僕と君の恋はダービー   作:フラペチーノ

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なんでボクはトレーナーの自宅で、彼を湯煙ゆーわくしちゃってるの?

 トレーナーが照れながら顔を赤く染めているのを見て、ボクは謎の満足感を得ていたのだが。

 雨宿りのためにここにずっといるわけにもいかないので、ボクたちは少し雨が弱まったのを見計らって早めに撤退することにした。

 持って来た荷物も少なく車内にスムーズに乗り込んで、一緒にトレセン学園に帰るために車を走らせること数分。

 

「……くしゅっ!」

 

 ボクは、助手席で小さなくしゃみをしてしまった。

 いくら普段より暖かかった日とは言え、季節はまだ春先。

 先ほどまでの豪雨に濡れてしまったせいで、少し体が冷えてしまったみたいだ。

 これはトレセン学園に帰ったらお風呂入って暖かくしないとなぁと思っていると、隣で運転していたトレーナーが話しかけてきた。

 

「テイオー、大丈夫か?」

 

「へーきへーき! 風邪引くほどじゃないよ! 車の中も暖かいしね!」

 

 トレーナーも雨に濡れて冷えているはずなのに、ボクのことを第一に気遣ってくれる。

 そんな彼に心配しないでとアピールするために元気な声で返事をするが、体は「くしゅん!」と小さなくしゃみを出してしまっていた。

 行きの時間から逆算して、だいたいトレセン学園に辿り着くまでだいたいあと三十分くらいだろうか。

 

「……熱引くとマズいな。テイオー、予定変更してお風呂入れる場所寄ってもいいか?」

 

「ん? 大丈夫だよ?」

 

 本格的に体調を崩してしまうことを心配したのか、トレーナーがそんなことを呟いた。

 ボクがトレーナーの質問に対して了承すると、運転方向がトレセン学園へと帰る道からズレ始める。

 なんか近くの銭湯とかに寄るのかなとぼんやりと考えながら車に揺られていると、急に運転が終わって見たことのない場所へと到着した。

 

「あれ? どこ、ここ」

 

 窓から見えたのは閑静な住宅街。

 明らかにトレセン学園の近くではないし、なんだか郊外にある街って感じの所だ。

 しかも車が停車したのは、一軒家についている駐車場。

 ボクが全く分からずに首を傾げていると、外から助手席の扉を開いてトレーナーが顔を出した。

 

「降りれるか?」

 

「え。いや、うん」

 

 こうしてそのまま車を降りると、トレーナーは鍵を取り出して目の前にあった玄関の扉を開けている。

 ここまで来てやっとわかった。もしかして、ここって。

 

「久しぶりに帰ってきたな」

 

「えっ、トレーナーって家持ってたの!? これ自宅!?」

 

「……あれ、言って無かったっけ?」

 

「聞いてないよ!」

 

 トレセン学園にはボクたちウマ娘が住む寮だけでなく、トレーナー専用の寮も存在する。

 だからてっきりボクのトレーナーも、トレセン学園の寮で生活していると思っていたのだ。

 確かに彼が寮に住んでいるとは言って無かったけどさ……顔を合わせるのも学園内だけだったらそう思わない? 

 

「最近はトレーナー室が自宅みたいになっててな。あんまりここに帰る事は無かったんだが……」

 

「そうだったんだ……。ここに一人で住んでるの?」

 

「ん? まぁ、一人暮らしだぞ。でもある程度は綺麗に掃除してるから安心してくれ」

 

 一瞬誰かと同棲でもしているのかと思ったのだが、そんなことは無かったらしい。

 脳内に「彼女と同棲するトレーナー」なんて一瞬思い浮かんでしまったが、その心配は杞憂に終わってくれたようで安心してしまった自分がいる。

 靴が少ない一人暮らしらしい玄関を上がると、トレーナーが廊下の先を指差した。

 

「体が冷える前にお風呂入ろうか。お湯は直ぐ入れるから、先にシャワーだけでも浴びてくれ」

 

 そう言ってボクが視線を向けた先にあったのは、洗面台や洗濯機などが設置されている脱衣所。

 そっかぁ……濡れちゃったからお風呂入らないとダメだもんね……。

 

「じゃあ、ボク先に入っちゃうね」

 

 そうトレーナーに告げた後、ボクは脱衣所に入って濡れた服を全部脱ぐと浴室の扉を開ける。

 見てみると浴槽はなかなか広く、足を広げて肩まで余裕で浸かれるくらいだった。

 ぽこぽことお湯を入れ始めた音が聞こえる中、ボクはシャワーからお湯を出して頭を洗う。

 

「あったかい……」

 

 お湯で一通り体を流した後、いつも入浴する様にシャンプーを取ろうと思った瞬間──ボクの体が固まった。

 

「あれ……?」

 

 お湯を浴びたことにより凝り固まった思考が解れて、ボクの脳が今の状況を整理し始める。

 まず、トレーナーの家に初めて来て? 

 脱衣所で服を脱ぎ捨てて? 

 そして、お風呂でシャワーを浴びてる? 

 これが終わったら、トレーナーの前に行く? 

 

「はわっ、はわわ」

 

 冷静に考えなくてもとんでもないことをしているのでは、という事実がじわじわとボクに染み込んできた。

 トレーナーはボクが風邪を引かないようにしてくれているのだろうが、当の本人の頭はとピンク色になってきた。

 

「い、一旦落ち着こう……。まずは体を洗ってからでも遅くはない……」

 

 取り敢えず一旦深呼吸して、ボクはさっきまで何をしようとしていたのかを思い出す。

 そうそう。確か頭を洗うためにシャンプーを取ろうとしたはずだ。

 

「トレーナーの、シャンプー……?」

 

 ここはトレーナーの家のお風呂場。当たり前だが、ボクが普段から使ってるシャンプーなんてここにあるわけがない。

 別にそれがないと頭を洗えないというわけでは全然ないが、彼と同じものを使って頭を洗ったら……? 

 

「ごくっ……」

 

 なんだか手に取り出した白い液体が、とんでもないものに見えてくる。

 いつもトレーナーに近づいた時にする匂いと同じものを、今からボクの頭に……? 

 

「……ええい、ままよ!」

 

 ウマ娘は嗅覚が人より鋭い。そのせいで、香りというものに敏感なのだが……。

 今だけはそれが恨めしい。

 だって考えて欲しい。好きな人と同じ匂いが、自分の体からしてくるんだよ? 

 

「やばっ……絶対、これやばいっ……」

 

 自分の匂いを、文字通り頭から全て上書きしてくるような勢い。

 まずいと思いながら、ボクはシャワーヘッドから出てくるお湯で長い髪からシャンプーを流し終える。

 なんか頭がぽわぽわしてきたので、ボクは次に体を洗うためのボディーソープを取ろうと……

 

「あれっ……ボディーソープない」

 

 男性の一人暮らしという事もあるのだろう。

 リンスも一緒に入っているタイプのシャンプーはボトル詰めタイプで、適量を手に取る形だった。

 だがそれと同じようなものが入った、ボディーソープ容器がない。

 丁度切らしているのかなと思っていると、ボクの視界にとあるものが見えてしまった。

 

「これ、石鹸?」

 

 いわゆる固形ボディーソープと言われているタイプの、丸みを帯びた形をした石鹸。

 泡立てネットも近くにあったので、これでトレーナーも体を洗っているのだろう。

 ほーん。トレーナー、石鹸派なんだ。初めて知ったなぁ。

 

「じゃあ、これを使って──え、これ使っていいの?」

 

 さっきまでのシャンプーはボトルから使ってたからいいけど。

 この石鹸ってネットに入れて、そのまま使うタイプの奴だよね。しかも、明らかに新品じゃない。

 つまり、この石鹸は。

 トレーナーのあんなところやこんなところに触れていた可能性があるわけで。

 

「……っつ」

 

 手に取ってしまった、目の前の固形石鹸が大変なモノに見えてくる。

 というか、別に使わない選択肢だってある。

 体を温めるだけに、別に石鹸で全身を洗う必要も無いのだが。

 

「わぁっ……」

 

 ボクの心は、これを使わないという考えは既に消えてしまっていた。

 ネットに入れた石鹸をゴシゴシと擦ると、白い泡がもこもこと出てくる。

 手から溢れるくらいに泡立った後、ボクはネット越しに石鹸を自分の体に優しく合わせた。

 

「ふうっ……うあっ……」

 

 先ほど頭を洗っていた時とは比にならないくらい、トレーナーの匂いの一部がボクに刷り込まれているような感覚がする。

 ふわふわと体が石鹸に包まれている中、ボクはネットを動かして体を洗い回す。

 

「せっかくだし、全部……全部やんなきゃ……」

 

 ここまで来たら止まるなんて選択肢はない。

 頭から下全て。胸、脇、腕、太もも、足先まで。

 いつも以上の勢いで体を綺麗にすると、泡を全てシャワーで洗い流す。

 なんだか体がきゅうと寂しい感じがしながらも、ぽけっとした頭でいつの間にかお湯が溜まっていた浴槽の中に入った。

 

「……これ、トレーナーも後から入るのかな」

 

 トレーナーと同じ石鹸を使って洗って、トレーナーと同じ浴槽に浸かる。

 これはもう、トレーナーと一緒にお風呂に入っていちゃついたと言っても過言でないのでは? 

 そんな変なことを考えながら、ボクはぷかりとお湯の上に浮くのであった。

 

~~~~~~~~

 このままずっとお風呂に入っていたい気持ちもあるが、流石にそんなことをするわけにもいかない。

 トレーナーもシャワー浴びたいだろうし、ほどほどして浴槽から上がらなくては。

 そう考えてボクは浴室から出ると、最初から脱衣所に置いてあったバスタオルで体を拭く。

 髪をぽんぽんと優しくたたきながら水気を取っていると、とあることを思い出してしまった。

 

「着替え、どうしよう……」

 

 ボクの目の前に落ちているのは、雨で濡れてしまった私服。

 勿論そこにはさっきまで着ていた下着も全部含まれているわけで、こちらもびしょ濡れだ。

 不快感を少し我慢して、これを履きなおすのが正解なのだろうが……なんか、濡れた靴下を履くのはちょっとやだ。

 だが、こんなところにボクの着替えなんてものはない。

 どうしたものかとバスタオルを体に巻きつけながらドライヤーを使って髪を乾かしていると、脱衣所でとあるものを発見してしまった。

 

「……いいこと思いついちゃったかも」

 

 ボクはお目当てのブツが入っているであろう洗濯機の蓋をかぽりと開けると、顔を突っ込んでがさごそと中を漁る。

 一瞬嗅いだだけでトレーナーの濃過ぎる「匂い」でトリップしそうな頭を回して、なんとかとあるものを引っこ抜いた。

 

「わふっ……やっぱり、トレーナーのおっきいなぁ……」

 

 こうしてボクが取り出したのは、まだ洗わずにそのままにしていたであろうトレーナーのワイシャツ。

 それをまるでコートを着るように羽織ると、サイズ的にダボッと袖が余って萌え袖になってしまった。

 トレーナーに抱き着くなんて比じゃない。トレーナーに全て包み込まれているような感覚に、ボクの尻尾がぶんぶんと揺れる。

 素肌に当たるコットンの感触がお風呂上がりの敏感な肌に当たり、なんだか妙にムズムズしてしまう。

 これがマヤノと一緒に見ていた大人の雑誌に書いてあった「彼シャツ」って奴だよね? 

 

「うへへ……」

 

 ほんの少し下半身とか色んなところがすーすーとして気になるが、それ以上に幸福感の方が上だ。

 お酒に酔うってこんな感じなのかぁ。お酒飲んだこと無いけど、変なテンションになってるのが分かるし。

 いえ~い、これでトレーナーはボクにメロメロになってくれるぞ~。

 

「ふふーん♪」

 

 脱衣所の扉を開けて上機嫌になったボクは、廊下を辿ってトレーナーが消えたであろう部屋を目指す。

 そして恐らく中にいる彼に対してドアノブに手をかけながら、大きな声を出して自分をアピールした。

 

「トレーナー、お風呂あがったよー!」

 

 がちゃりと音を立てて開いた扉の先は、生活感のあるほどよい散かり方をしているリビングだった。

 大きめのテレビに、ソファにクッション。そして今までに発表された様々なボクのぬいぐるみが、窓際にずらりと並んでいる。

 トレーナー、ボクのこと好きすぎない? 

 そんなボクのことを大好きなトレーナーには、サービスシーンくらい見せてあげようじゃないか! 

 ゲームでいう、エンディング後のクリアボーナスって奴。トレーナーしか見れない、限定のね。

 

「さぁ、ぬいぐるみじゃない本物のボクが来たぞよ──へっ?」

 

 こうしてトレーナーを見つけるためにリビングに足を踏み入れた次の瞬間、ボクの視界にとんでもないものが飛び込んできた。

 腹筋が薄っすらと割れて健康的な身体に、すらりと伸びた綺麗な足。そして、トレーナーの太ももと大胸筋。

 そして、肌色。肌色……? 肌色!? 

 

「な、なんで! トレーナー裸なの!?」

 

「裸じゃないが!? 下着てるぞ!?」

 

 目の前にあったのは、ボクのトレーナー……の上半身裸の姿。

 恐らくボクがお風呂に入っている間に、濡れていた体を拭いていたのだろう。

 トレーナーの丸出しになった肩に、お湯で温めたであろうタオルが湯気をほかほかと出しながら乗っかっていた。

 しかもそのせいで、いつもより余計に色っぽく見えてしまう。

 

「え、えっち! トレーナー、服着てよ!」

 

「す、すまない──いや、テイオーもなんて格好してるんだ!」

 

「えっ?」

 

 よく考えたらまだ男性の水着の露出で収まっているトレーナーに比べて、ボクはトレーナーの大きなワイシャツを羽織ってるだけ。

 確かに防御力には心もとないかもしれないけど。

 うん。まぁ、でもさ。これだけは言わせて欲しい。

 

「トレーナーの方がえっちだと、思う」

 

 おめめをぐるぐると回しながら、ボクはそう強く発言する。

 ボクの素肌なんてプールトレーニングでいくらでも見られてるけど、トレーナーの艶っぽい肌なんて初めて見た。

 こんなの、えっちいがい、ナニモノでもないとおもいます。

 

「……テイオー、それ俺の服だろ? 匂うし、着替えたほうがいいんじゃないか?」

 

「ボクはこの匂い大好きだから全然いいよ!」

 

 だけどトレーナーはそう思って無かったみたいで、ボクの恰好から必死に目を逸らしながら注意してきた。

 ちらちらと胸元辺りに視線が向けられているのを見ると、やっぱり彼もこういう格好が好きなんだろうか? 

 さっきのピクニックデートで透けた下着も反応良かったし……こういう見えるか見えないかのギリギリのラインが好きとみたね。

 

「えいっ」

 

 ボクはダボついているワイシャツの下の方を持つと、すーっとゆっくりと持ち上げる。

 だいたい下着が見えてしまいそうな位置まで持って来ると、そのままぴらぴらと布を動かしてあげた。

 するとトレーナーも我慢の限界だったのか、いつも以上の目を細め明らかに怒気が籠った言葉を放って来る。

 

「テイオー、あのなぁ……!」

 

「……っつ♡」

 

 じっと貫くような、普段なら絶対に見られないトレーナーの強めの視線。

 そんな普通ならきゅっと縮こまってしまうようなセリフに、ボクの胸がきゅんと鳴ってしまう。

 これ……このままからかったらどうなるんだろ……♡

 ちょっとくらい。水着だって見せたことあるし、ビキニだっていいならさ……ちらりとショーツが見えるくらい──

 

「わぷっ」

 

 ボクがゆっくりと手を動かしていたら、急にトレーナーが近づいてきて上から更にデカい冬用のコートを被せてきた。

 冬用にクリーニングしてリビングに置いてあったのだろうか。トレーナーの匂いが薄まってる気がする。

 

「着替え用意しなかったのは俺も悪かったから…… せめて……下は着てくれないか?」

 

「へ? した……っつぅ!?」

 

 トレーナーに言われてようやく気付いた。

 さっきお風呂入った後、確かに意識して彼シャツを着たけど……ワイシャツの下はまさかのノーパンノーブラ。

 後一瞬。一歩でも捲れていたら、ボクのあられもない姿がトレーナーの視界に収まってしまっていただろう。

 というか、こんなことしたら。ボクがえっちな子みたいじゃん。

 

「うぅ……」

 

 トレーナーの匂いと上半身裸の衝撃で、嗅覚と視界がやられてたとはいえ……判断がにぶにぶになりすぎていた。

 一気に羞恥心が襲ってきて、顔から湯気がぶしゅーって漏れ出してしまいそう。

 ごめんなさいと顔を下げてトレーナーに謝ってると、トレーナーがぽんと頭に手を乗せてきてくれた。

 

「俺も男なんだから……そうやって肌気軽には見せないようにしような」

 

 そう言ってくれたトレーナーは、そこまで気にしてないぞと言わんばかりにぽんぽんと頭を叩く。

 ボクはそれを聞いて、トレーナーの見えない所でむすっとほっぺを膨らませてしまう。

 だって。トレーナーになら、ボクの全部見られてもいいもん。

 けど。ちょっとでも効いたみたいだから、今日はこんなところで勘弁してあげよう。

 これ以上やると──ボクが恥ずかしさで溶けて無くなっちゃいそうだし……

 

~~~~~~~~

 結局その後。

 トレーナーの家に女性用の着替えなんてないと思っていたのでボクはこのままがいいと発言してみたのだが、トレーナーがとあるものを持ち出してきてその問題は解決してしまった。

 

「なんでこんなもの持ってるのさ……」

 

「まぁ、こういうのは見本ってやつが数着あるんだよ」

 

 トレーナーがボクに着替えとして出してきたのは、まさかのボクの勝負服。

 いくつかある勝負服のうち、クラシックレースを走る時に着ていた蒼と白で構成された思い出のある服装だ。

 そんなレースでも無いのに家で勝負服を着ていることにボクが違和感を感じている中、トレーナーはキッチンに立って料理をしていた。

 

「晩ご飯、家の余りもので悪いな」

 

 時刻はすっかり夜。ドタバタしたせいでお腹もすき始めた頃合いに、トレーナーが夜ご飯を作ってくれることになったのだ。

 家を長期間空けることがあるため冷蔵庫の中には何も入っておらず、本当であれば買い足しに行きたかったらしいのだが……。

 

「しょうがないって! だって、お外もうやばいし……」

 

 ボクが窓の外へと視線を向けると、そこから見える天気はもう最悪に近い状況になっていた。

 昼間より雨風は更に強くなっており、ザーザーと水が叩きつけられる音が部屋に響いている。

 それのせいでピクニックデートの時間は短くなっちゃったけど、それよりも遥かにプラスの出来事があった。

 

「それより、本当に一晩泊まって良かったの?」

 

「流石にこの雨の中帰すわけにはいかないし、着替えも無いしな。寮長には連絡入れて置いたから心配しないで大丈夫だぞ」

 

 そう。まさかのトレーナーの家にお泊まり出来ることが決定したのだ。

 トレーナーを一日好きにしていいチケットが、本当の意味で丸一日になった瞬間だった。

 夜になったらちょっぴり駄々をこねて、一緒にいる時間を伸ばそうと思ったのにこれは嬉しい誤算だ。

 ボクがほくほくしながらリビングのソファに座っていると、部屋の奥の方からトレーナーの声が聞こえてきた。

 

「ご飯できたぞー。運ぶの手伝ってくれー」

 

「わーい! トレーナーの手作り料理だ!」

 

 ボクは椅子からよっと立ち上がると、完成した料理を運ぶためにキッチンへと向かう。

 今回トレーナーが晩ご飯として作ってくれたのは、カルボナーラ。

 卵と牛乳、パスタさえあれば簡単に作れるらしく、なんやかんや重宝してるとのこと。

 こうしてボクが楽しみにしながらキッチンに到着すると、お皿にパスタが盛りつけられていたのだが……。

 

「……こっちが、トレーナーの?」

 

「そっちはテイオーのだな。量多めにしておいたぞ」

 

「それは嬉しいけどさー!」

 

 そこにあったのは、ボクのために盛られたであろう大盛りのパスタ。

 ウマ娘だからといってトレーナーが盛りつけたそれを見ながら、ボクは何とも言えず口を尖らせる。

 確かにウマ娘は人より沢山食べるけどさぁ……女の子なんだからガツガツと食べてるところ見られたくないじゃん? 

 でもトレーナーの手作り料理なんて滅多に食べれないから、たくさん食べれるのは確かに嬉しい……。えでもトレーナーの手作り料理なんて滅多に食べれないから、たくさん食べれるのは確かに嬉しい……。

 なんとも言えない複雑な乙女心を持ちながら、ボクはてきぱきと晩ご飯の準備を進めるとトレーナーと同じソファに隣がけて座った。

 

「いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

 一緒に手を合わせて晩ご飯を食べていると、なんだかいつもよりご飯が美味しく感じる。

 トレーナーとご飯を食べる機会なんて今までたくさんあったけど、彼の自宅で食べているっていうのもあるのかな。

 なんか……本当に結婚して家族になったみたい……。

 

「どうした? テイオー?」

 

「ふぇ!? な、なんでもないよ!?」

 

 ボクはなんとか雑念を悟られないように、トレーナーに顔を見られないように顔を俯かせる。

 その時のボクの表情は、きっと恥ずかしさで真っ赤になっていただろう。

 だが、この時のボクはまだ知らない。

 これから訪れる、このお泊り最大のイベントがあることを。

 そして、今までの集大成と言っても過言ではない。最後の「勝負」があることを。

 

~~~~~~~~

 一晩ご飯を食べ終わった後、ボクたちは一緒に使った食器などを片付ける。

 そこまで洗い物も無かったため、サクッと終わらせてから時計を確認すると時刻は夜の十時。

 お腹いっぱいになったのもあって、眠気がゆったりと漂ってくる感覚に襲われる。

 そんなボクを確認したのか、トレーナーは何気ないようにヒトによっては大事なことを言ってきた。

 

「いい時間だし、そろそろ寝るか。テイオーはベッド使ってくれ」

 

「はーい」

 

 トレーナーが寝室に案内してくれると言うので、ボクはその後ろをトコトコと付いていく。

 リビングを出て階段を上がって正面の扉を開けると、そこにはトレーナーが普段使っているであろうシングルベッドがあった。

 一人暮らしにしては大きな寝室。ダブルベッドくらいなら余裕で置けそうだなと考えていると、トレーナーは回れ右して部屋の外へと出ようとしていた。

 

「待って!」

 

「……どうした?」

 

 ボクがその瞬間を見逃さずにトレーナーの腕をばっと掴むと、覗き込むようにして気になった疑問を口にする。

 恐らく、このタイミングにおいて一番大事な質問を。

 

「トレーナー、どこで寝るの?」

 

「……リビングのソファで寝るよ」

 

 ボクはウマ娘で、彼はトレーナーだ。

 超えてはいけないラインというのは存在していて、同衾なんてその最たる例なのだろう。

 膝枕やあーんすることは、まだ彼に取ってはいいのかもしれない。

 だが、これは駄目なんだと。トレーナーの目が訴えていた。

 だけど──。

 

「やだ。トレーナーと一緒に寝たい」

 

 逆にこれを超えられたら、ボクの勝ちってことだよね? 

 おあつらえ向きに準備されたとしか思えない、完璧なシチュエーション。

 ボクの格好も、何の偶然か勝負服姿。

 場所はターフではなく真っ白なシーツの上だけど、いつもとやることは変わらない。

 このレースに──一着でゴールするだけだ。

 

「ねぇ、いいでしょ?」

 

「ダメだ。ワガママ言わないの」

 

 しかし彼はこれだけは譲れないと言わんばかりに、意志を曲げないことを示してくる。

 ここまでは分かっていた。

 だから、次の手を仕掛ける。

 

「ボク、寂しいなぁ……って」

 

 ぎゅっとトレーナーの腰に手を回して、後ろから優しく抱き着く。

 ウマ娘のパワーがあれば、このまま無理やりベッドインさせることも可能だけど……それは可愛らしくないので我慢。

 どうだ! ボクだって、女の子らしいでしょ! 

 

「今日は一日、トレーナーを好きにしていいんじゃないの?」

 

 ここは更にダメ押しで、貰ったチケットの権利を掲げてみる。

 ぎゅーっと体温を渡すように彼に抱き着いて、声を震わせながらも頑張ってアピール。

 心臓の鼓動が薄暗い寝室で聞こえてきそうな中、トレーナーはゆっくりと振り向くとボクの目に視線を落としてきた。

 

「……分かった。じゃあ、一緒に寝ようか」

 

「ふぇ? い、いいの──ひゃぁっ!」

 

 彼の口から想像もしてなかった答えが返ってきてしまって、ボクは思わず回していた腕の力を緩めてしまう。

 そして次の瞬間。ボクは気づいたらトレーナーに抱きかかえられて、ベッドの中に連れ込まれていた。

 いつものトレーナーと違って強引な様子に、ボクは抵抗することも出来ずに成すがままにされてしまう。

 

「ひゅっ……」

 

「いつもありがとうな、テイオー。だから、今日はおやすみ」

 

 トレーナーの甘い声がボクの耳を伝って、全身をピリピリと震わせてきた。

 尻尾からぷらりと力が抜けてしまい、ことんと脳内が落ちてしまいそう。

 多分、ここで寝てしまったらいつも以上に幸せなのだろう。

 だけど──トレーナーは、一歩甘い。

 

「ざんねん、だね」

 

「っつ!」

 

「逃げられると、おもった?」

 

 彼の狙いは分かっていた。

 一旦ボクのワガママを聞いた後、そのままするりと抜けていくつもりだったんでしょ? 

 だって、もうベッドから離れようとしてるもんね……? 

 その手には乗らないって決めたから。

 ボクはウマ娘にとって命ともいえる足をトレーナーの腰に絡ませると、ぐいっと彼を自分の方へと引き寄せた。

 

「おやすみ、トレーナー」

 

 すぅと息を静かに吐くと、瞼が徐々に下がって視界が暗くなっていく。

 心地よい眠気の中でトレーナーに対して微笑むと、彼はぽそりと何かを呟いた。

 

「俺も──」

 

 その言葉は最後まで、僕の耳には届かなかったけど。

 

「──大好きになりそうだよ、テイオー」

 

 この恋のレースがゴールへと近づいているということだけは、ボクでも理解出来たのであった。




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