ヒーローの様に服だけ吹っ飛ばす力も考えもない。
あるのは只、一人の悪魔から与えられる全て以外から『逃げる』……それだけ。
とまあ、中途半端な過負荷が逃げる話です。
バックアップの機能があって本当に助かった……
不意討ちじゃない『正当防衛』だ。
何だろう……なーにか大事な事を忘れてる気がするんだが、それが何なのか全く思い出せない。
その大事な事に対する最後の記憶にしても、確かセンパイの家に行ってイリナちゃんに対する認識の違い的な事を話してた所までは覚えているんだが、そこから先の記憶がドロドロしてて全く思い出せない。
気が付いたら朝になってて、身体がヤケに重くて……センパイが何でか俺と寝てて……………うーむ。
「何があったんだろう……」
ガランとした教室の一番後ろの席に座りながら、かれこれ数時間は考えているが、結局は思い出せずにこうしてモヤモヤとした気分のまんまだ。
恐らく全部知ってるだろうセンパイに聞いても嫌に笑顔なだけで答えてはくれなかったし、謎は深まるばかりだ。
だがまあ……様子から見てセンパイが俺に対して痛い思いをする事とかをしたとは思えないし、あんまり深く考える必要も無さそうかもな。
何よりやけに機嫌も良かったし。
それよか今はこの孤独すぎるこの時間をどう潰していくかが重要だ。
何せ兄者も金髪の元シスターもサボりか何かで今居なくて真面目に一人だし、いい加減スーパーカー消ゴムで遊ぶのにも飽きて来た。
放課後まで後4時間近くあるし、授業中だからセンパイにメール送って遊ぶ事も出来ないし…………あ、そうだ最近
何でも音声会話とメールっぽいメッセージのやり取りがタダで出来るとか何とか……イマイチよく解らんけど世界中で流行ってるらしい。
友達が居なく、話したきゃ直接会いに行ける近い距離感しか親しい人が居ない俺としては無用の長物でしか無いので不必要なのだが、将来の為に一通り覚えておいて損は無いだろうと、センパイから貰い、本当にお金も払わずに使わせて頂いとる携帯を取り出してアプリを起動させる。
「すたんぷ? ほうほう……これを使ってメッセージか……よし」
アプリの説明通りに操作すればこれがまた割りと簡単で、携帯のアドレス帳に唯一載ってるセンパイに対して適当な文とにゃんこイラストのスタンプを貼り付けて送ってみた。
センパイならミュートか電源切ってるだろうから受信の音が鳴る心配も無さそうだし、まあ返事は恐らく直接顔を見せて何か言ってくるだろうから、このアプリの意味が無いだろうけど何て一人笑いながら思う訳だが、此処で不意に気付く。
「そういえばイリナちゃんって携帯とか持ってるのか?」
そう……ここ2日程会ってないイリナちゃんの携帯所持の有無である。
再会した時のインパクトが大き過ぎて忘れてたがどうなんだろうか。
でも教会がどうとかって話だし、イメージ的にそういう所に居る人が機械類を持ってるとは思いにくいというか……いや本当に勝手なイメージだけどさ。
うーむ……。
「よし、こういう時は聞いて確かめよう」
思い立ったら吉日と俺は席を立つ。
既に自習課題は終わってるし、そもそも学級崩壊したまま放置されてるクラスなので、ぶっちゃけると登校してるだけで単位が取れてるらしいので脱け出しても怒られない。
なので、ちょっとイリナちゃんを探し出してから持ってるかどうか聞いてみようと思ったのだ。
センパイも何故か急にイリナちゃんに対して悪いイメージを持たなくなったどころか、『トモダチですから』と目茶苦茶良い笑顔で言うので、会いに行っても怒られはしないだろう……多分。
とまぁ、こんな感じに都合の良い解釈で自分を誤魔化しながら教室を出ようとドアを開けた訳だがーー
「おや?」
「「……」」
どうも俺は自分から何かしようとすると悉く邪魔が入るジンクスがあるらしい。
この時もそうだった。
今は授業中でこの学級崩壊したまんまなクラス以外は皆頑張ってる筈なのに、扉を開けてみればクラスメートでは無い……もっと言えば学年すら違うある人物二人が立っていたのだから、俺は驚きよりも小馬鹿にする笑みが自然と浮かび上がってしまう。
「あーららのら……? おやおやおやおやおや? これはこれはぁ……このクラスには珍しいお客様だ。あは!」
何が原因だか知らんが一人はただただ暗く、冷たい目をし、一人は相変わらず何を考えてるのかわからん、金色の瞳を持つ……正直見てても近くに居ても怠くなると思える黒髪のヒスの人と告げ口白髪のチビなのだから。
「『お兄ちゃん』ならサボりですぜ?」
だから俺は右手をポケットに入れ、忍ばせていた小さな杭と釘を握ってスタンバイする。
だってコイツ等……何よりもメンドクセーもん。
誠八は今日学校に居ない……。
例の聖剣と堕天使の騒動で復讐に駆られてしまった木場祐人を止める為に教会から派遣された二人の聖剣使いと動いている様だが、姫島朱乃と途中までリアスに黙って誠八と動いていた搭城小猫は最近精神が不安定となっていた。
それは何を隠そう……誠八の双子の弟である兵藤一誠のせいだった。
「退いて貰えないか? 俺は今から大切な幼馴染みに会いに行かなきゃならなくてね、残念ながら『お兄ちゃん』も此処には居ないんだから、そんな何時までもでく人形みたいに立ち尽くされても困るんだよねぇ……。
ていうか二人とも授業中だろ? 『お兄ちゃん』と金髪の元シスターさんもだけどサボりは良くないぜ? センパイが怒っちまう」
「……」
「……」
朱乃と小猫は一緒にこの場所に来た訳ではなかった。
それぞれ理由があって……彼に用があるから来た時に偶々出くわしたのだ。
最初は互いに『何故ここに?』と思ったが、何となく考えてる事が読めたので無言で頷き合ったのは今さっきあった話だ。
何の用が悪魔に転生した訳でも無い、単なる人間である一誠に用があるのか……それは互いに分からなかったが、とにかく今は目の前であから様に怠そうな顔をしながら頭を掻いてる一誠と『話』をしなければならない。
しかし、等の本人である一誠はそんな事なぞも知らずに先程述べた通りのやる気の無さだ。
そりゃそうだ。一誠にとっては目の前の二人なぞに関心が無い
彼の中ではソーナ……それに次ぐイリナにしか懐いちゃいないのだから。
「聞いてますー?」
だから一誠は目の前でさっきから不気味に沈黙を保ってる二人の1つ年下の少女と1つ年上の少女に段々イライラを募らせる。
学園中の生徒達は彼女等をやれマスコットだやれお姉様だと持て囃しているようだが、一誠からすればソーナやイリナの方がよっぽど癒させるし、お姉様だと思える。
ましてや、この前の事でヒス起こされたり、自分が原因とはいえ殴り飛ばされた身としては『マスコット(笑)』と『お姉様(笑)』なのだ。
「まーったく、毎回毎回絡む時となると訳がわからない。
なに? そうやって黙って見る為にわざわざ来たわけ? はー暇だねぇアンタ等」
「……」
「………」
「あら、また無視かい」
基本的にソーナや押しの強すぎるイリナや夢の中に現れる安心院なじみ以外には『素』を見せなくなった一誠の言動は嫌にイラッとさせる効果がある。
小猫も朱乃もその被害者になった事もある。
しかしどういう訳なのか、今回の二人は一誠の小馬鹿にした態度にも怒りを見せず、ただただどうやって切り出そうかと気怠そうに片手をポッケに突っ込んでいる一誠を見つめていた。
それが一誠の顔を顰めっ面に変貌させるのに効果テキメンだったらしく、此処に来て初めて一誠の方から気紛れではあったものの二人に対して歩み寄る事となる。
「…………。真面目に何か俺に用でも?」
何かおかしい……。
基本的に他人の心を鑢で逆撫でさせる事しかしない一誠が、ソーナやイリナに見せる顔を見せながら二人に用件を聞き出す。
無気力・無自覚・無関心で通したかったが、どうにもラチが開かないのなら敢えてそれっぽい態度で聞いてやる方が早いからだ。
すると……一誠の態度変えが正解だったのか、二人の少女は此処に来て瞳を揺らしながら、小さく口を開いた。
「話がしたかった……ただそれだけです」
「同じく」
何かにすがる様な……そんな瞳を覗かせた二人の言葉。
王であるリアスでも無ければその仲間である誠八でも無い……殆ど関係の無い人間の一誠と、ただ一言のみでは無いちゃんとした会話がしてみたかった……朱乃と小猫はある理由と彼の人間性を見てしまってから思っていた。
それが偶々今日だった……ただそれだけの理由だった。
「はぁ?」
そんな二人の少女の言葉に、一誠はポカンと口を開けて二人を見つめる。
話がしたい? そんな事でわざわざ授業もサボって来たのか? 二人に対してどうとも思って無い一誠は今の言葉を馬鹿正直に鵜呑みにはせず、何を企んでいるんだかと思案するも、基本的にアホな彼には思う浮かぶ事は無かった。
「なにそれ? ふざけてるの?」
「ふざけてません。私は本気です」
「この前はカッとなってしまいましたが、前々から真面目にお話をしてみたかったのですわ」
無表情のままで言う小猫と、作り笑いにしか見えない表情の朱乃が言うには本気らしい……が、一誠は引き続き疑るような目で二人を観察していた。
「……。話すことなんて無いだろ。俺とアンタ等は温い友情で結ばれちゃいねーしな」
「本当に他愛の無い話で良いんです。例えば――」
「最近こんな事があった、とか……その程度で良いんです。アナタと話をする事で試してみたいんです……」
小猫が言おうとすれば朱乃が続く。
友達でも何でもないのに、ましてやこの二人は
だったら何故ソイツ等じゃなくてわざわざ俺なんだ……誠八が言った通り、居るだけで無差別に他人を
「話す、ねぇ……」
「そうです……。
あ、そうだ。前に私も見た白い猫達は元気ですか?」
「そういえば兵藤君は猫がお好きでしたわね?」
終いには勝手にズカズカと教室に押し入ってから話を始める二人に、ちょっとだけ一誠は圧され始めた。
何の意図があってなのかは分からない……が、どうにもこの二人は俺と話をする事で何かを掴もうとしている……。
「なるほど、なるほどねぇ……?」
気付けば一誠は笑っていた。
何時も他人に見せる吐き気を覚えるドロドロした笑みでは無い……爽やかな好青年を思わせる笑みを浮かべて一人何かに納得して勝手に席に座ってる二人に視線を向けた。
「そっかそっかなるほどね、わかったわかった……ふふ……俺もまだ捨てたものじゃ無いんだね? フフフ……」
「あ……すいません。強引過ぎましたよね……」
「でも、どうしても先輩と普通に話がしたかったというか……」
傍から見れば美少女に持ててる男子と勘違いしてしまうシチュエーションだが、生憎この現場を見てる者は誰も居ない。
初めて……ソーナとイリナ以外に話をしたいなんて言われた一誠は笑みを見せながらイリナ探しを中止して、席に座る二人の少女の元へと近付き、今になって心配そうな顔になる朱乃と小猫に首を横に振る。
「いーえ、どうにも俺がひねくれてるみたいでね、余計な勘繰りしちゃいました。あはは、ごめんなさいね……今までの事を含めて」
誠八とそっくりだが……その
(あぁ、やっぱりそうだ……)
(彼は私よりも最低だ……)
どんなに爽やかに見えても、どんなに愛嬌のある笑顔を見せられても、彼が……一誠が最低の奴に見える。
だが、それ以上に――
((自分より最低な人が居る……これだけでこんなに安心感を得られる……))
宿題を忘れてしまったが、クラスメート数人も忘れていたと分かった時と同じ。
テストの点数が悪くても自分より下の点数をとったと知った時と同じ。
リレーをやってて誰かが転んだせいでビリになり、自分の番より前に負けが確定した時と同じ……。
己より
朱乃も小猫も……毒の様に一誠の持つ
だからほぼ無意識に一誠と話をしてみたくなった。
何時も彼が屁理屈捏ねた後に口にする……
「『俺は悪くない。』」
という只その一言だけを、其々暗い過去を持つが故に言って欲しいが為に……この二人は彼を訪ねたのだ。
そしてそれは後少しの所まで来た……基本的に他人の心をグチャグチャに掻き回しておきながら無関心である一誠が笑みを浮かべながら話をして欲しいという懇願に応じてくれた……。
よかった……これでもっと安心出来る。
朱乃も小猫もそう思った。
そう――
「しかしそれでも………『俺は悪くない。』」
笑みを浮かべたまま一誠が右手を二人の前に翳し、その瞬間に大量の杭と釘が朱乃と小猫の身体を貫くまでは……。
「なっ!?」
「がっ!?」
「だって俺は悪くないのだから……」
突如全身に襲い掛かかった激痛は、二人を現実に戻すのに十二分だった。
不気味としか思えない巨大な杭と釘が自身の身を『感知すら出来ず』刺さり、思わず痛みで顔を歪ませながらどういう事だという目で一誠を見ると、彼は只……笑って二人が言って欲しかったその一言を自分に対して吐いていた。
そして先程と変わらない爽やかな笑みのまま……その場で吐いてしまいそうな程のドロドロした雰囲気を纏って彼は口を開く。
「なまじ自分のツラが良いから俺を騙せるとでも?
友達が少ないから楽にいけると?
俺がセンパイとイリナちゃん以外に仲間意識を持つとでも思ったとか?」
「く……ぁ……こ、これは……あの時の……」
「か、身体が動か……ない……!」
激痛と指すら動かせなくなった状況に一度受けた小猫も初めての朱乃も金縛りを連想させられたまま、へらへらと笑う一誠を見るしか出来ず、その気にさせといきながら呆気なくブチ落として来た事に対して一種の絶望を感じた。
「おいおい、やめてくれないかねその顔するのは?
俺は『お兄ちゃん』と違って迷惑にも救いにもなるだろう善意なんて持って無いし、何よりも勘違い甚だしいぜ」
しかし一誠はそんな二人を見ても罪悪感なんてものは感じないし、寧ろ口を半月状に吊り上げた黒く禍々しい笑みへと変貌させたまま、巨大な釘と杭を新たに持つと…………。
「悪魔の癖に甘めぇんだよ」
何の躊躇も無く二人の額に突き刺した。
「――」
「――」
声すらあげられず、額から大量の鮮血を辺りにぶちまけながらカクンと首が下を向いたまま動かなくなる朱乃と小猫。
「まったく……顔が良いから俺が喜んで聞くとでも思ったのかねぇ――いや、もしかして『お兄ちゃん』が実はそんなタイプだったとか?
まあ、どうでも良いか。こっちはイリナちゃんに聞きたい事があるってのに余計な時間だったってだけだし、キミ等の事もどうでも良い。
話がしたけりゃ頼りになる『お兄ちゃん』にでもするんだね……あははは!」
動かなくなった二人にケタケタと笑って宣う一誠は、元々この二人の話に応じる気なんてなかった。
何故勝手に態度を軟化させてるのか……なんてのもどうでも良く……単に時間を取られた仕返しがしたかっただけだ。
「それじゃーね『幸せ者』。
そうやって不幸を不幸と呪ってる内は永遠に中途半端な俺にすらなれないよ……ふふふ」
血塗れで動かなくなった二人に、一誠は綺麗な笑顔を向けると、そのまま口笛吹きながら教室を出て行く。
「おっと忘れてた……
扉を潜る瞬間、小さくそう呟きながら……。
ふぅ……とんだお客さんに時間を浪費してしまったが、気付かれずに色々仕込んでたお陰で上手いこと逃げられたからイーブンって所かな。
身体に付着した誰かさんの血をハンカチで拭きながら門を出た俺は、さてさてと声に出して思考を切り替える。
それは勿論、今何処で何をしてるか分からないイリナちゃんを探す為だ。
「つっても何処で寝泊まりしてるとか聞いてなかったんだよなぁ……困ったね」
仕事とやらで街に戻ってるイリナちゃんが何処に居るのかを把握してなかったりする訳で、早速困りながらテクテク歩く。
センパイの居場所とかなら何と無く分かるから探すに困る事は無いんだが、イリナちゃんは最近再会したばっかりだからそうはいかないし……ま、この街内を歩いていればその内出会すでしょう。
そう呑気に構えてまずはこの前お金を渡した駅近くの場所に赴いてみたが……結果は居ないだった。
「むー……居ない」
確か敵か何かに物を奪われ、それを奪い返すか破壊するかってのがイリナちゃんとあの青髪の人のお仕事らしいが……まさか既に死んじゃった――は無いな。
あの子は何と無く殺されてもゾンビの如く復活しそうだし……等と勝手な事を考えながら別の場所に行こうかと人気の無い街外れの道を歩いていたまさにその時だった。
「カッコつけハッケェェンンン!!!」
「え…………?」
後ろ? いや違うね、真上から聞こえる薬でも決めてそうな声が聞こえ、思わず上を見た瞬間だった。
いやホント、何が起こったのかその時は分からず……こう、ヒヤッとした何かが俺の頭に触れたと思ったらそのまま意識がブラックアウトした。
はぐれ悪魔という者が存在する様に、はぐれエクソシストという者も存在する。
主に神に遣えし身でありながら異端と呼ばれる真似をやらかして追放されてしまったのがソレだ。
そしてその中の枠に見事入ってる少年、フリード・セルゼンもまたはぐれエクソシストとして色々とやっていた。
「くっひゃひゃひゃ! ザマーミロ腐れ悪魔チャン!! この前の仕返しだばーか! ひゃひゃひゃ!!」
真ん中から綺麗に割かれ、目を丸くしながら地面に転がってる茶髪の少年の亡骸に向かって狂った笑みを向けて罵倒する白髪の少年であるフリード。
仕返し……という言葉から察するに、どうやら過去に何かしらされたみたいで、それが今殺害という形で晴らせた事に相当な愉悦を感じていた。
「ドグサレた化け物なんて居なくてとーぜん! 後は旦那に頼まれた通りあのアマちゃん共から聖剣回収してオサラバってね~!」
右手に持つ長剣の先でグリグリと肉塊となってる少年の内蔵と思われる箇所を弄くるフリードを、只の一般人……それもちょっと心臓が弱い者なら一発でショック死してしまいそうな絵面だったりするが、運良く此処は街外れだったりするので誰にも目撃されず、ただただフリード少年の狂った声だけが木霊する。
「っとと、聖剣ちゃんがばっちくなっちゃうからそろそろ止めてアマちゃん2匹探さないと~」
かなりの恨みがあったのか、物言わぬ少年の亡骸を剣で更にグチャグチャにかき混ぜていたフリード少年は独りそう呟くと、よっこらせと持っていた剣をしまって現場から背を向けて歩き出す。
さて、一つ此処で問題がある。
このフリード少年が口にした悪魔という単語と今肉塊と化している少年――いやぶっちゃけ一誠。
お分かりになると思うが、一誠は悪魔では無く、ほんのチョッピリ気持ちが悪い只の人間であり、悪魔と呼ばれるのはその兄である誠八である。
「…………」
「さぁてと……何処にいるのか――」
つまり大体の予想通り、このフリード少年は過去の恨みのせいで見誤っていたのだ。
「痛いなぁ……酷いじゃないか、不意討ちの挙げ句死体蹴りまでお見舞いしてくれさー」
過去に殴り飛ばされた相手である誠八と……この
「な――ありゃ?」
暢気な声が背後から聞こたフリード少年は、珍しく一瞬身体を強ばらせつつ背後を振り返ろうとした。
んなアホな、きっちり聖剣でズタズタにしてやったし、呆気なさ過ぎて拍子抜けしちゃったけどちゃんと死んだか確認もした。
しかしこの声は紛れもなくさっき切り刻んでやった筈のムカつくクソ悪魔の声だ……そう思いながら振り返ろうとフリード少年は突如背中に激痛が走り、顔を歪ませる。
「な、なんじゃこりゃ……?」
思わずそんな声を出しながら、両足の力が抜けて糸が切れた人形の様にカクンと両膝から地面に落とし、背後では無く己の胸元を見つめる。
そこには背中から貫通した巨大な何かの尖端が見え、口の中は血の味が広がる。
「な、なぁんなんですかぁ……!」
訳がわからない。
不意討ちで殺してやったのに、その相手は背後で何事もありゃしないといった様子の声を聞かせてくるし、背中になにかを刺されてしまってるし……フリード少年はゴフッと口から血を吐きながら恐る恐る後ろを振り返ると、そこに居たのは――
「現代に甦った辻斬りに遭遇するとか運悪すぎだぜ俺は……なはは」
殺してやった筈の男だった。
「しかし何だ……卑怯とは言うなよ? これはお互い様なんだから。
キミが誰だかなんて俺は知らないし興味も無いけど、こうまでされたら仕返しはきっちりしないとさ。
ほら、友達に親切にされたら親切を返すように、不意討ちされたら不意討ちしかえしてあげる……それが礼儀ってもんじゃない?」
「は、はぁ……?」
無傷の状態で右手に巨大な杭を、左手にこれまた同じく巨大な釘を持ってへらへらと笑う一誠に、フリード少年は混乱する。
何故生きてるのか、というか無傷っておかしくね? と、様々な疑問が頭の中でループするが、やがてそれすらも考えられなくなる。
「だからこれは『正当防衛さ』」
「ッッ!!」
吐き気すら覚える笑顔の一誠が、地面に膝を付いて動かない標的に向かって投げ付けた杭と釘が、それぞれ喉元と額に刺さる。
ドスっと皮膚を貫く音と共に、今度はフリード少年の意識が先程の朱乃と小猫と同じように鮮血を撒き散らしながらブラックアウトする。
「まあ、結局不意討ちでも逃げてしまうから勝てない訳だけども……。
しかし……日に2回も使うなんて、そろそろセンパイに怒られそうで凹みそうだぜ」
そして残ったのは、一誠の無気力な声だけだった。
補足
地味に8割方一誠くんに塗りつぶされたせいで、嫌悪どころか安心感に傾いてしまった朱乃さんでした。
その2
小猫さんもまた同様ですね。
その3
二人は
ちなみに、もしも彼女等が誘惑したらガチで殺ってた可能性もあったり……。
その4
ソーナさんをセンパイ呼びに戻してるのは……普段だからです。
こう、二人にとってマジな時は名前呼びなります。
その5
不意討ちが失敗してたら間違いなくまた殺されてたのは一誠です。
なんせ素の戦闘力は野良犬に負け越し中ですので。
そして彼もまた心にダメージを負ったとはいえ『無傷』です。