マイナス一誠とシトリーさん   作:超人類DX

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初期→卑屈

中期→中途半端

現在→ソーナさん好きすぎ最低野郎


そして……周囲に影響させる力も増大。


種蒔き一誠くん

 殆ど喧嘩を売るような真似をソーナは平然としたせいで、シトリー家の次期当主としての評価は最低に近いものだった。

 いや近いじゃなく完全に最低となった。セラフォルーが必死こいてフォローしたのも虚しく『向上心の欠片無し、自分の血筋に対して健全ではない、目上に対する尊敬もない』という、散々過ぎる評価を降されてしまった。

 

 

「い、良いんすか会長? これじゃあいくら何でも……」

 

「言いたい事はわかるし、十二分にアナタ達を幻滅させた自覚はあるわ。

けれど、自分の本質を隠して生きるのは嫌なのよ、あの日私達は誓い合った様にね」

 

「誓い合った相手は兵藤くん、ですね?」

 

「そうよ……ふふ……」

 

『…………』

 

 

 シトリー家に戻り、精神をある程度回復させた両親に会合での行動について怒り、早速のお説教を受けたソーナは、集まった眷属達の前でニコニコヘラヘラしながら、これまで表に出さなかった本質(マイナス)を隠さないと宣う。

 

 当然眷属達は――特に匙は表向きの性格をしていたソーナに惚れ込んでいたのもあり、かなり複雑だったが、一誠というソーナの隠していた本質に最も近い存在による共鳴により、互いに惹かれ合っている事を知ってしまってる為、失恋にも似た気持ちでソーナのこれからについて反対出来る訳が無かった。

 

 

「最初から俺に脈なんてありはしなかったんですね……」

 

「私から言っても嫌味にしかならないと思うけど、そういう事になっちゃうわね。残念だけど……」

 

「ええ、わかってます、けどだからといって俺は会長の兵士を止めるつもりはありません。

そうじゃなくても貴女には多大な恩がある」

 

「それは家の力が大半で私は殆ど何もしてないわ」

 

「それでもです」

 

 

 ソーナが素で楽しく、心地よく、安心させられる相手は匙より遥かに『弱い』人間の一誠だけというのは、既に痛いほど思い知ってる。

 弱い癖にソーナが好きで、弱い癖に自分ならまず出来なかっただろう、悪魔への喧嘩を平然と売り付け、挙げ句逃げる。

 

 どれもこれも匙には出来ない……歯がゆすぎる真似。

 真正面からでは無く、右斜め後ろからグサリと鋭利な刃物で刺して来るようなやり方……言ってしまえば卑怯なやり方をする男。

 

 

「でもやっぱり悔しいっす」

 

 

 いっつも生傷だらけで、最近は周囲の嫌悪を受けてもヘラヘラ笑って見せる人格破綻者に一人の女性を巡って負けた。

 自嘲気味に笑って悔しがる匙に、ソーナを含めて眷属達は――特に匙に仄かな想いを持つ者達は悲痛な面持ちだった。

 

 

「兵藤達は人間界に今日にでも帰るんですか?」

 

「ええ、本当は何故かリアス達と行う事になっちゃったレーティングゲームの日まで居て欲しかったのだけど、あんまり我が儘言うのもね。

父と母はさっさと帰って欲しいみたいだし」

 

 

 そんな少女達の眼差しに気づいてない匙は、気持ちを切り替えようと一誠が本日人間界に帰るのかという話題をソーナに振る。

 サーゼクスからの招待を受け、それが終わればさっさと帰るのが当初からの一誠達の予定であり、後はソーナが人間界で使ってる自宅でお留守番する段取りだった。

 

 一応自らの評判を地に向かって投げ落としたとはいえ、ソーナはシトリー家の次期当主な為冥界に残らなければならないので、ほぼ一ヶ月は一誠と会えなくなる計算だ。

 

 

「会長が頼めば余裕で残るって言いそうですがねアイツ……」

 

「そうかもしれないけど、多くの悪魔から既に嫌悪を持たれてる以上、残ってもらう訳にはいかないわ。

紫藤さんもゼノヴィアさんも嫌でしょうし」

 

 

 匙の意見にソーナは静かに首を横に振る。

 

 確かに今述べた通り、一誠にもう少し冥界に残って欲しいとでも頼めば、ソーナ大好き人間である彼の事だし即頷くだろう。

 だが此処は人間よりも力の強い悪魔だらけの異界。

 既に悪魔をも嫌悪させる程のマイナス成長が著しい一誠が残ってみろ、イリナもそうだけど毎日が嫌悪の感情や行動を向けられるだろうし、誠八みたいな輩に暴力を振るわれる。

 

 現実と幻想を入れ換えるスキルで死をも欺ける一誠なので、ぶっちゃけ誰も殺せやしないが、殴られるとわかってるこの冥界に自分の感情を優先させてまで残って欲しいとは思いたくない。

 

 受け入れたとはいえ、ソーナにしてみれば覚醒前の卑屈な一誠を知ってるので。

 

 

「別に四六時中一緒じゃないと生きていけないって訳じゃ無いし高々夏休み中会えないってだけよ。

心配しなくても大丈夫」

 

「はぁ……」

 

 

 薄く微笑むソーナに眷属たちは気の抜けた様な声を出す。

 意外にもソーナと一誠はそこら辺が結構ドライだったという一面を知ったからどうだって訳じゃないけど、それでも少しだけ意外だったので、微妙な相槌をしてしまったようだ。

 

 

(……………。というのはこの子達への建前で、本当はかなり不安なのよ? だって紫藤さんがその間に絶対一誠くんに何かするだろうし)

 

 

 内心は凄く不安がってたりするソーナの本心に気付かずに……。

 

 

「ところでその兵藤達は部屋で帰る準備ですか?」

 

「準備なら昨日の時点で終わってる。今三人は外よ」

 

「え!? そ、外って、外に出たら悪魔の住人の方々に何かされるんじゃあ……」

 

 

 結局帰る方向は変わらずに話はそれで終わりを迎えたのだが、ふとその一誠達の姿が見えないと気付いた匙の質問にソーナは軽い調子で外に出払ってると返すと、一誠が学園だろうが冥界だろうが嫌悪される事をよーく知ってる他の眷属の一人が驚いた様に危険じゃないのかとソーナに問う。

 

 

「ええ、確実に何かされるわ。

けど、手を出せばタダでは済まされない誰かと一緒なら問題無い。そうは思わない?」

 

「手を出せない相手と一緒?」

 

 

 ソーナの意味深な言い方に全員が頭に?を浮かべる。

 まさかサーゼクスと会ってるのか? と会合時でのやり取りを思い出す眷属達は、クスクスと笑いながら『意外な方と接点が出来るなんて思わなかったわ』と呟くソーナを見つめるのだった。

 

 

 

 

 元々、兵藤誠八の弟という理由である程度彼がどんな人間なのかという探りは行っていた。

 その探りの結果は、兄の才能に何一つ勝てやしない凡人で、それによって卑屈気味になってしまってる人間。

 

 というのが、私達の認識だった。

 

 そう――『だった。』

 

 

「久しぶりだね白音? 元気してた?」

 

「黒歌……姉さま……!」

 

 

 全てはシトリー先輩と関わる様になってからその歯車は狂った気がする。

 卑屈を通り越したナニか、開き直った様な変質。

 

 最早今の兵藤一誠先輩は、卑屈にセーヤ先輩を避けていた時の様な人じゃない。

 圧倒的に酷くて、圧倒的に不幸で、それを受け止めて何時もヘラヘラ笑ってる理解できない人。

 

 

「会場に紛れこませたこの黒猫一匹でここまで来てくれるなんてお姉ちゃん感動しちゃうにゃ~?」

 

「姉さま、これはどういうつもりですか? 何故アナタがここに……!」

 

 

 でも、だからこそ朱乃副部長とも話し合って分かった事だけど、私達はもしかしたらヒーローみたいなセーヤ先輩より、シトリー先輩や最近じゃ聖剣事件から加わる様になってる悪魔祓いの二人組側なのかもしれないと思ってしまう。

 だって、私も朱乃先輩もほんの少しだけ思ってしまってるのだ。

 

 

『大丈夫大丈夫……キミ達の抱える嫌な事はぜーんぶ俺が『否定』して『逃げさせて』あげるから』

 

 

 こんな台詞を言って欲しいという願望が。

 勿論、あの人にそんな事を言われた所で本当にその願望が叶うなんて思っていない。

 先日の会合でも無意味に嫌悪されて一方的に殴られて反撃もできず、悪魔祓いの二人やサイラオーグ様に庇われてしまってるのだし、期待できる話じゃない事ぐらいはわかってるし、あの人も私や朱乃先輩に興味なんて欠片も無い筈。

 

 でも、あの悪魔祓いの二人……特に何の接点も無いゼノヴィアという人がすんなりとあの人達のドロドロした輪に入れたのだと思ってしまうと……。

 

 

「怖い顔しないでよ、ちょっと野暮用なの。

悪魔さんたちがここで大きな催ししているっていうじゃない?

だからぁ、ちょっと気になっちゃって。にゃん♪」

 

「そうですか、じゃあ私を個人で呼ぶのは止めてください」

 

 

 あぁ、もしこの状況から逃げらる手段があるなら……私はあの人に死ぬほど感謝できる自信があるな。

 

 はぐれ悪魔なのに冥界に侵入し、あまつさえ私を人気の無い森に呼び出した『姉』とその仲間だと思われる男の人を前に、私は頼りになるセーヤ先輩達では無く、殆ど関わりが無い……けれど放つ異様な――されど心地好い雰囲気を放つひょろひょろの先輩の姿を思い浮かべるのでした。

 

 

「うん、わかった――と言いたいんだけど、実の所白音を連れ出すつもりなんだよね? 一緒に来てよ? また仲良くしよ?」

 

 

 あぁ、こんな事なら周囲に相談も無しにノコノコ一人で来るんじゃなかった。

 どうやら久しぶりに顔を見た姉は、私の置かれた状況をガン無視で私を連れ出そうって魂胆らしい。

 

 はぐれ悪魔になってるのにこの場所に居る事はそういう事だし、そもそも今までこの人は何処で何をしてたのやら……。

 

 

「嫌です。アナタが何処で何をしてたのかも知らないし、聞きません。

私はリアス・グレモリーの戦車ですから」

 

「ふーん、随分とあの女に懐いてるんだぁ……へー? 嫌だなそれ」

 

「おいおい、勝手に連れ出したら騒ぎになるしヴァーリが何て言うか……」

 

「大丈夫よ、白音には仙術を扱える才能があるって言ったらヴァーリも納得するにゃん」

 

「そらそうだがよぉ……」

 

 

 ヴァーリ? 確かその名前は三大勢力の会合で耳にしたし実際見た白龍皇。

 アザゼルさんが禍の団に寝返ったってめんどくさそうに言ってたけど、まさかこの人、テロ組織に与したって事? そしてあの男はその仲間。厄介だ。

 

 

「私の仲間が周りで待機してるというのは考えてないんですか?」

 

 

 冗談じゃない。テロ組織に連れていかれた挙げ句勝手に寝返ったなんて吹き込まれたら今度こそ私は死ぬ。

 リアス部長に保護された事で今の立場を維持できたのに、勝手に流されていくのはごめんだ。

 

 ここはブラフを噛ましてでも乗り越えるべきで――

 

 

「それは嘘だろ、あんまり俺達を嘗めて貰ったら困るぜぃ黒歌の妹? 今この周りには何の気配も無い、だからお前一人……だろ?」

 

「………………」

 

 

 ………そんな都合良くなる訳がないか。

 最悪だ……バカ正直に一人で来るんじゃなかった……。

 

 

「白音、大丈夫だよ? 今度こそお姉ちゃんが守るから、ね? 一緒に行こうよ? 追われても追い払えるからさ」

 

「………」

 

 

 姉が微笑みながらゆっくり近づいてくるのに合わせて私は後ろに下がるけど、全力で逃走を図った所で絶対に捕まる。

 昔からそうだ……この姉は私は所詮ただの出涸らしと思ってしまう程に才能の塊。

 

 だから私は嫌いなんだ……そして共感してしまうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「イリナちゃーん、ゼノヴィアさーん、サイラオーグさぁん…………うぅ、完全に迷子だこれ」

 

「「「!?」」」

 

 

 兄弟を避けようと思うその心理が。

 

 

「誰?」

 

「いや、誰っていうより何時から居たんだ? 気配なんてまるで―――うっ!? な、何だよコイツ………!?」

 

「…………。兵藤、先輩……」

 

 

 左側の顔以外は全て包帯に巻かれたズタボロな出で立ち。それは冥界に入ってから負った数々の生傷……と思う。

 撫で肩、セーヤ先輩より頭一つ分は低いかもしれない身長、そして何より感じる吐き気を催す形容しがたい雰囲気。

 

 それは間違いなく、ある意味セーヤ先輩以上に印象深く残ってしまう最低な人……兵藤一誠先輩だった。

 

 

「ん? あー!? やっと人が居た! すいませーん! この無駄に広すぎる森の出口ってどっちですかー?」

 

「う、こ、こっちに来るぜぃ……」

 

「な、なにアレ? 気持ち悪い……」

 

「…………」

 

 

 何か理由があってこの場所をさ迷ってたらしく、それも一緒に居た人たちとはぐれてしまったのだろうか、大分メソメソしてた様に見えた先輩が此方に気付いた瞬間、本当に心底気持ちが悪い貼り付けた笑顔を浮かべてこっちに近づいてくる。

 その出で立ちは全身ほぼ包帯だらけというのもあって中々に凄みもあり、黒歌姉さまとそのお仲間の男の顔色を変えるに至っていた。というか、早速初対面の相手に無意味に嫌われる才能を発揮してる辺りは流石かもしれない。

 

 

「もうかれこれ三時間は迷っちゃいましてぇ? このまま力尽きてウジ虫の餌になっちゃうかと……いやはや今世紀最高の運が発動できて助かった!」

 

「………」

 

「…………」

 

「……………。何をしてるんですかアナタは?」

 

 

 黒歌姉様すら引かせる程だとは思わなかったけど、この状況に置いては正直かなり心強い。

 そう感じざるを得なかった私は、心の奥でホッとしながら思わず兵藤先輩に話しかけてしまうと、黒歌姉さまと男と人は驚いた顔をする。

 特に黒歌姉さまは驚きの他にショックを受けた様子だった。

 

 

「へ? えっと、何だっけキミ?」

 

「塔城です。いい加減覚えて欲しいんですけど」

 

「塔城? んん? ……センパイの眷属にそんな人居なかったけどな。サイラオーグさんの眷属にも居ないし……あ、『お兄ちゃん。』のシンパか?」

 

 

 お兄ちゃん……つまりセーヤ先輩の事を指してるでしょう、思いきり皮肉を込められた様に聞こえるお兄ちゃんという言葉を私は気にしない様に努めつつ、シンパという言われ方にちょっとムッとする。

 というかこの人、サイラオーグ様を何で親しげにさん付けで呼んでるのだろう? 確か会合の時唯一この人を庇ったのがサイラオーグ様とリアス部長が嫌そうな顔で言ってたけど、その伝なのだろうか?

 いや、それより今はシンパ呼ばわりを訂正しないといけない気がする。

 

 

「シンパというのを止めてください。別にシンパじゃないんで」

 

「ふーん? てっきり『お兄ちゃん。』の優しさ(笑)にコロッとメロメロにでもなったクチと思ってた―――――あ、キミの事思い出した、前にジローとコジロー達をモフモフしてた所を盗み見してた子だろ?」

 

「……………。まあ、盗み見したのは否定しませんけど、嫌な思い出し方はやめて欲しいです。もっと他にあるんじゃないですか? ほら、私が猫耳出せる所とか」

 

「え? あぁ、んな特技あった。けどなぁ、人間みたいな姿で頭に猫の耳生やした所で、正真正銘の猫様にゃあ可愛さで勝てる訳ねーっつーか、どう解釈しても本物にゃんこを冒涜してるというか……………そういやキミってそんな喋るタイプだっけ?」

 

「実はピンチなんです私。そのせいか何時も以上に口が回るんです」

 

「は、ピンチ? どこが?」

 

「誘拐され掛かってるという意味でです」

 

 

 と言って、私は先輩を嫌悪した顔で睨んでる二人組に視線を向ける。

 先輩に指摘された通り、何時もならその気持ち悪さで参ってしまうのが嘘の様にベラベラと舌が動く…何か不思議だ。

 

 

「……………え、あの二人に誘拐されそうなの?」

 

「はい」

 

「何で? つーか誰?」

 

「片方はその……姉です。もう片方は知らないです。多分姉の仲間……」

 

「姉? 姉!? あらー……随分エロい姿したねーちゃんだね」

 

 

 ……。本当にどうしたんだろ私。殆ど話せなかった先輩とこんなに話したのも生まれて初めてかもしれないし、言わなくて良いことまで話してるし。

 

 

「まぁでもセンパイの方がやっぱ綺麗だな。なんつーかありゃ微妙だ……」

 

「センパイってシトリー様……?」

 

「うん、キミのねーちゃんの手前言うのも何だけど。どーもあれは魅力的じゃない。

あれか、あの人『お兄ちゃん。』タイプだからだな」

 

 

 でも流石。ある意味一番この中で存在感があるせいかすっかりこの人ペースになっていて、姉さまもその仲間もどうしたら良いかわからないって顔になってる。

 

 

「んーで、キミは今その姉から誘拐されそうになってると? …………姉なんだから誘拐もクソもなくね?」

 

「いえ、姉はそのはぐれ悪魔で、どうもテロ組織に所属してて……」

 

「テロ? あ、センパイの言ってたカオスなんたらって奴? おいおい、そんな輩が何でこんな所にいるんだよ?」

 

「それを言ったらアナタこそここに居るのが不思議なんですが……」

 

「いやいや俺はこう見えて正規の手続きに基づいてるんだぜ? それに、迷ってたのもサイラオーグさんと一緒に冥界オオクワガタをだね……」

 

「……何をしてるんですかあの方は」

 

 

 完全に主導権を握ってしまった先輩の得体知れなさに迂闊に動けないと踏んだのか、二人は睨みつつ隙を窺ってる。

 

 

「ねぇ、キミが何なのか知らないけどさ、こっちはその子と話をしてたんだ。邪魔しないで貰えない?」

 

「森の出口なら俺が教えてやるから、大人しく帰ってくれや、な?」

 

「ん? 教えてくれるなら黙って大人しく帰るけど」

 

「やめてください帰らないでください。私拐われちゃいます」

 

「いやだって別にキミ拐われちゃおうが関係ないし俺。

良いじゃん、お姉ちゃんなんだろあの人? 酷いことはされないんじゃないの?」

 

「嫌なんです。アナタならなんとなくわかるでしょう? セーヤ先輩みたいなタイプなんですあの人。自分が惨めに思えて、一緒に居るだけで苦痛なんです」

 

 

 呆気なく私を見捨てるどころか普通に姉に差し出そうとする先輩に対して私は必死になって引き留めようと、ずっと秘めていた事を思わず言ってしまった。

 

 

「え、白音……?」

 

「あ……」

 

「空気最悪だぜぃ……」

 

 

 ハッとした時には遅く、姉は何を言われたのか一瞬分からなかったといった顔をし、仲間の男は気まずそうにし、先輩は――

 

 

「じゃあ後はお若い者同士で」

 

 

 それでも普通に逃げようと背を向けた。

 

 

「ぐぇ!?」

 

「帰らないでください。出口わからないくせに」

 

 

 この状況でも帰ろうとする性根ははっきり言って羨ましい。

 けど今帰られたら、このぶちまけた本音を聞いた姉に何されるかわからない。この人が頼りになるとは思えないけど、一人で居るよりマシ。だから帰られてたまるかと先輩の足を引っかけて転ばせる。

 

 

「俺全然関係ないじゃん、キミが本音ぶちまけて空気悪くしたんだからキミが責任とれよ。俺は悪くない」

 

「いいえ、アナタがセーヤ先輩に対して向ける態度を見てる内自覚したんです。

という事はもし先輩がそんな事しなければこの事に気付かなかった。だから私が悪い訳じゃない」

 

「おっと、俺のせいと来たか。まあ、冤罪をふっかけられるのもまたマイナスだし別に良いけど、キミは俺に何を求めたいわけ?」

 

「決まってます。先輩のたまに見せる『不思議さ』でこの場から、逃げ出せる様にしてください。そうしたら私も迷子のアナタを何とかできるし、Win-Winです」

 

「そういうのは誰にでも優しい(笑)『お兄ちゃん。』に頼めよ。強いんだろ?」

 

「セーヤ先輩は逆に姉引き込んでしまう気がしてならないんです。あの男の人はなんとなくボコボコにしそうですけど、姉はほら……見てくれは良いのでもしかしたら……」

 

「あー………それは何となーく想像できるかも」

 

 

 逃げないようにうつ伏せに倒れた先輩の上に跨がり、取り敢えず逃げる事なら得意なんだろうと思ってる先輩の力を借りたいと懇願している内に出てきたセーヤ先輩の話に、先輩……イッセー先輩は微妙に納得してる。

 

 セーヤ先輩って、今まで気にしなかったんですけど、冷静に見てるとホント異様にモテるんです。

 それこそ他勢力の女性だろうが関係なく…。

 

 だからもし、もしもセーヤ先輩を姉さまが好いて此方側に寝返ったとかになったら、私は嫌でも姉さまと顔を合わせる頻度が高くなる。それが嫌なんです。苦痛だから。

 

 

「白音、お姉ちゃんと居るのが苦痛なの?」

 

「最近この人とこの人のお兄さんの関係を見て悟りました。

アナタと一緒に居ると自分が惨めに思える……だから私はアナタの妹をやれるのは無理です……所詮私はアナタの出涸らしですので」

 

「そ、そいつのせいなの!? というか白音はそいつが誰なのか知ってるんだね!?」

 

「うわぉ、俺に矛先が――」

 

「この人、赤龍帝の双子の弟さんです。

才能ゼロ、寧ろゼロ突っ切ってマイナス――けれど、私個人は正直この人に共感できってだけの……なんでしょうね? まともにここまで喋れたのも初めてだし、私達の関係って何だと思います?」

 

「そこで俺にのし掛かりながら話を振ってくるキミは、気付かなかったけど中々性根が腐ってるね。

『この前』の不幸を不幸と嘆いてた時より断然最低だ」

 

 

 最低……そうですか。でも不思議な事に褒められてる気がする。

 何でだろ、極限の状態で色々と自棄になりすぎたせい? いえ、この際何でも良い……。

 

 

「オマエ、白音に何をした……!」

 

「え? 俺のせいなの? いやいやいや、キミが妹に苦痛に思われるくらい敬遠されてるからって人のせいにするなよ? なぁ、その人もそう思わない? これ完全に言いがかりだよね?」

 

「……。いや、俺っちにもお前って生物がろくでもないってのがわかるから、あながち言いがかりじゃねーように思えるぜ」

 

「わーぉ、どいつもこいつも都合が悪くなると初対面の人間のせいにするとか酷いなぁ。

ったく、運が良いと思ってたけど訂正……今日も最悪(マイナス)だな」

 

 

 逃げる……この人達から何が何でも。

 そして良かった……セーヤ先輩に知らせとかないで。

 もし居たらイッセー先輩に突っかかってそれどころじゃありませんからね。

 

 

「オマエ殺して白音はもらうにゃ」

 

「の、手伝いだ。悪く思うなよ?」

 

 

「―――と、俺は全然知らん人からめっちゃ殺されそうなんだけど」

 

「一応謝ります……ごめんなさい」

 

「はぁ……こんな時に『お兄ちゃん。』は来ないし、肝心な時はいっつも役に立ってくれないじゃんか」

 

 

 大きくため息を吐く先輩に緊張感は見えない。

 相手の実力を計れないだけなのかもしれないけど、姉とその仲間の強い殺気を前にしてこの余裕に見える態度を示してくれるお陰で私も不思議と冷静になれる。

 

 まあ、冷静になれた所で解決はまったくしてませんけど。

 森の中で他に気配も無いし、いっそサイラオーグ様やら先輩のトモダチさんが出てきてくれたら――――

 

 

「……あ、サイラオーグさんだ!! おーい、こっちっす! 助けてくれー! テロ組織の構成員が不法侵入してまーす!!」

 

「っ!? さ、サイラオーグだぁ!?」

 

「!?」

 

 

 不意打ち気味に発した先輩の声に思わずといった様子で二人は後ろを向く。

 勿論サイラオーグ様がこの場所に近づいてる気配なんて無いので、これは先輩の単なるブラフ。

 

 けど、そのブラフが成功する事が先輩にとって重要だったらしく。

 

 

「ぐっ!?」

 

「て、テメェ……」

 

 

 姉と仲間の男の背には、前に見た巨大な釘と杭が何本も刺しこまれた。

 

 

「俺が弱い人間と油断し過ぎたなお二人さん。何時もならこんな不意打ちだって意にも返さない筈。

けど、俺を見くびり、そして簡単に騙されたお陰で見事に成功だ…………ふふふ、揃って甘ぇよ」

 

「「!?」」

 

 

 そして倒れ伏し、忌々しげに睨む二人に向かって先輩は、より最低でより凶悪な気持ち悪さを撒き散らしながら笑顔で言う。

 

 

幻実逃否(リアリティーエスケープ)

 

 

 何で先輩が気持ち悪いのか……その理由とわかってしまうソレを。

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

 

「センパイ、それかサイラオーグさん助けてください。変なのが追い掛けてくる」

 

「は? ……アレはリアスの戦車じゃないか。はぐれたと思ったら彼女と鉢合わせでもしたのか?」

 

「ええ、まあ……けど何か勝手に無言で付いてくるんです。ぶっちゃけ鬱陶しい」

 

「ふーん……マイナスを使ったわね? あの子の目の前で」

 

「あーまぁ……ちょーっとありましてね。今イリナちゃんが追い返そうとしてくれてるんですけど……」

 

 

 

 

「なにアンタ、兵藤セーヤじゃなくて彼はイッセーくんなのよ? 早くとっとと帰れば?」

 

「わかってて勝手に付いて来ただけなんで気にしないでください。

別に何にもしません。ただあの心地よすぎる雰囲気に包まれたいだけですから」

 

「あ? ふざけんなよチビ。イッセーくんに包まれて良いのは私なんだよ。お前は兵藤セーヤに抱かれてろ」

 

 

 

 

 

 

「……。中途半端に素養があるみたいあの子」

 

「みたいね。参ったわね、また兵藤君に言い掛かりつけられちゃうわよ?」

 

「ですよねー……あーもうめんどくさーい! 暫くセンパイに会えないし、ちょっと抱き締めて良いっすか?」

 

「良いわよ、はいどうぞ」

 

「わーい」

 

 

「………。あの悪魔に素養があって私は無いのか……は、ははますます仲間はずれにされそう」

 

「素養ってなんだ?」

 

 

終わり




補足

初期一誠が誠八への避け方に一種の共感を自覚なしに覚え、その共感が完全に覚醒した一誠のマイナスに安心感を覚え…………結果思考回路が姉を恐れてたから、姉と一緒に居ると自分が惨めで苦痛という、ある種最悪な事に。


つまり……まあ、一誠にしてみれば『そんなん知らんし』ですね。

敵はどんどん増えます


その2

サイラオーグさんと地味に仲良くでもなったのか、冥界オオクワガタ採取をしてたらしい。

何で虫取なのかは、人間界が夏休みだからという一誠の一言でサイラオーグさんが決めたらしい。決して密かな趣味じゃない。

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