◆夏のちょっとした出来事◆
この世界には季節がある。それは結界の張られた森においても変わることは無い。
現在の季節は夏。
多くの虫や動物の鳴き声が聞こえる森で、ポツリと建つ一軒の家。そこでは現在、一匹の猫とエルフの少女が向かい合っていた。
「あれだな。この家に住んで良かったと思うのは猛暑やら寒波に悩まされない事だな。ところで博士。私の氷菓子を知らないか?」
「……」
傍から見たそれは今から処刑される臣下と刑を下す王の如くであった。足を組み寛ぐゼーリエに対して、博士は土下座をするように顔を伏せていた。
「何か言ったらどうだ。ん?」
「んにゃぁ〜〜」
「可愛こぶるなこのデブが」
「ニャ…に"ゃ"ぁ"ぁ"」
威嚇紛いな咆哮と共に博士が脱兎の如く贅肉を揺らして逃げ出す。家の中を暴れ馬を彷彿とさせる勢いで駆け回り、捕まってたまるかとばかりの気迫で逃げ続ける。
「待てこのクソ猫っ」
それを魔法無しで走ながらゼーリエが追う。ソファーを飛び越えテーブルの上から飛び捕まえようのしたり、何方も全力といった状況である。
こういった事は季節関係なくよくある事だ。その度に博士はゼーリエに捕まり酷い罰を受けている。それでも懲りずに食い漁るのは、食への底なしの欲だろう。
そんなことんなでいつの間にか、博士は廊下の端まで追い込まれていた。
「博士。お前は何時も食べ物を勝手に食べる。それはいいんだ。私にはこれと言った好物は無いからな。だが氷菓子は駄目だ」
「にゃ、にゃー!」
「黙れ喰うぞ」
「にゃッ」
もうダメだと博士が思った時、一筋の希望であるエトワールの部屋の扉が開く。
「また喧嘩かい?」
「にゃ、にゃ〜〜!」
博士は甘えた声で主人であるエトワールの後ろへと隠れる。だが今回は許されること無く、その主人に捕まりゼーリエへと引き渡されてしまった。
ゼーリエのか細い腕の中で大暴れをするが、為す術なく魔法で拘束されそのまま連れていかれてしまった。
「賑やかな事だ」
◆誕生日のお祝い◆
私はこの世界へとやってきてから自身の誕生日と言うものを祝った事がない。生前も余り祝うことは無かったが、この世界に来てからは尚更だ。
余り自身の祝日を気にしていないのが最もだがね。とは言え博士やゼーリエの誕生日は祝うようにしている。二人はこの世界の元からの住人であり、しっかりとした誕生日がある。
「まったく。毎年しなくてもいいだろ」
「ふむ。これは古い友人が言っていたことなのだが、誕生日とは祝い事で最も大事な事らしい」
「自分の誕生日を祝わないくせによく言うな。まぁ私は好きなものが食べたいだけ食べれるからいいがな」
愚痴を零しながらもこうして毎年、博士とゼーリエの誕生日は祝われ続けている。
◆星を地上に落としたいゼーリエ◆
ある日突然として、ゼーリエが星を地上に落としたらどうなるのかをエトワールへと聞いてきた。それに返した答えは、規模の差による小災害から世界滅亡迄の説明だった。
それを聞いた彼女は何故か試しに星を落としてみたいと言い出した。だが流石のエトワールと言えども、それをする事はできない。
最悪この箱庭が無くなってしまうからだ。そこでエトワールひとつだけ提案をした。それというのが……。
「なんだこれは」
「以前作った魔道具のひとつでね。想像した事を仮想映像として映し出す物だ。これを使えば、星がこの地へと落ちた場合の結果が解る。だがゼーリエ。普通に考えて星が落ちれば、世界は有無を言わさずに滅んでしまう」
「上手く調整をすれば良いだろう」
それだけを言うと、ゼーリエはさっさとやれとエトワールを急かす。言われるがまま魔道具を起動させ魔力を流し、星が地球へと落ちる映像を映し出した。
言わずもがな結果は星が砕け散り消滅。隕石の類ならばまだしも、星となれば世界が消滅するのは当然だ。
質量があり過ぎる。そもそも別の星が近距離に近づいただけでも大災害だ。この場合最初に口にした小災害のレベルは、世界が半分滅ぶ事だ。
「あの流星群はどうなんだ?」
「ふむ。結局は似た結果に終わるだろう。とは言えこの世界には空気中に魔力膜があるお陰で、隕石の類が地上に落下することは無いだろうがね」
「そうか。詰まらないな。昼時だ、お腹がすいた」
「では食事にしようか」
◆実験失敗◆
その日、エトワール達の住む家の一室から地を揺らす程の轟音と共に巨大な爆発が起きていた。
一階でおやつを食べていたゼーリエは、何事かと面倒くさそうにその現況の部屋へと向かった。
扉を開けてみれば、吹き飛んだ窓とパチパチと燃える紙や棚があり、その中には真っ黒になった博士と、防御魔法を発動させているエトワールがいた。
「何をやってるんだ」
「ふむ。計算を誤ってしまってね。予定では流星群が自動で降る魔道具が出来上がるはずだったのだが、どうも基となる結晶が持たなくてね。エネルギーが暴走した結果爆発を起こしてしまった」
「…に"ゃ"……に"ゃ"ぁ"」
何も無かったかとように語るその隣では、今にも死にそうな呻き声をあげる真っ黒な博士が居た。博士が助けを求めるよう鳴くと、ゼーリエは魔法で炭を叩き軽く抱き抱えた。
「おい。博士が死ぬぞ」
「これはこれは。済まないね博士。次からは気をつけるとしよう」
そう言うエトワールの顔には、まるで反省の色が見えずまた同じことになるなと、ゼーリエは確信した。
そして予想通り、数十年後にエトワールの部屋が吹き飛んだ。
◆ゼーリエの日常◆
ゼーリエはエトワールと違い、博士と共によく森の外へと出かける。本来であれば森から出れば戻ることは出来ないのだが、博士が居るおかげで問題なく戻ることが出来ている。
そんなゼーリエだが。毎日森の外へ出かけるのにはしっかりとした理由があった。それと言うのが魔法の実験台兼憂さ晴らし兼娯楽の対象である角付き探索だ。
角付きからしたらたまったものでは無いが、そんな事を考えるゼーリエでは無い。
しかし最近になってからひとつの問題が浮上した。流石に暴れ過ぎたのか、ここ数十年間角付きの姿が見れない。魔物とは言え知能の高い生き物だ、警戒してここらから離れてしまったのだろう。
「つまらないな」
「にゃぁ〜」
「少し遠出してみるか」
「んにゃぁ!」
最早ここら周辺で角付きが出る可能性は低いと思ったゼーリエは、森から少し離れた場所まで探索範囲を広げることにした。
どうやら博士もそれに同意らしく、元気な声で鳴いた。
探索を始めて暫くした頃、ゼーリエはひとつの村見つけた。そこで最近、変わった魔物や人型の魔物を見なかったかと聞いてまわった。
すると近頃、この村に一匹の人型の魔物が住み始めたと言う。それを聞いたゼーリエは軽く笑い、不気味な笑みを村長へと向けた。
「お前たちは変わっているな。魔物を住まわすなど、馬鹿のすることだ。私が殺してやる。何処にいる?」
「いやいや。あの子は優しい子なんです。確かに魔物でしょうが、私たちはあの子を村の住人として受けいれたのです」
年老いた村長は優しい笑顔をゼーリエへと向けると、そう言ったのだった。
「そうか。好きにしろ」
たったそれだけを言うと、ゼーリエは村を後にした。
それから一週間程がたった頃、ゼーリエはもう一度あの村へと向かった。だがそこには村はなく、焼け焦げた家々と、野獣に喰い漁られた人間の死体だけがあった。
誰もが分かっていたことだ。人間の見た目をしているとは言え魔物だ。命を奪うことに躊躇いがなく、感情と呼べるものが無い。
「馬鹿だな。人間は」
暖かい風が吹く中、ポツリと呟いた言葉は誰にも聴けえること無く消えていった。
◆面白い石◆
エトワールの
これは魔法を使えなくするだけではなく、その強度も並外れている。エトワールの場合半ば無理やり加工し球体へと変えたが、本来であれば資源の形のままの物だ。
そしてこの石の面白いところは、魔力を込めると長時間とてつもない光を放つという事。ともう一つ、実用的な事がある。
「おい今度は何だ。その手に持ってる水晶を置け。嫌な予感しかしないぞ」
ゼーリエは訝しんだ様子で数歩後ろへと下がりエトワールから離れる。その隣に居た博士も同じく逃げるようにしてゼーリエの後ろへと隠れた。
「ふむ。そう警戒するほどのことでは無いのだがね。これはこの家の照らす灯りだ。現に天井に付けられているそれはこれを利用したものだ。使い方を誤れば魔力爆発を引き起こすが。例えばこのように」
そういうと突然エトワールはとてつもない程の魔力を水晶へと流し込む。耳を劈くような高音が鳴り響きながら水晶が強く光り出す。
初めは透き通る青色の水晶だったものが、少しづつ色を変え青から赤へ、赤から黄色へ、そして黄色から白へと変わった瞬間、危険を感じたゼーリエが防御魔法を博士を含めた周囲に張り巡らせる。
それとほぼ同時に、破裂音ともに爆発を起こす。視界さ強烈な光で完全に奪われ、鼓膜も爆発と共に破れた。
だが家に張られた自動修復魔法によって視覚・聴力は元に戻る。ゼーリエが軽く頭を振り、エトワールへと目を向けると、先程まで水晶を持っていた左手は肘あたりまで無くなり血が溢れ出ていた。
「馬鹿かお前は…チッ。流石にやり過ぎだ。まだ耳がおかしい」
「みゃぁ…」
博士もフラフラと歩き始めると途中でパタリと倒れた。
「ふむ。水晶が割れる程度で調整したのだが、矢張りこういったことは苦手だ。想定よりも大きなものになってしまった」
常人ならば激痛で悶え苦しむかそのまま死ぬレベルの負傷を、真顔で淡々と治していく。
「魔法は作れるのに何故こんな簡単なことが出来ないんだお前は」
「さて、何故だろうね。昔から分からずにいる」
「分からないのにやるな。取り敢えず換気だ。舞った埃の所為で息が苦しくなってくる」
呆れながらもゼーリエは一つ一つ窓を開けた。それに続くようにエトワールも窓を開けたり魔法で誇りを外に出したりした。
◆雨の日◆
数十年に一度、大寒波と同じく災害とも呼べる大豪雨が一週間程振り続ける時期がある。
「酷い雨だな。いつも思うが、外の奴らは大変だな。これでは土砂や洪水で死人が出るだろう」
「大きな街ならばともかく、村や集落はタダでは済まないだろう。少なくとも家はもたない筈だ。私とて、自然相手には敵わんさ」
そんな災害すらも、この森に張られた結界によって適量の雨だけが降っている。季節を大事にするエトワールだが、災害が起こる程の時は調整している。
「…角付きからすればこの程度どうということないんだろうな」
「厄介な事に、角付きは魔物や人類よりも遥かに生命力が強い。魔法で天候を操った攻撃ならば兎も角、こういった豪雨ではなんの問題もないだろう」
エトワールの話を聞きながら、ゼーリエはココアの入ったコップを手に雨の降る外を見つめていた。
「昔、まだ集落があった時は数人のエルフが死んだ。魔物共からすれば何ら脅威では無いが、私たち人類種にとって自然ほど厄介なものは無いな」
それだけを言うと、ゼーリエはココアを一口飲み自室へと戻って行った。一人リビングに残ったエトワールは、生前のことを思い出していた。
「…自然の災害もまた、恵みといえるのだがね」
以前の世界において、天候や季節は“機械都市”の管理委員会によって徹底的な精査の元操作されていた。完全な自然とは言えない世界とは違い、この世界は災害に見舞われるだけ十分に──幸せと言えるだろう。