ゆるふわです。
王都の高級住宅街にある、セキュリティ万全のマンション『白亜の塔』。
その最上階の一室は、カーテンが閉め切られ、昼間でも薄暗かった。
「……ねえ、暇なんだけどぉ」
猫獣人のリッツォが、最高級の革張りソファに寝転がりながら不満を漏らした。
彼女たちがここに来てから二週間が経過していた。
前回の炎上騒動の後、王都警備隊の「保護プログラム(という名の監視)」下に置かれた彼女たちは、アパートを引き払い、この隠れ家へと移送されたのだ。
「仕方ねぇだろ。外に出たら石投げられるか、生卵ぶつけられるかだぞ」
狼獣人のダム子が、冷蔵庫から高級ハムを取り出し、直接かじりついた。
「ま、金はあるし、飯はうまいし、ここ天国じゃん?」
「統計的には、私たちの炎上収益は、この生活水準を維持した場合、あと半年で枯渇します」
狐獣人のショウが、新しい眼鏡を光らせて言った。前回の全裸追放劇の後、彼女は何食わぬ顔で戻ってきていた。「論理的に考えて、私がいないと金銭管理が破綻するから」という理由で。
「それにしてもぉ……世の中、変わったよねぇ」
羊獣人のルリルが、カーテンの隙間から外を覗き見た。
炎上騒動は、予想外の方向に飛び火していた。
彼女たちが晒された「全裸土下座」の映像を見た『獣人権利愛護団体』が、一斉に声を上げたのだ。
『これは獣人に対する搾取だ!』
『社会が彼女たちをここまで追い詰めたのだ!』
『獣人の尊厳を守れ!』
ネット上の叩きは、一夜にして「擁護」へと反転した。
リッツォたちは「加害者」から、社会の歪みが生んだ「悲劇のヒロイン」へと祭り上げられたのである。
被害に遭った若手冒険者パーティにも謝罪金を支払い、彼らが「まあ、有名になれたし許しますよ」と声明を出したことで、法的な問題もクリアされていた。
「なんかさぁ、私たちが『正義』みたいになってるの、笑えるよねぇ」
リッツォがケラケラと笑う。
「あれだけ叩いてた連中が、今は『可哀想なリッツォちゃんを守ろう』だって。人間って、本当にバカ」
その時、通信用の魔導端末が鳴った。
ショウが応答すると、少し驚いた表情で言った。
「……リッツォさん。貴女にオファーです。……映画の主演依頼です」
「ええっ!? 私が映画に!?」
数日後。
リッツォは、撮影所に向かうために久しぶりに外に出た。
怯えていたのが嘘のように、今は意気揚々としている。
オファーされたのは、国民的人気小説『剣聖の恋』の実写映画化作品だ。原作では人間の少女が主人公だが、今回の騒動を受けた製作委員会が、「多様性への配慮」として、主役を獣人に変更することを決定したのだ。
「見て見てぇ! 私、時代の寵児って感じ?」
リッツォがマンションのエントランスを出ると、そこには数人の人間が待ち構えていた。
「おい! 迷惑系配信者!」
「調子に乗るなよ、この売春猫!」
一人の男が、リッツォに向けて小石を投げようと振りかぶった。
ダム子が前に出ようとした、その瞬間。
「差別主義者だ!」
「獣人へのヘイトクライムだ!」
どこからともなく現れた『権利団体』の腕章をつけた獣人たちが、その男を取り押さえ、殴る蹴るの暴行を加え始めた。
「やめろ! 俺はただ……!」
「黙れレイシスト! 抹殺してやる!」
周囲の人間たちは、誰も助けに入らなかった。
ただ遠巻きに見て、関わり合いにならないように視線を逸らすだけだ。うかつに止めれば、自分も「差別主義者」のレッテルを貼られ、職を失うかもしれない。そういう空気が、王都を覆っていた。
「……うわぁ」
リッツォは少し引いたが、すぐに気を取り直した。
「ま、私が守られてるってことだよね! 行くよ!」
映画撮影は、異様な雰囲気の中で進んだ。
監督はリッツォの演技の一度もダメ出しをしなかった。「君のありのままが素晴らしい」と、腫れ物に触るように褒め称えた。
脚本も修正された。原作の名シーンである「主人公が努力して剣技を磨く」場面はカットされ、「生まれ持った獣人の野生で天才的に敵を倒す」という内容に変わった。
そして、映画は公開された。
『剣聖の恋 〜獣人の誇り〜』
興行収入はそこそこだった。
しかし、レビューサイトは地獄絵図となった。
『原作レイプ』『ポリコレ棒で殴られる映画』『ストーリーが破綻している』『単体として見れば悪くない』
それでも、メディアは絶賛した。
「新しい時代の傑作」「多様性の勝利」。
リッツォは、レッドカーペットを歩きながら思った。
(中身なんてどうでもいいの。私がチヤホヤされてれば、それで正解なんだから)
「よーし、ほとぼりも冷めたし、配信再開するよぉ!」
映画のギャラも入り、社会的な「安全」も確認した四人は、再びダンジョン配信に乗り出した。
「今は私たちが何をやっても『社会へのメッセージ』として解釈されるボーナスタイムです」とショウが言う通り、配信を始めるとすぐに万単位の視聴者が集まった。
しかし。
ダンジョンの入り口で、彼女たちは立ち尽くした。
「……なにこれ?」
そこには、巨大な看板が立てられていた。
『ダンジョン配信適正化ガイドライン(改訂版)』
* 暴力表現の禁止: モンスターへの過度な攻撃、流血表現は禁止。和解を推奨する。
* 性的表現の禁止: 肌の露出面積は全身の10%以下とすること。
* 多様性クオータ制: パーティメンバーには必ず獣人または社会的マイノリティを含めること。
* モンスターの権利保護: 知性のある魔物への差別的発言(「汚い」「臭い」等)の禁止。
「はぁ!? モンスター倒しちゃダメなの!?」
ダム子が叫ぶ。「どうやって稼ぐんだよ!」
「露出禁止……。私の『紐』のせいかなあ?」
リッツォは冷や汗をかいた。
とりあえず潜ってみたが、そこは地獄だった。
スライムが現れても、剣で斬ることは許されない。
「あ、スライムさんだぁ。どいてくださぁい」と優しく声をかけ、道を譲ってもらう様子を配信する。
『優しい世界』『これが新しい冒険の形』
コメント欄は、サクラや活動家による称賛で埋め尽くされているが、純粋な冒険ファンはとっくにブラウザバックしていた。
「つまんねぇ……」
ダム子が欠伸を噛み殺す。
「こんなの冒険じゃねぇよ。おままごとだよ」
「でもぉ、同接は出てるしぃ、投げ銭も来るよぉ」
ルリルが複雑な顔で言う。
彼女たちは、何の努力もせず、ただ「獣人であること」だけで優遇され、守られ、稼げていた。
「コンプライアンス」という名の檻の中で、彼女たちは飼い殺しにされていた。
しかし。
抑圧された感情は、必ずどこかで噴出する。
「獣人優遇」への社会の鬱憤は、静かに、しかし確実に限界点へと近づいていた。
ある日の午後。
ルリルとダム子は、配信の機材を買うために、二人で裏通りの魔道具街を歩いていた。
「あ、ウチ、ちょっとあそこの自販機でジュース買ってくるねぇ」
「おう。アタシは先にあっちの店見てるわ」
ほんの数秒。
互いの視線が切れた、その一瞬の隙だった。
「……きゃっ!」
ルリルが路地裏に引きずり込まれた。
「なっ、なに!? 離してぇ!」
彼女を取り囲んだのは、数人の人間の男たちだった。
彼らはチンピラではない。普通の市民のような服装をしている。サラリーマン風の男、商店主風の男、学生風の少年。
彼らの目は、憎悪で濁っていた。
「おい、羊女。いい気になってるんじゃねえぞ」
男の一人が、ルリルの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「お前らのせいでな、俺の好きな映画は台無しになったんだよ」
「俺の店は、獣人を雇わなかっただけで『差別店』ってネットで晒されて潰れたんだ」
「ダンジョンもつまらなくなった。全部、お前らみたいなのが騒ぐからだ」
「ご、ごめんなさい……! ウチ、関係ないよぉ……!」
ルリルが震えながら懇願する。
「獣人はみんな同じだ! 被害者面して甘い汁吸って……俺たちがどれだけ我慢してると思ってんだ!」
拳が振り上げられる。
ルリルはギュッと目を閉じた。
(ああ、バチが当たったんだ。調子に乗ってたから……)
「——おい、そこのクソ野郎ども!」
ドスの効いた声が響いた。
路地の入り口に、ダム子が立っていた。
彼女の手には、水晶板が握られており、そのレンズが男たちに向けられている。
「現在、全世界に生配信中でーす! お前らの顔、バッチリ映ってるぞ!」
「なっ……!?」
男たちが怯む。
「配信!? ふざけるな、消せ!」
「消さねぇよ! さあ、もっとやれよ! 『善良な市民』が、か弱い羊の女の子を集団リンチするところ、世界中に見せてやれよ!」
ダム子は一歩も引かなかった。
彼女の足は震えていた。相手は五人。武器も持っているかもしれない。
普段なら「怖い」と言って逃げ出す場面だ。
だが、彼女はカメラを盾にして、ルリルの前に立ちはだかった。
「……クソッ! 覚えてろよ!」
顔を晒されることを恐れた男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「……はぁ、はぁ……」
ダム子は、男たちが見えなくなると、へなへなと座り込んだ。
配信を切る。
「……大丈夫か、ルリル」
「う、うん……。怖かったよぉ……」
ルリルは涙目でダム子に抱きついた。
「……これが、現実なんだな」
ダム子が呟く。
「ネットじゃチヤホヤされてても、裏じゃみんな、アタシらを殺したいほど憎んでる。……守られてるようで、実はもっと危険な場所に立たされてたんだ」
「無理があるんだよぉ……。急に『獣人を優遇しろ』なんて言われても、人の心はついてこないもんねぇ……」
二人は、薄暗い路地裏で身を寄せ合った。
「権利」や「配慮」という言葉で塗り固められた社会のメッキが、剥がれ落ちていく音が聞こえるようだった。
それから数週間後。
行き過ぎた「獣人優遇」と「表現規制」に対する批判の声は、人間側だけでなく、仕事を奪われたまともな獣人たちからも噴出した。
『過剰な配慮は逆差別だ』
『ダンジョンは冒険の場であり、おままごとの場ではない』
『映画は原作を尊重しろ』
世論の揺り戻しが起きた。
ダンジョンの規制は大幅に緩和され、モンスターを倒すことも、多少の肌見せも再び許可された。
リッツォの映画は「マニア向け」として認定され、密かに進んでいた続編の計画も打ち切られた。
四人の生活も、元に戻りつつあった。
ネット上の「擁護」の声は消え、代わりに「オワコン」「一発屋」と呼ばれていた。
「……痛っ!」
街を歩いていたリッツォに、誰かが投げた小石が当たった。
犯人は分からない。誰も助けてくれない。
「もぉ〜! 誰よ! 私の綺麗な肌に傷がついたらどうすんの!」
リッツォが怒って叫ぶ。
「ま、仕方ないねぇ。これが『普通』に戻ったってことだよぉ」
ルリルが、額に貼った絆創膏を撫でながら苦笑いした。
「そ。誰にも守られない代わりに、誰に気を使う必要もない」
ダム子がニヤリと笑う。
「さあ、ダンジョン行くぞ。今日は規制なしだ。思いっきり暴れて、稼いでやるよ」
「論理的には、私たちの好感度はマイナスですが、悪名もまた資産です」
ショウが眼鏡を直す。
石を投げられ、後ろ指を指されながら、四人の底辺獣人は歩いていく。
歪な優遇という温室から放り出された彼女たちは、冷たい風が吹く荒野で、それでも逞しく——そして懲りずに——次の「カネの匂い」を探し続けるのだった。
ハートフルコメディを目指しています。
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