マイナス一誠とシトリーさん   作:超人類DX

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加筆しました


一人焼肉とセンパイ

 俺に友達はない。

 知り合いはあれど友と呼べる者はない。

 だからそんな俺には放課後誰かと一緒に帰るとか、遊びに行くとかの経験が全く無い。

 夕飯も5歳のあの時から一人で食べる様にしてる。

 なので俺が食う飯は大概一人で外といった感じだった。

 そして本日の夕飯は秘密裏にやってるバイト代をコツコツ貯めた自分へのご褒美という事で、ちと豪勢なものとなる。

 

 

「いらっしゃいませ~! 何名様ですか?」

 

「一人です」

 

 

 駅前通りにある焼肉屋で独り焼肉だ。

 

 

「……へ?」

 

「なにか?」

 

「ハッ!? あ、い、いえ……こ、こちらへどうぞ……」

 

 

 店内に入り、出てきた案内役の店員さんに人数を教えた瞬間、顔を硬直させていた。

 しかし独りだろうが百人だろうが来れば皆お客なので、店員さんは何とか笑顔になりながら俺をテーブルへと案内する。

 

 

「ご注文お決まりでしたらお呼びください……」

 

 

 テーブルに通され、業務用語を告げてそそくさと去って行った店員さんを横目に、店内に香る炭焼きの匂いに腹を鳴らしながらメニュー表を広げる。

 フフフ、今日はガッツリ食うぞ……。

 

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

 

「えー特上霜降カルビ3人前と、特上霜降ロース2人前……。

あとクリームソーダ……取り敢えず以上で」

 

「かしこまりました。それでは真ん中失礼します」

 

 

 そう言ってテーブルの真ん中に炭火の達磨状の網を置く店員さんはまた去っていく。

 どうやらさっきよりはマシな対応と顔になってるなぁ……とか考えながらボーッとすること10分、頼んだ肉がやって来た。

 

 

「ご注文は以上ですね? それではごゆっくりどうぞ!」

 

「ども……ふくく」

 

 

 この瞬間が実に好きだ。

 誰にも邪魔されず、誰にも指図されず、自分のペースで焼いて食べるこの一時がね……。

 

 

「まずは……」

 

 

 前掛けを装着し、小皿にタレを注ぎ、割り箸を手元に置く……これで最後の準備が完了だ。

 小さめのトングを使ってカルビ一枚を摘まんで網の真ん中に乗せる。

 ジュウゥゥ……という音と共に肉の焼ける良い香りが鼻腔を旋回するのに気分を良くしながらひっくり返すと、丁度良い色の焼き目が付いている。

 

 

「5……4……3……2……1……0」

 

 

 もう片方を小さくカウントダウンしながら焼けるのを待ちつつ0と同時に割り箸で肉を掴む。

 表裏共に焦げは無く、思わず頬を緩ませながら肉をタレに絡めた直後に口へと運ぶ。

 

 

「んふ……うーむ……ふふ……」

 

 

 口いっぱいに広がる肉の味は美味なり。

 多分今の俺は宇宙1幸せなのでは無かろうかとすら思える余韻に浸る。

 これが独り焼肉の醍醐味である。

 

 

「お次は……」

 

 

 侘しい? そんなことは全く思わない。

 寧ろ焼肉はギャーギャーと騒ぎながら食うもんでは無い神聖な食事とすら思うのだ。

 だから俺は独りで良い……周りの目なんて全く気にしないしね。

 とまあ、お次の肉を焼く合間にクリームソーダをチビチビ飲む俺だったが、神聖な食事は中断させられる。

 

 

「…………。よく独りで来れますね……」

 

「へ?」

 

 

 二枚目の肉を口に入れようとした瞬間の出来事だった。

 あんまりにも肉に意識を向けていたせいで目の前に人が立ってた事に気付けなかった俺は、肉を食べようとしていた口を開けたまんま斜め下に向けていた視線を上に向けると、そこに居たのはちょっと呆れ顔になってる支取センパイだった。

 

 

「まあ、一誠くんの性格だからこそですかね……」

 

「な、何でここに……?」

 

「外から貴方が独りで幸せそうに食べてるのが見えたからですよ」

 

 ボタボタと絡めたタレが肉の端から落ちてテーブルを汚しているのに気が付かずに、ただただ此処に現れたセンパイに驚いている俺の質問に答えながら、さも当たり前の様に座ったセンパイは、許可も無く俺のクリームソーダを飲んで居る。

 

 

「あ、それ飲み掛け……」

 

 

 別に深い意味は無いのだが、こういう飲み掛けのものを異性の人に飲まれるのは余程の仲じゃないと無理とか聞いた事があったので、既に飲んじゃってて遅いが気を効かせるつもりで教えた。

 

 

「(ピクッ) ……。別に気にしません」

 

 

 俺の言葉にセンパイが一瞬硬直した様に見えた。

 が、すぐに何て事無いと言わんばかりのポーカーフェイスで飲み続けている。

 ……。情報が古いのかな、嫌そうな顔になるのかと思ってたんだけどな……あ、肉が冷めてしまった……まあ美味いけどさ。

 

 

「すいません……少し走ってたので喉が乾いてました」

 

「いやそりゃ構いませんケド……え、走ってたって何でですか?」

 

 

 学校の制服姿だし、運動をしてたとは思えないんだがとか思いながらよくよくセンパイの顔を見てみると、本当に走ってたのか頬が少し赤かった。

 運動って見た目じゃないのに不思議だ。

 

 

「生徒会の仕事が早く終わったので、一誠くんと帰ろうかなと思って探してたのですが、もう帰ったと聞いて追い付こうと走ってただけです」

 

 

 と、思ってたらどうやら俺が原因らしい。

 意味がちょっとよくわからんけど。

 

 

「一々俺なんか探してたんですか?

別にわざわざ探さんでも他の人と帰れば良いじゃないすか。

例えばホラ、匙君でしたっけ? 多分彼なら俺の数千倍気が効くと思いますよ」

 

「なんでそこで匙が?

彼は確かに友人ではありますけど……」

 

「あ、そうですか……」

 

 

 真面目にキョトンってしてるセンパイに俺は心の中で匙君に同情したのと同時に、先は長そうだなと思った。

 てか、匙君を友人と認識してるなら、単なる知り合い程度の俺より優先すべきだろうに……。

 

 

「そういう訳で私も一緒に食べます。

勿論、一誠くんの奢りで」

 

「はっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ、俺そんな金持ってないんですけど! そもそも今日の焼肉だって数ヵ月前からコツコツと貯金して……」

 

「そうですか、なら良いですよ。

そしたらこのお店を出たら少し付き合ってください」

 

「そ、それなら大丈夫ですけど……」

 

 

 よ、良かった……この焼肉屋って割高だから、考えを変えてくれて助かった……。

 何か付き合わされる羽目になったし、その理由も納得出来ないけど財布の中身が全消えしないだけマシだと思って、俺は黙って頷くのだった。

 

 

「ふふ……良かった。

それなら早く食べてください……」

 

「え、センパイ食べないの?」

 

 

 ガン見されてると食いづらいんだけど……。

 

 

「一誠くんが今食べようとしてるのを分けてくれるんですか? それなら頂きますけど……」

 

「いや、ダメ……これはダメです。

こればかりは俺のだからダメっす」

 

 

 こればかりは渡す事ができぬ。

 頑張った自分へのご褒美だけはな……。

 そう断りの言葉を告げた俺は、言われた通りさっさと味わう事も無く食べきるのであった。

 さっきまで感じてた神聖さもクソも無く。

 

 

 

 

 そんなわけで腹に詰め込むだけの食事を終わらせた俺は、言われた通りセンパイの用事に付き合う事にしたのだが……。

 

 

「は? さ、散歩??」

 

「はい」

 

 

 付き合うのは単なる散歩だった。

 ホントに言葉の通り、ただ歩くだけだった。

 

 

「その為に俺は焼肉を味わえなかったのか……」

 

「ぁ……その、その事に関しては本当にすいません……」

 

 

 こんな程度なら待たせてまで味わっときゃ良かったと後悔する俺を見て、罪悪感でも感じたのか謝ってくるセンパイ。

 

 

「あ……いや、別に食いたきゃまた金貯めれば良いんで気にしないでください。

寧ろ何時までも嫌味っぽくてすいません」

 

 

 しかしながら俺の方はセンパイにデカイ貸しがあるし、今言った通り食いたければまた貯めれば良い。

 大体、何か奢らされるなんて事が無いのだから寧ろ喜ぶべきなのだ。

 だから俺は気にするなと言うと、センパイはホッとした顔をしてから少しだけ笑った。

 

 

「ありがとう一誠くん、我儘に付き合ってくれて……」

 

「いや、別に……」

 

 

 お礼言われる様な事をした覚えが無いのに、笑ってありがとうと言ってきたセンパイに、またむず痒い気持ちなってしまった俺は顔を逸らすと、気持ちを紛らわすつもりで匙君の話に切り替える。

 

 

「その我儘ってのを匙君に言ってやれば喜んでくれると思いますよ」

 

「え、また匙?

この前から何故か匙の話ばかりするのは何ででしょうか?」

 

「いやだってホラ……やっぱり良いです」

 

 

 理由を言ってしまおうと思ったが、そのキョトンとするの止めてやれよ。

 言いづらいし、何か意味もなく匙くんが可哀想に思えてくるんだよ…………あ?

 

 

「え、なんすか?」

 

 

 今度匙くんと会ったら応援の言葉の一つでも送ろう……そう決心した矢先だ。

 俺の右手を突然センパイが掴んできたきたのだ。

 

 

「えっと……これはどいう意味?」

 

「知らないのですか? 誰かとお散歩するときはこうして手を繋ぐんです」

 

 

 掴まれた意図が分からず頭にハテナを浮かべる俺に、センパイは何故か真顔で説明してくれた。

 既に辺りが薄暗くなっており、センパイの頬が少し紅いのは果たして気のせいなのか。

 だとすれば何で紅いのか。

 そもそも誰かと散歩する時は手を繋がなくてはならんなんて初耳だったりと……俺には分からんことだらけだった。

 しかし、俺はこれまで他人と並んで歩く事が無かったし、手を繋ぐのは常識なのかもしれないと納得すると、そのまま言われるがままに、俺より小さいセンパイの手を繋いで歩き出すのだった。

 

 

「誰かと歩く時は手を繋ぐって、小学生くらいの話かと思ってたんですがね……。

世の中の常識はコロコロと変わるもんなんだな……」

 

「そうです。

でも、繋ぐのは私以外ダメですからね?」

 

「は? 何でですか??」

 

「とにかくダメなんです。良いですね?」

 

「は……はぁ……」

 

 

 どうにも騙されてる気がしてきたけど、知る手立ても無いので頷く他無い。

 というか今気付いたけど、こうして誰かと手を繋ぐなんて5歳の誕生日前の両親と以来だし、他人に触れられてるのにあんまり嫌な気分にならないな。

 おかしいな、あの兄と名乗る奴に触れられたらゾッとするのに……うーん。

 

 

「どうかしました?」

 

「いや、気持ち悪いとか言われて初対面の連中にボコボコにされるとか以外に、こうして誰かに普通に触れるのは無かったから新鮮な気分に……」

 

 

 分からんな……どう考えても答えが見つからん……。

 センパイが俺の様子を不思議に思って聞いてくるのに答えながら考えてもこの妙な現象の正体は不明だった…………あ? 何だ、急にセンパイが握ってくる手に力が……あ、痛い……!

 

 

「なんですかそれ……初対面の人にボコボコにされたとは?」

 

 

 あ、あれ、何か怒ってる?

 

 

「ちょっと待ってセンパイ。痛いっす、手が痛い」

 

「あ、すいません……。

一誠くんがボコボコにされたと聞いてつい……」

 

 

 痛いと主張した俺にハッとした顔になって握る手を緩めてくれて少しホッとするのと同時に、割りとこの人は握力あるなぁと思い知る。

 というか、何でセンパイが俺が昔やられた事に関して怒ったのか良くわからん。

 センパイがやられた訳じゃ無いのに……。

 

 

「昔の事ですよ。

俺ってほら、見た目も中身も根暗だから……はは」

 

「だからって……」

 

「今こうして五体満足で生きてますから大丈夫ですよ。

ていうか、何でセンパイが一々怒ってるんですか? 只の他人事じゃないすか」

 

「む……」

 

 

 只の他人がやられた事に目くじら立てたってしょうがないのになぁ――いで!? いでででで!?!? また手が痛い!

 

 

「怒っては駄目なんですか? 親しい人が傷付けられたと聞いて怒っては……」

 

「い、いだい! センパイってばちょいタンマ!

つ、潰れるから! 俺の手がグチャグチャになる!?」

 

 

 割りとじゃない、マジで握力が強いという新事実を身を以て知りながらタップすると、漸くセンパイは手を緩めてくれた。

 あぁ、ズキズキするし、緩めてくれても手は離してくれないのね……痛い。

 

 

「一誠くんにとって、私は単なる他人なんですか?」

 

「くぅ……え?」

 

「手をこうして繋いでも、他人ですか?」

 

 

 そう少し悲しそうな顔でズキズキと痛む俺の手を空いていた手も使って包み込む様にして握るセンパイに俺は何か初めて変な罪悪感を感じてしまう。

 

 

「繋いでもって、誰かと並んで散歩の時は必ず繋ぐんじゃあ……」

 

「嘘に決まってるでしょう? 手を繋ぐのはその人に心を許せると思ってから初めて繋ぐんです……」

 

「じゃあ何で俺なんかと……」

 

「まだ分からないんですか? 私は貴方にそれほどに心を許してるという事ですよ……この鈍感」

 

 

 ……………え?

 

 

「は、え? そ、そうなの?」

 

 

 思わずため口で頬を染めてるセンパイを見ると、センパイは黙って頷く。

 な、なんてこった……そうなのか、俺、心許されてたのか……。

 う、うむ……だけどな。

 

 

「あの……なんていうか、どうリアクションして良いのか良くわからないんですけど……。

すいません、俺はその……」

 

 

 俺は別にセンパイは知り合いとしか思ってなかったらピンと来ないし、そもそも他人をどうしても信じる事が出来ないと言おうとした俺に、センパイは言うなとばかりに俺の手を握る両手に力を……今度は痛みは無い……何処か懐かしさを感じる暖かさを以て握る。

 

 

「わかってます……。

一誠くんが対人恐怖症だってのはわかってます……。

だからこそ、私はその枠から外れる様に努力します……」

 

「な、何でそこまで……」

 

「それは……ふふ……一誠くんに認めて貰った時に言います……」

 

 

 何時も見せるのとは違って見える笑顔でそう言ったセンパイは、話は此処までとばかりに俺の手を引いて歩き出す。

 分からない……何で他人なのにそこまで心を許せるだなんて言えるのか……俺には理解出来なかった。

 

 

「というか、去年のクリスマスにも同じ事言ったのに忘れちゃったんですか?」

 

「いや、一応覚えてますけど、あの時は俺が空気悪くしたからてっきり和ませる為かと……」

 

「和ませるだけであんな事言いませんよ……もう」




補足

彼は人の好意に鈍いというよりは理解が出来ないのです。

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