ゆるふわです。
アパートの一室は、相変わらず『白銀蜜の美容液』の在庫タワーが圧迫しており、甘ったるく発酵した匂いが充満していた。
その狭い空間で、四人の獣人たちは死んだ魚のような目で水晶板(タブレット)と向き合っていた。
「……はい、どうもぉ。リッツォでぇす。今日はぁ、在庫の美容液を使ってぇ、足のマッサージをしまぁす……」
「……ダム子だ。今日はダンジョンの壁のシミを数える配信だ。……二百三十四、二百三十五……」
「もう配信で稼ぐしかない」と決意した彼女たち。
合言葉は『数撃ちゃ当たる』。質より量だ。
朝起きてから寝るまで、トイレと風呂以外は全ての時間を配信に費やした。ダンジョンでの狩り(逃げ回るだけ)、食事風景、移動中の無駄話。
プライベートなどない。人生そのものをコンテンツとして切り売りする日々。
しかし、現実は冷酷だった。
「……今月の収益報告です」
一ヶ月後。狐獣人のショウが、感情のない声で告げた。
「総再生数、微増。収益、銅貨五枚。……通信魔石の維持費を差し引くと、赤字です」
「なんでよぉぉぉ!!」
猫獣人のリッツォが、水晶板を布団に投げつけた。
「私、一ヶ月で五百時間も配信したんだよ!? 笑顔作りすぎて顔の筋肉が痙攣してるのに! なんで誰も見ないのよ!?」
「世の中、甘くねぇな……」狼獣人のダム子が、天井を仰いで嘆く。
「やっぱり、ウチらの日常なんて、誰も興味ないんだよぉ……」羊獣人のルリルが膝を抱える。
努力は裏切る。熱意は空回りする。
デジタルの海は、才能なき者の叫びを無言で飲み込むだけだ。
心が折れかけ、撤退を考え始めたその時だった。
「……おや?」
ショウが眼鏡の位置を直し、端末の画面を凝視した。
「皆さん、訂正します。……昨日のアーカイブの中で、二つだけが局所的にバズっています。再生数が四桁……いえ、五桁に届きそうです」
「えっ!?」
三人が跳ね起きた。
「どれ!? 何がウケたの!?」
ショウが再生したのは、彼女たちが「失敗した」と思って放置していた二つのアーカイブだった。
一つ目。他パーティの荷物持ちをしている最中の映像。
ルリルが映っている。彼女は、雇い主の冒険者に「遅いぞ羊女!」と罵倒された直後、彼が見ていない隙に、預かった重そうなリュックを、鬼のような形相で蹴り飛ばしていた。
『重いんだよクソがぁ! 腰椎椎間板ヘルニアになっちまえ!』
そしてカメラに向かって、舌を出して『ザマァ☆』と歪んだ笑みを向ける。
二つ目。モンスターとの戦闘から逃走する映像。
リッツォが映っている。彼女は石に躓いて派手に転倒した。その拍子に、安物の装備の留め具が弾け飛び、スカートがめくれ上がり、胸元のボタンが崩壊して、下着と豊かな胸の谷間が露わになっていた。
『きゃああん! 恥ずかしぃぃ! 見ないでぇぇ!』
コメント欄は、かつてない盛り上がりを見せていた。
『性格悪すぎて草』『もっとやれwww』
『この猫女、エッッッッッ』『一時停止推奨』『神回』
「……分析完了しました」
ショウが、冷徹な瞳で三人を見回した。
「大衆が求めているのは、『懸命な努力』でも『可愛い笑顔』でもありません。……『他人の不幸』と『性的消費』です」
その言葉が、彼女たちの運命の歯車を、決定的に狂わせた。
「ええぇ〜……。これ、着るのぉ?」
リッツォが、渡された衣装をつまみ上げて顔をしかめた。
それは「ビキニアーマー」と呼ばれる、防御力を犠牲にして露出度を極限まで高めた装備だ。金属部分は少なく、ほとんど肌色だ。
「はい。布面積と再生数は反比例します。これは科学です」
ショウは淡々と言い放ち、次にルリルとダム子に向いた。
「そして貴女たちには、ダンジョン内での『イタズラ』を担当してもらいます。ターゲットは、生意気な大手ギルドのメンバーや、いけ好かないカップルです」
最初は、彼女たちにも抵抗があった。
しかし、一度配信してみると、その背徳感はすぐに快感へと変わった。
「うわっ、すごい! 同接五百人行った!」
「コメント止まらないよぉ! 『もっと脱げ』だって!」
「投げ銭(スパチャ)来た! 金貨一枚!?」
脳内で快楽物質が炸裂する。
チャリン、チャリンというコインの音が、理性の警告音をかき消していく。
「あはは! 見て見てぇ! あの戦士、ウチが仕掛けた『トリモチ』踏んで転んでるぅ!」
ルリルが隠し撮りしながら笑う。
「大手のくせにマヌケだねぇ!」
「んっ……こ、こうかなぁ? 恥ずかしいよぉ……」
リッツォが、あざとくポーズを取る。谷間が強調され、コメント欄が欲望の言葉で埋め尽くされる。
食事は豪華になり、彼女たちは「成功者」になった気でいた。
だが、それは違法薬物のようなものだった。
一ヶ月後。
「……数字、落ちてきてるね」
ショウが冷ややかに告げた。
「飽きられています。刺激の閾値が上がっているのです」
ビキニアーマー程度では、もう誰も驚かない。
イタズラも、転ばせる程度では「弱い」と言われる。
「……もっと、過激にするしかないですね」
エスカレートが始まった。
リッツォの衣装は、「マイクロビキニ」へと進化した。もはや布ですらない。特殊な粘着素材で乳首と局所を隠しているだけの、ほぼ全裸に近い代物だ。
そして、今まで撮影係だったルリルにも、白羽の矢が立った。
「ルリルさん。貴女の『羊のような清楚系』が脱ぐことに、新たな市場価値(ギャップ萌え)があります」
「えぇ……ウチは無理だよぉ……」
ルリルは嫌がった。しかし、ダム子が横から囁く。
「やれば稼げるぞ? 」
「……うぅ……分かったよぉ。お金のためだもんねぇ……」
ルリルもまた、薄いシースルーのネグリジェのような装備を着せられた。透けて見える肌に、視聴者たちが熱狂する。
イタズラも悪質化した。「落とし穴」は「モンスターの巣への誘導」になり、「ポーションの中身を酢に入れ替える」といった、実害が出るものへと変わっていった。
「ギャハハ! ザマァ見ろ! 金持ちパーティが泥だらけだ!」
ダム子が腹を抱えて笑う。かつての「スポーツマンシップ」など、欠片も残っていなかった。
さらに一ヶ月後。
彼女たちの配信は、無法地帯と化していた。
リッツォの衣装は、もはや「紐」だった。
動くたびに「見えそう」どころか、角度によっては完全に見えている。しかし、ショウは「肌色のインナーを着ていると言い張れば、規制は回避できます」という詭弁で押し通した。
チャット欄は、もはや会話など成立していない。
『乳首見せろ』『いくらでヤレる?』『安っぽい肉だなおい』
セクハラと罵倒の嵐。しかし、リッツォはそれを「人気」だと錯覚し、媚びた笑みを浮かべ続ける。
ルリルとダム子の行動も、一線を超えた。
「自分たちは人気者だ。何をしても許される」という全能感。
彼女たちは、ダンジョン内で休憩中の冒険者の武器を隠したり、テントに爆竹魔法を投げ込んだりするようになった。
「……ふふ、素晴らしい。同接三万人突破。私たちがトレンドです」
ショウは満足げに頷く。
彼女にとって、仲間たちの尊厳も、被害者の迷惑も、全ては「数字」というグラフを構成するドットに過ぎなかった。
そして、破滅の日は唐突に訪れた。
ある日の配信中。
ルリルとダム子が、いつものようにダンジョン内で「ドッキリ」を仕掛けた。
ターゲットは、真面目そうな若手の冒険者パーティ。彼らが中ボス戦を終えて疲弊している隙に、魔物を興奮させる「誘引香」を荷物に忍ばせたのだ。
「さあ、パニックになるぞぉ〜! 撮れ高だよぉ!」
しかし、事態は想定を超えた。
現れたのは、低級モンスターではなく、凶暴なオーガの群れだった。
疲弊した若手パーティは対応できず、逃げ惑うばかり。上級パーティが助けに来たことで事なきを得た。
その光景を、彼女たちはヘラヘラと笑いながら生配信してしまった。
『うわ、マジでヤバい奴来たww』
『あいつら逃げ惑ってるぅ! ウケるぅ!』
『いいぞオーガ! やっちまえ!』
その瞬間。
コメント欄の空気が、凍りついたように一変した。
『……は?』
『笑ってる場合かよ』
『これ、お前らがやったのか?』
『殺人未遂じゃん』
『通報しました』
『特定班、動きます』
炎上。
それは、火種が燻るような生易しいものではなく、ガソリンスタンドにミサイルを撃ち込んだような大爆発だった。
瞬く間に、ネット上に彼女たちの過去の悪行、住所、本名、さらにはリッツォとルリルの「ほぼ全裸」のスクショが拡散された。
「犯罪者集団」「社会のゴミ」「ダンジョンの癌」。
罵詈雑言の嵐。殺害予告。
アパートは包囲された。
「出てこいクズども!」
「この街から出ていけ!」
窓ガラスには石が投げ込まれ、ひび割れている。
「……ど、どうしよう……」
薄暗い部屋の中。
3人は震えていた。外からは怒号が絶え間なく聞こえてくる。
「怖い……怖いよぉ……」
ルリルが毛布にくるまって震える。彼女の顔色は真っ青だ。
「ウチ、もう外歩けないよぉ……」
「アタシら、終わりだ……。今度こそ、本当に終わりだ……」
ダム子が頭を抱える。
リッツォは、部屋の隅で膝を抱えていた。
彼女の水晶板には、自分の際どい画像が無限に拡散され、そこに「公衆便所」「一泊銅貨一枚」というタグが付けられているのが映っていた。
「……私の……可愛いが……汚されてく……」
承認欲求の成れの果て。それは「憧れ」ではなく「汚物」としての消費だった。
しかし。
この地獄の中で、一人だけ平然としている者がいた。
「……皆さん、落ち着いてください」
ショウだ。
彼女は割れた眼鏡をかけ直し、狂気的な笑みを浮かべていた。
「これは『チャンス』です」
「はぁ!?」
三人が顔を上げる。
「見てください、この同接数。五万人を超えています。炎上もまた、エンターテインメントなのです。今は私たちが世界の中心にいるのです」
ショウは立ち上がり、リッツォに歩み寄った。
「リッツォさん。今こそ、伝説を作る時です」
「……で、伝説?」
「はい。今、このタイミングで謝罪配信を行います。しかし、ただ頭を下げるだけでは弱い。アンチは納得しません。……服を、さらに脱ぎましょう」
「……え?」
「全裸です。一糸纏わぬ姿で土下座をする。これなら、アンチも溜飲を下げ、さらにそのスクショは歴史に残るデジタル・アートとなり、莫大な投げ銭が集まるでしょう! 起死回生の一手です!」
リッツォは呆然とした。
この期に及んで、まだ「脱げ」と言うのか。
彼女は震える手で、床に落ちていた「紐のような衣装」を拾い上げた。
それは、ショウが「科学的だ」と言って着せた、尊厳を奪う拘束具だ。
「……ねえ、ショウちゃん」
リッツォが低い声で言った。
「じゃあ、これ……ショウちゃんが着てよ」
リッツォは、その紐をショウに突きつけた。
「え?」
ショウが目を丸くする。
「そんなに『脱ぐのが正解』って言うならさぁ、ショウちゃんがこれ着て、全裸になって、外に出て謝ってきてよ。私が着てたこれ、貸してあげるから」
ショウは、その卑猥な布切れ(紐)をまじまじと見た。
そして、鼻で笑って言った。
「……お断りします。そんなバカみたいな格好をして、外なんか歩けるわけないじゃないですか」
その一言が、決定打だった。
「バカみたいな格好……?」
プツン。
リッツォの中で、何かが焼き切れた音がした。
「あんた……あんたが着ろって言ったんでしょうがあぁぁぁ!!」
「ひぃっ!?」
リッツォがショウに飛びかかり、馬乗りになって首を絞める。
「私がどんな気持ちで! どんな恥ずかしい思いをしてこれを着てたと思ってんのよ! 自分は安全圏から指図して! 私たちをバカにしてたってこと!?」
「そ、それは論理的帰結として……ぐえっ!」
「ふざけんなぁぁぁ!!」
ルリルも加勢した。
羊の温厚さは消え失せ、鬼の形相でショウの髪を掴む。
「ウチにも着せたよねぇ! 『清楚系が脱ぐのがいい』とか言って! バカな格好って思ってたの!? ずっと笑ってたの!?」
「ち、違います! マーケティングです! 戦略的露出で……!」
「黙れクソメガネ!」
ダム子も参戦し、ショウの服を力任せに引き裂く。
「テメェが脱げ! テメェが責任取って全裸になれ!」
「いやぁぁ! やめて! 私の服を! ロジックが! ロジックが通用しません!」
狭い部屋の中で、三人がかりでショウの服を剥ぎ取る。
安っぽいジャケット、シャツ、スカート、下着。全てが引き裂かれ、むしり取られる。
ショウの悲鳴と、三人の罵声が響き渡る。
数分後。
素っ裸にされたショウは、玄関のドアの前に立たされていた。
眼鏡だけが、辛うじて残っていた。
「さあ行け! 伝説作ってこい!」
「待って! 話し合いましょう! 私がいなくなったら誰が計算を……!」
「計算なんていらねぇんだよ!」
ドカッ!!
ダム子の全力の蹴りが、ショウの白い尻に炸裂した。
「あべしっ!」
ショウは無様な放物線を描きながら、アパートの廊下へと放り出された。
そこには、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが、カメラを構えて待ち構えていた。
「あ、出てきた!」
「えっ、全裸!?」
「うわ、あのインテリぶってた狐だ! 撮れ撮れ!」
バシャバシャバシャ!
フラッシュの嵐。
「ひ、ひぃぃぃ! 見ないで! 撮らないでぇぇぇ! これは高次元の戦術的撤退でぇぇ!」
ショウは両手で身体を隠しながら、泣き叫んで逃げ出した。
その姿は、瞬く間にネットの海へと拡散され、リッツォたちの画像と共に、永遠に消えない「デジタル・タトゥー」として刻まれることとなった。
部屋に残された三人は、荒い息を吐きながら、閉ざされたドアに背中を預けて座り込んだ。
手には、ショウから剥ぎ取った服の切れ端が握られている。
「……ハァ、ハァ……」
「……追い出したね」リッツォが震える声で言う。
「……おう」ダム子が汗を拭う。
「……でもぉ」
ルリルが、絶望的な事実を口にした。
「ウチらの炎上、これで収まるのかなぁ……?」
外からは、まだ野次馬の嘲笑と、怒号が聞こえてくる。
「次は猫が出てこい!」「羊も脱げ!」
一度火がついた群衆の悪意は、生贄を一人捧げたくらいでは消えやしない。
部屋の中には、脱ぎ捨てられた際どい衣装と、イタズラに使った道具、そして稼いだ汚れた金が散らばっていた。
数字という名の魔物に魂を売り、尊厳を切り売りした代償。
それは、彼女たちの未来を焼き尽くすまで、燃え続ける業火だった。
ハートフルコメディを目指しています。
評価や批評をお待ちしております。目指しています。