アンダーグラウンド・オンファイア   作:ハノノン

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ゆるふわです。


第8話 コレクトネス・オンファイア

 

王都の高級住宅街にある、セキュリティ万全のマンション『白亜の塔』。

その最上階の一室は、カーテンが閉め切られ、昼間でも薄暗かった。

 

「……ねえ、暇なんだけどぉ」

 

猫獣人のリッツォが、最高級の革張りソファに寝転がりながら不満を漏らした。

 

彼女たちがここに来てから二週間が経過していた。

前回の炎上騒動の後、王都警備隊の「保護プログラム(という名の監視)」下に置かれた彼女たちは、アパートを引き払い、この隠れ家へと移送されたのだ。

 

「仕方ねぇだろ。外に出たら石投げられるか、生卵ぶつけられるかだぞ」

 

狼獣人のダム子が、冷蔵庫から高級ハムを取り出し、直接かじりついた。

 

「ま、金はあるし、飯はうまいし、ここ天国じゃん?」

 

「統計的には、私たちの炎上収益は、この生活水準を維持した場合、あと半年で枯渇します」

 

狐獣人のショウが、新しい眼鏡を光らせて言った。前回の全裸追放劇の後、彼女は何食わぬ顔で戻ってきていた。「論理的に考えて、私がいないと金銭管理が破綻するから」という理由で。

 

「それにしてもぉ……世の中、変わったよねぇ」

 

羊獣人のルリルが、カーテンの隙間から外を覗き見た。

炎上騒動は、予想外の方向に飛び火していた。

彼女たちが晒された「全裸土下座」の映像を見た『獣人権利愛護団体』が、一斉に声を上げたのだ。

 

『これは獣人に対する搾取だ!』

『社会が彼女たちをここまで追い詰めたのだ!』

『獣人の尊厳を守れ!』

 

ネット上の叩きは、一夜にして「擁護」へと反転した。

リッツォたちは「加害者」から、社会の歪みが生んだ「悲劇のヒロイン」へと祭り上げられたのである。

 

被害に遭った若手冒険者パーティにも謝罪金を支払い、彼らが「まあ、有名になれたし許しますよ」と声明を出したことで、法的な問題もクリアされていた。

 

「なんかさぁ、私たちが『正義』みたいになってるの、笑えるよねぇ」

 

リッツォがケラケラと笑う。

 

「あれだけ叩いてた連中が、今は『可哀想なリッツォちゃんを守ろう』だって。人間って、本当にバカ」

 

その時、通信用の魔導端末が鳴った。

ショウが応答すると、少し驚いた表情で言った。

 

「……リッツォさん。貴女にオファーです。……映画の主演依頼です」

 

「ええっ!? 私が映画に!?」

 

 

 

 

数日後。

リッツォは、撮影所に向かうために久しぶりに外に出た。

怯えていたのが嘘のように、今は意気揚々としている。

 

オファーされたのは、国民的人気小説『剣聖の恋』の実写映画化作品だ。原作では人間の少女が主人公だが、今回の騒動を受けた製作委員会が、「多様性への配慮」として、主役を獣人に変更することを決定したのだ。

 

「見て見てぇ! 私、時代の寵児って感じ?」

 

リッツォがマンションのエントランスを出ると、そこには数人の人間が待ち構えていた。

 

「おい! 迷惑系配信者!」

「調子に乗るなよ、この売春猫!」

 

一人の男が、リッツォに向けて小石を投げようと振りかぶった。

ダム子が前に出ようとした、その瞬間。

 

「差別主義者だ!」

「獣人へのヘイトクライムだ!」

 

どこからともなく現れた『権利団体』の腕章をつけた獣人たちが、その男を取り押さえ、殴る蹴るの暴行を加え始めた。

 

「やめろ! 俺はただ……!」

「黙れレイシスト! 抹殺してやる!」

 

周囲の人間たちは、誰も助けに入らなかった。

ただ遠巻きに見て、関わり合いにならないように視線を逸らすだけだ。うかつに止めれば、自分も「差別主義者」のレッテルを貼られ、職を失うかもしれない。そういう空気が、王都を覆っていた。

 

「……うわぁ」

 

リッツォは少し引いたが、すぐに気を取り直した。

 

「ま、私が守られてるってことだよね! 行くよ!」

 

 

 

映画撮影は、異様な雰囲気の中で進んだ。

監督はリッツォの演技の一度もダメ出しをしなかった。「君のありのままが素晴らしい」と、腫れ物に触るように褒め称えた。

脚本も修正された。原作の名シーンである「主人公が努力して剣技を磨く」場面はカットされ、「生まれ持った獣人の野生で天才的に敵を倒す」という内容に変わった。

 

そして、映画は公開された。

 

『剣聖の恋 〜獣人の誇り〜』

 

興行収入はそこそこだった。

 

しかし、レビューサイトは地獄絵図となった。

『原作レイプ』『ポリコレ棒で殴られる映画』『ストーリーが破綻している』『単体として見れば悪くない』

 

それでも、メディアは絶賛した。

「新しい時代の傑作」「多様性の勝利」。

 

リッツォは、レッドカーペットを歩きながら思った。

 

(中身なんてどうでもいいの。私がチヤホヤされてれば、それで正解なんだから)

 

「よーし、ほとぼりも冷めたし、配信再開するよぉ!」

 

映画のギャラも入り、社会的な「安全」も確認した四人は、再びダンジョン配信に乗り出した。

 

「今は私たちが何をやっても『社会へのメッセージ』として解釈されるボーナスタイムです」とショウが言う通り、配信を始めるとすぐに万単位の視聴者が集まった。

 

しかし。

ダンジョンの入り口で、彼女たちは立ち尽くした。

 

「……なにこれ?」

 

そこには、巨大な看板が立てられていた。

 

『ダンジョン配信適正化ガイドライン(改訂版)』

* 暴力表現の禁止: モンスターへの過度な攻撃、流血表現は禁止。和解を推奨する。

* 性的表現の禁止: 肌の露出面積は全身の10%以下とすること。

* 多様性クオータ制: パーティメンバーには必ず獣人または社会的マイノリティを含めること。

* モンスターの権利保護: 知性のある魔物への差別的発言(「汚い」「臭い」等)の禁止。

 

 

「はぁ!? モンスター倒しちゃダメなの!?」

 

ダム子が叫ぶ。「どうやって稼ぐんだよ!」

 

「露出禁止……。私の『紐』のせいかなあ?」

リッツォは冷や汗をかいた。

 

とりあえず潜ってみたが、そこは地獄だった。

スライムが現れても、剣で斬ることは許されない。

 

「あ、スライムさんだぁ。どいてくださぁい」と優しく声をかけ、道を譲ってもらう様子を配信する。

 

『優しい世界』『これが新しい冒険の形』

 

コメント欄は、サクラや活動家による称賛で埋め尽くされているが、純粋な冒険ファンはとっくにブラウザバックしていた。

 

「つまんねぇ……」

 

ダム子が欠伸を噛み殺す。

 

「こんなの冒険じゃねぇよ。おままごとだよ」

 

「でもぉ、同接は出てるしぃ、投げ銭も来るよぉ」

 

ルリルが複雑な顔で言う。

彼女たちは、何の努力もせず、ただ「獣人であること」だけで優遇され、守られ、稼げていた。

 

「コンプライアンス」という名の檻の中で、彼女たちは飼い殺しにされていた。

 

 

 

しかし。

抑圧された感情は、必ずどこかで噴出する。

「獣人優遇」への社会の鬱憤は、静かに、しかし確実に限界点へと近づいていた。

 

 

ある日の午後。

ルリルとダム子は、配信の機材を買うために、二人で裏通りの魔道具街を歩いていた。

 

「あ、ウチ、ちょっとあそこの自販機でジュース買ってくるねぇ」

 

「おう。アタシは先にあっちの店見てるわ」

 

ほんの数秒。

互いの視線が切れた、その一瞬の隙だった。

 

「……きゃっ!」

ルリルが路地裏に引きずり込まれた。

「なっ、なに!? 離してぇ!」

 

彼女を取り囲んだのは、数人の人間の男たちだった。

彼らはチンピラではない。普通の市民のような服装をしている。サラリーマン風の男、商店主風の男、学生風の少年。

 

彼らの目は、憎悪で濁っていた。

 

「おい、羊女。いい気になってるんじゃねえぞ」

 

男の一人が、ルリルの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

 

「お前らのせいでな、俺の好きな映画は台無しになったんだよ」

 

「俺の店は、獣人を雇わなかっただけで『差別店』ってネットで晒されて潰れたんだ」

 

「ダンジョンもつまらなくなった。全部、お前らみたいなのが騒ぐからだ」

 

「ご、ごめんなさい……! ウチ、関係ないよぉ……!」

 

ルリルが震えながら懇願する。

 

「獣人はみんな同じだ! 被害者面して甘い汁吸って……俺たちがどれだけ我慢してると思ってんだ!」

 

拳が振り上げられる。

ルリルはギュッと目を閉じた。

 

(ああ、バチが当たったんだ。調子に乗ってたから……)

 

「——おい、そこのクソ野郎ども!」

 

ドスの効いた声が響いた。

路地の入り口に、ダム子が立っていた。

彼女の手には、水晶板が握られており、そのレンズが男たちに向けられている。

 

「現在、全世界に生配信中でーす! お前らの顔、バッチリ映ってるぞ!」

 

「なっ……!?」

男たちが怯む。

「配信!? ふざけるな、消せ!」

 

「消さねぇよ! さあ、もっとやれよ! 『善良な市民』が、か弱い羊の女の子を集団リンチするところ、世界中に見せてやれよ!」

 

ダム子は一歩も引かなかった。

彼女の足は震えていた。相手は五人。武器も持っているかもしれない。

普段なら「怖い」と言って逃げ出す場面だ。

だが、彼女はカメラを盾にして、ルリルの前に立ちはだかった。

 

「……クソッ! 覚えてろよ!」

 

顔を晒されることを恐れた男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

ダム子は、男たちが見えなくなると、へなへなと座り込んだ。

配信を切る。

 

「……大丈夫か、ルリル」

 

「う、うん……。怖かったよぉ……」

 

ルリルは涙目でダム子に抱きついた。

 

「……これが、現実なんだな」

 

ダム子が呟く。

 

「ネットじゃチヤホヤされてても、裏じゃみんな、アタシらを殺したいほど憎んでる。……守られてるようで、実はもっと危険な場所に立たされてたんだ」

 

「無理があるんだよぉ……。急に『獣人を優遇しろ』なんて言われても、人の心はついてこないもんねぇ……」

 

二人は、薄暗い路地裏で身を寄せ合った。

「権利」や「配慮」という言葉で塗り固められた社会のメッキが、剥がれ落ちていく音が聞こえるようだった。

 

 

 

それから数週間後。

行き過ぎた「獣人優遇」と「表現規制」に対する批判の声は、人間側だけでなく、仕事を奪われたまともな獣人たちからも噴出した。

 

『過剰な配慮は逆差別だ』

『ダンジョンは冒険の場であり、おままごとの場ではない』

『映画は原作を尊重しろ』

 

世論の揺り戻しが起きた。

 

ダンジョンの規制は大幅に緩和され、モンスターを倒すことも、多少の肌見せも再び許可された。

リッツォの映画は「マニア向け」として認定され、密かに進んでいた続編の計画も打ち切られた。

 

 

四人の生活も、元に戻りつつあった。

ネット上の「擁護」の声は消え、代わりに「オワコン」「一発屋」と呼ばれていた。

 

「……痛っ!」

 

街を歩いていたリッツォに、誰かが投げた小石が当たった。

犯人は分からない。誰も助けてくれない。

 

「もぉ〜! 誰よ! 私の綺麗な肌に傷がついたらどうすんの!」

 

リッツォが怒って叫ぶ。

 

「ま、仕方ないねぇ。これが『普通』に戻ったってことだよぉ」

 

ルリルが、額に貼った絆創膏を撫でながら苦笑いした。

 

「そ。誰にも守られない代わりに、誰に気を使う必要もない」

ダム子がニヤリと笑う。

「さあ、ダンジョン行くぞ。今日は規制なしだ。思いっきり暴れて、稼いでやるよ」

 

「論理的には、私たちの好感度はマイナスですが、悪名もまた資産です」

 

ショウが眼鏡を直す。

 

石を投げられ、後ろ指を指されながら、四人の底辺獣人は歩いていく。

歪な優遇という温室から放り出された彼女たちは、冷たい風が吹く荒野で、それでも逞しく——そして懲りずに——次の「カネの匂い」を探し続けるのだった。

 

 





ハートフルコメディを目指しています。




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