アンダーグラウンド・オンファイア   作:ハノノン

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ゆるふわです。
少し長めです。


第11話 リベンジ・オンファイア

 

部屋の空気は、腐った水のように淀んでいた。

かつてレンの祭壇があった場所は、今や「介護現場」と化していた。

 

「はい、ダム子ちゃん。あーんしてぇ」

 

羊獣人のルリルが、スプーンですくった冷めたオートミールを、狼獣人のダム子の口元に運ぶ。

ダム子は布団の中で丸まったまま、虚ろな目で天井の一点を見つめていた。口は半開きで、涎が垂れている。かつての「疾風のストライカー」の面影は、毛ほども残っていない。

 

「……あ、ぅ……」

 

ダム子が機械的に口を動かし、咀嚼し、飲み込む。

ルリルは、涎をタオルで丁寧に拭き取り、慈愛に満ちた——しかし、どこか昏い悦びに歪んだ——笑顔を向けた。

 

「ごっくんできたねぇ。いい子だねぇ。たくさん食べて、元気出してねぇ」

 

(ああ、可愛い。ダム子ちゃんは、もうウチがいないと生きていけない。トイレに行くのも、お風呂に入るのも、ウチがいないとダメなんだ)

 

ルリルの胸中に広がるのは、背徳的な全能感だった。

ダム子が輝いていた頃、ルリルはただの運転手だった。でも今は、彼女の命を握る「保護者」だ。この奇妙な主従逆転が、ルリルの歪んだ自尊心を満たしていた。

 

 

部屋の隅では、リッツォとショウが、その異様な光景を冷ややかな目で見ていた。

 

「……ねえ、あれ何? ペット?」

 

リッツォが眉をひそめて囁く。

 

「見てるこっちが恥ずかしくなるんだけど」

 

「統計的には、重度の退行現象と共依存の極致です

ショウが小声で分析する。

 

「関わるとこちらの精神衛生まで汚染されます。放置が最適解です」

 

 

ダム子は、基本的に言葉を発さなかった。

魂が抜けた人形のようだった。

しかし、時折、何かのスイッチが入ったように、喉の奥から怨嗟の声が漏れ出すことがあった。

 

「……ゆ、ゆる……さ……ない……」

 

「ん? レン君のこと?」ルリルが耳を寄せる。

 

「……ちが……う……あの……女……」

 

ダム子の目が、一瞬だけ濁った光を宿した。

憎悪の対象は、裏切った「推し」ではなかった。彼をたぶらかし、ダム子の純情と金貨を奪い取った泥棒猫——聖女スフィンに向けられていた。

 

「……スフィン……ぶっ……殺……」

 

その言葉を聞いた瞬間。

ルリルの表情から、ふんわりとした柔らかさが消え失せた。

 

「……そうだよねぇ」

 

ルリルは、ダム子の脂ぎった髪を優しく撫でた。

 

「あいつが悪いんだよねぇ。ウチらのダム子ちゃんを壊して、自分だけ幸せになろうなんて……許されるわけないよねぇ」

 

ルリルの瞳の奥で、陰湿な炎が着火した。

羊の皮を被った怪物が、静かに牙を剥いた瞬間だった。

 

 

 

 

その夜から、ルリルの「復讐」が始まった。

 

ネット上では、レンとスフィンの交際宣言を巡り、賛否両論の嵐が吹き荒れていた。

 

『お似合いのカップル!』『推しの幸せを願えない奴はファン失格』という祝福の声もあれば、『裏切られた』『金返せ』という悲鳴もあった。

 

 

ルリルは、その「悲鳴」を「殺意」へと変える扇動者となった。

カチャカチャカチャカチャ……。

ルリルの指が、水晶板の上で不気味なダンスを踊る。

彼女が書き込むのは、単なる悪口ではない。もっと粘着質で、読む者の不安と猜疑心を煽る猛毒だ。

 

『関係者です。スフィンって女、実は裏でレン君を騙してパーティに加入したらしいよ』

『あいつ、昔は別の男と付き合ってて、妊娠堕胎したって噂がある』

『今回の交際も、スフィンが強要したって聞いた』

 

根も葉もない嘘。

しかし、ショックを受けているファン層にとって、それは「信じたい真実」だった。

ルリルの書き込みは拡散され、尾ひれがつき、ネットの闇を駆け巡った。

 

「……ルリルさん。効率が悪いです」

 

背後から、ショウが声をかけた。

彼女は冷徹な目でルリルの画面を覗き込んでいた。

 

「アドレスを変えないと、すぐに特定されますよ。……私が『匿名化魔法』を付与した回線を貸しましょう」

 

「ショウちゃん……」

 

「勘違いしないでください。私はレンへの私怨を晴らしたいだけです。論理的に、敵の敵は味方ですから」

 

ショウの技術協力を得て、ルリルの攻撃は洗練された。

スフィンの過去の些細な発言を切り抜き、差別主義者であるかのように捏造する。彼女の実家の住所をばら撒く。

 

スフィンの個人配信が始まれば、ショウが作成したbotプログラムを使って、コメント欄を誹謗中傷で埋め尽くした。

 

『死ね』『消えろ』『泥棒ブス』

『お前のせいでファンが自殺未遂したぞ』

『レンを返せ』

 

「あはは! 見て見てぇ! スフィンの顔、引きつってるぅ!」

 

ルリルは、スフィンの配信画面を見ながら、ケラケラと笑った。

普段の温厚な彼女からは想像もできない、醜悪な笑顔だった。

 

 

「いいねぇ、もっとやれ! 燃やせ燃やせ!」

 

リッツォも面白がって参戦した。

 

「私、あいつの服のセンス前から気に入らなかったんだよねぇ。『ブスは布切れ着てろ』って書き込んどこ☆」

 

ダム子だけは、布団の中で動かなかった。

しかし、ルリルが「スフィンちゃん、今すごい叩かれてるよぉ。みんなダム子ちゃんの味方だよぉ」と報告すると、その虚ろな口元が、ニチャリと微かに吊り上がった。

それを見て、ルリルは安堵した。

 

(ああ、これでいいんだ。ウチがダム子ちゃんの代わりに戦ってあげる。正義はウチらにあるんだから)

 

攻撃はエスカレートの一途をたどった。

 

 

 

「……ねえ、これ。どうする?」

 

ルリルが指差したのは、部屋の隅に積み上げられた段ボールの山だ。

 

ダム子の推しバッグの副産物である、大量の「スフィンの缶バッジ」である。50個はあるだろう。

 

「……燃やそっか」

 

 

深夜の路地裏。

人気のないゴミ捨て場で、ルリルたちは「供養」という名の儀式を行った。

ドラム缶の中に、美しいエルフの笑顔がプリントされたバッジを投げ込む。

一つ、また一つ。

 

「金返せぇ!」

 

「色目使いやがってぇ!」

 

ルリルが火魔法を放つ。

プラスチックとブリキが焼け焦げ、鼻をつく黒煙が立ち上る。

スフィンの顔が熱で溶け、ドロドロに崩れていく様を、ルリルは恍惚とした表情で見つめていた。

 

ショウがそれをルリルの顔を映さないようにして動画に撮る。

タイトルは『裏切り女のグッズ燃やしてみた。ファンの怒りを知れ』。

 

動画は瞬く間に拡散された。

同じように裏切られたと感じていた過激なファンたちが呼応し、ネット上にはスフィンのグッズを破壊する動画が溢れかえった。

 

『#スフィンを許すな』というハッシュタグがトレンド入りする。

 

これはもはや、個人の復讐ではない。

集団ヒステリーによる「魔女狩り」だった。

ルリルは全能感に震えた。

自分が指先一つ動かすだけで、あの大人気アイドルのスフィンを追い詰められる。

社会の底辺にいる自分たちが、今だけは「裁定者」として君臨している。

その快楽は、どんな薬物よりも甘美だった。

 

 

 

 

そして、一週間後。

『暁の奇跡』の公式アカウントから、新たな声明が出された。

 

『重要なお知らせ:メンバーのスフィンについて、心身のバランスを崩し、療養が必要と診断されました。これに伴い、当パーティは無期限の活動休止とさせていただきます』

 

「……勝った」

ルリルが、震える声で呟いた。

「勝ったよぉ……! ダム子ちゃん、見て! あいつら、活動休止だって!」

 

暗い部屋の一室。

ルリルはダム子に水晶板を見せつけた。

 

「スフィン、病んじゃったんだって! ザマァみろだよねぇ! ウチらが勝ったんだよぉ!」

 

ダム子は、画面を見つめた。

その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

そして、ひび割れた唇を開き、嗄れた声で言った。

 

「……ざ……まぁ……」

 

ダム子は笑っていた。

壊れた人形のような、しかし確かに歓喜を含んだ笑顔だった。

 

「あはは! ウケる! メンタル弱すぎ!」

 

リッツォが手を叩いて爆笑する。

 

「勝手に自滅してんじゃん!」

 

「論理的勝利です」

 

ショウが満足げに眼鏡を直す。

 

「大衆心理をハックすれば、英雄パーティなど容易く崩壊させられるという証明です」

 

ルリルはダム子を抱きしめた。

「よかったねぇ。これでレン君も目が覚めるよぉ。悪い虫がいなくなったら、きっとまた戻ってくるよぉ」

部屋の中は、歪んだ勝利の美酒に酔いしれる四人の狂気で満たされていた。

 

彼女たちは本気で信じていた。

自分たちは「正義の鉄槌」を下したのだと。

悪いのは裏切った彼らであり、自分たちは被害者なのだから、何をしたって許されるのだと。

 

 

 

 

数日後。

 

「ピンポーン」

 

アパートのチャイムが鳴った。

いつもの借金取りの乱暴なノックではない。礼儀正しく、しかし無機質な響きだった。

 

「……誰だろぉ? 宅配便かなぁ?」

 

ルリルは上機嫌でドアを開けた。

もしかしたら、レンからの謝罪の手紙かもしれない。そんな淡い期待すら抱いていた。

しかし、そこに立っていたのは、見慣れぬ正装の人間の男だった。

 

胸には『王都裁判所・執行官』のバッジ。

 

「……羊獣人ルリルさん、および同居人の皆様ですね」

 

男の声は事務的で、感情の色がなかった。

 

「は、はいぃ……? どちら様ですかぁ?」

 

男は無言で、分厚い封筒をルリルに差し出した。

封筒の表には、赤いインクで『特別送達』と押されている。

 

「貴女方に対し、『暁の奇跡』所属のレン氏、スフィン氏、および所属事務所より、損害賠償請求訴訟が提起されました。これはその訴状です」

 

「……そ、そじょう……?」

 

ルリルは首を傾げた。

 

「内容を確認してください。名誉毀損、信用毀損、業務妨害、および精神的苦痛に対する慰謝料。……請求額は、金貨八千枚です」

 

「は……っ!?」

 

金貨八千枚。

それは、彼女たちが一生かかっても、いや、三回生まれ変わっても返せないような天文学的な数字だった。

 

「ま、待ってください! なんですかそれ!?」

 

奥からリッツォが飛び出してきた。

「私が何したって言うのよ! ただ感想を書いただけじゃん!」

 

執行官は冷ややかに眼鏡を押し上げた。

 

「『感想』の域を超えた、明らかな虚偽事実の流布と殺害予告が含まれています。プロバイダへの開示請求により、全ての発信元がここであることは特定済みです」

 

「と、特定……?」

 

ショウが顔面蒼白で震え出した。

 

「まさか……私の匿名化魔法が……破られた……?」

 

「トップランカーの資金力を甘く見ないことです。彼らは最高ランクの魔導解析班を雇いましたから」

 

執行官は淡々と続けた。

 

「なお、今回は刑事告訴は見送られました。レン氏の意向で、『罪人として牢獄に入れるよりも、一生をかけて罪を償わせるべきだ』とのことですので」

 

「……え?」

 

ルリルが呆然と呟く。

「逮捕……されないの……?」

 

「ええ。身体の拘束はしません。ですが……」

 

執行官は、ルリルの瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「裁判で敗訴が確定すれば、貴女方の資産、給与、そして将来得られる全ての収入は、完済するまで差し押さえられます。……いわば、経済的な終身刑ですね」

 

「そ、そんな……」

 

執行官は封筒をルリルの手に押し付けると、踵を返した。

 

「期日には出廷するように。無視すれば、原告の主張が全面的に認められます」

 

ドアが閉まる音が、重く響いた。

ルリルの手には、鉛のように重い封筒が残された。

 

「……金貨、八千枚……」

 

逮捕されれば、数年で出られたかもしれない。

しかし、これは違う。

死んでも返しきれないくらいの借金の鎖が、彼女たちの首に巻き付いたのだ。

 

「……うそ……うそだよぉ……」

 

ルリルはその場に崩れ落ちた。

部屋の奥では、何も知らないダム子が、まだ「ざまぁ……」と壊れた笑顔で呟いていた。

その笑顔が、今は何よりも恐ろしい呪いのように見えた。

 

 

 

 

王都裁判所、第十三法廷。

冷ややかな大理石で囲まれた空間は、被告人席に座る三人の獣人にとって、処刑台そのものだった。

 

「……異議あり! その書き込みは、表現の自由の範囲内であり……!」

 

狐獣人のショウが、震える声で反論を試みる。

しかし、対面に座る原告側の弁護士——眼鏡をかけた冷徹な悪魔族の男——は、鼻で笑って一枚の証拠書類を提示した。

 

「被告人は『感想』と主張しますが、こちらのログをご覧ください。『スフィンの実家に火をつける』『堕胎の証拠を捏造してばら撒く』……これらは明確な犯行予告および悪意ある虚偽情報の流布です。魔導通信法第5条、および刑法への抵触は明らかです」

 

「ぐ、ぐぬぬ……論理的整合性が……」

 

ショウが言葉を詰まらせる。

 

「私、書いてないもん! アカウント乗っ取られただけだもん!」

 

猫獣人のリッツォが泣き喚くが、弁護士は冷ややかに告げる。

 

「端末の指紋認証、魔力波形、全て貴女のものと一致しています。往生際が悪いですね」

 

抵抗など無意味だった。

トップランクの冒険者パーティ『暁の奇跡』が雇った弁護団は、王都でも最高峰のエリート集団だ。素人の言い逃れなど、赤子の手をひねるより容易かった。

 

裁判長が木槌を構える。

 

「被告人らの不法行為は明白である。……次に、情状酌量の余地があるか、原告側の証人を召喚する」

 

重々しい扉が開いた。

法廷内の空気が、ピーンと張り詰める。

現れたのは、車椅子に乗ったエルフの少女だった。

 

聖女スフィン。

かつて配信で輝いていた美貌は見る影もない。頬はこけ、目は落ち窪み、肌は幽霊のように白い。点滴のチューブが腕に繋がれている。

 

その車椅子を押しているのは、英雄レンだった。彼は無表情で、しかしその瞳の奥には、ルリルたちを焼き尽くさんばかりのどす黒い怒りが渦巻いていた。

 

「……証言を」

 

スフィンは、震える手でマイクを握った。

 

「……怖かったです。毎日、毎日……『死ね』という言葉が届いて……。私の作ったグッズが燃やされる動画を見て……私、自分が生きているのが間違いなんだって……」

 

彼女の声は掠れ、涙がポタポタと膝の上に落ちた。

 

「あることないこと書かれて……実家の両親まで嫌がらせを受けて……。私、もう……戦えないかもしれません……」

 

悲痛な叫びが法廷に響く。

傍聴席からはすすり泣きが聞こえ、同時に被告人席への軽蔑の視線が突き刺さる。

 

レンが、スフィンの肩に手を置き、鋭い視線をルリルたちに向けた。

 

その威圧感だけで、リッツォは失禁しそうになり、ショウはガタガタと歯を鳴らした。Sランク冒険者の殺気だ。ここで剣を抜けば、一瞬で三人の首が飛ぶだろう。

レンは静かに口を開いた。

 

「……おい。狼はどうした」

 

「……え?」

 

羊獣人のルリルが顔を上げる。

 

「あの狼の獣人だ。一番熱心に僕を応援してくれていた……ダム子さんは一緒じゃないのか」

 

その問いかけに、ルリルの中で何かが切れた。

恐怖が、逆恨みへと反転する。

 

「……あんたらのせいだよぉ!!」

 

ルリルが叫んだ。裁判長の制止も聞かずに。

 

「ダム子ちゃんはねぇ、壊れちゃったんだよ! あんたが裏切るから! あんたたちがコソコソ付き合ってるから! ショックで心が壊れちゃったんだよ!」

 

ルリルは涙を流しながら、レンとスフィンを指差した。

 

「ダム子ちゃんは、あんたに全てを捧げてたんだ! ご飯も減らしてグッズ買って、投げ銭して……! それを踏みにじったのはあんたたちでしょ!? なのに、なんでウチらが責められなきゃいけないの!?」

 

支離滅裂な論理。

しかし、それはルリルにとっての「真実」だった。

レンの表情が、わずかに歪んだ。

気まずそうに視線を逸らす。

 

「……彼女が勝手に心酔して、勝手に絶望しただけだ。僕たちはアイドルの前に、一人の人間だ。恋愛をする自由はある」

 

正論だ。

しかし、レンもまた、彼女たちの「狂気的な金」によって支えられていた自覚はあった。あの大量の投げ銭、異常なグッズ購入。それらを「稼ぎ」として利用していた負い目が、彼の英雄としての矜持を少なからず刺激した。

 

「……だが」

 

レンは溜息をついた。

 

「確かに、僕たちの活動が、彼女を追い詰めた一因であることは……否定しきれないかもしれない」

 

「レン!? 何言ってるの!?」

 

車椅子のスフィンが驚いてレンを見上げる。

 

「あいつらは犯罪者よ!? 私をここまで追い込んだのよ!?」

 

「分かっている。……だがスフィン、あいつらはもう『終わっている』んだ」

 

レンは冷ややかな目でルリルたちを見下ろした。

薄汚れた服、狂気に満ちた目、そして仲間を失った悲哀。

 

これ以上追い詰めても、金は取れない。ただの死体蹴りだ。

英雄が、底辺を嬲り殺しにするのは、外聞が悪い。

 

「……裁判長。原告として提案があります」

 

レンは法廷全体に響く声で言った。

 

「請求額、金貨八千枚……これを、十分の一の『八百枚』に減額します」

 

「は……っ!?」

 

ルリルたちの目に、希望の光が宿る。八百枚なら、ルリルたちでも返せるかもしれない額だ。

 

「ただし」

 

レンは続けた。氷のような声で。

 

「条件があります。……今ここで、スフィンに対して土下座をして謝罪してください。床に頭を擦り付け、心からの悔悟を示すこと。それが条件です」

 

「嫌よ! そんなの生温いわ!」

 

スフィンが叫ぶ。

 

「八千枚払わせて、一生奴隷にするべきよ!」

 

「スフィン。僕の顔を立ててくれ」

 

レンはスフィンの肩を強く抱き寄せ、耳元で囁いた。しかしその目は笑っていなかった。

 

「……これ以上、あんな汚い連中と関わりたくないだろう? 恩を売って、二度と逆らえないようにするんだ」

 

スフィンは唇を噛み締め、悔しそうに沈黙した。レンの決定は絶対だ。彼女もまた、このパーティの中では彼に依存しているのだから。

 

「……さあ、どうする?」

 

レンが被告人席を見下ろす。

 

「金貨八千枚で人生を終わらせるか。それとも、ここでプライドを捨てて八百枚で生き延びるか」

 

究極の二択。

ルリル、リッツォ、ショウの三人は顔を見合わせた。

プライド? そんなもの、とっくにない。

あるのは「生きたい」という動物的な本能だけだ。

 

ガタガタと椅子を鳴らし、三人は席を立った。

そして、証言台の前まで歩み寄る。

車椅子に乗ったスフィンと、その横に立つレン。

見上げるほど高い位置にいる彼らに向かって、三人は膝を折った。

 

ドサッ。

 

「……申し訳……ありませんでしたぁ……」

 

ルリルが、額を冷たい床に押し付ける。

屈辱で視界が真っ赤に染まる。

(なんで……なんでウチが……ダム子ちゃんのためにやったのに……)

 

「ご、ごめんなさい! 許して! もう二度としません!」

 

リッツォが泣きながら頭を下げる。

(私の可愛い顔が……床の埃にまみれてる……)

 

「……謝罪、します……」

 

ショウが震えながら平伏する。

(論理的敗北……完全なる敗北……)

 

三人の底辺獣人が、床に這いつくばる。

 

その無様な姿を、スフィンは車椅子の上から見下ろしていた。

彼女の目は、先ほどまでの怯えた被害者のものではなく、敗者を踏みつける勝者の、暗く冷たい色をしていた。

 

「……ふん。汚い背中」

 

スフィンが小さく吐き捨てた言葉は、誰にも聞こえなかった。

 

「……和解は成立だ」

 

レンが告げた。

「残りの八百枚、死ぬ気で働いて返せ。……二度と、僕たちの前に現れるな」

 

裁判長の木槌が鳴り響く。

カーン、カーン、カーン。

それは、彼女たちが背負った莫大な借金と、永遠に失われた尊厳を告げる、終わりの鐘の音だった。

 

ルリルは床に額を押し付けたまま、動けなかった。

アパートで待つ廃人のダム子に、なんと報告すればいいのか。

 

「勝ったよ」と嘘をついた口で、今度は「負けて奴隷になったよ」と言わなければならない絶望に、彼女はただ震えることしかできなかった。

 





ハートフルコメディを目指しています。
次回、最終話です。




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