ゆるふわです。
「ん〜っ! おいしぃ〜! ほっぺた落ちちゃうぅ〜!」
王都の一等地にあるレストラン『金の獅子亭』。
クリスタル硝子のシャンデリアが煌めく店内で、猫獣人のリッツォは、分厚い霜降り肉のステーキを頬張っていた。
口の中に広がるのは、上質な脂の甘みと、濃厚な赤ワインソースの香り。それはまさしく「成功者の味」だった。
「リッツォちゃんが喜んでくれてよかったよ」
向かいに座る人間の冒険者は、デレデレとした笑顔でリッツォを見つめている。
「今日のダンジョン、君のおかげですごく楽しかったからね。これ、少しだけどお礼だよ」
差し出されたのは、革袋に入った銀貨だ。
リッツォは「えぇ〜? 悪いですよぉ〜」と可愛らしく首を振りながら、手だけは素早く袋を懐に収めた。
(ちょろい。ちょろすぎるぅ。人間って、どうしてこんなにバカなんだろぉ)
彼女の仕事は単純だ。
中堅どころの冒険者パーティに「助っ人」として同行する。足手まといなので戦闘には参加しない。ただ後ろをついて歩き、彼らがモンスターを倒すたびに「すごぉい!」「かっこいいぃ!」と手を叩くだけ。
それだけで、彼らの承認欲求は満たされ、リッツォには極上の食事と報酬が転がり込む。
「私ってば、やっぱり天才的に可愛いからなぁ」
帰り道、膨らんだ財布を撫でながら、リッツォは夜空に向かってウインクをした。
これが私の生きる道。汗水垂らして働くなんて、可愛くない子のすることだもんね。
リビング——兼、寝室兼、倉庫——では、他の三人が死んだ魚のような目で床に転がっていた。
朝食は、水で三倍に薄めたオートミール粥。具はない。
「ねえ、リッツォちゃん。今日もお出かけぇ?」
羊獣人のルリルが、毛玉だらけの毛布にくるまったまま聞いた。
「ウチ、ガラクタ号の修理費も稼がないといけないのにぃ。身体が重くて動けないよぉ」
「アタシもぉ。腹減りすぎて、尻尾振る力もないや」
狼獣人のダム子が、空腹のあまり自分の腕を甘噛みしている。
狐獣人のショウだけが、唯一稼働していた。水晶板を操作し、日雇いの仕事を探しているのだ。
「……川攫いの清掃、日当は銅貨五枚。薬草の仕分け、銅貨四枚。……割に合いませんね。私たちの時給、スライム以下ですよ」
「あーあ、アタシもう限界。尻尾の先まで痩せちゃったよぉ」
狼獣人のダム子が、空っぽの鍋の底を舐めながら呻く。
「ねえ、リッツォ。昨日もいいもん食ってきたんでしょ? アタシらにも少し分けてよぉ」
「やだよぉ。これは私の『仕事』の成果だもん」
リッツォは買ってきた高級化粧水の瓶を並べながら、冷たく言い放った。
「あんたたちも稼げばいいじゃん。泥水啜ってゴミ拾いする以外に、能はないの?」
その言葉に、狐獣人のショウが眼鏡を押し上げた。
「……リッツォさん。貴女のその『仕事』についてですが、リスク管理が甘すぎます」
ショウの声は淡々としていたが、そこには明確な警告が含まれていた。
「統計データを見ました。最近、このエリアでの『女性冒険者行方不明率』が有意に上昇しています。貴女のように、防衛能力のない個体が一人で他パーティに帯同するのは、自殺行為です」
「そうだよぉ」
ルリルも心配そうに眉を下げる。
「ウチ、リッツォちゃんが心配だよぉ。男の人って、みんながみんな優しいわけじゃないしぃ……やめたほうがいいよぉ」
その瞬間、リッツォの手が止まった。
彼女はゆっくりと振り返り、愛らしい猫の目を細めて、三人を睨みつけた。
「……ハッ。何それ、嫉妬?」
リッツォの声から、甘い砂糖のコーティングが剥がれ落ちた。
「あんたたちさぁ、分かってないよね。私たちのこの『若さ』と『可愛さ』にはね、消費期限があるの。今使わないで、いつ使うのよ?」
彼女は立ち上がり、自分の豊かな胸と、手入れされた艶やかな毛並みを誇示するようにポーズを取った。
「私はね、自分という商品を最高値で売り抜けてるの。あんたたちみたいに、何の価値もないゴミと一緒にしないでくれる? 今、このパーティで一番稼いでるのは私なの。文句があるなら、私より稼いでから言ってよね」
「可愛い」だけで許される時間には限りがある。だからこそ、彼女は焦っているのだ。今、この瞬間に換金しなければ、自分は無価値になってしまうという強迫観念。
「……ふん。行ってくる」
リッツォは三人の静止を振り切り、ドアを乱暴に閉めて出ていった。
今日の客は、大手クランの幹部だという男だ。彼なら、もっと稼げるはずだ。
残された三人は、重苦しい沈黙の中にいた。
「……言っちゃったか」とダム子。
「あの性格、どうにかならないんですかね。論理的に破綻してますよ」とショウ。
「でもぉ……」
ルリルが、ボロボロのハンドルキーを指先で回しながら言った。
「やっぱり放っておけないよぉ。もしリッツォちゃんがいなくなったら、ウチら、家賃払えなくて路頭に迷っちゃうしぃ」
「結局そこかよ」
ダム子が苦笑する。
「ま、アタシらの財布だしね。守るのも仕事かぁ」
三人は変装用のサングラスとボロ布を羽織り、ガラクタ号へと乗り込んだ。
夕闇迫る王都の繁華街。
リッツォは、背の高い優男と腕を組んで歩いていた。
男の名はエドワード。物腰柔らかく、リッツォの話をニコニコと聞いてくれる理想的な紳士だ。
「わぁ〜、エドワードさん、ここも奢ってくれるんですかぁ? 優しすぎますぅ!」
「もちろんだよ、リッツォ。君のような素敵な女性には、最高のもてなしが必要だからね」
二人は、路地裏にある隠れ家的なバー『黒猫の吐息』へと入っていった。
遠くの駐車場に停めたガラクタ号の中から、三人はその様子を監視していた。
「……ターゲット、入店しました」ショウが報告する。
「あの男、優しそうだねぇ。今日は大丈夫系?」ダム子が欠伸をする。
「だといいねぇ。ウチ、もう眠いよぉ……」
一時間が経過した。
二時間が経過した。
リッツォは出てこない。
「……遅くない?」
ショウが不審げに呟いた。
「いくら食事でも、時間がかかりすぎています。それに、あの店……客の出入りが全くありません」
「え……?」
ルリルが身を乗り出した、その時だった。
バーの裏口が開いた。
そこから出てきたのは、笑顔で腕を組む二人——ではなかった。
屈強な男たちが四人。その中心に、頭から麻袋を被せられ、ぐったりとした小柄な影が担がれていた。
「……っ!?」
担がれている人物が履いているのは、見覚えのあるフリルのついたミュール。リッツォのものだ。
彼女は抵抗する様子もなく、まるで荷物のように扱われている。
「おい、運べ! 商品に傷をつけるなよ!」
優男だったはずのエドワードが、低いドスの効いた声で指示を飛ばしている。
バーの前に横付けされたのは、窓のない漆黒の魔導箱車。男たちは手際よくリッツォを荷台に放り込み、鉄の扉を閉めた。
「グルだ……! 店ごとグルだったんですよ!」
ショウが叫ぶ。
「リッツォさん、薬を盛られました!」
「あのアマ! だから言ったのにぃ!」
ダム子が吠える。
「ルリル! 出して!」
「わ、分かってるぅ!」
ルリルがキーを回す。ガラクタ号が悲鳴のような音を立てて覚醒する。
黒い箱車が発進した。
それを追って、ガラクタ号が飛び出す。
「ショウちゃん! 警備隊! 早く!」
「通話中! 『緊急通報! 現在、第4区画にて拉致事案発生! 犯人は黒の箱車、ナンバー不明! 私たちが追跡中です!』」
『またお前らか!?』
水晶板の向こうから、例の警備隊長の怒号が聞こえた。
『いいか、余計なことはするな! 位置情報を送り続けろ! すぐに向かわせる!』
カーチェイスは、今回は長くは続かなかった。
暴走運転の件で目を光らせていた警備隊の反応は劇的だった。
大通りに出た瞬間、上空からサーチライトの光の柱が突き刺さる。
「確保ぉぉぉぉ!!」
飛竜警備隊が、黒い箱車の前後を完全に塞いだ。
逃げ場を失ったエドワードたちは、呆気にとられた顔で車から引きずり出された。
「な、なぜだ……完璧な計画だったはず……!」
「お前たち、あんなボロ車に尾行されて気づかなかったのか!?」
犯人たちが連行されていく中、ルリルたちは慌てて箱車の荷台を開けた。
「リッツォちゃん!」
「生きてる!?」
麻袋を解くと、そこにはリッツォが転がっていた。
髪は乱れ、服も少し着崩れている。
「……うぅ……」
リッツォが小さく呻き、ゆっくりと目を開けた。
「よかったぁ! 心配したんだよぉ!」
ルリルが涙目で抱きつく。
「酷いこと、されてない!? 痛いところはない!?」
リッツォは、焦点の定まらない瞳でルリルを見つめ、とろんとした口調で言った。
「……んぅ? ルリルちゃん……? ここ、どこぉ……?」
彼女の息からは、強い酒精と、甘い眠り薬の匂いがした。
「……えへへぇ、エドワードさんったらぁ……強いんだからぁ……。もっと飲めるよぉ……」
「……は?」
「デザートはぁ……プリンがいいなぁ……むにゃ」
彼女は、そのままルリルの腕の中で健やかに寝息を立て始めた。
拉致された恐怖も、袋詰めにされた屈辱も、何一つ認識していない。ただ「楽しく飲んでいたら眠くなった」という認識のまま、幸せな夢の中にいたのだ。
ダム子のこめかみに、青筋がピキリと浮かんだ。
「……おい。アタシらが心臓止まる思いで追いかけてる間、こいつ、あのクズと飲んで寝てただけか?」
「……状況証拠的には、そうなりますね」
ショウが冷ややかに告げる。
「被害者というより、ただの酔っ払いです」
「ふざけんなぁぁぁ!! 起きろこのゴミ猫ぉぉ!!」
翌朝。
アパートの一室には、正座させられたリッツォと、それを囲む三人の姿があった。
「……本当に、ごめんなさいでしたぁ」
リッツォは深々と頭を下げた。流石に今回は言い逃れできなかった。
「私、調子に乗ってましたぁ。みんなが助けてくれなかったら、今頃どこかの国に売り飛ばされてたと思います。命の恩人です」
しおらしい態度に、ルリルも少し毒気を抜かれた。
「分かってくれればいいんだよぉ。もう、危ないことはしないって約束してね?」
「うん、約束するぅ。私、心を入れ替えるね」
リッツォは涙を拭い、立ち上がった。
そして、鏡台に向かい、いつものように化粧水をパタパタと叩き込み始めた。
「……あの、リッツォさん? 何をしているんですか?」
ショウが怪訝そうに尋ねる。
リッツォは、鏡越しににっこりと、花の咲くような笑顔を向けた。
「え? お化粧直しだよぉ。だって、今日の夜は別のパーティの打ち上げに呼ばれてるんだもん! 今度の相手はね、東方の国から来た侍さんなの! すごく硬派で、絶対に安全そうな人なんだよぉ〜!」
「……」
三人の思考が停止した。
反省の色がないのではない。彼女の脳内では、「昨日の失敗」と「今日の成功の可能性」は完全に切り離されているのだ。
「自分は特別だから、次は大丈夫」という根拠のない自信が、彼女を再び危険な夜の街へと駆り立てる。
「じゃ、行ってきまーす☆」
ヒラヒラと手を振って出ていくリッツォ。
その背中を見送りながら、ダム子が深く、深く溜息をついた。
「……あいつ、治らねぇな」
「死ななきゃ治らない、という諺がありますが、死んでも治らないかもしれませんね」
「とりあえずぅ……今夜もガラクタ号の暖機運転、しとこっかぁ……」
学習しない猫と、それを見捨てられない三人の獣たち。
彼女たちの借金返済への道のりは、まだまだ遠くなりそうだった。
ハートフルコメディを目指しています。
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