アンダーグラウンド・オンファイア   作:ハノノン

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ゆるふわです。


第9話 コールド・オンファイア

 

ソファの上で、狼獣人のダム子は寝転がりながら、水晶板(タブレット)の画面を無心でスワイプしていた。

おすすめ欄に流れてくるのは、着飾った貴族の自慢話や、加工されすぎた美女のダンス動画ばかり。

 

「ケッ、くだらねぇ」

 

そう吐き捨てて、次の動画へ飛ばそうとした時、あるライブ配信のサムネイルが指を止めた。

 

『【緊急配信】Fランク冒険者ですが、ミノタウロス・ロードに遭遇しました。助けて』

 

配信者は、黒髪の人間の少年だった。装備は初期装備の革鎧。剣は錆びかけている。

場所はダンジョンの中層。本来ならFランクがいるはずのない危険地帯だ。

 

「うわ、これ死ぬやつじゃん。放送事故確定かよ」

 

ダム子は不謹慎な興味でタップした。どうせ、すぐに悲鳴とブラックアウトで終わる。この世界ではよくある「消費される死」だ。

 

しかし、画面の中で起きたのは惨劇ではなかった。

 

『グオオオオオオ!!』

 

ミノタウロス・ロードが巨大な斧を振り下ろす。

 

少年は震えながらも、何かボソボソと呟いた。

 

『……スキル、【因果逆転】発動』

 

次の瞬間、映像がバグったように歪んだ。

振り下ろされたはずの斧が、物理法則を無視してミノタウロスの頭上に「戻り」、自らの脳天を砕いたのだ。

 

『え……?』

 

少年自身も驚いている。しかし、彼は次々と襲いかかる魔物に対し、見たこともない黒い雷や、空間転移スキルを連発して圧倒していく。

 

「は……? なんだよこれ……」

 

ダム子は起き上がった。

かつてアスリートとして鳴らした彼女の動体視力でも、少年の動きは追えなかった。いや、動きではない。システムそのものを改変しているような理不尽な強さ。

 

「すげぇ……! 本物の『英雄』じゃんか……!」

 

コメント欄が加速する。同接数が数千、数万と跳ね上がる。

ダム子は画面に釘付けになり、拳を握りしめていた。理屈抜きに、その圧倒的な逆転劇に血が騒いだのだ。

 

 

 

 

「ねえ、見た!? あの配信!」

 

翌朝、ダム子は興奮気味に三人に報告した。

 

「レンって名前の人間なんだけどさ! よくわからないスキルで無双して、一晩でSランク認定だよ! 夢ありすぎだろ!」

 

しかし、他のメンバーの反応は冷ややかだった。

 

「ふぅん。人間でしょぉ? どうせ運営のお膳立てじゃないのぉ?」

 

リッツォは興味なさそうに爪を磨いている。

 

「それより見てよ、この新作リップ。レン君だっけ? その子が稼いだ額より、私の可愛さの方が価値あるし」

 

「ウチはそれどころじゃないよぉ……。またアンチが増えてるしぃ……」

 

ルリルは溜息をつき、炎上対策に追われていた。

 

そして、狐獣人のショウは。

 

「……フン。典型的な『特異点』ですね」

 

彼女は眼鏡の奥の瞳を冷たく細め、水晶板に映るレンの姿を睨みつけていた。

 

「論理的にありえません。Fランクが固有スキル? しかも『因果逆転』? ……安っぽい創作小説(ファンタジー)の設定みたいで、吐き気がします」

 

 

 

 

 

その日を境に、世界はレンを中心に回り始めた。

彼は瞬く間に有名になり、彼を慕う仲間が集まった。

『暁の奇跡)』

それが彼らのパーティ名だ。

リーダーはもちろんレン。そこにエルフのお嬢様に、竜人の女騎士、兎の獣人という4人パーティになっていた。

 

 

「うっわ、見てあのエルフの服! ブランド物じゃん! あんなの着てダンジョン潜るとか、ナメてんの?」

 

リッツォが嫉妬で顔を歪ませる。

 

「あの兎の子……ウチらと同じ獣人なのに、なんであんなにチヤホヤされてるのぉ……」

 

ルリルが羨望の眼差しで見つめる。

 

まさに、光と影。

成功者と落伍者。

あまりにも眩しいその光は、彼女たちの澱んだ空気をさらに重くした。

 

 

 

 

「……許せない」

 

深夜。

ショウは一人、暗い部屋で水晶板のバックライトに顔を照らされていた。

彼女の指先が、高速でフリック入力を繰り返している。

ログインしているのは、本垢ではなく、裏アカウント『真実の観測者』だ。

 

『あのレンって奴の配信、解析したけど完全にクロ。映像に不自然なノイズがある。これ、高度な幻影魔法を使ったヤラセだね』

 

投稿ボタンを押す。

すぐに反応が来る。

 

『やっぱり?』『俺も怪しいと思ってた』『運営のゴリ押し乙』

 

少数の、しかし熱狂的な「逆張り」の同志たちが、ショウの言葉を肯定する。

脳内にどす黒い快楽物質が広がる。

 

「そう……私は見抜いている。大衆は騙せても、私の知性は騙せない」

 

ショウの嫉妬は、歪んだ正義感へとすり替わっていった。

自分たちが底辺を這いずり回っているのに、なぜあの男だけが、何の苦労もなく(に見える)全てを手に入れているのか。

それは彼が「不正」をしているからだ。そうでなければ、私の人生の計算が合わない。

彼女の投稿はエスカレートしていく。

 

『だいたい、あのパーティ構成が媚びすぎ。エルフに騎士にロリっ子? 典型的なハーレム要員じゃん。女をトロフィーとしか思ってない証拠』

 

そして、ついに彼女は、レンのファン層そのものを攻撃し始めた。

 

『レンを信奉してる奴らってさ、自分を「本当は才能があるのに社会に認められてないギフテッド」だと思ってる痛い連中だよね。他人の力に自己投影して気持ちよくなってるだけ。鏡見ろよ、ただのモブが』

 

この投稿が、決定打となった。

 

 

拡散(リポスト)の数が、桁違いの勢いで伸びていく。

『正論すぎる』という賛同の声もあったが、それ以上に圧倒的な数の『批判』が押し寄せた。

 

『お前何様?』

『嫉妬乙』

『必死すぎて哀れ』

『開示請求待ったなし』

 

 

 

炎上。

以前とは違う、純粋な「憎悪」による炎上だ。

しかし、ショウは止まらなかった。

 

「ふふ……効いてる、効いてる。図星を突かれた愚民たちが騒いでるわ」

 

通知が鳴り止まない端末を見つめながら、彼女は恍惚の表情を浮かべていた。

自分が世界の中心にいる。たとえそれが、断頭台の上だとしても。

 

 

 

 

翌日。

自宅のドアが破られそうなほど激しく叩かれた。

 

「出てこい! レン様を侮辱した狐女!」

「住所は割れてんだぞ!」

 

「ひぃぃぃ! またぁ!?」

ルリルが頭を抱えて悲鳴を上げる。

「今度は何したのぉ!? ウチら、もう静かに暮らしたいのにぃ!」

 

「……ショウ、お前か?」

 

ダム子が低い声で問う。

ショウは、青ざめた顔で震えていた。

 

「ろ、論理的に……私の批評は正当な……言論の自由で……」

 

しかし、ネットの特定班は甘くなかった。

ショウの裏アカウントが、以前炎上した「全裸で放り出された狐」と同一人物であることが、過去の投稿のクセやIPアドレスから瞬時に特定されたのだ。

ネット上には、再びあの屈辱的な画像——泣き叫びながら全裸で走るショウの姿——がばら撒かれた。

それに添えられたキャプションは無慈悲だった。

 

『他人の成功を妬んでデマを流す、裸の王様』

『ギフテッド気取りの底辺獣人』

 

「あ……あぁ……」

 

ショウは崩れ落ちた。

自分の知性が、プライドが、またしても「裸」にされ、衆目に晒されている。

 

 

 

そこへ、一通の通知が届いた。

 

『暁の奇跡』が所属する大手クランの法務部からだった。

内容は簡潔だった。

 

「法的措置を検討中。ただし、本日中に直接謝罪に来るならば、情状酌量の余地はある」

 

王都の一等地にある、五つ星ホテル『グラン・ロイヤル』のスイートルーム。

フカフカの絨毯、磨き抜かれた大理石のテーブル。

そこに、着飾った四人の獣人が、土下座の姿勢で並んでいた。

 

「……本当に、申し訳ありませんでしたぁ!!」

 

ダム子、ルリル、リッツォの三人が、額を床に擦り付ける。

ショウだけは、震えながら俯いているだけで、言葉を発しようとしない。

 

「……あのさ」

 

ソファに座っていた竜人の女騎士・ヴァネスが、呆れたように言った。

 

「あんたたち、懲りないわね。この前も炎上してた連中でしょ? レンが優しくなかったら、今頃牢屋行きよ?」

 

「うぅ……ごめんなさぁい……」

 

リッツォが泣き真似をするが、ヴァネスの冷ややかな視線に射抜かれて沈黙する。

部屋の中心には、話題の英雄・レンが座っていた。

近くで見ると、配信で見るよりもずっと華奢で、そして穏やかな雰囲気を纏っていた。

彼は、土下座する彼女たちを見下すこともなく、困ったような顔をしていた。

 

「顔を上げてください。……僕、土下座とか苦手なんで」

 

レンの声は、優しかった。

それが余計に、ショウの神経を逆撫でする。

 

(なによ……その余裕は。勝者の余裕? 私たちなんて、怒る価値もないってこと?)

 

ショウは唇を噛み切りそうなほど強く食いしばっていた。

その時、ダム子が顔を上げ、ショウの頭を無理やり手で押さえつけて床につけた。

 

「おい、ショウ! テメェが一番謝らなきゃいけねぇんだよ! 口先だけじゃなくて、腹から声出せ!」

 

「……っ! でも、私は……!」

 

「うるせぇ!」

 

ダム子が吠えた。

 

「テメェのくだらねぇ嫉妬で、またみんなに迷惑かけたんだぞ! アタシはな、レンさんの配信見てたから分かるんだよ! この人は本物だ! ヤラセなんかじゃねぇ! アタシらが逆立ちしても勝てねぇ『天才』なんだよ!」

 

「……!」

 

「それを……努力もしねぇで、安全な場所から石投げて……ダサいんだよ! 元アスリートの端くれとして、テメェのやり方が一番気に食わねぇんだよ!」

 

ダム子の目には、悔し涙が溜まっていた。

かつて才能の壁にぶつかり、逃げ出した自分。だからこそ、本物の才能への敬意と、それを汚す行為への嫌悪があった。

ダム子は改めて、深く、深く頭を下げた。

 

「こいつの教育が悪くて、本当にすみませんでした。……こいつはバカで、プライドだけ高くて、どうしようもない奴ですが……アタシらの仲間なんです。どうか、許してやってください」

 

その言葉に、部屋の空気が変わった。

レンが立ち上がり、ダム子の前に歩み寄った。

そして、泥と埃にまみれたダム子の手を、両手で包み込んだ。

 

「……え?」

 

ダム子が固まる。

 

「そんなに謝らないでください」

 

レンは微笑んだ。

 

「貴女の手、硬いですね。……マメがたくさんある。たくさん武器を振ってきた証拠だ」

 

「あ……」

 

「僕なんて、たまたま運良くスキルをもらっただけの、ただの学生でした。貴女の方が、ずっと冒険者らしい手をしてますよ」

 

その言葉は、皮肉でも嫌味でもなかった。

純粋な、事実としての感想。

それが、ダム子の心の奥底にある「コンプレックス」の核を、優しく溶かした。

 

(なんだよ……これ……)

 

ダム子の顔が、カァッと熱くなる。

 

(こんな真っ直ぐな目で……アタシみたいな底辺を……)

 

「……ショウさん、でしたっけ」

 

レンは、未だに床に這いつくばっているショウに目を向けた。

 

「僕のことが気に入らないのは構いません。批判も甘んじて受けます。……でも、僕のファンや、仲間を傷つけるのはやめてください。それは、僕が許しません」

 

静かな、しかし絶対的な覇気。

ショウは、震え上がって小さく頷くしかなかった。

 

「……は、はい……」

 

論理も、屁理屈も、陰謀論も。

圧倒的な「主人公」のオーラの前では、すべてが塵のように吹き飛んだ。

 

帰り道。

高級ホテルのエントランスを出た四人は、夕暮れの街を無言で歩いていた。

 

「……かっこよかったなぁ、レン君」

 

リッツォがポツリと言った。

 

「聖女とか騎士とか侍らせるのも、納得だわ。あんな風に見つめられたら、私だってコロッといっちゃうかも」

 

「……お金も持ってそうだったねぇ」

 

ルリルが遠い目をする。

 

「部屋にある壺一つで、ガラクタ号が十台買えそうだったよぉ」

 

ショウは、一番後ろをトボトボと歩いていた。

眼鏡は曇り、いつもの饒舌さは影を潜めている。

 

(……負けた。論理的にも、社会的にも、人間的にも。……クソッ、クソッ、クソッ!)

 

彼女の中の炎は消えていない。しかし、今はその熱を外に出す気力さえなかった。

 

 

ダム子は、自分の右手を見つめていた。

レンに握られた感触が、まだ残っている気がした。

 

「……マメだらけ、か」

 

彼女は自嘲気味に笑った。

 

「違いねぇ。……才能はねぇけど、泥臭く生きてきた証、か」

 

空には、一番星が輝いていた。

それは『暁の奇跡』のように眩しく、手の届かない場所にある。

けれど、地べたを這いつくばる彼女たちの足元にも、街灯の薄汚れた光が、確かに明日を照らしていた。

 





ハートフルコメディを目指しています。




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