうか。前と後ろ、どっち乗る?」

 

「勿論助手席!」

 

 ボクが答えが決まっていることを口にすると、うきうきしながらトレーナーの車に乗車する。

 本当ならボクが運転してあげたいけど、まだ免許を取れる年齢じゃないのがちょっと悔しい。

 だけど運転しているトレーナーの顔を横から眺められるから、助手席に座るのも好きなのも事実。

 

「じゃあ出発するぞ。目的地までは……一時間ちょっとくらいか?」

 

 カーナビに目的地の住所をいれると、大体の運転時間の目安が出てきた。

 一時間かぁ……あんまり車にはいれないなぁ……。

 ボクたちはよくレースのために移動することはあるけど、大体が飛行機か新幹線だったりする。

 これは長時間移動したりするとストレスや体への負担になるからという真っ当な理由なのだが、そのせいでこうやってドライブするという機会は少ない。

 トレーナーの車に乗せてもらうという出来事は、ある意味レアなイベントなんだ。

 ちょっとの時間、それを堪能してもバチは当たらないよね? 

 

「どうした、テイオー? なんか顔についてたか?」

 

「いや、なんでもないよ!」

 

 ボクがじっと顔に視線を投げてしまっていたせいか、トレーナーが恥ずかしそうにポリポリと頬をかく。

 そんなトレーナーの表情を見て、ボクは心の中でにこりと笑ってしまう。

 ねぇ、分かってる? 実は思っている以上に、キミの横顔はカッコよかったりするんだよ? 

 この秘密は、ボクだけが独占するけどさ! 

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 ボクの掛け声とともに、トレーナーが車のアクセルを踏んだ音が聞こえてくる。

 トレーナーを好きにしていい日っていうのは、もう既に始まっているのだ。

 今から一分たりとも、時間を無駄にしないからね! 覚悟しててよね、トレーナー! 

 

~~~~~~~~

 こうしてトレーナーが、法定速度を守りながら車を走らせること一時間ほど。

 最初は都会の景色が続いていた窓の外も、いつの間にか自然の多いのどかな場所へと景色を変えていっている。

 そんな風景が続々と流れていく中、隣で運転していたトレーナーがボクに対してとある質問してきた。

 

「そういえば……なんでテイオーはピクニックしたいって思ったんだ?」

 

 そんなトレーナー視点からしたら当たり前のことを言われて、ボクはぴくりと耳を揺らしてしまう。

 確かにボクがトレーナーとお出かけするとなったら、ゲームセンターやカラオケとかがまず選択肢として浮かぶ。

 今回みたいに車を使うことになるほど、遠くまで移動することはまずないもんね。

 

「いやさ、トレーナーと一緒にピクニックってしたことないじゃん? 初めてのこと、したくない?」

 

「まぁテイオーが好きなことなら、俺も付き合うからいいけどな」

 

 トレーナーはいつも行く場所と違っている為か不思議そうにしているが、これは半分は本音だ。

 いつものデートと同じところに行っても、トレーナーがボクを意識してくれるとは思えない。

 だからいつもと違うボクをアピールするために、ピクニックという二人きりになれる状況を作り出したのだ。

 実はそれ以外にも理由があるんだけど……上手く実行出来るかなぁ。

 

「おっ、到着したぞ」

 

 ボクがこれからの計画について考えていると、トレーナーが速度を緩めながら駐車場に車を止めてくれる。

 窓の外を見てみると、そこにあったのは都会では考えられないほどの緑色の自然。

 まるでターフが視界全てに広がっているような光景を見せられたら、ウマ娘ならば思わず走りたくなってしまうだろう。

 だが、今だけはちょっと我慢だ。

 なんたって、ここからはボクが主役のデートから始まるからね! 

 

「じゃあ、さっそくいこ! 荷物はボクが持つからね!」

 

「いや、俺も持つぞ。流石に両手塞がってたら大変だろ?」

 

 当たり前のことをやるかのように、トレーナーは車の後ろに入っていたレジャーシートの収納袋を持ってしまう。

 今日持って来た荷物はそこまで多く無いため、ボクが全部持とうと思ったんだけどなぁ。

 こうやってボクとトレーナーが運びたい物を分割して持つと、お互いに片方の手が空く。

 それを見て、ボクはピンと天才的なことを思いついてしまった。

 

「じゃあ、手を繋ぎながら行こ!」

 

 そう言ってボクが何も持っていない方の手を差し出すと、トレーナーはそっと優しくボクの手を握り返してくれた。

 あまり握ることが出来ない、トレーナーの手。

 彼の手は、ボクのよりずっと大きくごつごつしてて。そして、とっても暖かかった。

 

「えへへ」

 

 こうして二人で手を繋ぎながらお散歩していると、すっごい嬉しい気持ちになる。

 ボクとトレーナーが、一緒にお互いを感じながら同じ速度で歩く時間は実はあんまりない。

 いつもならボクが凄い速さでびゅーんって、走っちゃうからね。こういうの、なんか……いいな。

 

「晴れてよかったな。それにしても……静かで見通しも良い綺麗な場所だな」

 

「ここ、実は穴場なんだよね~。しっかり下調べしてきたから、案内は任せてよ!」

 

「じゃあ、今日はテイオーに案内をお願いするか」

 

「りょーかい! こっちこっち!」

 

 ボクはトレーナーとの歩幅を合わせるためにゆっくりと手を引くと、彼は苦笑いしながら一緒に着いてきてくれた。

 ここのピクニック場には、ボクが最初に決めた目的地がある。

 下調べしていてとても綺麗だったから、トレーナーと一緒にみたいなと思った場所。

 まずはそこを目指すために事前に予習した道を二人で歩いていると、急にとある「色」が視界に飛び込んできた。

 

「わぁ……」

 

「これは……凄いな……」

 

 その景色を見て最初に出てきたのは、言葉にもならなかった吐息。

 青、藍、蒼。

 まるで雲一つない蒼い空が、そのまま下に落ちてきたような。

 その正体は、満開に咲いたネモフィラの幻想的な花畑。

 

「綺麗……」

 

 ネモフィラ。毎年春頃に見頃を迎える、青くて小さなお花の一種だ。

 それらの花が集まって丘一面を蒼空に染める姿は、ボクたちを圧倒させて時間を奪っていくほどだった。

 

「……テイオーみたいだな」

 

「うぇ!?」

 

「ほら……勝負服で走ってるみたいだろ?」

 

 トレーナーがぽつりと呟いた言葉に、ボクはびっくりして耳をピンと立ててしまう。

 確かに心地良いそよ風に揺れるネモフィラの姿は、まるでボクの勝負服が走っているみたいだ。

 いくらネモフィラの花言葉が「可憐」だとしても、流石にそこまでは自意識過剰だった──。

 

「テイオーの方が綺麗だぞ」

 

「ぴえ!?」

 

 トレーナーがからかうように、ボクに向かってそんな歯に浮くセリフを言ってくる。

 聞き間違いじゃないストレートな物言いに、ボクの頬が真っ赤になっているのが自分でも分かってしまう。

 どうか心臓の音が、トレーナーに届いていませんようにと。

 ボクは熱くなった手をきゅっと握りしめながら、揺れる尻尾に待ったをかけるのであった。

 

~~~~~~~~

 こうして綺麗な花畑を見た後、ボクたちは緑が広がる見晴らしのいい公園へと移動していた。

 ぱっと見た感じ他にヒトはおらず、二人だけの貸切と言ってしまっていい。

 そこへ持って来たレジャーシートをばっと広げると、靴を脱いで二人で腰を降ろした。

 地面が芝のおかげでお尻が痛くなることもなく、これならある程度長時間座っていても問題無さそうだ。

 そんなぽかぽかと暖かな日差しが差し込む心地の良い空気の中、ボクは今回準備していた秘策を保冷バッグから取り出した。

 

「むっふふー! 今日はボクがお弁当を作ってきたもんね!」

 

「おぉ……って、量多くないか?」

 

「そう? これくらい普通だと思うけど」

 

 そうしてトレーナーの前に置いたのは、正月などでよく見る黒塗りの重箱。

 これを、合計四つ。勿論全ての段に、しっかりと隙間なく料理が詰め込まれている。

 今日の為に作り置きを活用しながら、全て一から手作りしたボクの力作だ。

 

「じゃーん! トレーナーの好きな物たくさん詰めて来たよ!」

 

 トレーナーと三年間一緒にいれば、好きな物の把握くらい言わなくても分かったりする。

 一緒にご飯食べた時にトレーナーがよく食べるものから、好物を割り出すなんておちゃのこさいさいよ! 

 

「これ、テイオーが全部?」

 

「当たり前じゃん! トレーナーに食べて欲しくて作ったんだよ!」

 

「ありがとうな、すっごい嬉しいぞ」

 

「ふふーん!」

 

 トレーナーが頭をわしゃわしゃと撫でられながら褒めてくれて、ボクは思わず尻尾をぶんぶんと振ってしまう。

 ボクはよし! と心の中で、第一関門を突破したことに対してガッツポーズをした。

 ボクの手作り料理をトレーナーに喜んでもらう。これがまず「秘策」の一つ。

 そして、これだけじゃない。

 これを弾みとしたボクは、一気にターフを蹴る勢いでとあるセリフを口にした。

 

「トレーナー! はい、あーん!」

 

 さて、ここからが恋のレース本番だ。

 今日のボクの目的は、毎日頑張ってるトレーナーを全力で甘やかすこと。

 トレーナーが忙しいっていうのはボクが外から見ていても分かるし、それがボクのためっていうのも分かる。

 だからボクはトレーナーに対して感謝の気持ちを直接形にして、いつも以上に「ありがとう」って伝えなきゃいけないんだ。

 名付けて、トレーナー甘やかしご奉仕大作戦だ! メイド服とか持ってくればよかったかな。

 

「いや、自分で食べれるぞ……?」

 

「いいのいいの! ほら、あーんして! あーん!」

 

 くっ、ちょっと手ごわい……! いつもボクのハグを避けようとしてくることだけあるね……! 

 そう、実はこの作戦には二つの側面がある。

 一つはさっき言ったように、トレーナーに感謝を伝えること。

 そして、もう一つは──

 

「食べてくれないなら、ボクから口移しでもいいんだよ?」

 

「あーん……」

 

「うむ、よし!」

 

 ボクを、女の子として意識させること! 

 思ったのだ。トレーナーって、なんでボクを女の子として見てくれないんだろうって。

 多分これ、あまりにもボクとずっと一緒にいすぎて慣れちゃったんじゃないかって。

 だから、今回のデートで一気に距離を近づける。いつもより至近距離で、ゼロ距離で。

 ボクも一人の女の子だよって、全力でアピールするんだ。

 だから手作り料理したのも……理想のお嫁さんはこういうのするのかなぁって……思って。

 

「……テイオー、顔赤いぞ? 大丈夫か?」

 

「な、なんでもないよ! ほら、からあげもあるよ! トレーナー好きだよね!」

 

 なんだか今いる状況に勝手に照れてしまいボクの手が止まってしまいそうになるけど、なんとか普段の調子に戻す。

 自分がドキドキしてしまっているのを隠すように振る舞っていると、トレーナーは特に追及したりもせずに黙ってボクのあーんを受け入れてくれている。

 恥ずかしくて言えるわけないよ……これって新婚さんみたいだねって……

 

「テイオー、料理美味しいよ。俺の為に作ってくれたんだよな……? ありがとな」

 

「うん! だから、たくさん食べてよね!」

 

「だったら、テイオーも食べないとな。俺は自分で食べれるから、ほら」

 

 一瞬トレーナーがボクのあーんから逃げるためかとも思ったが、別にそういうことではなさそうだ。

 というより、ボクに凄い食べて欲しいように見える。

 ……あれ? もしかして、ウマ娘基準で作っちゃったから量が多い……? 

 やらかしたと心の中で頭を抱えてしまっていると、急にバターの香りがふわりと鼻孔に広がって来る。

 

「はい、テイオー。あーん」

 

 一体何が起こったのか確認すると、そこにはボクが作った美味しそうなニンジンのソテーが目の前にあって。

 簡単に言うのであれば──トレーナーがボクに対して「あーん」をしてきていた。

 

「……へ?」

 

 予想もしていなかったトレーナーの行動に、ボクは口を開ける事も出来ずに固まってしまう。

 あれ? さっきまでボクがトレーナーに食べさせてなかった? 攻守逆転は聞いてないんだけど!? 

 

「どうした? 凄い美味しかったから、テイオーにも食べて欲しいんだが……」

 

「うっ……」

 

 トレーナーがしてきたのは、まさに言葉通りにウマ娘の前にニンジンをぶら下げる行為。

 しかも、ボクの大好きな人のお手々から。

 先ほどまでボクが握っていたトレーナーの手が、今目の前にある状況。

 自分があーんされる立場になると、こんなにも恥ずかしくて──

 

「あーむ……」

 

 ──こんなにも、嬉しいの? 

 

「どうだ?」

 

「美味しい……よ」

 

 それはそうだ。だって、全てボクが作った料理なのだから、全て美味しい事は確認済み。

 だけど今食べたニンジンは、自分で食べるよりも格段に幸せな味がした。

 またして欲しいな……と思ってしまうくらいには。

 

~~~~~~~~

 トレーナーと一緒に、いつもより美味しかった昼ご飯を食べた後。

 ボクたちは心地よい風を受けながら、レジャーシートの上でゆらゆらと揺れていた。

 お腹もいっぱいになったという事もあり、気を抜いたらすぐに瞼を閉じて眠ってしまいそうだ。

 

「テイオー、寝てもいいぞ? 俺が見てるから」

 

 そう優しく言ってくれたトレーナーの言葉も、どこか語尾がとろんと溶けてしまっているように聞こえる。

 毎日せわしない働いている彼の疲労度を考えると、眠気はボク以上のはず。

 それなのに真っ先にボクを気遣って、ボクのための行動をしてくれるのを見ると……本当に頭が上がらない。

 

「……テイオー?」

 

 けどトレーナーが眠い所を見せてくれるという事は、ある程度リラックスしてくれているという証拠。

 いつもならこんな隙なんて見せず、飄々と振る舞うのがボクのトレーナーだ。

 なら、これはチャンスだ。

 トレーナーを甘やかすレパートリーは、何もお昼のあーんだけじゃない。

 

「トレーナー、失礼するね」

 

「うおっ……って、何だ急に」

 

 ボクはなるべく自然に、あまりしない正座をしながらトレーナーの隣に座る。

 そして彼の頭に手を伸ばすと、ボクの膝の上に乗せるためにトレーナーを横に倒した。

 

「はい、膝枕~♪」

 

「ちょっ、大丈夫だから。テイオー、やめっ……」

 

「ダメでーす! 今日はトレーナーを好きにしていいんでしょ? じゃあ、休んで!」

 

 じたばたとボクの膝上で暴れるトレーナーを、軽く力を込めて抑え込む。こういう時、ウマ娘のパワーがあると便利だね! 

 ボクが視線を下に向けると、そこにはトレーナーの顔がいつも以上によく見える。

 身長的にボクがトレーナーを見上げる側だったから、こうやって見下ろすというのはなんだか新鮮だ。

 

「……テイオー?」

 

 改めて見ると、トレーナーの目はすっごい透き通っている。

 油断していたらそのまま吸い込まれてしまいそうな、ボクの大好きな瞳。

 ずっと近づいていて、近づいて。蒼い空色の瞳が反射するくらいに──

 

「テイオー、近いって!」

 

「うひゃぁ!?」

 

 直後。トレーナーの叫ぶような声が聞こえてきて、ボクはびっくりして飛び上がってしまう。

 そこまでされてようやく気付いたのだが、どうやら無意識にボクはトレーナーに顔を近づけてしまっていたらしい。

 もう少し踏み入ったら、キス……してしまうくらいに。

 

「ご、ごめんね?」

 

 ちょっぴり惜しいと思いつつトレーナーに対して謝ると、彼の頬もいつもよりほんのりと赤いように見える。

 あれっ……もしかして、ちょっとは照れてくれた? 

 

「ふふーん?」

 

 なんだか、ようやくボクのアプローチが効いてきたみたいで嬉しい。

 普段なら「はいはい」って言いながら流してきそうなのに、今日は素直にボクを受け入れてくれている。

 やっと、トレーナーもボクの可愛さに気づいてくれたのかな? 

 

「んんぅ……テイオー」

 

「なーに?」

 

「なんか、上に空が見える……」

 

 急にそう言い出したトレーナーの目は、もう完全にふにゃりと蕩けきってしまっていた。

 さっきから、眠気の限界だったのだろう。ボクに対する反応が悪かったのも、これが原因っぽそう。

 とろとろに溶けた彼の表情を眺めていると、ゾクゾクと湧いちゃいけない気持ちが背筋から浮いてくるような感覚に襲われる。

 そんな感情をぐっと堪えつつ、ボクはトレーナーと目を合わせた。

 

「なんか、すごいあったかいし……ねむい……」

 

「そうだねぇ。トレーナーはいつも頑張ってるから、ボクが寝かせてあげよう」

 

 彼の頭を優しく撫でつつ、彼が更にリラックスできるようにゆっくりと話しかけてあげる。

 まるでお外に干されたふわふわな布団をかけるかのように。

 そしてトレーナーを夢の中へと招待するために、ボクは子供をあやすように子守唄を歌う。

 

「いつも、頑張ってて偉いよ……トレーナー。ボクはずっと感謝してるからね……」

 

「……そう言ってくれて、俺も……嬉しいよ」

 

 すぅとトレーナーの目がゆっくりと閉じたかと思うと、ボクの膝の上で彼はすぅすぅと眠りについた。

 その顔はとても穏やかで、安心して眠れているように見える。

 

「おやすみ、トレーナー。大好きだよ……」

 

 これは……作戦成功と言ってもいいのではないだろうか。

 トレーナーを甘やかして、ゆったりと寝かせることが出来た。

 これでどこまで疲れが取れるのか分かんないけど、ちょっとでもリフレッシュできてたらいいな。

 

「可愛いお顔して寝ちゃってさぁ……」

 

 ボクの膝枕で寝ているトレーニングの表情は、それはそれはとても可愛らしいもので。

 いつもよりちょっぴり幼く見えて、守ってあげなきゃなんて思いが湧いてきてしまう。

 誰もいない場所でこんな無防備な姿晒してたら、悪い女の子に食べられちゃうかも。

 

「……」

 

 今なら誰も見ていないし、きっと何をしてもバレないだろう。

 そっと顔をもう一度近づけて、二人の唇と唇が触れ合う瞬間──ボクは、ゆっくりと頭を上げた。

 

「……これじゃ、なんもアピールの意味ないしね。今はお預けかな」

 

 ボクの目標は最初から変わっていない。

 トレーナーに女の子を意識してもらって、ボクに「告白」させる事。

 だから、こんな卑怯なことはしない。レースでズルはしたくないんだ。

 今日がどれだけ貴重な日だと分かっていても。それだけは、ボクの信念に反する。

 さぁと吹いた風はボクたちをなぞると同時に、一日というタイムリミットがついた時計を進めてきていた。

 

「大丈夫……絶対にゴール出来る……」

 

 別に今日、告白して貰わなくてもいい。

 全力でレースを走って……ボクを意識させたら、このデートは勝ちなんだ。

 最終的にゴールするのは、このボク──トウカイテイオーだ。

 

「ふぁ……」

 

 そんなことを考えていたら、暖かな空間のせいでボクまで眠くなってきてしまった。

 まぁ、まだ今日という日が終わるには時間はある。

 だから……トレーナーと一緒にお昼寝するっていうのも、別に悪くないんじゃないかな? 

 

~~~~~~~

「ん……んぅ……」

 

 その日はまだ春先だったのに関わらず肌寒さもなく、絶好のお昼寝日和だった。

 正座しているせいでちょっと眠りが浅かったボクと違って、トレーナーはすやすやと静かな寝息を立てている。

 まだもう少し寝かしてあげてもいいかなと……思っていた最中。ボクの耳に先にぽつんと、何かが当たったかのように感じる。

 

「……え?」

 

 次の瞬間。先ほどまでの晴天は、一体どこへ行ってしまったのか。

 急に曇り空になって空は、桶をひっくり返してきたように土砂降りの雨を降らしてきた。

 

「ウソでしょ!? 今日の天気、晴れじゃなかったの!?」

 

 まさかの空模様は、晴れのちゲリラ豪雨。

 そのせいで先ほどまでの日向ぼっこの時間は、突如として終了してしまった。

 勿論、先ほどまで寝ていたトレーナーもしっかりと起床。

 勿体ない気もするが流石に、この状態で外にいっぱなしってわけにはいかない。

 だけどさぁ! タイミングってやつ考えて欲しいんだけど! 

 

「うへ~。これは避難しなきゃダメだ~」

 

 びしゃびしゃと頭と服に水を無抵抗に被りながら、持って来たレジャーシートを二人で素早く畳むとぬかるみはじめてきた沼から脱出する。

 小走りでコンクリートで舗装された小道を辿っていると、なんとか雨宿り出来そうな場所を発見。

 取り敢えず屋根があるところに行くのが優先だと思い、ボクとトレーナーはそこへダッシュへと駆け寄った。

 

「もー! 急な雨でびしょ濡れなんだけど!」

 

「まぁ直ぐに雨宿り出来たし、そこは不幸中の幸いだな。荷物も少なかったし」

 

 二人が避難したのは、公園などによくある東屋って名前がついているらしい場所。

 壁の無い空間にベンチが四つだけ置かれており、その上に屋根があるってだけの簡易な休憩スペースだ。風が吹いたらすぐに雨水が入ってきてしまうだろう。

 幸いにもこのゲリラ豪雨は風まで強く無かったので、ここに居れば雨に濡れるっていう心配はなさそうだ。

 

「はぁ……」

 

 こうして一悶着あって落ち着いた後、外を眺めながらボクは大きなため息を吐いてしまう。

 せっかくのデートが、天災によって侵略されてしまった。こんなの盤面が台無しにされたといっても過言ではない。

 でも誰が悪いわけでもなくて文句が言えないのも、不機嫌さに拍車がかかってしまうものだ。

 単純に運が悪かった、それだけ。

 

「びしょびしょだし……流石にバスタオルは持ってきてないなぁ……」

 

 ポッケをごそごそと漁ってみて中に入っていたのは、一枚のハンカチのみ。流石にこれで体を拭くには役不足だろう。

 そういえば、さっきの雨でトレーナーも濡れちゃったよね。大丈夫かな。

 

「ねぇ、トレーナー。濡れたりして、寒くない?」

 

「俺は平気──っつ!?」

 

 ボクが心配してトレーナーに話しかけると、明らかに焦ったような声が聞こえてきた。

 どうしたのかと思って首をこてりと傾げると、トレーナーがボクから視線を外している。

 なんか、見ちゃいけないものを見てしまったって顔をしてるような。

 

「あっ……」

 

 ボクが視線を下に向けると、雨のせいでぺたりと服が体に張り付いて薄っすらととあるものが透けてしまっていた。

 今日のデートに向けて、ちょっとだけ気合を入れて着てきた可愛いリボンが真ん中についた青色のブラジャー。

 絶対に見られることもなく終わると思っていた、ボクの秘めていた可愛さの部分が今トレーナーの視界に入って──

 

「……その、ごめん。テイオー」

 

 頭がグルグルする。

 消えてなくなりたい羞恥心の中に、トレーナーに見て貰えて嬉しいと思っている自分がいた。

 だって。

 もしそういうことが、デート中に起こったら。見られてもいいようにしてきた勝負下着だから。

 確かに想像して、コーデしてきた自分と。

 それを見て、顔を真っ赤にしているトレーナーがいて。

 ぴったりと体のボディラインが透ける姿に、水着などを見られている感覚とは全く違う感情が湧いてくる。

 

「……トレーナーの、えっち」

 

 同年代に大きい子がいる中にしてはちょっぴり小さな胸を抑えながら、ボクはなんとか言葉を絞り出す。

 ちらりとトレーナーの目線がおっぱいに行ってたのを見て、トレーナーもこういう時は男の子なんだなと実感がありながらも。

 ボクは取り敢えず。いたずらに、彼を困らせてみることにしたのであった。

 

「もっと、見たいの?」




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