アンダーグラウンド・オンファイア   作:ハノノン

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ゆるふわです。
少し長めです。


第3話 ライブラリ・オンファイア

 

アパートの窓から差し込む朝日は、部屋に充満した生活臭——カップ麺の残り香、干しっぱなしの洗濯物、そして絶望の臭い——を無慈悲に照らし出していた。

 

「あー、マジでないわ。人生詰んだ」

 

狼獣人のダム子が、破れたソファに寝転がりながら天井のシミを数えていた。

 

「ねえ、誰かさぁ、宝くじとか当たってないわけ? 1億くらい。そしたらアタシ、一生遊んで暮らすのに」

 

「そんなのあるわけないでしょぉ」

 

鏡の前で、猫獣人のリッツォが安物の乳液を顔に叩き込んでいる。

 

「それより見てよ、この目の下のクマ。昨日の『侍』さんとの飲み会、朝までコースだったからぁ。……あ、でもチップは弾んでくれたよ。銀貨二枚」

 

「銀貨二枚じゃ、先月の電気代も払えないよぉ……」

 

羊獣人のルリルが、部屋の隅でボロボロの家計簿(という名のメモ帳)を睨みつけていた。

 

「ガラクタ号のオイル交換もしなきゃいけないし、罰金の分割払いもあるしぃ。……ねえ、誰か臓器売る?」

 

「やだよぉ。傷跡残ったら価値が下がっちゃう」

 

生産性のない、底辺の会話。

昨日と同じ、そして明日も続くであろう、ぬるま湯のような地獄。

 

しかし、その澱んだ空気の中で、一人だけ異質なオーラを放っている者がいた。

狐獣人のショウだ。

彼女は部屋の隅に積み上げられた「本の塔」の陰に座り込み、分厚いハードカバーの書籍を猛烈な勢いでめくっていた。

 

眼鏡の奥の瞳は、まるで獲物を狙う狩人のように鋭く、口元には薄ら笑いが浮かんでいる。

 

「……フッ。なるほど。世界の構造(レイヤー)は、こうなっていたのですね」

 

独り言のように呟き、熱心にメモを取る。

その姿は、いつもの冷笑的な彼女とは違い、何かに憑りつかれたような情熱を感じさせた。

 

「ねえ、ショウちゃん」

 

ルリルが不思議そうに声をかけた。

 

「最近、ずっと本読んでるよねぇ。珍しいねぇ、そんなに真面目にお勉強するなんて」

 

「勉強? 違いますよ、ルリルさん」

 

ショウは顔を上げず、ページをめくる手を止めないまま答えた。

 

「これは『アップデート』です。私の脳内OSを、旧時代のバージョンから最新のものへと書き換えているのです」

 

「おーえす? なにそれ、美味しいの?」ダム子が鼻をほじる。

 

「……はぁ。だから貴女たちは『情弱(養分)』なんですよ」

 

ショウはパタンと本を閉じ、表紙を三人に見せつけた。

そこには、金箔押しの派手な文字でこう書かれていた。

 

『世界を支配する0.1%の思考法 〜なぜ貴方は貧乏なのか〜』

 

「いいですか? 私たちが貧困に喘いでいるのは、運が悪いからでも、社会が悪いからでもありません。『真実の情報』を知らないからです」

 

ショウは立ち上がり、演説するように腕を広げた。

 

「大衆(パンピー)が知らない成功の法則。それを知れば、ダンジョンに潜って泥にまみれる必要なんてない。クリック一つ、思考一つで富を生み出せる。私は今、その領域(ステージ)に行こうとしているんです」

 

「へぇ〜。なんか難しそうだけどぉ、すごいねぇ」

 

リッツォは興味なさそうにネイルを磨き始めた。

 

「で、その本いくらしたの?」

 

「……金貨一枚ですが」

 

「「はぁ!?」」

 

三人の声が重なった。

 

「金貨一枚!? 嘘でしょ!?」ルリルが悲鳴を上げる。

「それだけあれば、一週間はまともなご飯が食べられるよぉ!」

「バッカじゃないの!?」ダム子が身を乗り出す。

「そんな紙束に金使うなら、肉買えよ肉!」

 

三人の非難に対し、ショウは哀れむような冷笑を浮かべた。

眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、静かに告げる。

 

「これだから、消費者は困ります。これは『浪費』ではありません。『自己投資』です。愚痴り合ってるだけの貴女たちと、将来の富に種を撒く私。……どちらが賢いか、議論するまでもありませんね」

 

「むぅ……」

 

「なんかムカつくけどぉ……言い返せない」

 

確かに、彼女たちは毎日を無為に過ごしているだけだ。それに比べて、ショウは何か目的を持って行動しているように見える。

その「知的武装」された態度は、学のない三人にとってはある種の不可侵領域だった。

 

「ま、精々頑張んなよ」ダム子はふてくされて寝転がった。

 

「成功したら、アタシにも奢れよな」

 

「ええ。私が『億り人』になった暁には、貴女たちを私の専属使用人として雇ってあげましょう」

 

ショウは満足げに鼻を鳴らし、再び『真実の書』の世界へと没入していった。

部屋の隅には、先週までは存在しなかった本の山が、天井に届くほどの高さになっていた。

『秒速で稼ぐ錬金術』

『王族だけが知っている魔法の税金対策』

『思考は現実化する:超覚醒編』

それらの背表紙が放つ胡散臭さに、三人はまだ気づいていなかった。

 

 

 

数日後。

午後二時。冒険者としては一番活動すべき時間帯だが、リッツォたちは部屋でダラダラしていた。

そんな中、ショウが外出の準備を始めた。

いつものボロボロのローブではなく、どこで買ったのか分からない、少し仕立ての良い(に見える)ジャケットを羽織っている。

 

「あれ、ショウちゃんお出かけ? クエスト?」

 

ルリルが尋ねると、ショウは少し緊張した面持ちで頷いた。

 

「ええ。今日は重要な『カンファレンス』がありますので。夕食はいりません」

 

そう言い残し、彼女は足早に部屋を出ていった。

 

「カンファレンスぅ……?」

 

リッツォが首を傾げる。

 

「なにそれ、美味しいご飯屋さん?」

 

「いや、なんか怪しくない?」

 

ダム子が窓から外を覗き見た。

 

「あいつ、最近金遣い荒いし。まさか、また変なことに巻き込まれてるんじゃねぇの?」

 

「……心配だねぇ」ルリルが立ち上がった。

 

「ウチらも行ってみようか。ショウちゃん、頭いいと思い込んでるだけで、結構ドジだから」

 

三人は慣れた手付きで変装セット(サングラスとマスク、ボロ布)を取り出した。

 

 

ショウの尾行は簡単だった。

彼女は周囲を警戒する素振りを見せつつも、その足取りは浮ついており、完全に「自分は特別な場所に招待された」という高揚感に包まれていたからだ。

三人は路地裏や建物の影を使い、一定の距離を保って追跡した。

 

彼女が向かったのは、王都の裏通りにある、一見すると廃倉庫のような古びた雑居ビルだった。

 

入り口には看板もなく、ただ屈強な警備員が立っているだけだ。

ショウは入り口で何か合言葉のようなものを伝え、会員証のようなカードを見せて中に入っていった。

 

「うわぁ、怪しい……」リッツォが顔をしかめる。

 

「アタシらも入るぞ。ルリル、裏口探して」

 

三人はビルの裏手に回り、錆びついた非常階段から潜入した。

カビ臭い廊下を歩き、人の気配がする最上階の大広間へと向かう。

扉の隙間から中を覗くと、そこには異様な光景が広がっていた。

 

薄暗いホールには、百人ほどの獣人や人間がパイプ椅子に座っていた。

彼らの目は一様に充血し、熱狂的な光を宿している。服装は貧しい者が多いが、誰もが「自分はこれから成功する」という確信に満ちた表情をしていた。

その最前列に、ショウの姿があった。背筋を伸ばし、ノートを膝に広げ、まるで優等生のようにペンを構えている。

 

ステージ上には、純白のローブを纏った、長身のハイエルフの男が立っていた。

 

整った顔立ち、透き通るような銀髪。背後には後光のような照明演出がなされ、彼が動くたびにキラキラと光の粒子が舞う。

 

『——いいですか、皆さん』

 

ハイエルフの男が、うっとりするような美声で語りかける。

 

『世界は、嘘でできているのです。政府も、ギルドも、学校も、すべて貴方たちを「労働力」として縛り付けるための洗脳機関に過ぎない』

 

会場から「おおぉ……!」というどよめきが起きる。ショウも深く、何度も頷いている。

 

『貴方たちが貧しいのは、能力がないからではない。「システム」に搾取されているからです。しかし! この『真理の箱船(アーク)』に出会った貴方たちは、選ばれた存在なのです!』

 

男は両手を広げ、天を仰いだ。

 

『量子魔力理論に基づいた、この『賢者の水』を飲めば、脳のリミッターが解除され、金運、恋愛運、全ての運命が好転します。さらに、この情報を三人の友人に紹介すれば、貴方は「マスターステージ」へと昇格し、不労所得の権利を得られるのです!』

 

典型的なマルチ商法、あるいはネズミ講の勧誘だった。

しかし、扉の隙間から覗く三人の目には、それがどう映ったか。

 

「……ねえ、あの人、すごくキラキラしてるよ」リッツォが呟く。

「言ってること、なんか正しそうじゃね? アタシらが貧乏なのは社会のせい、ってのは同意だわ」ダム子が頷く。

 

バカが三人、感化されかけていた。

 

しかし、次の瞬間、数字が彼女たちの目を覚まさせる。

 

『このスターターキット、通常は金貨五十枚ですが……今日、ここに集まった覚醒者の方々だけに、特別価格、金貨五枚で提供します!』

 

「ご、金貨五枚ぃ!?」

 

ルリルが小さな悲鳴を上げた。

 

「それ、ガラクタ号の中古価格より高いよぉ!」

 

「ボッタクリだ! あんな水、ただの水道水だろ!」

ダム子も正気に戻った。

 

だが、ホール内の熱気は最高潮に達していた。

参加者たちが次々と手を挙げ、「買います!」「私を覚醒させてください!」と叫びながらステージに殺到する。

その先頭に、ショウがいた。

 

「私です! 私が一番に理解しました!」

 

ショウは叫びながら、懐から巾着袋を取り出した。

その袋には、見覚えがあった。パーティの共有財産を入れていた、へそくりの袋だ。

 

「あれ、ウチらの食費……!」ルリルが青ざめる。

 

「あいつ、持ち出してやがったのか!」

 

ショウは震える手で、金貨をハイエルフに差し出した。

 

「これで……これで私も、情報の海を支配する強者になれるんですね……!」

 

「ええ、そうですとも、賢き狐の娘よ」

 

ハイエルフは慈愛に満ちた(営業用の)笑みを浮かべ、金貨を受け取ると、代わりに安っぽいガラス瓶と、紙切れのような契約書を渡した。

 

「ようこそ、勝者の世界へ」

 

ショウはガラス瓶を胸に抱きしめ、恍惚の表情で涙を流した。

 

「ありがとう……ありがとうございます……! これで私も、何も知らない愚民たちとは違う……!」

 

その姿を見て、覗き見していた三人は、怒りを通り越して深い脱力感に襲われた。

 

「……あーあ。買っちゃったよ」

ダム子が頭を抱える。

 

「ショウちゃん……普段は難しいこと言ってるのに、なんであんな子供だましに引っかかっちゃうのかなぁ」

 

ルリルが悲しげに呟く。

 

「プライドが高い人ほど、自分だけは騙されないって思うから、カモになりやすいんだってぇ。……あ、これ、ショウちゃんが前に言ってた受け売りだけど」

 

リッツォが皮肉っぽく笑った。

 

三人は、ショウが契約書にサインし、さらに高額な「上位コース」への勧誘を受けているのを見て、静かに扉を閉めた。

 

ここで乗り込んで止めても、今の彼女には声が届かないだろう。「貴女たちは真理を知らない愚民だ」と罵倒されるのがオチだ。

 

「……帰ろっか」

「そうだねぇ」

「今日の夕飯、どうする?」

「……雑草でも採って帰る?」

 

アパートへの帰り道、彼女たちの足取りは鉛のように重かった。

失われた金貨五枚。それは、彼女たちの生活をさらに数段階、地獄へと押し下げる決定打だった。

その夜。

 

帰宅したショウは、いつになく饒舌で、そして傲慢だった。

 

「貴女たちも、いつまでも低い次元にいないで、私についてきなさい。……ふふ、未来が見える。私には見えます」

 

彼女が抱きしめて寝ている「賢者の水」の中身が、ただの着色された井戸水であることを、彼女が知る日は来るのだろうか。

いや、知ったとしても、彼女は認めることはないだろう。

 

「これは本物だ、騙されたのは私ではない、世界の方だ」と、新たな陰謀論に逃げ込むだけなのだから。

賢者を自称するカモのライブラリに、また一冊、無価値な聖典が加わった夜だった。

 

 

 

翌日。

アパートの一室は、厳粛な空気——とショウが一方的に思っている空気——に包まれていた。

 

「いいですか、皆さん。これはただの水ではありません。『構造化された高次元液体』です」

 

ショウは、昨日なけなしの金貨五枚で購入した「賢者の水」の小瓶を、まるで聖遺物のようにテーブルの中央に安置していた。

中身は無色透明だが、よく見ると底の方に正体不明の白い沈殿物が溜まっている。

 

「これを飲むことで、脳内のシナプスが再構築され、富を引き寄せる波動(バイブス)が出ます。まずは一口ずつ、感謝して飲みなさい」

 

「えぇ〜……」

 

リッツォが露骨に嫌な顔をする。「なんか、濁ってない? 苔の匂いしない?」

 

「それは貴女の身体に溜まった『貧困毒素』が反応している証拠です。好転反応ですよ」

 

ショウは冷ややかに言い放ち、自ら手本を示すように小瓶を口に運んだ。

ゴクリ。

彼女の喉が鳴る。一瞬、眉間がピクリと動いたような気がしたが、すぐに陶酔した表情を作った。

 

「……素晴らしい。五臓六腑に染み渡る、叡智の味です」

 

「ホントかよぉ」

 

ダム子が疑わしそうに瓶を奪い取り、ラッパ飲みした。

 

「んぐ、んぐ……ぶはっ!」

「あ、こら! 貴重な聖水を!」

「まっず! なにこれ、鉄の味すんだけど! あと泥臭ぇ!」

 

ダム子が舌を出して吐き出す。

 

「これ、裏の用水路の水と変わんなくね?」

「失敬な! 用水路の水と一緒にしないでください! これは『量子濾過』された水です!」

 

ショウは激昂して瓶を取り返したが、その顔色は少し青ざめていた。実のところ、彼女の舌も「これは変だ」と警告信号を出していたのだ。しかし、金貨五枚も払ったのだ。これが偽物であるはずがない。偽物であってはならないのだ。

 

「……まあいいでしょう。凡人には理解できない味なのです」

 

ショウは震える手で瓶を抱きしめた。

 

「私はこれから、この水の販売権を得るための『プラチナ会員』昇格手続きに行ってきます。あと金貨十枚必要ですが、これは投資ですから」

 

「まだ払うのぉ!?」

ルリルが叫ぶ。

「もうお金ないよぉ!」

 

「消費者金融があります。信用を金に変える、それも錬金術です」

 

ショウは狂信的な目つきで言い残し、部屋を飛び出していった。

 

「……あいつ、ヤバいねぇ」

「止めないと、ウチらまで借金背負わされるよぉ」

 

三人は顔を見合わせ、再び変装セットを手に取った。

昨日の雑居ビル。

ショウが息を切らせて到着した時、そこには異様な光景が広がっていた。

 

「金返せぇぇぇぇ!!」

「約束が違うぞ! 誰も紹介できないじゃないか!」

「私の老後の資金がぁぁぁ!」

 

ビルの入り口には、昨日「覚醒」したはずの参加者たちが群がり、怒号と悲鳴を上げていた。

屈強な警備員の姿はない。

入り口のドアは半開きになっており、寒風が吹き抜けている。

 

「……え?」

 

ショウの足が止まった。

嫌な予感が、背筋を氷のように冷たく駆け上がる。

彼女は人波をかき分け、最上階のホールへと駆け上がった。

 

ガランとした大広間。

昨日まであったきらびやかな照明も、高そうな演台も、パイプ椅子さえも消え失せていた。

床に散らばっているのは、踏みつけられたパンフレットと、空になった「賢者の水」の瓶だけ。

そして、部屋の中央に、一枚の張り紙がヒラヒラと落ちていた。

 

『株式会社 真理の箱船 移転のお知らせ(移転先:未定)』

 

「……あ、あ……?」

 

ショウはその場に崩れ落ちた。

膝から力が抜け、持っていた「賢者の水」の瓶が床に落ちて砕け散る。

 

中の液体が広がり、腐った卵のような異臭を放ち始めた。

 

「嘘……嘘ですよね……? だって、ハイエルフ様は……世界を変えるって……」

 

彼女の後ろから、追いついたリッツォたちが顔を覗かせた。

 

「わぁ、もぬけの殻だねぇ」リッツォが冷静に感想を述べる。

 

「やっぱり詐欺だったじゃん。言わんこっちゃない」ダム子が呆れる。

 

「……あの」

ルリルが、近くで泣き崩れていた老婆に声をかけた。

「何があったんですかぁ?」

 

老婆は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

 

「逃げたんだよぉ……! 今朝来たら、誰もいなくて……! 警備隊の人が来て言ってたよ。『典型的な霊感商法グループだ』って……! あの水、ただの水道水に藻を混ぜただけだって……!」

 

「……水道水……」

 

ショウの口から、魂が抜けるような声が漏れた。

金貨五枚。へそくり全額。そして何より、自分は「選ばれた賢者」だというプライド。

それら全てが、ただの汚水となって排水溝に流れていったのだ。

 

「……ショウちゃん」

ルリルが、優しく、しかし残酷な事実を告げるように肩に手を置いた。

 

「帰ろっか。ここいても、お金戻ってこないよぉ」

 

ショウは反応しない。

眼鏡がズレ落ち、焦点の合わない目で虚空を見つめている。

 

「……量子……力学……高次元……波動……」

 

壊れたレコードのように、意味のない単語を繰り返している。

 

「あーあ、壊れちゃった」

 

ダム子がショウを米俵のように担ぎ上げた。

「おい、帰るぞ。重てぇな、頭に無駄な知識詰まってんのか?」

 

アパートへの帰り道。

夕陽が、四人の影を長く伸ばしていた。

ショウはダム子の背中で揺られながら、ようやく正気を取り戻し始めていた——あるいは、新たな狂気を再構築し始めていた。

 

「……聞いてください、皆さん」

 

ショウが、掠れた声で呟いた。

 

「アレは、詐欺ではありません」

 

「はぁ?」リッツォが振り返る。

「まだ言ってんの? 完全に騙されてたじゃん」

 

「いいえ。違います」

 

ショウは眼鏡を中指で押し上げ、キッと強い眼差しで言い放った。

 

「あれは……国家権力の妨害です。私たちが『真実』に近づきすぎたため、政府の工作員によって組織が解体させられたのです。ハイエルフ様は、きっと地下に潜ってレジスタンス活動を続けているはず……」

 

「……うわぁ」

「引くわぁ……」

「救いようがないねぇ……」

 

三人は心底呆れ返った。

彼女は、自分が「騙された愚か者」であることを認めるくらいなら、「強大な悪と戦う悲劇の主人公」であるという妄想に逃げ込むことを選んだのだ。

その方が、プライド(自尊心)を守れるから。

財布の中身は守れなかったけれど。

 

「というわけで、今回の損失は『活動資金』としての必要経費として処理します。家計簿にはそう記載しておいてください」

 

「ふざけんな!」

 

ダム子が背中のショウを地面に投げ捨てた。

 

「金貨五枚だぞ! 返せ! 体張って返せ!」

 

「ぐえっ……! 野蛮な……! 私は頭脳労働担当です!」

 

「うるさぁい! 今日からショウちゃんのご飯、一週間抜きね!」

ルリルが珍しく声を荒げた。

「あと、その怪しい本、全部古本屋に売ってくるから!」

 

「やめて! それは私の聖典です! 知識の源泉です!」

 

道端で取っ組み合いの喧嘩を始める四人。

通り過ぎる馬車からは、「またあの底辺獣人か」という冷ややかな視線が注がれる。

結局、彼女たちは何も学ばない。

失った金を取り戻すために、また安易な「儲け話」や「一発逆転」を夢見て、泥沼へと足を踏み入れるのだろう。

ショウの眼鏡の奥には、反省の色など微塵もなく、ただ「次はもっとうまくやる」という根拠のない自信だけがギラギラと光っていた。

 

 





ハートフルコメディを目指しています。



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