根が生真面目な者程、その楔が切れてしまれば堕ちるのも早い。
ましてや他人を堕落させるという天性の素質に目覚めてしまった存在を前にしてしまえばより強く墜ちていく。
その出会いは果たして幸か不幸か。
それは出会う本人にしか理解できない。
町を出て一歩目にバグが発生してラスボスとエンカウントしてしまった――
そんな出会う必要の無かった出会いを経て、挙げ句の果てにそのラスボスに気に入られてしまったイッセーは、兎に角問題の何もかもを無責任に投げ捨てて逃げ去った。
別に相手はラスボスでは無いのだが、チワワにすら噛み殺されかねないショボさを誇るイッセーにしてみれば、ヴァルキリーだなんて仕事をしてる存在はラスボスレベルにどうにもならないのだ。
故に問題の全てをアザゼル先生に押し付け、自分はソーナ達と共にとにかくそのヴァルキリーと鉢合わせせず国に帰るまで、ひょんなことから仲良くなった昆虫採取や釣り趣味持ちのサイラオーグ達やソーナの眷属達とプチキャンプをして時間を潰していた。
家を特定されたら嫌だからという策故のプチキャンプなのだが、どうやら成功したらしく、あれ以降ヴァルキリーのロスヴァイセと鉢合わせする事は無かった。
「良かったな兵藤、どうやらオーディンさん達は国に帰るみたいだぜ?」
「なんだって、それは本当かい!?」
イッセーは知らないが、どうやら鉢合わせしなかった理由は、オーディンがどこかの神とその眷属っぽい犬的生物に襲撃され、それを護衛する為にロスヴァイセがリアス達と協力して出張ってたらしい。
何度かソーナ達やプチキャンプに付き合ってくれる為にわざわざ人間界に来てくれたサイラオーグ達が呼び出されてたので、普通にイッセー達の性質に慣れ始めていた元士郎からの話は信じるにたる情報だった。
「という事は今日でキャンプもおしまいかぁ」
「そうなるな。
サイラオーグさん達に感謝しろよな? わざわざ俺達に付き合って人間界に来て食料まで差し入れてくれたんだからよ」
「勿論だぜ匙君、新しいルアーをプレゼントしてみるぜ」
「…………」
オーディン達が居なくなると聞いた途端、ルンルンとした顔でのべ竿を振るうイッセーを横に、元士郎は先日起こった大騒動で見た光景を思い返していた。
どこぞの神が犬的生物を連れてオーディンを襲撃し、戦闘に突入。
その際見た誠八の強さに元士郎は少し嫉妬したり、サイラオーグの纏う黒ずんだ狼の鎧に圧倒されたり……正直かなり大変だった。
サイラオーグは今回の働きが冥界での名を更に上げる事になるだろうが、誠八も恐らくは同じようになるだろう。
そう思うと、何もできない自分が少しだけ情けなかったのだ。
「全然釣れないなぁ」
「…………はぁ」
もっとも、このイッセーを見てると気負いするだけ疲れるから、あまり焦ってもしょうがないと思ってしまう訳だが。
餌だけ常に食われて常にボウズなイッセーを横に、元士郎は浮きが沈んだ自身の竿をゆっくりと上げるのだった。
こうして二度とロスヴァイセと鉢合わせする事は無いだろうと、ルンルンした気分で明くる日は学園へと登校したイッセー達。
誠八に言われた通り『大人しくしてた』から何を言われる訳でもない。
――――と、思ってたのがそもそもの間違いだった。
「一から説明プリーズですアザゼル先生」
イリナ、ゼノヴィア、そしてソーナ。
今日は四人で楽しくお勉強しようという真面目な気分になりかけていたイッセーを待ち受けていたのは、アザゼルと、帰った筈のロスヴァイセだった。
顔を見るなり待ってたぜとばかりにニコニコし始めたロスヴァイセを前に、別に誰も裏切ってないのだが、何かに裏切られた気分になったイッセーは、素知らぬ顔してるアザゼルに説明を求めた。
「お前等が遊んでた間に、此方は色々とあってな」
「遊んでたですって? その色々に私達は関係ないでしょう?」
「そうだぞ。ソーナは仕方ないにしても私達三人は一般人のくくりの筈だからな」
「まぁな、別に責めてるつもりじゃねーから安心しろ。
そうじゃなくて、その色々の結果、このロスヴァイセは――」
遊んでると言われてムッとなるゼノヴィアとイリナをアザゼルは受け流しつつ何で帰った筈のロスヴァイセが居るのかを話そうとすると、そこから先は自分で言うとばかりに、明るめの銀髪の女性ことロスヴァイセはとても良い笑顔で言った。
「ヴァルキリーをリストラされました!」
「リストラ……? クビって事……?」
「そうです! だから国に戻る理由がなくなりました!」
こんな嬉しそうにクビにされた事を話すのを見るのは初めてだったイッセーは、ゼノヴィアとイリナと共にちょっと困惑してしまう。
「お前がコイツが帰るまで逃げ回ってただろ? それがどうも仇になったみたいだぜ?」
「は?」
「もう、メールや電話をしても出てくれないし、探してもどこにも居ない。
お陰で寂しくて寂しくて……ネガティブになりすぎたせいか皆大ケガしちゃったんですよねー?」
「……はい?」
何の事だよ? とアザゼルに視線で問い掛ける。
「お前がコイツから逃げたのをコイツは『捨てられた』と解釈した結果、爆発的に退化しちまってな。
無差別に周囲の全ての持つ『運』って概念を奪い取って大惨事になったんだよ」
「えぇ……?」
「それってつまり私達みたいになったって訳?」
「そうなるな。コイツ自身元からそんな爆弾を常に抱えてたのを隠して生きてたってのもあるが、イッセーの特性によって隠さなくなり始めてたし」
放置プレイされた結果、完全にマイナス化してしまったと話すアザゼルに、イッセーは若干疑っていた。
「大惨事って割りにはセンパイ達やサイラオーグさん達は無事みたいでしたが」
「それは当然ですよ。だってあの方々達はイッセーさんのオトモダチなんでしょう? いくら何でもその方々までは巻き込めませんよ」
「…………完全にコントロールできるタイプね」
「……私だけなにも無いのに」
事もなく完全に制御コントロールしてると言うロスヴァイセに、余計厄介だと微妙な顔をするイッセーとイリナと、自分には何もないと不貞腐れて涙目のゼノヴィア。
「ソーナとサイラオーグは敢えて言わなかったんだろう。
というか、まさか残るとも思ってないだろうしな」
「じゃあまさかクビにされた元凶ってのは……」
「まー……物凄く平たく言えばお前がコイツの素養を引き出してしまったからってことになるな。
コイツが完全に覚醒したマイナスは神だろうと無差別にその運を奪い取ったり、不運を押し付けられちまうらしくて、オーディンも襲撃してきたフェンリルだのロキだのは転んで運悪く針が目に刺さって失明しちまってたし」
「えぐい……」
無差別に幸運を奪い取るのがまた酷い。しかもロスヴァイセ本人に罪悪感が全く見られないのが、どれほど堕落しきってしまったのがよく分かってしまうし、まるで自分の様にイッセーとイリナは思ってしまう。
「うっかり置いてかれたとかじゃなく、正式にオーディンから解雇されたってのに本人はこんな調子だ。
だから取り敢えずお前に会わせようと連れてきた」
「アザゼルさんは本当に良い方ですよねっ! 差別しないし、手の平返したみたいに化け物扱いしませんし! 何よりこうして私の旦那様と再会までさせて頂けるし!」
「………」
「待ちなさいよ、誰が誰の旦那様ですって?」
「私はもう要らなくなってしまうのか? 何も持ってない私はもう……」
彼女の中では既にイッセーは旦那様らしく、平然と言ってのけたせいでイリナの表情がかなり険しくなっているし、イッセーは珍しく頭を抱えてしまっていた。
「故郷に家族だって居るだろうに……」
「大丈夫ですよ、時期を見て説得して日本に連れてきます。
そうなったら是非旦那様として紹介しますから!」
「いや、やめてくれないかな? 俺はセンパイが好きであってキミは……」
「安心してください、ある程度の不倫は許しますから。
私は決してアナタを縛ったりはしません、ただ私を捨てさえしなければ何でも許せます」
ある意味一番厄介過ぎる考え方をしてるロスヴァイセにイッセーはソーナになんて言えば良いのかわからなくて困りに困ってしまう。
素の戦闘力がイリナとゼノヴィア以上に強くて、尚且つ無差別に撒き散らす系統のマイナスまで持っている。
下手に刺激したらそのマイナスを使ってこの街に生きる生物全てを不幸な事故で殺ってしまうかもしれないと思うと……流石にイッセーでも笑えないのだ。
「頭は良いからこのクラスの副担任的な仕事に就かせる事にするから後はお前等で仲良くやってくれ」
「あの、この人のマイナスをくらっちゃった人達は?」
「あぁ、オーディンとロキは運悪く転んで失明。フェンリルは空から墜ちてきた隕石に潰れて再起不能。
リアス達も運悪く足元が突然発火して大火傷を負って、無事なのは俺とかサイラオーグ達とかソーナ達ぐらいだろうな。
それと何故か野次馬根性で来たヴァーリも無事みたいだけど」
つまり結構笑えない惨事だったと言いながら教室から出ていったアザゼルに、だから妙に匙君のテンションが低かったのかと、イッセーは思った。
「と、いう事でこのクラスの副担任となりましたロスヴァイセです。
ふふ、そしてイッセーさんのお嫁さんで――」
「もういい、ちょっとぶち壊してあげるから表に出てくれない?」
そらテンションも低くなるよなぁと思ってる間に、イリナが使っていテーブルをスキルで破壊しながらロスヴァイセに殺意向ける。
これぞ所謂修羅場なのだが、その元凶にされてしまってるイッセーはちっとも嬉しくない。
「センパイはまだ来ないのかなぁ」
「な、なぁ……私には何も無いけど、私は捨てられるのか?」
「そんな事しないから心配しなくて良いよ。それよりあの二人をほったらかしにしてたらこの教室どころか校舎ごと壊れちゃうから止めないと……」
身体能力の高い二人が本気で取っ組み合いになったら大変だからと、二人の足元にそれぞれ巨大な釘と杭を投げ込む。
「ここで喧嘩はやめてくれ、ロスヴァイセさんだっけ? キミにもこの場でハッキリ言うけど、俺はソーナ・シトリーさんが大好きなの」
「? 知ってますよ? この前聞きましたし」
「いや、だから諦めて欲しいって話を――」
「別に彼女から略奪する気なんてありませんよ? 言ったでしょう? 私から逃げたり、捨てさえしないで傍に居てくれるのなら不倫してようが許しますって」
「………。全然話が通じてないわ」
イリナちゃんもだけどね。
と、何を言っても通用しないロスヴァイセの主張に対してボソッと言ったイリナに内心思いながらイッセーもまた大きなため息を吐く。
「世間的には許されないでしょうけど、私には何の関係もない。
私にとってアナタとはそれ程の方なんです」
早く来てくれセンパイ……。
何気に目の前まで近寄って手首を掴まれたイッセーはニコニコと笑うロスヴァイセを前にソーナを恋しがるのだった。
全てを見られたから旦那様確定。
それが当初の理由であったロスヴァイセだが、実情は彼と彼の友人達がまさに己と同じが故だった。
自分は他の人と違ってまともじゃない、だからバレてはいけない、さらけ出してはいけない、どんなことがあっても笑って乗り越えろ。
幼少の頃からそう自分に言い聞かせ、降りかかる不運すらも受け入れ続け、それでも笑ってみせたロスヴァイセはイッセーやその友人達という同類と、彼等の制御する気のない生き方を知り、自分を抑え込む事を辞めた。
それにより彼女が長年どこにも放出できずに抱え込み続けた不運という名のダムは濁流の様に解放され、遂に周囲へと撒き散らしてしまった。
それはどんな生物だろうと無関係に――神であろうとロスヴァイセの撒き散らす不幸は致命的なダメージを与えられる。
神にしてみればロスヴァイセはまさに神へ反逆すら可能な危険な存在だ。
故にオーディンは彼女を放棄した。
彼女が常に笑って受け流し続けたと思っていたストレスという名の不幸は、神ですらどうにもならない程に大きくなり過ぎた。
そしてなによりそんな存在がロスヴァイセの他にも存在してる――ならばその者達に押し付けてしまえ。
既にヴァルキリーとして見られなくなったオーディンはリストラと称してイッセー達にロスヴァイセを押し付けたのだ。
それが単なる問題の先延ばしでしかないのと、余計ロスヴァイセの抱える不幸が爆発的に増加してしまうこととは知らず。
だがロスヴァイセ本人はそれこそが幸福だった。
何があろうとも笑って誤魔化す必要がない存在。
素をさらけ出しても何も言わない存在。
何よりそれを教えてくれた彼……。
「ふふん、もう裸を見られても怒りませんよ? 寧ろ私の全てを見て欲しい……」
「わかったので離れて――わぷっ!?」
「あぁっ!? 何してんのよ!? イッセーくんに抱き着いてばかりか胸なんて押し付けて!?」
「? お嫁さんなんですから当然でしょう?」
「いや、イッセーは一言もキミを嫁だなんて言ってないだろ……」
「そうですね、私がそうなるって言ってるだけですもの。
けど、それがなにか?」
これからも己を押し殺し続けるか?
それとも自分自身であり続けるか?
その二択を前にした時、またそれを完全に受け入れてくれるだろう存在を前にした時、ロスヴァイセは自らの道を決めた。
「ふふん、どうです? 少しは自信あるんですよ……ア・ナ・タ?」
「……………」
「窒息してるぞイッセーは……」
「壊す、やっぱり今すぐアンタをぶち壊すわ!!」
「あら、あの時もそうだったけど、やっぱり華奢ねぇ。
でも、そこが可愛らしいですよ……ふふ」
ロスヴァイセ
マジでリストラされた元ヴァルキリー
周囲の全てから無差別に運を奪い取り、己の不幸を押し付けるスキル
「はぁ、暫く逢えなかった私の旦那様……。
私の初めてを全部見た旦那様……♪ うふふふ、やっぱり優しい匂いがして大好き……!」
「うぐ……急に意識が――――うぐぇぇぇっっ!?」
「ばっ!? アンタ何やってんのよ!?」
「い、イッセーの身体から聞いてはいけない砕ける音が!?」
マイナス組・負完成
補足
ロスさんが途中でイッセーから逃げられてるという状況に完全爆破してしまったらしい。
お陰で結構な規模の不幸が周囲に……。
その2
観光目的で来てたヴァーリ君とそのグループは、黒ずんだ金狼になるサイラオーグさんに興味津々らしい。
その3
手違いリストラじゃなく、マジリストラされたロスさんは喜んで副担任になりましたとさ。
その4
これにてマイナス組は完成です。
あとは泣き虫ゼノヴィアちゃんがどうなるか……かな。