激しい雨が降り注ぐとある日、エトワールはリビングで不機嫌そうなゼーリエにどうかしたのかと問いかけた。するとゼーリエは、何やら昔の…村を角付きに滅ぼされた時の夢を見たらしい。
続けて、エトワールが角付きはどのような魔法を使っていたのかと尋ねた。それに対してゼーリエは嫌な顔をしながらも、答えを返した。
「…そう難しいものじゃない。ただとにかく単純でとにかく理不尽でとにかく──最強の魔法だ」
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フェルリーアが旅を始めてから2年ほどが過ぎ去った。
魔王軍との戦争が始まって以来、北側の殆どが角付きや魔物によって支配されていた。人類は奮闘に奮闘を重ね、どうにか戦線を維持する事が出来ていた。
加えて特出した実力を持つ人類が現れ始めた事で、一部の戦線では押し返す事も出来ていた。そして人類は、人の姿と遜色ない魔物に対して『魔人』と呼称を付けた。
「……」
山岳地帯にて、フェルリーアは複数体の角付き…魔人を相手取っていた。
この半年でフェルリーアは強大な魔物を多く討伐し、同時に魔人も一際多く殺していた。それによって、多くの者がその名を知る事となっていた。
「人間…風情が……」
「その人間風情に、あなた達は負けるんだよ」
最後の一体を殺せば、魔人は崩れて消えた。フェルリーアは剣を振り払い、鞘へと納める。吹き付ける冷たい風が、肌を突き刺してくる。
「ふぅ…これ、思ってたよりも人間側やばいかも」
フェルリーアは山岳地帯の中を前に前にと進んでいく。山岳地帯は非常に険しく、道と呼べる道がなく無理やり先を切り開いて行くしか無かった。
道中では当然のように現れる魔物を倒して、倒して倒して倒して止まらなかった。数体の魔人とも遭遇したが、特に問題なく殺することなできた。
そうして数日間歩き続けた末に、フェルリーアは小さな村に辿り着いた。村には20人程が住んでおり、家屋は簡素な作りになっていた。戦士らしき人間も二人ばかしいるようだった。
フェルリーアは村の村長に挨拶をすると、空いている家屋を借りて少し休むことにした。そして何か困っていたり手伝って欲しいことをないかと聞くと、村長は近くに強力な力を持った魔物が巣食っていて狩りや山菜を取るのが不安だという。
「おっけー村長さん!そういうことなら私に任せてよ!」
フェルリーアは依頼を快く受けると、村長に教えられた場所に向かった。村長によれば、魔物は鹿の姿をしているという。既に数名の村人が狩りの最中に犠牲になっているらしい。
フェルリーアが草木の生い茂る中を掻き分けて進んで行くと、開けた花畑が姿を表した。その中央には小さな池があり、水面の上には村長の言っていた魔物と思われる鹿が佇んでいた。
銀色の体毛に水晶のような大きな角を生やしたその姿は、息を飲むほどに美しいものだった。
「魔物にしては綺麗な姿だね」
剣を抜く。
「倒すのが、勿体無いくらいだよ」
殺意を察知した魔物は、フェルリーアに光の柱を落とす。だが同時に、角が片方切り飛ばされる。
「ごめんね。あなたも生きる為に人を殺すんだろうけど、私達も生きる為にあなた達を殺さなきゃいけないんだ」
魔物は死を感じてその場から逃げようとしたが、フェルリーアは逃がさずにその命を刈り取った。力なく崩れ落ちた魔物は、跡形もなく崩れ落ちて行った。
「よし、依頼完りょ──」
「ほう」
フェルリーアが鞘に剣を収めて踵を返すと同時に、横から覗き込む顔が現れ感心した声を出した。
「っ?!」
即座に飛び退き剣を抜く。
振り向いた先にいたのは、顔を半分を覆う鬣のような深紅の髪に、額から二本の鋭い黒い角を生やした魔人だった。
「其方、中々に面白いではないか」
不敵に歪んだ口元からは、黒く鋭い歯が見えた。
フェルリーアは感じたことの無い不気味な雰囲気と、魔力を感じ取れないことに気持ち悪さを感じていた。額には冷や汗が浮かび、剣を握る力も強くなる。
「すぅ…ふぅ…」
直後──フェルリーアが眼前にいるにも関わらず、魔人の首に火花が散った。
「…ほう」
その現象に、魔人は感心したように息を吐いた。
「は?!」
首を切り飛ばせず鉄よりも遥かに硬い感触に、フェルリーアは思わず素っ頓狂な声をあげながらもすぐさま飛び退いて体勢を立て直す。
「幻影でも無ければ分身の類でもない…なるほどなるほど。面白い」
「…そのなるほどって繰り返すの辞めてくれないかな?怖いんだけど」
フェルリーアは口元を笑わせているが、その声には震えが混じっていた。ポタポタと汗を滴らせながら、一切の油断を見せずに毛先にまで警戒を向けていた。
「…ふう」
感触的に鉄に近い。でも強度はそれ以上。
首に直接触れたって言うよりかは、触れる前に止まった?止められたのか、元から防御魔法でも張ってたのかな?でもそれにしては硬すぎるし、何より…防御魔法程度でこの剣が刃毀れするなんてありえない。
「ほれ人間、次だ」
「それじゃあ…遠慮なく!」
先程と同じく、フェルリーアがセリフを言い終えるよりも早く…まだ魔人の目の前に居るはずのフェルリーアが、頭上から回転斬りを振り下ろしていた。
そして矢張り、魔人に当たると同時に激しく火花が飛び散った。フェルリーアの剣は目に見えるほどに欠けていた。
「っ」
この感じ、全方位通らないかな〜。
あと刃毀れも欠けてるってよりかは、削り取られてる?いや、触れると同時に別の何かに削り変えられてってのに近い…火花と一緒に散ってるのも鉄じゃない何か?
「
その時、突然ガクンッとフェルリーアの身体が崩れ落ちて身動きが取れなくなる。膝を着いて歯を食いしばるフェルリーアの肌には、チクチクとした強く鋭い痛みが迸る。
「ふむ…認識しているが認識できていない…なるほど其方、魔王を名乗る愚物よりも面白味があるではないか」
「…何その言い方。もしかしてあなた、魔王軍じゃないのかな?」
今までフェルリーアが遭遇して討伐してきた魔人は、その全てが魔王軍であり魔王を呼ぶ時は『様』を付けて呼んでいた。加えて魔王を愚物と下に見ている時点で、魔王軍である可能性は限りなくゼロに近かった。
「クク…クハハハハッ!愉快なことを言ってくれるな人間。群れを成すなぞ強者には必要のないことだ。頂へ立ち支配を行い群れを成す者共は一様に、弱者のみの特権だ」
「…あなたって、凄く傲慢だね」
「これは傲慢では無く慢心だ。弱者の特権が群れを成すならば、孤独と油断は強者にのみ許された特権よ」
「このイカレ狂人クソ魔人が」
フェルリーアは悪態を吐くと、無理やり拘束を破って剣を振り上げる。ヂリヂリヂリッ!と火花が激しく舞う。魔人は相も変わらず薄気味悪く笑いながら、飛び退くフェルリーアに追い打ちをかけようとしなかった。
「っ…痛いの嫌いなんだけどなぁ」
拘束を無理やり抜け出したせいか、フェルリーアの身体からはボタボタと血が流れ落ちていた。
「…」
あ〜戦いにもなってないなぁこれ…攻撃は通らないし、気付かない内に拘束されるしで明らかに格が違う。でもまぁ、攻撃が届かない理由は分かった。
剣が火花を散りながら削れて行く時に見えた小さな粒、アレは鉄じゃなくて──砂粒だ。
となれば、この魔人の使ってるのは砂を操る類の魔法かな。それも鉄なんかよりも遥かに固くて、ヤスリみたいにザラついた砂粒…それを精密に操作してる辺り、今まで遭遇してきた魔人よりもあらゆる面で経験値は上。
「…ま、やれるとこまでやるしかないよね」
フェルリーアが踏み込んだ。
魔人の懐に入り込み、鋭く突きを放つ構えを取る。それに合わせて魔人が拳を振り抜けば、前からでは無く背後から攻撃され再び金切り音が森に響き渡る。
ただ、その繰り返しだった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も攻撃を繰り返し防がれ空振り…途方もなく終わりが見えない戦いが続いた。
だがそれも、魔力の差と言うモノで終わりを迎える。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
フェルリーアは完全に疲弊していた。魔力も底を尽き枯れ果てている。握る剣すらボロボロで、あと一度でも振るえば粉々に砕け散る程だった。
対してどうだ、フェルリーアの眼前に立つ魔人は息も変わらず魔力すら減っているようには見えない。
「ふむ、もう限界のようであるな」
「すぅ…ふぅぅ…全っ然余裕だけど?!」
なんてのは余裕で虚勢だけど、ここで『はいもう無理限界です』なんて思った本当に巻き返せなくなり兼ねないから張れる虚勢は張っとかないと。
「その威勢嫌いではないぞ?名を名乗れ、矮小な人間。吾輩が許可しよう」
ギリッ!と剣を握る力が強くなり、フェルリーアの手からポタポタと血が滴り落ちる。その顔には明らかな殺意と苛立ちが浮かんでいた。
「…いいよ教えてあげる。その代わり絶対に忘れないでよ?」
フェルリーアは狂気を感じる笑みを顔に張り付けながら、魔人を睨みつけて剣先を向けて名乗る。
「私の名前はフェルリーア!あなた達ぶっ倒して世界に光を照らす──ヒーローだ!」
その名乗りに、魔人は口元を手で多い身体を震わせる。そして爆発したように高笑いを上げた。
「そうかそうか吾輩を殺すときたか!よいぞ?矮小な人間。其方には才もあれば強靭な精神も持ち合わせている。此度はその心意気に免じ見逃してやろう」
「……は?」
今、なんて言った?見逃す?私を?人間を見逃すって言った?嘘をついているようには見えない。ありえない…魔人は基本的に人間を見逃すなんて事はしない。
「…はは…どういうつもりかな?鳥肌立つんだけど」
「どういうつもりか?そんなの決まっているであろう?この先の未来、吾輩を楽しませてくれるやもしれん者は一様に生かすと決めているのだ。退屈は嫌いなのでな。せいぜい──」
フェルリーアの目の前から魔人が消える。
「──吾輩を楽しませてくれ」
「ッ!はやっ…がはっ!」
ミシミシと音を立てて、魔人の拳が深くフェルリーアの鳩尾にめり込んだ。その勢いでフェルリーアは吹き飛ばされ、木を数本なぎ倒して止まった。
「フェルリーア…その名しかと記憶した。では何れまた出会おう」
そう言い残して、魔人は去って行った。
そしてフェルリーアの意識は、魔人の背を最後に途切れたのだった。