最終回もゆるふわです。
「……はぁ、はぁ……ッ! あ……あぁ……!」
王都の目抜き通り。
狼獣人のダム子が、過呼吸を起こしたように肩を揺らし、白目を剥いていた。
彼女の視線の先には、通学中の人間の子供がいる。その鞄には、英雄レンの笑顔がプリントされた缶バッジが揺れていた。
「……殺す……あの笑顔……引き裂いてやる……!」
ダム子の目が血走り、爪が伸びる。喉の奥から、言葉にならない獣の咆哮が漏れ出す。
かつての「疾風のストライカー」としての身体能力が、殺意によって起動しかけている。
「ダメだよぉ! ダム子ちゃん、落ち着いてぇ!」
「ここで暴れたら、また賠償金が増えるだけです! 論理的に考えて我慢してください!」
羊獣人のルリルと狐獣人のショウが、必死にダム子の両腕を羽交い締めにして抑え込む。
猫獣人のリッツォは、少し離れた場所で他人のふりをしながら、「あーあ、まだ発作が出るのねぇ。公衆の面前で野獣化とか、マジで営業妨害」と冷ややかに爪を磨いていた。
裁判から数週間。
ダム子は、ルリルの献身的な介護により、日常生活を送れるまでに回復していた。しかし、レンに対するトラウマと憎悪は深く刻み込まれており、彼のグッズを見るたびにPTSDのような発作を起こすようになっていた。
「……帰ろう、ダム子。ウチらには、まだダンジョンがあるんだから」
ルリルが優しく背中をさする。
途方もない借金を返すため、彼女たちは再び、ダンジョン配信という修羅の道に戻るしかなかった。
「はぁ!? 配信停止!?」
ダンジョンの中で、ダム子の怒号が響いた。
久しぶりに潜ったダンジョンで、配信を開始した直後のことだ。水晶板に『制限時間に達しました』という赤い警告が表示され、通信が強制切断されたのだ。
「なによこれ! まだ30分も経ってないわよ!?」
リッツォが画面をバンバンと叩く。
「私のキメ顔の途中だったのに!」
「……規約が更新されています」
ショウが冷静に読み上げる。
「『無料ユーザーの配信活動は一日30分まで。それ以降は自動的に帯域制限がかかり、配信は停止されます』……だそうです」
「ふざけんな! セーフティエリアで休憩だ! 文句言ってやる!」
しかし、セーフティエリアに入ろうとすると、入り口に立っていた屈強な警備員に、ゴミのように突き飛ばされた。
「ここを使えるのは『承認済みパーティ』だけだ。貧乏パーティは出ていけ」
「……」
四人は、薄汚れたダンジョンに放り出された。
仕方なくダンジョンの外に出る。
そこには、長蛇の列ができていた。
きらびやかな看板にはこう書かれている。
『新制度導入! "承認パーティ"申請受付中』
『月額銀貨40枚で、制限解除&収益化プログラムに参加可能!』
『あなたの"注目度"がそのままお金に!』
「金取んのかよ……」
ダム子が毒づく。
「金稼ぎに来てんのに、金払えってどういう理屈だよ」
「ですが、これしかありません」
ショウが眼鏡を光らせる。
「承認パーティになれば、制限が解除されるだけでなく、『注目度』に応じた配当が得られるようです。再生数や投げ銭だけでなく、どれだけ画面に映って見られたか、どれだけ話題になったかが金になる……。炎上体質の私たちには、むしろ好都合なシステムです」
「……背に腹は代えられないねぇ」
ルリルが、なけなしの生活費から銀貨を出し合った。震える手で支払いを済ませる。
申請は一瞬で通った。
簡単な審査(金払い)を終えると、彼女たちのアカウントには「承認済み」を示す青いチェックマークが付与された。
それは、地獄への片道切符だった。
「よーし! それじゃあ稼ぐよぉ!」
承認マークを得た彼女たちは、水を得た魚のように配信を再開した。
かつてのように、モンスターから逃げ惑ったり、内輪揉めをしたり、リッツォが際どいポーズを取ったり。
すると、水晶板の端にあるカウンターが、チャリンチャリンと音を立てて回り始めた。
投げ銭ほどの爆発力はないが、配信しているだけで、呼吸するように小銭が入ってくる。
「すごい! 見て、もう銅貨十枚分になったよ!」
「これなら、ただ垂れ流してるだけで借金の足しにできるじゃん! チョロすぎ!」
彼女たちは歓喜した。
これこそが、求めていた「不労所得」に近い何かだ。
彼女たちの悪名は健在であり、アンチが叩けば叩くほど、それが「注目度」として換算され、金になる。
まさに無敵の錬金術だった。
しかし、一週間後。
異変が起き始めた。
「……ねえ。なんか、後ろに変なのいない?」
リッツォが配信中に顔をしかめた。
画面の奥、薄暗い通路の曲がり角に、ボロボロの装備をした冒険者が立っていた。
彼は何もせず、ただジッとカメラの方を見つめている。
焦点が合っていない。口元だけで何かブツブツと外国語のような言葉を呟いている。
「おい! 邪魔だ! どけよ!」
ダム子が怒鳴りつけても、反応がない。
石を投げても、避ける素振りも見せず、ただそこに「在る」。
翌日には、それが三人に増えていた。
さらに翌日には、十人になった。
彼らは、四人が移動すると、アンデッドのようにゾロゾロとついてくる。
戦闘中も、休憩中も、常に画面の端に映り込もうとする。
チャット欄には、意味不明な文字列や、怪しい魔導具の宣伝が連投される。
「気持ち悪い……! なんなのよコイツら!」
リッツォが悲鳴を上げる。
「私の可愛い顔の横に、薄汚いおっさんが映り込んでるぅ! 画面が汚れる!」
「……分析完了しました」
帰宅後、ショウが重い口を開いた。
「あれは『得点ハイエナ』です」
「ハイエナ……? 新しいモンスターか?」ダム子が問う。
「いえ、人間です。……彼らは、私たちと同じ『承認パーティ』の成れの果てです」
ショウが解説する。
「このダンジョンの収益化条件には、『一定以上の注目度を得ること』というハードルがあります。しかし、彼らのような無名パーティには、自力で数字を稼ぐ力がありません。だから、既に注目を集めている人気配信者に『映り込む』ことで、無理やり注目度を稼ごうとしているのです」
「……本当にハイエナじゃん」
ダム子が吐き捨てる。
「アタシらもハイエナだけど、あいつら、プライドとかねぇのかよ」
「金のためなら、プライドなんて捨てる。……私たちと同じですよ」
ルリルが自嘲気味に笑った。
ダンジョンは、異様な光景になっていた。
モンスターと戦う者は誰もおらず、誰もが「誰かの配信」に映り込むためにカメラを追い回している。
会話は成立せず、ただ虚ろな目で数字だけを追い求める亡者たち。
「……ねえ、見て」
ルリルが、ダンジョンの出口付近を指差した。
そこには、まともな装備をした大手ギルドの冒険者たちが、荷物をまとめて出ていく姿があった。
『白銀の翼』や『鉄の牙』といった、実力派の有名クランだ。
「おい、お前ら辞めるのか?」
ダム子が声をかけると、リーダー格の男が、侮蔑の眼差しを向けた。
「ああ。こんな動物園みたいな場所、やってられるか」
男は唾を吐き捨てた。
「モンスターより映り込みの方が多いダンジョンなんて、冒険の場じゃない。俺たちはもっとマシな場所へ行く。……お前らみたいな『見世物』には、ここがお似合いだろうけどな」
そう言い残し、彼らは去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、四人は薄ら寒いものを感じていた。
まともな人間がいなくなり、残るのはハイエナと、彼女たちのような汚れ役だけ。
ここはもう、ダンジョンではない。ただのゴミ溜めだ。
そんなある日。
ダンジョンの入り口にあった看板が、黒く塗りつぶされていた。
『祝! 名称変更! 本日より当ダンジョンは「×(クロス)」となります!』
巨大な「×」の字が、禍々しくペイントされている。
「……ダッサ」
リッツォが即答した。
「なにクロスって。中二病? 終わってるわ」
「センスねぇな。前の名前の方がマシだろ」
ダム子も呆れる。
世間の評判も最悪だった。
『改悪』『オーナーの乱心』『迷走している』
しかし、運営は止まらない。
さらなるルール変更が発表された。
『システム更新:他者の配信への映り込みによる収益発生を停止します』
「おっ、まともな判断じゃん」
ダム子が頷く。
「これで変な奴らもいなくなるだろ」
しかし、但し書きがあった。
『※ただし、収益化プログラムへの参加資格を得るための「注目度」には加算されます』
「……は?」
ショウが絶句する。
「つまり、金にはならないけれど、収益化の資格を得るためには、依然としてハイエナ行為が有効……ということです」
最悪の改定だった。
金にならないと分かっても、「いつか稼げる」という夢を捨てきれないゾンビたちは、消えるどころか、より必死になって画面にしがみついてきた。
「映せ! 俺を映せ!」と叫びながら、カメラの前に立ちはだかる。
「もう無理! やってられない!」
リッツォが爆発した。
「こんなクソダンジョン、辞めてやる! 私たちはもっと輝ける場所に行くべきよ! こんなハイエナだらけの場所で、私の美貌を浪費したくない!」
「そうだねぇ……。噂によるとぉ、『青空ケイブ』っていう新しいダンジョンができたらしいよぉ」
ルリルが提案する。
「そこは、承認制が厳しくて、変な人はいないって。空気も綺麗だって」
「行くぞ! 新天地だ!」
四人は「×(クロス)」のアカウントを一時停止し、希望を胸に旅立った。
「私たちの人生はこれからだ!」
……二週間後。
四人の獣人は、酒場で死んだように突っ伏していた。
「……過疎すぎる」
ダム子が呻く。
「綺麗だったけどぉ……誰もいなかったねぇ……」
ルリルが力なく笑う。
『青空ケイブ』は、確かに平和だった。
映り込みもいない。誹謗中傷もない。空気は澄んでいて、鳥のさえずりが聞こえる。
しかし、「視聴者」もいなかった。
そこにあるのは、意識の高い冒険者たちが「今日のランチ」や「綺麗な風景」をアップし、互いに褒め合うだけの、毒にも薬にもならない凪のような世界。
「刺激がないのよ……!」
リッツォがバンと机を叩く。
「誰も私の身体を見ない! 誰もアンチコメントすら書いてこない! ……私、自分が透明人間になった気分だった! 生きてる心地がしない!」
「統計的には、平和なプラットフォームほど収益性は低いです」
ショウが認める。
「私たちは、毒に慣れすぎました。清浄な空気は、私たちのような生物には猛毒なのです」
結局、彼女たちは戻ってきた。
あの、薄汚くて、混沌としていて、悪意に満ちた「×(クロス)」へ。
「ただいまぁ、クソダンジョン」
久しぶりに入った「×(クロス)」は、さらに地獄と化していた。
映り込みでは金にならなくなったゾンビたちが、新たな戦術に切り替えていたのだ。
『対立煽り』と『炎上商法』である。
他人の配信を引用して罵倒し、わざと過激な差別発言をして注目を集め、その得点で小銭を稼ぐ。
ダンジョン内では、冒険者同士がカメラを向け合い、罵り合い、小突き合いをしていた。
モンスターなど、誰も見ていない。
そこにあるのは、承認欲求と小銭欲が煮詰められた、蠱毒のようなコロシアムだった。
「……うわぁ、最悪」
リッツォが顔をしかめる。
「前より酷くなってる。民度ゼロじゃん」
しかし。
ダム子が、ニヤリと笑った。
「……でもさ。ここなら、アタシらでも戦えるんじゃねぇか?」
ルリルも、ふんわりと、しかし黒い笑みを浮かべた。
「そうだねぇ。ウチらの得意分野だもんねぇ。……こういう『泥仕合』なら、誰にも負けない自信があるよぉ」
ショウが眼鏡を押し上げる。
「論理的帰結です。綺麗な水では生きられない魚もいる。……ここは、泥水に溺れてきた私たちのホームです」
四人は顔を見合わせた。
彼女たちは、この汚泥の中で、誰よりも汚く、誰よりも目立って生き残るスペシャリストなのだ。
「行くよ! 配信開始!」
リッツォがカメラを起動する。
ダム子が、近くにいたハイエナを蹴り飛ばす。
「オラァ! 邪魔だ雑魚ども! 写りたかったら金払いな!」
「ぎゃあ! なにしやがる!」
ハイエナが怒鳴り返すが、ダム子は更に煽る。
「口答えすんなハズレ野郎! お前の人生、アタシの配信のスパイスにしてやるよ!」
ルリルが、それを撮影しながら嬉々として実況する。
「見てくださぁい! 治安悪いですねぇ! 拡散希望ですぅ! 喧嘩売られましたぁ!」
ショウが、即座に炎上しそうなハッシュタグをつけて投稿する。
『#×の闇(視認最悪)』『#迷惑ゾンビ撃退』『#炎上上等』
瞬く間に、コメント欄が罵倒と称賛で埋め尽くされる。
『またお前らか』『もっとやれ』『最低だな』
チャリン、チャリン。
水晶板のカウンターが回り出し、小銭の音が鳴り響く。
「あはは! 回ってる! 数字が回ってるよぉ!」
彼女たちは笑っていた。
周りから見れば、それは地獄の底で踊る亡者の姿だったかもしれない。
しかし、彼女たちにとっては、ここだけが息のできる場所だった。
「アタシらの戦いは、これからだ!」
ダム子が叫ぶ。
しかし、彼女たちの終わらない日常は、これからも続いていく。
画面の向こうで、誰かがまた石を投げ、誰かがまた小銭を投げる。
底辺獣人パーティ『ふわふわり団』は、今日も元気に、誰かの悪意を燃料にして、泥の中で燃え続けている。
ハートフルコメディを目指していました。
ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。
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