僕はトレーナーに告白出来ないヘタレウマです
「ボクは、このチケットを──取っておきたい」
ボクがこのチケットを手に取って直ぐ出した答えは、理性に基づいたものだった。
一番最初に思ったのは、こんな貴重なものを直ぐ使うのは勿体ないという感情。
手に取ったキラキラに輝く貴重な宝石を考え無しに直ぐに売ってしまうなんて、ボクには出来なかった。
もしこれを取っておくことが出来ないなんて、そのヒトはよっぽどワガママなんだろうな。
「……分かった。そのチケットはいつでも使ってくれていいからな?」
しっかり考えたボクの言葉を聞いてくれたトレーナーは、こくりと頷いて了承してくれた。
こうして嬉しいプレゼントを貰った後、ボクとトレーナーは一緒に話しながらパーティーの片づけをし始める。
そのせいでちょっぴり寮の門限は破ってしまったけど、これはトレーナーが説明してくれて特にお咎めなしにしてくれた。まぁ、役得ってことで許して欲しいな。
「一日好きにしていいチケット、かぁ……」
そして、それから少し時間は経過してその日の夜。
寮に戻って寝る準備をしっかりと整えてから、ボクはベッドの上で今日貰ったチケットを眺めていた。
傍から見たら、たった一枚の紙をにやにやと抱えている変なウマ娘だ。
だけどこのチケットには、そうなっても仕方ない魅力がある。
無限の可能性がある夢を見るのも、今は悪くないよね?
「これを使って、トレーナーに『告白出来る』といいなぁ……」
トレーナーが大好き。いつかトレーナーに、ボクのことを「女の子」として見て欲しい。
そんなことを考えながらボクはゆっくりと瞼を閉じて、将来に向けて眠りにつくのであった。
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「トウカイテイオーさん……。トウカイテイオーさん!」
「んぁっ……?」
ぽけぇと頭が鈍るように重い中、僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
ゆっくりと目を開けて最初に視界に入ってきたのは、もう既に見慣れた天井。
蛍光灯の光がぼんやりと曲がるのを見るに、どうやら僕はぐっすりと眠ってしまっていたみたいだ。
「おはようございます、トウカイテイオーさん。お仕事始まりますよ?」
僕に話しかけて来ていたのは、緑色の帽子を被ったずっと変わらないトレセン学園の秘書──駿川たづなさん。
あの頃から全く変わらない姿をしており不老なんじゃないのかと噂も流れている、僕の上司に当たるヒトだ。
僕はふわぁと小さなあくびをしながら、小さな休憩室にあるソファからゆっくりと体を持ち上げる。
そして、ばっと急速に思考が冷えていくような感覚が体を伝っていった。
「やばっ! もう時間!?」
「大丈夫ですよ。昼休み終わり三分前です。流石にお疲れだったようなので、ギリギリまで寝かしてあげてしましたが……」
「すみません……お気遣いありがとうございます……」
せめてと思い急いで身だしなみを整えると、僕は休憩室から出るためにトントンと革靴のつま先で地面を叩く。
最近色々と忙しくて寝不足のあまり、昼休みに休憩室を陣取って仮眠を取らせてもらったんだ。せめて、午後からはしっかりと動かなくては。
そうやって現実に意識が引き戻される中、僕の口の中にころりと甘い飴玉のような後味が残る。
「なんか懐かしい夢を見た気がする……」
ボクが無敗の三冠バ、トウカイテイオーだったのは過去のお話。
今のボクは、二十後半の立派なアラサーで。URA本部の広報事業部で働く、どこにでもいるように大人になったウマ娘の一人だ。
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「ただいまー……」
誰もいない一人部屋にしてはまぁまぁの広さがある家に、疲れた声が響き渡る。
仕事をしていると本当にあっという間に時間が過ぎていくということを、社会人になって知ってしまった。知りたくなかったこんなこと。
朝日が昇ると同時に家を出たはずなのに、何故か帰ってくる頃には辺りは真っ暗だ。
今は本当に忙しい時期だから仕方ないのだが、せめて明日は早く帰りたい。
「うぁぁ……。ご飯食べる……」
コンビニに寄ってくることすら忘れてしまった過去の自分を攻めつつ、僕はキッチンに向かって足を伸ばす。
せめてなんか食べるものはあるでしょと思いつつ冷蔵庫の扉を開けたのだが、そこには見るも無残な悲しい光景が広がっていた。
「お酒の缶しかないじゃん……。誰だよ~! なんにも買って無いの! あっ、僕か!」
はっはっはっと憂鬱な気持ちを吹き飛ばすかのように笑ってはみるが、返事はあることはなく部屋にしんとした悲しい空気が流れる。
当たり前だ。だって、ここには僕しかいないのだから。
「トレーナーに会いたいよぉ……。最近忙しくて会えてないよぉ……」
トレーナー。
現役時代ずっと一緒にいてトレーニングを見てくれた、僕のトレーナー。
学生だった時はいつも隣にいて笑ってくれた、僕のトレーナー。
大好きだったけど特に大きな進展も無く「友愛」のままで終わってしまった、僕のトレーナー。
そんな僕の一部といっても過言ではなかったトレーナーは、今は僕の隣にはいない。
「……寂しい」
ウマ娘の競技寿命というのは決して長くはない。
本格化と呼ばれる大きな成長期は、大体のウマ娘が学生の頃に体験する。
そうしてそのまま最高地点に近づいたら、後は下がるだけ。
いつまでも続かないから、ウマ娘には世代という言葉があるのだ。
世代はいつまでも続かず、いつかは交代しなければいけない。
「今年のダービー、誰が走るんだっけ……。現地行けるかなぁ、ギリかなぁ」
あの頃のターフの上で走ってた面影はもうなく、今は外から眺めて応援することしか出来ない。
とは言っても、それはそれで楽しいのだけども。
僕たち二人で一緒に走った過去は、今でも胸の中で輝いている。
「出来たらトレーナーと一緒に……」
そんな昔にダービーで一着を取った僕も、今やトレセン学園を卒業して立派な社会人だ。
トレーナーとの関係も今や相棒とかではなく、せいぜい友達以上恋人未満。
仕事場がURAだからその関係で合ったりすることもあるけど、毎日会えるわけではない。
大人になって学生時代が貴重だったことに気付くなんて、僕も年を取ってしまったものだ。
「……仕事一筋過ぎて恋人なんかいたことないけどさ」
そんな悲しい気持ちになりながら、何故か冷蔵庫にぽつんと入ってたリンゴをしゃくしゃくと齧る。
空いた片手で携帯を立ち上げると、なんとなく写真のフォルダを指ですーっとスクロールしてみた。
「……あれ、僕の友達みんな結婚してない?」
数回親指を動かして視界に入った友達との写真の中では、僕以外のウマ娘がみんな薬指に指輪をつけている。
最大のライバルだったマックイーンは当然のようにトレーナーをメジロに引き込み、ネイチャは息をするようにトレーナーと結婚していた。
なんならターボ師匠も最近彼氏がいるって聞いたような……
「うわーっ! 僕だけ行き遅れてるっー!!!」
悲鳴を上げながらベッドにダイブすると、ゴロゴロとスーツのままベッドに転がる。
盛大な溜息をつきながらせめてしわにならないようにと、寝っ転がりながらスーツを脱ぎ捨てた。
「パジャマ着るのめんど……。まぁ誰も見てないからいっか……」
一応あれから、僕も成長したのだ。
身長も伸びて大体ルドルフさんくらいと同じになったし、おっぱいだってエアグルーヴくらいに育った。
顔立ちは少し幼いって言われるけど、それが逆にギャップ萌えだって言われたこともある。
別に自慢するってわけじゃないけど、自分でも可愛い……とは思うんだけどなぁ。
「トレーナー、僕のこと何とも思って無いみたいだからなぁ」
たまに会うトレーナーは、僕のことを多分「担当ウマ娘」以上に見ていない。
可愛いとか美人さんとは言ってくれるけど、多分妹とか娘に言うノリと一緒だ。まぁ、トレーナーは結婚してないから娘はいないけど。
こんな美少女ウマ娘が近くにいるのに、全然靡く様子を見せないのはなんか面白くない。
「……もしかして小さい子が好きとか?」
たどり着いたのは、変な可能性。
ありえるか。いや、無いと信じたい。だってそうなら、もう今の僕に勝ち目がない。
いや昔の制服を引っ張り出して、誘惑すればワンチャンあるか?
「制服どこ置いたっけ。実家じゃないとは思うんだけどなぁ」
なんか仕事疲れと深夜という時間も相まって、変なテンションになってしまった僕。
前かがみになって四つん這いになりながら、クローゼットを開けて奥の方へと顔を突っ込み始めてしまった。
こんな姿、友人になんか見られたら多分ドン引きされると思う。
こうして一人ゴソゴソと漁っていると、なんだか妙に重量がある段ボールを発掘。
「勝負服まであるじゃん! なっつかし~!」
箱を開けてみると、中からトレセン学園時代に着ていた色々な種類の洋服が出てきた。
制服から体操服、勝負服までが綺麗に折りたたまれて入っている。
中から制服を取り出してピンと伸ばしてみると、なんだか懐かしい気持ちになってくると同時に気付いてしまったことがあった。
「いや……まぁ、流石に着れないかぁ……」
あの頃から身長も胸も成長しており、今着たら間違いなくびりっという音がしてしまうだろう。決してお腹周りがきついわけじゃないもん。
誰かに言い訳してるわけでもないけど、一旦深呼吸。
そうして少し落ち着いて現役時代に着ていた勝負服を見返してみると、なんか妙に露出度が高いのが多い気がする。
お腹丸出しとか脇丸出しとかよく着れたよな……当時の僕……。
「取り敢えずまた綺麗に畳んで締まっておこうかな──って、あれ?」
なんか、制服のスカートのポケットになんか入ってる……?
昔のプリントでも突っ込んだままにしていたのだろうか。だったら、これしまう時に気付きそうなものだけど……。
不思議に思いながらポケットに手を突っ込み、中に入っていた物を取り出すとそれは──一枚の紙だった。
「これって……」
少しくしゃっとなってしまっているが、間違いない。
これは──あの日からずっと使う事の出来なかった「トレーナーを一日好きにしていいチケット」だ。
「見ないと思ったらこんなところに……。昔の僕が入れたままにしてたな……?」
まだ未使用のまま、比較的綺麗に残っていたチケット。
結局使い所も分からずに、そのまま卒業してしまった僕のヘタれ具合の象徴。
「今使えたらなぁ。これでトレーナーと好きにデートを……待てよ」
これ、有効期限って書いてあったっけ?
そう思った僕は、急いでチケットの全体を確認する。
するとそこには、とある文章が存在していた。
「……っつ! トレーナーらしいよ、これは……」
確かに、このチケットにも有効期限が書かれている。
内容は、トレーナーの手書きと思われる文字で「いつでも、いつまでも」と。
「昔のボク、ありがとう。今の僕なら、トレーナーに告白出来るデートが走れるよ」
これは、きっといいチャンスだったのだろう。
僕とトレーナーだけの「恋のダービー」に出走するためのチケット。
あの頃とはまた違ったアプローチで、トレーナー「一人の女性」として見てもらうんだ。
ボクはゆっくりと携帯を操作してメッセージアプリを立ち上げると、チケットの写真と一緒にトレーナーに対してとある一つのメッセージを送る。
「ねぇ、トレーナー。今度お休み取れたら、ボクと二人きりでデートにいかない?」
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