僕と君の恋はダービー   作:フラペチーノ

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トウカイテイオーは大人になってもトレーナーを手玉に取れない

「……よし」

 

 約束のデートの日。トレーナーを、一日だけ好きにしていい日の当日。

 昼頃になってようやくベッドから這い出てくるような休みの日も、今日だけは特別だ。

 いつもなら眠気に襲われてしまう寝起きなのに、今は体が軽い。

 そんな中で、僕は普段外出する際の倍以上の時間をかけて鏡とにらめっこする。

 

「大丈夫……だよね。変じゃないよね……」

 

 気合を入れすぎて逆に不自然にならないようにしつつ、僕は身だしなみを何度も見返す。

 デートの二日前にクローゼットをひっくり返して全ての服を取り出した際には、そのまま決まることがなく夜が明けてしまったものだ。

 

「うん、完璧」

 

 まるでG1レースに出走する前のような気持ちを込めて、一つ一つ今日の自分を選んでいく。

 今回のダービーに着る勝負服は、彼からしたらあくまで自然体に見えるように。

 そんな中でもデートの雰囲気を味わいたいから、こっそりといつも以上に気合を入れつつ。

 それでいながらふと僕のことを見たら、可愛いって意識してもらえる様に。

 想いの駆け引きっていうのは、意外と難しいものなんだって。大人になって一番実感してる。

 

「集合までにはまだ時間あるけど……近くのカフェとかで時間潰せるし、もう出ようかな」

 

 集合場所は思い出のトレセン学園……とかではなく、都内にある駅のホームだ。

 昔なら適当にトレセン学園近くから出発してたけど、今や二人とも立派な社会人。待ち合わせもするのにも、しっかりと打ち合わせがいるようになってしまった。

 学生の頃なら、何も考えずにトレーナー室に突撃してたことだろう。

 理想というより願望を言うのであれば、一緒の家から出発できるようにしたいんだけどさ。

 

「頑張れ、僕。いつものように、トレーナーとお出かけするだけだ」

 

 自分を鼓舞する為に、とんとんとお気に入りのブーツで地面を鳴らす。

 今日のファッションは、白い半袖のレースがついたトップスに落ち着いた蒼色のスカート。

 首から瞳と同じ色のネックレスもかけて、大人の僕を存分にアピール出来るような服装に仕上げている。

 ストライプ柄でおへそ丸出しのシャツが私服だった時の僕とは違うのだ。

 ……今考えたら、あれまぁまぁやばい服装だよね。若さの勢いっていいなぁ。

 そんなことを考えながら家から最寄り駅へと向かった僕は、電車に揺られながら目的地へと向かう。

 

「トレーナーにおはようの連絡だけ入れて……どうしよ、流石に速いかな……」

 

 そんな中で、僕は携帯の電源ボタンをかちかちと弄ってしまうくらいには落ち着いていなかった。

 もしかしたらまだトレーナーは寝起きで、丁度外出する準備をしている時間かも知れない。

 トレーナーが意図して無いタイミングでメッセージを送るのは、やっぱり急かしてしまっているみたいで悪いだろう。

 

「はぁ……」

 

 結局、今一番ワクワクしてしまっているのは僕なのだ。

 まるで子供の時の遠足前日のように、尻尾や足が浮いてしまって仕方がない。

 この調子で言ったら、無意識にトレーナーの前で何かしらぼろが出てしまいそうだ。

 それが学生の時だったら「可愛い」で良かったかもしれないけど、今や僕はもうすっかり大人のお姉さん。

 今回はデートスポットも一から全て自分で考え、それも彼をエスコートすると言ってしまっている。

 

「……平常心でいなきゃね。何のために準備してきたと思っているのさ」

 

 今の感情は、嬉しさに緊張などがこんがらがっためちゃくちゃな状態。

 まるで、昔走ったG1レースに出走する前のような気持ち。

 こうした相対しそうな気持ちを抱えつつ、僕はデートの待ち合わせ場所に無事についてしまった。

 

「取り敢えず駅には着いたけど……まだ集合時間まで一時間あるや」

 

 時計を何度も確認しても、画面に映っている時間は全く変わらない。

 待ち合わせ場所が人でごった返してきたのを横目に、僕はとあるものを確認する為に携帯のメモ帳を開いた。

 そこに書かれてたのは僕が寝る間も惜しんで考えた、緻密に設計されて管理しようとしているデートプラン。

 ちょっとやる気を出しすぎたかなとも思ってしまうが、今回のデートはそれだけ失敗出来ないという気持ちが大きい。

 

「うん……最初からもう予定にないことしちゃったけど」

 

 メモ帳の一番先頭に「待ち合わせ場所で自然に合流すること」なんて書いたのに、もう既にそれを破ってしまっていた。

 これだけで今日のデートが心配になってしまうが、まだセーフだと自分に言い聞かせる。

 トレーナーも僕と同じように、集合場所に早く来ちゃったとかないかな……。

 

「……あれ?」

 

 こうして現実逃避に等しい妄想をしていると、僕の視界の端っこに見覚えのある人影が一瞬映った。

 それはあまりにも僕にとって都合が良すぎて。もしかしたら幻覚じゃないかと疑うくらいの出来事で、思わず自分の頬を叩いてしまう。

 

「トレーナー……?」

 

 僕が見つけたのは、ラフな私服姿をしたトレーナー。

 彼がスーツ以外の服装をしているのが珍しすぎて一瞬判断が鈍ってしまうが、僕がトレーナーの顔を間違えるわけがない。

 自分が驚きの余り固まってしまっていると、彼が視線を僕の方へと向けて口を開いた。

 

「あれ、テイオー? なんでこんな早くいるんだ?」

 

 まさかこんな時間に遭遇すると思っていなかったのか、トレーナの方も驚いたような顔をしている。

 僕はそんな表情を見て一気に嬉しくなってしまい、思わず駆け足で近寄りたくなってしまうがここはぐっと我慢。

 こんなところでぶんぶん尻尾なんか振っていたら、エスコートなんてまた夢の夢だ。

 僕はこほんと咳ばらいをして気持ちを抑えると、トレーナーに対して平静を装いながら話しかける。

 

「それは僕のセリフじゃない? トレーナー、早すぎだよ?」

 

 トレーナーが時間を守ってくれる人なのは長い付き合いで分かっているのだが、ここまで早く来るところなんて見たことない。

 そう疑問に思って質問してみたのだが、彼から返ってきた答えは予想にもしていないセリフだった。

 

「いや……デートって言ってたし、俺がテイオーを待たせるわけにはいかないと思ってな……」

 

「……っつ!」

 

「まぁ、一着はテイオーに取られちゃったけど。わざわざ私服も引っ張り出してきたんだけどな」

 

 さも当たり前のように言ってくれた言葉は、それだけでも僕の心をかき乱すには十分すぎる。

 デートってことを彼が意識してくれたという事実がありだけで、とても嬉しい。

 普段は担当ウマ娘として接してきているのに、こういう時だけしっかり男性としてアピールしてこようとするのはずるいよ……。

 しかもこれ、無意識にやっているように見えるしさぁ。ウマ娘たらしめ……。

 

「テイオー、どうした?」

 

「んんっ! なんでもないよ!」

 

 このままトレーナーに悶えてしまっていたら、それだけで今日の一日が終わってしまいそう。

 だから僕は強引に彼の手を握ると、ぐっと自分の方へと引き寄せる。

 腕を組むとまではいかないけれど、確かに学生のあの頃より近い距離で。

 彼に改めて僕を意識させてから、今日のデートは始まるのであった。

 

「よーし! じゃあ行こっか、トレーナー!」

 

 握った手から確かに感じる、彼の体温。

 学生の頃より、僕の手はほんの少しだけ大きくなった気がしたけど。

 手を繋ぐって行為だけには、いつまでも慣れないんだなって。

 そう思ってしまったのは、恥ずかしくてトレーナーには教えてあげられない僕だけの秘密だ。

 

~~~~~~~~

 こうしてトレーナーと早めに合流してしまった僕が、最初に案内することになったのは都内にあるプラネタリウム。

 駅から徒歩でいける距離にある、おしゃれなデートスポットとして有名な場所だ。

 目的地へと向かうために手を引きながら歩いていると、彼が僕に対して質問してきた。

 

「そういえば……なんで、テイオーはプラネタリウムに行きたいって思ったんだ?」

 

 それは恐らくトレーナーの純粋な疑問なのだろう。

 確かに大人になって二人で出かける候補といったら、レースを見るためにレース場に行くか雑談しながら飲むための居酒屋しかない。

 ……いやそう考えてみると、僕のチョイスなかなか酷いな。うら若き乙女って感じではない。

 担当ウマ娘が大人になったから、仕事の合間に会ってるって感じ。

 これじゃあ女の子として見てもらえるわけない。

 だからこそ、今回はしっかりと考えてデートスポットを選んだんだけどね! 

 

「せっかくのデートならさ、今までトレーナーと出かけたことがない場所に行って見たいじゃん?」

 

 こうして僕が答えた理由も、今回プラネタリウムを決めた本音の一つだ。

 学生の頃から今の今まで、トレーナーと行ったことの無い場所を訪れてみたい。

 

「なんかさ……夜の星を昼間に見れるって素敵じゃん?」

 

 僕たちが会っていたのは、太陽が昇っていた昼間ばかり。

 夜は学生の頃は門限の問題で長い時間いられなかったし、大人になってからも意識して星を見る機会なんてなかった。

 

「それに……トレーナーも星が好きかなって」

 

「俺、そんなこと言ったっけ……?」

 

「さぁ……どうだったけね?」

 

 僕はボクにだけにしか分からないようなことを言って、くすりと彼に対して微笑む。

 思い出すのは、いつの日か彼が口にした言葉。

 

 ──俺は、テイオーの流星が好きだな。

 

 ここでの流星は、僕の走っている姿を言ってくれたのか。

 それとも、単純に頭についているトレードマークを言っていたのか。

 その時はどっちの意味かは聞かなかったけど、なんだかその言葉が頭から離れなくて。

 今回ふと思い出してしなって、一緒に夜空を見に行きたくなってしまったのだ。

 トレーナーが覚えているか分かんないけど、僕はずっと覚えていたよ? 

 こうして不思議そうな顔をしている彼を横目に、いたずらな顔を浮かべながら僕は隣を歩く。

 

「そろそろ着くから、楽しみにしててね! おしゃれで綺麗な場所って有名なんだよ!」

 

「そうなのか。それは、楽しみだな」

 

 今日行くプラネタリウムは、初見の人でも楽しめると評判のいいところだ。

 実はデートのために訪れる場所を、僕は事前に全て確認しにいっているのでもう既に内容をよく知っている。

 初見で行った時、思わず下見だということを忘れて熱中してしまうくらいには完成度が高くてびっくりしたものだ。

 

「ここ! この建物の中にあるんだ~」

 

 お互いに早めに集合したおかげでゆっくりと話しながら移動していると、目的地のあるビルへと到着した。

 先に調べておいたおかげで迷うこともなくビル内を進むと、少し薄暗い中で上映スケジュールが表示されているモニターなどがある空間へと辿り着く。

 僕はそこで券売機で予約した「特別な席」の「大人二人分」のチケットを発券して、トレーナーに一枚手渡す。

 それを受け取ったトレーナーは、初めてプラネタリウムを知った時の僕みたいな感想を呟いた。

 

「なんだか、映画館みたいな場所だな」

 

「そうそう、そんな感じ。だから、別に気構える必要とかないんだよね」

 

 残念ながらプラネタリウム内は飲食禁止だからポップコーンとかは売ってないけど、それ以外は本当に映画を見るときと似ている。

 だけど大画面のスクリーンで星の映像を眺めるのは、身近で体験出来る非日常感が映画とは段違いだ。

 ふと見上げることの多い夜空の秘密を知れるのは、案外楽しいものだったりする。

 そんなプラネタリウムの魅力について軽くトレーナーに語っていると、すぐに上映の時間になってしまった。

 

「じゃあ行こっか、トレーナー。席は知ってるから、案内するね」

 

 こうしてプラネタリウムの中へと移動する僕たちを出迎えたのは、映画館と比べると少し変わった場所だった。

 照明が絞られて薄暗い空間に、横になれるくらい大きめなソファがいくつも置いてある。

 映画館のような一人用の座席は一切なく、ペアで仰向けになって星を見上げるような席しか存在していない。

 それもそのはず。

 何故ならここは僕が予め調べて見つけた「カップル専用」のプラネタリウムの会場なのだから。

 

「……本当にここであってるのか?」

 

「あってるよ!」

 

 自分と想像していたものと違っていたのか、彼が不安そうに僕に対して尋ねてくる。

 しかし、残念ながらここが今回の目的地で間違いない。

 映画館みたいだと説明したのは、トレーナーを警戒させずに上映直前まで連れ込むため。

 実際は、二人で横になりながら星を仰ぎ見るカップルシートなんだけどね! 

 おしゃれで綺麗な場所だし、映画館みたいな場所だし。嘘は言ってない。

 こんな合法的にトレーナーと寝れる場所が存在するのかと、見つけた時には思わず手を叩いてしまったものだ。

 

「こっちこっち〜! ここは凄い寝心地いいって評判だし! なんか星空ふわふわソムリエがプロデュースしてるとかなんとか」

 

 僕がトレーナーを逃さないようにより一層腕を組む力を強くすると、彼は焦ったようにきょろきょりと辺りを見渡し始めていた。

 ふっふっふっ、残念だけど予約して入場したからもう遅い。観念して僕と一緒に星を見ようか……

 

「いや……テイオーがいいならいいんだけどさ。ここ明らかに恋人専用スペースじゃないのか……?」

 

「うぇ? そりゃ、カップルシートなんだから当然で──」

 

 そこまで言われて、やっと気づいた。

 プラネタリウムの座席にいるのは、いちゃいちゃとしているカップルと思わしき人たち。

 もうラブラブの恋人ですよと言わんばかりに、薄暗い空間の中でベタベタしている。

 こうしているとまだ恋人どころか関係性が怪しい僕たちは、この中で明らかに浮いているような気がしてきた。

 もしかして……カップルシートは「これからカップルになりたい二人組用」ではない……!? 

 せっかく大人向けの雰囲気のいい場所で、僕をアピールしようとしたのに。

 下見の時は一人用の座席だったから、全然気づかなかった……! 

 

「だ……だ、大丈夫だもんね!」

 

「いや、他の時間の上映もあるんだろ? テイオーが無理する必要はないって」

 

 想定外の出来事にあたふたしているの僕が無理しているように見えたのか、トレーナーが心配そうに声をかけてくる。

 これは、深く考えずに僕のことを思ってくれての発言なのだろう。

 だけど、なんかそれは面白くない。

 この状況に対して彼は別になんとも思ってないように見えたし、僕は思わず抵抗したくなってしまう。

 

「気にしてないもん! 僕は平気だから、ほらこっちに寝て!」

 

 そんな彼に対して僕は予約した席にごろりと寝っ転がると、ボンボンと隣のスペースを叩く。

 半場やけくそだ。どうにでもなれー! って感じ。

 すると僕の行動を見た彼は軽く微笑んだかと思うと、ころりと自分の隣に横になってきた。

 

「ほら、星を見るんだろ? 上見なくていいのか?」

 

 僕がぽけっとトレーナーの顔を見つめてしまっていると、彼の口からそんな言葉が返ってきてしまう。

 思わずぽかんと口を開けてしまっていると、僕の目線の直ぐ先を彼の顔が占領してきた。

 自分の瞳の色が、彼の瞳に映ってしまうくらいの距離。

 もう既に小さなプラネタリウムを見ているような、そんな感覚になってしまう。

 だけどそんな状況を理解した時には、僕の頬はもう燃えるくらい熱くなってしまっていて。

 

「そ、そろそろ始まるから上見なきゃ!」

 

 せっかくデートに行く前に散々妄想していたようなシチュエーションになったのに、僕は今の自分を見られたくなくて彼から顔を逸らしてしまう。

 夜空の下というのも幸いだっただろう。なんとか、上手いこと誤魔化せたと信じている。

 というかそうじゃないと、もう僕の心はギブアップ寸前だ。

 学生の頃と比べて度胸はついたけど、肝心なところでヘタれるというか。

 そんな癖はどうも、直りそうもない。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 プラネタリウムの上映を、一通り楽しんだ後。

 僕たちはビルを後にして、次の目的地へとまた手を繋ぎながら向かっていた。

 せっかく専用のカップルシートまで予約したのに、結局あれからトレーナーと顔を合わせることも出来なかった僕の耳はだらんと垂れてしまっている。

 だけど彼と一緒のソファで寝れたという事実だけで、僕の尻尾は上機嫌にぶんぶんと揺れそうになっていた。

 ウマの気持ちの部分が乱高下しすぎて、変な風邪を引いてしまいそうだ。

 

「いや、思った以上にプラネタリウム面白かったな。星を眺めるだけって舐めてたかもしれない」

 

「良かったぁ。それなら、僕も案内した甲斐があったよ」

 

 そして思った以上にプラネタリムを見て琴線に触れていたのは、意外にもトレーナーの方だった。

 カップルがイチャイチャするために作られたようなあの空間で、一人だけ食い入るように解説のナレーションを聞いていたし。

 職業病なのかもしれないけど、知らない分野に対してトレーナーって凄い興味を示すよね。

 

「今度リアルでも星とか見に行きたいな。テイオーも、一緒に行くか?」

 

 そんな楽しそうな表情をしていたトレーナーは、さらりととんでもないことを言ってくる。

 余りにも一瞬の出来事。

 だけど、それを簡単に見落としてしまうほど僕の反応は鈍ってはいなかった。

 

「絶対に行く! 約束だからね! 忘れないでよ!」

 

 なんとか喰いいるように瞬時に返事をすると、それを受けた彼は何故か嬉しそうな表情をしている。

 そして、ぽそりと僕に聞こえるか聞こえないかの声量でこう呟いた。

 

「……そうだな。それでこそ、テイオーらしいよ」

 

「……どういうこと?」

 

「なんでもない。ほら、次の場所に案内してくれるんだろ?」

 

 トレーナーが話題を切り替えるようにそう言ってきたので、僕も深く追求することもなく前を向く。

 なんか引っかかるような気もするけど、そこを「今」つつくのはなんだか違う気がした。

 僕はそう思って喉をこくりと鳴らすと、次の目的地を目指すためにメモ帳に記したデートプランを確認する。

 

「えっと……次は、お昼ご飯を食べるために予約したお店に移動するよ」

 

「お昼まで予約してくれたのか。わざわざありがとうな」

 

「これくらいさせてよね。僕がデートに誘ったんだからさ」

 

 プラネタリウムが終わり、時間は丁度お昼ごろ。

 あんまり動いてないとはいえ、小腹も空いてご飯が食べたくなった頃合いだろう。

 勿論僕はそれを見越して、評判のいいカフェを予約しておいたのだ。

 普段なら並ばないといけないお店も、事前の準備のおかげですぐに席につくことだって出来る。

 

「これまた随分とおしゃれなカフェだな……。外もすごい並んでるし……」

 

「ここ、おしゃれだしご飯も美味しいって有名なカフェなんだよね。何頼んでも間違えないよ!」

 

 そのおかげで待つこともなくさくっと席に座れた僕たちは、二人で一緒に美味しそうな料理が書かれたメニューを眺めていた。

 ここは卵を使った料理が有名なお店で、前に来た時は卵のサンドイッチと食べたがとても美味しかった記憶がある。

 

「悩むけど……俺はこの卵のサンドイッチにしようかな」

 

「じゃあ僕はこのカルボナーラで! ……ねぇ、これ二人で少しずつシェアしない?」

 

「ん、別に構わないぞ」

 

 その答えを聞いて、僕は思わず心の中でガッツポーズを取ってしまう。

 おしゃれなカフェで、男女のご飯のシェア。これはなかなか理想のデートと言ってもいいのではないか。

 今までの居酒屋で焼き鳥を分け合うのとは訳が違う。いやまぁあれもあれで楽しいけど、お酒入っちゃうから記憶あやふやなんだよね……

 

「お待たせいたしました。こちら、卵のサンドイッチとカルボナーラでございます」

 

 そんな僕の過去の失敗を思い出していると、二人の席に頼んだ料理が届いた。

 丁度出来上がりを持ってきてくれたのか、ほかほかと湯気が上がっており写真以上に美味しそうだ。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「いただきます」

 

 僕は一緒に運ばれてきたフォークを手に取ると、パスタをくるくると巻いて一口。

 ……やっぱり、美味しい! 

 卵専門店と歌っているだけあって、カルボナーラのソースが凄く濃厚で舌触りが滑らかだ。

 パスタもソースと良く絡む様になっていて、一緒に食べた時の口の中は幸せといっても過言ではない。

 これは、何度もリピートしたくなっちゃう味だなぁ……

 

「美味いな、これ」

 

「でしょ~? その卵サンドもふわふわで美味しいよね」

 

 トレーナーも僕と同じく、驚いたように注文したサンドイッチを食べている。

 彼も喜んでくれたみたいで、下調べまでしっかりとした回があったというものだ。

 

「僕が頼んだのも美味しいよ。はい、あーん」

 

 その会話の間に僕は、彼の口元にフォークで巻いたパスタを持っていった。

 まるでいつもやっているみたいに、自然に表情とかに出さないよう気を付けて手を動かす。

 内心はバクバクで何か言われたらどうしようと思ってしまっているが、どうしてもこれだけはしたかった。

 デートのシェアの時に食べさせあいっこするって、ずっと憧れてたしこれくらいしても許されるだろう。

 まぁ、でもそう簡単にあーんが通じるとは思って──

 

「……あむ。ん、美味しいな」

 

 次の瞬間、トレーナーは僕が先ほどまで使っていたフォークを口に入れそのまま巻き取ったパスタを食べてしまった。

 トレーナーがしてくれたその行動に、一瞬僕の思考はフリーズしてしまう。

 ハードルが高くて飛び越えるのが高いと思っていたのに、そのハードルが目の前から破壊されたような状況。

 

「ほら、俺の卵サンドもあげるよ」

 

「えっ」

 

「……シェアするんじゃないのか?」

 

「し、しましゅ……」

 

 彼がさっきまで食べていたサンドイッチを僕の口元に持ってこられて、流石の僕も想定外……いや、想定以上過ぎて返事が弱弱しくなってしまう。

 まさかの自体に、僕は小さく口を開けてちょっとだけパンの隅を齧る。

 なんとか口の中に入れたけど、サンドイッチの具まで届いていない。

 だけどそれ以上に正面にいる彼に、口を大きく開けてがっつく姿を彼に見せたくなかった。

 学生の頃だったらぱくりと言ってたかもしれないけどさ……

 

「お、美味しいね。ありがと、トレーナー」

 

 僕がぎこちない言葉を返してしまっていると、トレーナーが怪訝そうな表情を浮かべているのが目に入ってしまった。

 な、なんだろう。僕なんかやっちゃったかな……? 

 不安になって食べ進める手が止まってしまっていると、彼はふっと微笑んで僕の目を見つめてくる。

 

「なぁ、テイオー。これからの予定って決まってるんだっけ?」

 

「えっと……一応、考えてはいたけど……。夜までは予約しておいたお店とかは無いから、ある程度は自由だよ?」

 

 今回の全てのデートコースは、朝から晩まで全部僕が考えてプランニングした。

 これはトレーナーに内容は伝えずに「僕にエスコートさせて」と、彼に頼んでデートに来てもらっている。

 先んじて予約したところは、プラネタリウムと今いるカフェと夜ごはんを食べるお店。

 なので、今の時間からはかなり自由になれるけど……トレーナーもいきたいところとかあったのかな。

 

「じゃあ、午後は俺にエスコートさせて欲しいんだけど……大丈夫か?」

 

 そんな彼からの誘いは、なんだか僕のことを思ってのことのように見えて。

 僕は断らずにこくりと頷いてしまったんだけど、その理由は直ぐに明らかになるのであった。

 

~~~~~~~~

「ストラーイク! ねぇ、見てた見てた!?」

 

 おしゃれで綺麗なデートは、いったいどこへ行ってしまったのか。

 今僕たちがいる場所はさっきまで居た場所とは打って変わって、がやがやと周りの音で騒がしい施設の中。

 そう。ここは近場にあった、都内にあるアミューズメント施設。

 カラオケにゲームコーナーから、体を動かせるテニスコートや卓球台まで。

 色々な娯楽施設が合体したこの施設が、トレーナーが連れてきてくれた場所だった。

 因みに今はボウリングをしていて、見事にストライクを取った直後である。

 

「久しぶりにやったけど、ブランクはないっぽいね! このまま最高スコア目指しちゃおうかな!」

 

 テンションが上がってトレーナーに手を出すと彼も楽しそうに手を上げてくれたので、ぱんとハイタッチしてしまう。

 最近体を動かす遊びなんてしてなかったため、なんだか普段よりテンションが上がってしまう。

 別に行こうと思えば行けるんだけど、社会人になってからみんなと予定合わせるのが大変でなかなか機会がなかったのだ。

 

「うんうん、まぁまぁいいスコア取れたじゃん! ねぇねぇ、次どこ行く? さっきまでカラオケとかしたし、次はテニスとかやってみたいんだけどさ!」

 

「じゃあ、テニスしようか。俺が、ウマ娘とどれだけやれるか分かんないけど」

 

 大人になってからだろうか。こんな風に周りの目を気にせず、はしゃげなくなったのは。

 周りの人はみんな落ち着いて冷静に振る舞っていたから、僕もそれが大人なんだなって思って合わせてた所はあって。

 いつしかそれが纏わりついて固まりついて、普段の姿になっちゃってたところがあったけど。

 

「ふふん♪ ふーん♪」

 

 こうして誰かと体を動かして遊ぶって、やっぱり凄い楽しい。

 ウマ娘とレースすることは無くなっちゃったけど、趣味でランニングするくらいには僕は走ることが大好きだ。

 だから流石に現役ほどじゃないけど、まだまだ動けるよ! 

 

「スマーッシュ!!! やー、テニスも初めてやったけど楽しいね! 新しくスポーツ初めてもいいかもなぁ」

 

 ラケットを構えて上に上昇したボールを叩くと、相手コートにボールが突き刺さる。

 その爽快感によって気持ちよくなってしまった僕は、思わずテニスコート内でステップを踏んでしまう。

 デート用に履いていた靴と違って、今は貸し出して貰ったテニスシューズ。

 それだけで大分動きやすくなった僕は、最近動けなくて溜まっていたストレスを吐き出すように走り回ってまっていた。

 

「ふふーん♪ どうしたのさ、トレーナー? 僕から一ポイントくらい取ってみなよ?」

 

 現在、僕とトレーナーのスコアは九対ゼロ。

 勿論普通にやったらウマ娘が勝ってしまうので、手加減はしてるけど。

 トレーナーが頑張って動いてる姿を見るのがなんか新鮮で楽しくて、ついちょっと煽ってしまった。

 今まで、僕が走っているのを彼が見ていたからね。攻守逆転ってやつだよ。

 

「いや……まぁ、頑張ってはいるんだけどな……」

 

 そんなトレーナーははぁはぁと息を切らしながら、ラケットを構えてサーブの姿勢に入った。

 僕も彼からくるサーブを返そうと、腰を低くしてラケットを構える。

 だが次の瞬間に、彼がぽつりと。でも確かに対面にいる僕に聞こえるように、とあることを呟いてきた。

 

「その服で、その……激しく動かれるとな……」

 

「……へ?」

 

「色んなとこが揺れて……いや、なんでもない」

 

「……んあ? ──っつ!!!」

 

 そう言われてやっと気づいた。この施設に来てから色々とテンションが上がってしまって見えてなかったけど、今の僕の格好はさっきまでのデート用の服。

 決して運動用のジャージなんかじゃないし、そもそも動くことを想定なんかしてない。

 もしかして……僕ここに来てから、ずっとおっぱいとか揺らしてた……? 

 というかスカート捲れて中まで、見えてた? 

 やばい、童心に戻りすぎてそこまでなんも考えてなかった。

 

「……」

 

「無言の肯定やめてよぉ! どこから!? ちょっと、どこまで見えたの!」

 

「……えい」

 

「……へっ。ちょっと、今聞いてる最中で──」

 

 僕の顔が蒸発しそうになっている中、トレーナーが問答無用にサーブを打ち込んでくる。

 そんな不意打ちのようなサーブは、流石のウマ娘の僕でも取れるわけもなく。

 サーブエースで、トレーナー側に一ポイント入ってしまった。

 

「ほら、一ポイント取ったぞ」

 

「ノーカン! 流石にノーカンだもん! ずるいよ!」

 

 とんとんとボールが、テニスコートの外に転がっていってしまう。

 そのボールを拾ってトレーナーの方に返した後、僕は頬を膨らませた。

 僕がぶーぶーと文句を彼に言っていると、トレーナーはふっと微笑んでゆっくりと口を開いた。

 

「やっと、いつものテイオーらしくなってきたな」

 

「……え?」

 

「昼頃まで、ずっと無理……はしてなかったんだろうけど。俺に対して気をずっと使っていたんだろ?」

 

「そりゃ、当然で……」

 

「でも、俺さ。今のテイオーが好きだな。無邪気で、元気な。そんなテイオーが」

 

 あっさり「好き」だなんて言葉を使われて。

 僕はとっさに、彼に対して返事をすることが出来なかった。

 確かにカフェまでのデートは色んなスケジュールを考えて、僕にしては綿密な計画を練ってトレーナーをエスコートしようとしていた。

 事前の下見や時間の把握、話題の発掘など……

 そりゃ「トレーナー」を楽しんで欲しかったから、色々と。

 

「俺はテイオーが心から楽しんでる姿を見るのが、一番好きなんだ」

 

 だけどそれは、彼も同じだったみたいだ。

 トレーナーも僕に楽しんで欲しくて、僕もトレーナーに楽しんで欲しくて。

 一番近くて、変なすれ違い。それがなんだかおかしくて、嬉しくてつい笑みがこぼれてしまう。

 

「ふふ……」

 

 なんだかふっと、気持ちが楽になった気がする。

 ちょっと……気合入れすぎて緊張していたみたいだ。

 お互いを気遣うのも大事だけどさ……もう僕たち何年もの付き合いになるのさ。

 それなら、もう。

 二人で一緒に、二人が大好きなこと。今からでも、たくさんやれるよね? 

 

「……よしっ! 次のポイント取られた方が、取った方のお願いごとを一つ聞くようにしよう!」

 

「へぇ……? なんでも、いいのか?」

 

「いいよ。なんでも、ね」

 

 お互いに、負けず嫌いなのは良く知っている。

 トレーナーはトスを上げると、今まで一番いいサーブを打ち込んでくる。

 それを僕はすっと受け止めると、相手コート端に返して──決着はついた。

 

「でも今はお預け、だね」

 

「……だな」

 

 そこでした「お願い」は、またいつか分かるだろう。有効期限のない、二人だけの約束だ。




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