一人の過負荷というのが起爆剤となり、今や既に一人は三人となった。
そして今、その三人は対峙する。
「さてさて、夜の学校で夜遊びしたい俺だけど、その前にやらなくてはならないことがあるってのは――ま、二人なら分かるよね?」
全身を真っ赤な血で染め上げているのにも関わらず、ニコリと人懐っこい笑顔をつい今しがた殺し合おうとしていた二人の少女に向ける様は却って不気味さを助長し、二人の少女……つまりソーナとイリナは互いに無言で排除しようとした相手に視線を向けながら口を開く。
「一応解ってるつもりですよ一誠くん」
「止めに来たんでしょう?」
理解しているからこそ二人は頷くと、一誠はニコニコと血塗れ姿とは真逆のギャップを感じさせる笑顔で二人に近付き、頷くソーナとイリナに無邪気な声を聞かせる。
「そうだが……ふふ、俺がキミ達を無理矢理力づくで止めるなんて事は出来ないのもよーくわかるね?
なので、正確には争うのも馬鹿馬鹿しく思える程にこの場をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやろうかなーとか何とか思ってたりします!」
素の戦闘能力が人並み以下で、スキルに頼って漸く食らい付けるというレベルでは、同じくスキルを持つ二人を止めるなんて正攻法ではほぼ不可能。
故に一誠は二人の間に入り込み、徹底的に邪魔をする……その為だけにこの場に馳せ参じたのだ。
「そんなに殺し合いがしたければ、いっそ俺を完全に殺してからにしてくれたまえ……フフフフ」
ユラユラと笑いながら近付く一誠の右手には杭が、左手には釘が其々握られており、今まで逃げてばかりだった彼が初めて好きな二人に対して歯向かおうとしいう意思が見え隠れしていた。
「大体酷いよ二人とも……。
俺を置いてきぼりにして二人だけで遊んでるなんてさ……」
「別に遊んでた訳では無いのですが……」
「うん、私はこの悪魔からイッセーくんを解放しようとしただけだもん」
ポタポタと流れるどこの誰かの血が目元を伝い、まるで一誠が涙を流しているようにも見えたソーナとイリナはちょっとだけ顔を曇らせる。
そう……二人が対峙している理由はまさにこの一誠という少年が理由なのだ。
一誠という少年が好きだからお前が邪魔だとソーナとイリナは互いが互いを排除しようとしていたのだ。
つまり…………。
「私は彼女と良いオトモダチになっても良いと思ってたのに、彼女がそれを拒んだのです。
だから『私は悪くない。』」
「イッセーくんをたぶらかした、そしてトモダチと言いながら結局は私を邪魔と思ってる。だからそれ相応な目に遇って貰おうと思った。
だから『私は悪くない。』」
二人にとって一誠を悪いと思わず、だからといって自分が悪いとも思っていない。
だからこそ、己は悪くないとキッパリ言い切るのだ。
「へぇ、じゃあそれをめちゃめちゃにして邪魔しても問題ないよね?
別に仲良しこよしじゃなくても俺は散々そんな事は止めてくれと言ったもんね?
だから徹底的に邪魔しても『俺は悪くない。』」
そんな二人の言葉に、一誠は一切動じる事無く自分も悪くないと言い返す。
互いが互いのせいにし、あくまでも自分は悪くないと言い切る三人の目……そして雰囲気はドロドロと身体にまとわりついて来そうな気持ち悪さが滲み出ていた。
恐らく第三者が近くに居たら心を凍らせ、吐き気すら催すだろう黒く冷たい空気である。
「ところでなんだけど、俺達はこうしてどういう訳か戦いますよ的な雰囲気なんだけどさ、どうだろ、この際だしひとつ賭けをしないかい?」
「「?」」
そんな空気の中だと言うのに、いや一誠にとってはそんな空気だからこそ、今にも戦闘開始だった空気をぶち壊す様な声で、一言『賭けをしないか』と二人に持ち出す。
言葉にソーナとイリナの目元がピクリと動き、嫌にニヤニヤしている一誠に視線が向け、眉を潜める。
というのも、賭けやらその他やら、とにかく『勝負事』という概念でほぼ確実に負けるということを自覚している上での提案なのだ。
ソーナもイリナも、妙に自信あり気な一誠を怪しむのも致し方ないというものだ。
その血塗れの姿となる原因で、校庭から感じていた複数の気配とのやり取りが一誠に自信をもたらしたのか……。
「そうだな……今から君達が二人かがりで俺を屈服させられれば、君達の望むような事を何でもしてもらう。
で、俺が君達を何とか出来たら、今日の晩の二人は俺の家で『XXLサイズの袖ダボダボ裸Yシャツ』になって……まあ、ムフフなことをしてもらおっかな!」
或いは只の馬鹿なのか――その答えはキラキラした顔でソーナとイリナに堂々と言い放つ一誠にしか分からない。
「………」
「………」
が、どちらに転んでもソーナとイリナにとって望むべき事だったりする事を察して無い辺り、後者だという方のが有力なのかもしれない。
「さぁて、センパイとイリナちゃんのダボダボ裸Yシャツの為に、俺っち頑張っちゃうぜ!!」
「紫藤さん。相談があります」
「……。何かしら、と言いたい所だけど……言いたい事は分かるわ――取り敢えずアンタを壊すのは後にして、イッセー君のご要望を叶えてあげないとね」
血塗れで杭と釘をブンブン振り回しながらはっちゃける一誠に視線を向けたまま、二人の少女はそれだけの言葉を交わす。
出来るならこの女を黙らせてから後でゆっくり一誠の要望にお答えしてやるつもりだ。
だがしかし何気に二人共などと、ソーナとイリナにとっては浮気的な言葉を平気なツラして宣ってるものの、一誠は二人がそうなると嬉しいのだから、取り敢えず今だけは矛を納めんでも無い。
つまり――
「え、あれ? 何で二人して俺を見てるの? 喧嘩は――しべ!?」
「ごめんねイッセー君?」
「取り敢えず見たいというなら、見せないわけにもいきませんので……という流れでお願いします」
潰し合いより一誠の要望が最優先なので、取り敢えず優しく気絶させてからお持ち帰りしてしまおう……コカビエルとかその他の反応も消えてるし。
開幕直後の一撃で目をぐるぐる回して気絶している一誠の肩を左右から抱えたソーナとイリナは、そのまま彼の自宅へと帰ってしまうのであった。
(紫藤イリナさん。貴女がどう足掻こうとも一誠くんはもう私のものなんですよ……裸Yシャツとやらで誘惑しようともね)
(スタイルなら確実に私の方が上だし、どうせこの悪魔の身体じゃあイッセー君も満足しない……フフフ)
こうして、幸か不幸か戦いの意味合いが別ベクトルになってしまい、この先どうなるかは一切不明なのだった。
一誠が逆お持ち帰りされたその頃、様々な大きさの釘と杭の山と化した駒王学園に一人の少年が舞い降りる。
「チッ、コカビエルはあそこで串刺しか」
月明かりが照らす夜の校庭にソレは面倒そうな声を出している。
暗い銀髪に蒼い瞳を持った少年は、噎せ返るような血の臭いがする校庭内を若干イラつきながら歩き、お目当てのモノを探し当て、そして見下ろしていた。
「コカビエルとあろうものが人間に此処までされるとはな……」
巨大な杭と釘で全身を貫かれ、ピクリとも動かない今回の騒動の火種のひとつである堕天使・コカビエルを見下ろしながら、銀髪の少年は小さく独り愚痴る。
完全には死んではいない様だが、恐らく意識を取り戻しても精神に甚大なダメージを負っているだろう。
まあ、その方が仕事も楽だから構わないが……と命じられた回収任務について思いながら辺りを見渡す少年の目に映るのは、コカビエルの他にも串刺しにされたまま横たわる様々なモノだ。
地獄の犬コロ然り、コカビエルの協力者然り、現ルシファーの妹とその眷属然り。
予想の通り、現レヴィアタンの妹とその眷属の姿は見えなかったが、何よりも怒り覚えるのはグレモリー眷属の一人であり、今自分の足元で転がっている一人の転生悪魔だ。
「赤龍帝……お前まで人間にやられてるとは失望したぞ」
背中に大量の釘と杭が刺さった状態で横たわる、現赤龍帝・兵藤誠八を怒りの色を隠せない瞳で見下ろし、小さく罵倒するも誠八は一切動かない。
しかしそれでも少年は罵倒を止めない。
「人間の……それも
これも彼女の読み通りか……」
本来なら自分の最大の好敵手となるべくする相手がこの様と……少年は
「この趣味の悪い惨状を作った
他の気配も感じる……………はぁ、全部貴女の目論み通りという訳かい?」
安心院さん……。
この場に横たわる誰でもない名を口にした銀髪の少年は脈絡もなく現れた新たな気配を背後に感じ取り、ゆっくりと振り向く。
するとそこに居たのは、少年と見た目の歳は変わらない一人の少女が薄く笑みを浮かべながら佇んでいた。
「どうかな。僕としては一誠くんを起爆剤に
腰下まで伸ばした長い白髪と、日本の巫女服を思わせる白装束に身を包む少女はまるで親しい友の様に少年の名を口にしながら、地獄絵図な校庭を下駄の音をさせて歩き、ヴァーリと呼ぶ少年に近付く。
「彼のスキルは全て後だしジャンケンだからな。先手打ってスキル自体を無効化すれば後はデコピンでどうにでもなるけど、まあ、此処で串刺しにされてる連中達はそんな事は知らないから防げなかったがな」
カランコロンと気持ちの良い下駄の音が静かな校庭内に響き渡る。
「しかし、
この世のルールも簡単にねじ曲げる……まるで神様の様だ。
これで木場祐人君の
「本人はそんな自覚も無く、煩いという理由で消しただけらしいな?」
「それが彼なんだよヴァーリ君。
嫌な現実から逃げ。都合の良い幻想に逃げ。何でもかんでも取り敢えず逃げることを考える。
それが、何処の『誰か』に改変された兵藤一誠という男の子なのさ」
「…………」
何処か愉しげに、子供がとって置きの玩具を自慢するかのように話す安心院なじみにヴァーリは只黙って見つめていた。
「さぁてと、もたもたしてると煩い小僧とかち合ってしまうし、そろそろ僕を『トモダチ』と宣った彼のもとへと行こうかな」
「小僧? あぁサーゼクス・ルシファーの事か?」
「そうそれそれ。
相変わらず小僧のまんまで嫌になるぜ」
「俺としては赤龍帝と戦う価値が無いと分かったし、アンタと戦いたいんだがな……」
「おいおいやめてくれれよ。
こんな可憐な少女に暴力か? 戦闘狂も良いが、キミは少し女性の扱い方を考えるべきだぜ」
飄々とした態度でアプローチをかわした安心院なじみにヴァーリはちょっと残念だった。
いや、まあ…………本当に戦う事になったら何秒持つか分からないが、以前挑んだ時のコンマ1秒負けよりは持つ自信があったので試したかったのだ。
結果は断られたが。
「フラれたか。
まあ良い。それなら次会った時は戦ってくれよ安心院さん?」
「その内気でも乗ったらね坊や」
フリフリと手を振りながら校舎裏へと歩いていく安心院なじみの背をじーっと暫く見つめるヴァーリは、一応生きてはいるコカビエルとその他協力者と共にその場から消える。
そして後に残ったものは……。
「うっ……?」
串刺しだった筈が嘘の様に無傷なグレモリー眷属達だけだった。
めちゃくちゃ無理矢理ですが、これで終わりかも……多分。