第1話
〈のび太 side〉
先生「のび、また遅刻か!!」
キーンコーンカーンコーン……と非情なチャイムが鳴り響く中、ガラリと教室の扉を開けた僕を待っていたのは、地鳴りのような先生の大声だった。
今日もいつものように寝坊をしてしまい、全力で坂道を駆け上がってきたけれど、やっぱり間に合わなかった。額から汗がダラダラと流れ落ちる。
のび太(これは今日も、廊下に立たされる)
僕はぎゅっと目を瞑り、これから始まる説教に身を構えた。しかし、先生の口から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。
先生「いつもなら、すぐに廊下に立っておれと言うところだが。よし、今日は早く席に座りなさい」
のび太「へっ?」
思わず、間の抜けた声が出てしまう。
先生「今日はクラスのみんなに、大切な知らせがあるのだ。だから早く座りなさい」
のび太「は、はい!!」
理由はよくわからないけれど、とにかく立たされずに済んでラッキーだ。僕はそそくさと自分の席へ向かい、ランドセルを下ろした。
しずか「のび太さん、また寝坊?」
隣の席から、しずかちゃんが心配そうに声をかけてくれる。
のび太「う、うん。ちょっと寝過ごしちゃってさ……」
僕が頭をかきながら苦笑いしていると、前の席からスネ夫がニヤニヤしながら振り返り、その後ろからジャイアンが大きな体を乗り出してきた。
スネ夫「相変わらずだな〜、のび太は」
ジャイアン「ほんとほんと、お前はいつも寝坊ばっかりだもんな〜!」
のび太「ほっといてよ」
いつも通りの二人の揶揄いに、僕は口を尖らせて机に突っ伏した。心の中で「ドラえもんに何か早く起きられる道具を出してもらえばよかった」なんて考えていると、教卓の前に立った先生が、パンパンと手を叩いた。
先生「さて、君たちにお知らせがある」
ざわざわとしていた教室が、一瞬で静まり返る。先生はチョークを手に取ると、黒板に大きくこう書いた。『転校生』。
先生「今日から、このクラスに新しい仲間が増えることになった」
のび太「えっ、転校生!?」
僕が声を上げると同時に、クラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。どんな人が来るんだろう、男の子かな、女の子かな。みんなが一斉に話し始める。
さずか「転校生って、一体どんな人なのかしら」
しずかちゃんが少し胸を躍らせるようにして呟く。
のび太「うん、どんな子かすごく気になるね」
僕としずかちゃんがそんな会話を交わしていると、先生が教室の入り口の扉へと視線を向けた。
のび太「それでは、入ってきなさい」
先生の合図とともに、ガラガラと扉が開いた。
クラス中の視線が、その一点に集中する。
入ってきたのは、一風変わった、でもどこか目を引く雰囲気を持った男の子だった。長い髪を後ろでまとめ、首元には鮮やかな『青いペンダント』が鈍い光を放っている。その立ち姿は、僕たちと同じ11歳とは思えないほど、どこか凛としていて落ち着いていた。
先生「今日からこのクラスの一員となる、世風 アラタくんだ」
先生に紹介されたその男の子は、クラス全体をぐるりと見渡すと、ふっと年相応の爽やかな笑みを浮かべた。
アラタ「世風アラタです。今日からよろしくお願いします」
これが、僕たちの新しい友達――そして、後に僕と一緒に、想像もつかないような数々の大冒険を繰り広げることになる、かけがえのない仲間との出会いだったんだ。
〈アラタ side〉
親父に「自分の故郷で、普通の生活ってやつも学んでこい」と背中を押され、俺一人で日本に来ることとなった。
物心つく前から親父と世界中を旅してきた俺にとって、学校って場所はかなり新鮮なものだった。さっき自己紹介を済ませたばかりなのだが、教室内は早くも俺を取り囲むクラスメイトたちで熱気に満ちている。
クラスメート1「ねえねえアラタくん、どこから来たの?」
クラスメート2「前の学校はどこにあったの?」
次から次へと飛んでくる質問の嵐。質問攻めにされること自体は嫌いじゃないけれど、こうも一斉に来られると、さすがにどこから答えたものかと苦笑してしまう。俺は頭を少し掻きながら、一番答えやすい質問から口を開いた。
アラタ「ええと、まず前にいた場所だけど……。ここに来る直前は、エジプトにいたんだ」
クラスメイト1「エジプト!?」
クラスメイトたちが一斉に目を見開いた。ピラミッドやスフィンクスの国というイメージが強いのか、みんな一気に興奮した様子だ。
アラタ「うん。俺、ここに来る前は父親と一緒に、世界中のいろんなところを旅してたからさ。学校に通うのも、実はここが初めてみたいなもんなんだ」
旅をしながらも、親父からみっちり勉強は教わっていたから勉学に不安はない。だけど、それを聞いたみんなは「へえー! すごいね!!」と、まるで冒険家を見るような目で俺を見ていた。
そんな賑やかな時間が一段落し、俺は割り当てられた自分の席についた。隣の席のやつが、少し緊張した様子で、だけど人懐っこい笑顔を向けてくる。
のび太「あの、僕は野比のび太。今日からよろしく、のび太でいいよ」
アラタ「改めて、世風アラタだ。よろしくな。俺のこともアラタって呼んでくれ」
のび太、か。なんだかトボけた名前だけど、どこか憎めない雰囲気を持ったやつだな。そうして挨拶を交わしているうちに、あっという間に一日の授業が終わり、下校の時間を迎えた。
荷物をまとめていると、さっきののび太が、数人のメンバーを連れて俺の席までやってきた。
のび太「ねえアラタ、一緒に帰ろうよ!」
のび太の後ろには、小柄な女の子、体格のいい大きな男子、そして髪型がちょっと特徴的な男子が立っている。
アラタ「ああ、いいよ」
俺が快く頷くと、彼らは興味津々といった様子で俺を見ていた。
アラタ「ところで、そこの三人を紹介してほしいんだけど」
俺がそう言うと、のび太が「あ、ええとね!」と紹介しようとしたが、それよりも先に、三人がそれぞれ一歩前に出た
しずか「私は源しずか。私はしずかでいいは、よろしくねアラタさん」
女の子しずかが、上品に微笑みながら手を振る。
ジャイアン「おれは剛田武! ジャイアンと読んでくれ」
体格のいい男子ジャイアンが、自分の胸をドンと叩いて豪快に笑った。
スネ夫「僕ちゃんは骨川スネ夫。スネ夫でいいよ」
髪型の尖った男子スネ夫が、少し気取った仕草で髪をかき上げる。
アラタ「改めて、世風アラタだ。よろしくな、みんな」
全員の自己紹介が済み、俺たちは並んで校門を出た。日本の、どこにでもある静かな住宅街の道を歩き始める。そんな中、最初に沈黙を破ったのはジャイアンだった。
ジャイアン「なあアラタ。お前、本当にさっきエジプトにいたって言ってたけど、本当なのか?」
「ああ、本当だよ。嘘ついてどうするんだよ」
俺が笑って答えると、ジャイアンは「へえ〜っ」と感心したような声を漏らした。やっぱり、俺が世界を旅してきたという経歴が、みんな相当気になるらしい。
今度はのび太が、目を輝かせながら聞いてきた。
ジャイアン「お父さんと一緒に旅をしてたって言ってたけど、他にはどんなところに行ったの?」
「いろんなところに行ったよ。エジプト以外だと、アフリカとか、オーストラリアとか、とにかく、世界中のいろんな国を回ったかな」
スネ夫「へ〜え」
スネ夫が感心したように声を漏らし、ジャイアンが拳を握りしめる。
ジャイアン「世界を旅するか! 面白そうだな、おい!」
アラタ「ああ、ものすごく楽しかったよ。いろんな国に行って、いろんな文化を持つ人や、見たこともない動物に出会ったり。言葉じゃ言い表せないくらい綺麗な景色を、たくさん見てきた」
旅のことを思い出すと、自分でも少し声が弾むのがわかった。そんな俺の様子を見て、しずかが嬉しそうに微笑む。
しずか「ねえ、その旅のお話、もっと詳しく聞かせてくれないかしら?」
アラタ「いいけど、立ち話もなんだしな」
俺がそう言うと、待ってましたとばかりにスネ夫が前に躍り出て、親指で自分の胸を指さした。
スネ夫「じゃあさ、僕の家に来なよ! 僕の家は広いし、おフランス製の高級なお菓子やジュースもたくさんあるんだ。そこでゆっくり話そうよ♪」
スネ夫のその言葉を聞いた瞬間、のび太が「あ〜」とあからさまに落胆したような声を漏らし、ジャイアンも「また始まったよ」と呆れたように肩をすくめた。
アラタ(? なんだろう、この二人の反応は)
スネ夫のセリフは、やけに「おフランスや高級」という部分を強調しているように聞こえたが、それが彼らの間で何かのお決まりになっているのだろうか。そんな彼らの関係性が、少し面白く思えた。
アラタ「じゃあ、俺は一度家に帰って、荷物を置いたら行かせてもらうよ」
俺が提案すると、ジャイアンが「よし!」と大声を上げた。
ジャイアン「じゃあ決まりだ! 全員、一回荷物を置いたらスネ夫の家に集合な!」
のび太「スネ夫の家への道は、僕が案内するよ、アラタ!」
のび太が嬉しそうに言ってくれる。
アラタ「ああ、頼むよ」
こうして、後に数多の大冒険を共にすることになる、生涯の仲間と言うべき者たちと、俺は出会った。
心地よい放課後の風が、俺の首元で青いペンダントを揺らす。今日この日、俺の運命の歯車は、未来へ向かって大きく動き出したのだった。