───私は、世界の記録から忘れ去られることに恐怖する。
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難攻不落たる都市イムフタールの領主である男──ムートフィルムは豪傑としてその名を知られている人物である。
齢七十と年老い戦線からは離脱しているものの、語り継がれる武勇は健在であった。
そしてフェルリーアは、ムートフィルムの住まう屋敷へとペンダントを持って訪れていた。それからフェルリーアは、ムートフィルムが来るまでの間応接室で待機していた。
「…あんまり貴族って感じがないなぁ」
フェルリーアが今まで見てきた領主の屋敷には大抵、高価な美術品や装飾品が飾られていた。だがこの屋敷にあるのは武具や動物の剥製ばかり。自画像などと言うものは無く、飾られている絵画は戦争や死をモチーフにした少しばかり不気味な物だけだった。
「なんか苦手な雰囲気だなぁ…」
そうして応接室に飾られている武具や絵画を眺めていると、扉が開いて領主であるムートフィルムが姿を見せた。
年老いているにも関わらず、その肉体は均等に鍛え抜かれており眼光も獣のような力強さを宿している。
「貴殿がフェルリーア殿か。噂は私の耳にも入っているよ。それで、ペンダントを見つけてくれたそうだが」
「は、はい!」
(あ、この人すごく強い)
フェルリーアは姿勢を正して、首から下げているペンダントを外しムートフィルムへと渡す。
「これなんですけど…合ってますかね?」
「ふむ……」
ムートフィルムはペンダントを受け取り、隅々まで真剣に見定める。精巧に掘られた彫刻や文字、宝石などを事細かに確認する。
すると、ムートフィルムは顔顰めてグッと強くペンダントを握り締めた。
「…フェルリーア殿、このペンダントは何処で見つけたのかね?」
「えっと、竜を倒したら落ちて来たので…多分食べられてたんだと思います」
「そうか…竜の中から…」
感傷に浸るような声色で、ムートフィルムは呟いた。
「フェルリーア殿、此度は深く感謝する」
そう言うと、ムートフィルムはフェルリーアに向けて深く頭を下げた。そして頭を上げると、ペンダントについて軽く語ってくれた。
「コレは儂の孫娘の物なのだ。三ヶ月ほど前に、シュレク山脈に現れた魔人どもを討伐するために兵を連れて出撃したのだが帰ってこなくてな。死んでしまったのだろうと思いせめて形見となるペンダントでもと思ったのだが…まさか竜の胃袋とは」
そう語るムートフィルムを前に、フェルリーアはなんて声をかけて良いのか分からずにオドオドとしてしまう。せめてもの慰めとして、竜の事を伝えた。
「かなり強い竜でした。多分、新種の類いなんじゃないかな…て思います」
「そうか…孫娘は魔法使いでな。才能があり努力も欠かさぬ真面目な子だった…フェルリーア殿。改めて貴殿に感謝する」
「いえその…役に立てて良かったです」
フェルリーアは様子を見ながら軽く頭を下げる。ムートフィルムは手に握るペンダントを、胸ポケットに大事そうにしまった。
「さて報酬だったな…ふむ、君のような剣士のことだ。星の剣が欲しいのだろう?」
「っ!そうです!」
「なら着いてきてくれ」
それから案内されたのは、屋敷の地下だった。冷たい空気を閉じ込めた地下には、多くの武具や魔道具が綺麗に保管されていた。そのどれもが滅多にお目に掛かれる代物では無い。
そのような地下の中を進んで行けば、最奥に行き着いた。そこは重厚な鉄扉が設置されていて、騎士が二人警戒をしながら立っていた。
そんな騎士にムートフィルムは、扉を開けるように指示を出す。それに従い騎士は、幾つもの鍵を解錠する。そして重厚な鉄扉を、地響きを起こしながら推し開いていく。
その間に、ムートフィルムが星の剣に関して軽く説明をした。
「実のところ星の剣は随分前からあってね。それこそ儂が生まれる以前からだ。落ちない斬れ味に傷一つ付かない刀身、使用者に合わせて重さが変わるという効果がある」
「重さが変わる?」
「ああ。加えて不気味なのが、誰が打ったかも分からないところだ」
そうして軽く話していると、ガゴンッ!と重たい開閉音と共に鉄扉が開けられた。
鉄扉が開けられた先には、正方形の空間が広がっていた。ムートフィルムが部屋の中に入れば、自然に部屋の中のランタンに灯りが灯って行く。
そして部屋の中央には、台座に突き立てられた二振りの剣の姿があった。
「近頃星の剣の噂が出回り始めているのは、儂が行商人に頼んで噂を広めてもらったんだ。そうすれば腕の経つ…君のような人間が依頼を受けてくれるだろう?」
「あはは〜…私はまんまとソレにハマったわけですか…」
豪傑だとか何とか言われてても、貴族で領主だなぁ。腹黒と言うか、計略かと言うか、使える物はなんでも使って人を誑かすのは経験からだよね。
フェルリーアも後に続いて中に入り、剣の前へと立つ。剣から放たれる雰囲気に、不気味さや違和感などといったものはなかった。
だが剣の雰囲気などよりも、フェルリーアが目を奪われたのは刀身だった。見たことの無い結晶模様に、光を映しながらも深い鈍色をした刀身。
剣士であるフェルリーアには、この剣がどの名剣や宝剣よりも危険で完璧な剣だと一目で理解できた。
「……これ、使ってないんですか?」
「…ああ。数年から突然ビクともしない程に重くなってね。おかげで儂も腰をやられてしまったよ」
「動かないくらい重く…」
すると、フェルリーアはまるで呼ばれたように自然と剣の柄に手を伸ばした。そしてグッと強く握った瞬間──キィィン──と、澄んだ鈴鳴のような音と共に台座から易々と抜けた。
「……」
ムートフィルムはそんな様子を、ただ軽く微笑みながら見守っていた。
──キィィン──
もう一振の剣も抜き放つ。
「…丁度いい重さ」
自然な動作で、軽く振るう。
もう一度、さらにもう一度…そうして振るう毎につたわる感覚は、文字通り空気そのものを斬り裂くようなものだった。今まで感じたことの無いその感覚に、フェルリーアは演武を見せるように剣を振るい続けた。
「……」
少しして、フェルリーアがピタリと剣を振るう手を止めてムートフィルムへと向き直る。その顔は、明るさのない真剣な面持ちをしていた。
「この剣、ほんとに貰ってもいいんですか?」
「ん?それはもう君の物だろう。儂に聞かんでも良いさ」
「…領主様がいい人で良かったよ」
こうしてフェルリーアは、目的としていた剣…星の剣を手にすることが出来たのだった。
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数日後。
イムフタール周辺に広がる森の奥深くで、フェルリーアは魔物を討伐していた。それはイムフタールの脅威を排除するためでもあり、星の剣を手に馴染ませるための練習でもあった。
星の剣は今まで斬るのに多少なりとも苦労をしていた竜の鱗を、まるでバターを切るように容易く斬り裂けてしまった。そのことに興奮と恐怖を覚えながらも、フェルリーアは淡々と魔物を討伐して行った。
「ふぅ、今日はこんなところ…ん?」
フェルリーアが鞘に剣を収めて、踵を返そうとした時…少し離れた場所から不思議な気配を感じた。それは存在しているのかいないかのような、儚く消えてしまいそうなものだ。
一体何がいるのか気になったフェルリーアは、気配を消して足音すら鳴らさずに慎重にその方向へと進んでいった。
そうして茂みの中を進んで行った先には、開けた空間があった。小さな泉があって、その近くには少しばかりの花が咲いている。そして泉の近くにある岩の上に、一人のエルフが座っていた。
そのエルフは金色の短い髪に、宝石のような綺麗な緑色の瞳を持っていた。何よりも纏っっている雰囲気が、何処かしら神秘的なものを感じさせる。
「…隠れいないで出てきたら?」
「っ…」
エルフはフェルリーアの気配に気付いていたらしく、視線すら向けずにただ一言伝えた。
「…よく気付いたね」
どうやらフェルリーア自身は気付かれるとは思っていなかったようで、冷や汗を額に浮かべながら苦笑いで木の影から姿を見せる。
「エルフ…だよね?初めて見た」
何回か噂とか英雄譚でしか聞いたこと無かったけど、エルフってこんな不思議な感じなんだ。なんか簡単に壊れちゃいそうなのに、戦ったら負けるかもって思わせるのがすごく怖いなぁ。
「そう。私もよ。あなたほどの剣士は、随分と久しぶり振りに見たわ…その剣、今はあなたが持ってるのね」
「あ〜この剣ね。実は領主様から譲り受けてさ、依頼のお礼でね」
フェルリーアは警戒するように目を細めて、左手を柄に置いて何時でも抜けるようにした状態で答えた。
「…私は敵では無いのだけれど」
「ごめんけど私今、結構警戒してるよ?エルフがどんな生き物か、よく分かってないから」
「そう。いい事ね。でも、よく分からないなら警戒するよりもすぐに殺した方がいいわよ」
「…別に私、殺人鬼って訳じゃないんだけどなぁ」
そう言って、柄から手を離す。
だが警戒は緩めない。
「私はフェルリーアって言うんだ。エルフさんは?」
「…ミリアルデ。ただ長生きのエルフよ」
「……」
ミリアルデ。
その名を聞いた途端、フェルリーアは呆気に取られた表情を浮かべた。そこにはもう、警戒などというものは微塵も存在していなかった。
「ミリ、アルデって…あの六英雄のミリアルデ…様?」
「そうね。今は六英雄なんて呼ばれていたわね。様は付けないで。仰々しいのは好きじゃないから。呼び捨てで構わない」
六英雄──『不落のミリアルデ』。
数多の結界魔法・防御魔法を以て幾度も人類を救ってきた大英雄。未だ嘗てその肌に汚れを付けられた事がないとされている。
だがイムフタールの住民の誰一人として、六英雄の顔など覚えていない。故にミリアルデはイムフタールに結界を張り守護を担いながらも、ひっそりと暮らしている。
「
「向けないよ?!六英雄に剣向けるとかできないから!」
やばいどうしよう…凄い不敬みたいな態度取っちゃたんだけど?今生きてる六英雄って、『不落のミリアルデ』と『殲滅のガレオン』のふたりだけだよね?その片方に会えるとか、私どんだけ運良いわけ?星の剣に続いてコレはさすがに運良すぎるでしょ。
「フェルリーア。あなたは魔王を討伐するの?」
「え、あ〜まぁね。私自身なにか恨みがあるって訳じゃないけど、魔王の所為で沢山の人が死んでるのは許せないからさ」
「そう。たとえ魔王を倒した後に、英雄と讃えられながらも忘れられる日が来るとしても?」
その声色は、とても冷たくてとても孤独感の強いものだった。ミリアルデはそのまま続ける。
「どれほど偉大な行いをしても、人間は事実をねじ曲げて、いつしか忘れ去ってしまう。それは、とても嫌なことよ」
「…ミリアルデ。私は別に、誰かに讃えられたりされたい訳じゃないんだ」
そう言いながら、フェルリーアはミリアルデの隣に座る。肩が触れ合う距離で、フェルリーアは楽しそうにミリアルデに自身の思いを伝える。
「いつか皆に忘れられるのもそれは仕方の無いことだって思える。だって私が魔王を倒したとしても、それは数ある英雄譚のたった一つでしかないからね。それに私はただ、皆を笑顔にさせられるヒーローになりたいだけだから」
数ある英雄譚のひとつ。
それは事実として、世界から忘れ去られた英雄も数多存在する。英雄譚とは、それほどに埋もれやすい。
「……そう。まるで夢物語ね。嫌いじゃないわ」
否定と同時に受け入れるような言葉を口にすると、ミリアルデが自身の映る泉の水面を深く見つめた。
「いつの時代も、偉大な功績を残すのはあなたのような人間ばかり。名声を求めて偉業を成そうとする者は、必ず失敗していた。あなたなら、きっと魔王も倒せるわ」
「……そっか」
ミリアルデの言葉を聞いたフェルリーアは、岩から飛び降りて軽く微笑んだ。そして陽の光を反射して美しく輝く緑眼に、目を合わせる。
「ミリアルデ。私と一緒に、魔王を倒さない?」
真っ直ぐと、ミリアルデに対して手を差し伸べる。それに対してミリアルデはただ静かに、フェルリーアの瞳を見つめ返した。
「……」
瞼を深く落とす…何かを考えるように深く。
そして閉じられた瞼がゆったりと開かれて、再びフェルリーアの瞳に合わせられる。
「…きっとまた、私は忘れられる。あなたも同じ。誰かの記憶に残り続けることも、記録に残り続けることもない。それでもいいなら、私はその手をとるわ」
それはもはや、答えを言っているようものだった。回りくどい言い方をしているが、とどのつまり──。
「そっか。じゃあ決まり!」
「!」
フェルリーアがミリアルデの手を掴んで引っ張る。ミリアルデの体がふわりと宙に浮かぶ。
「私と旅をしよう!ミリアルデ!」
「……強引ね」
手を引かれて、フラフラと足をおぼつかせながら立ち上がったミリアルデはどこか、嬉しそうな色を瞳に写していた。
「…強引ね。何百年振りかしら」
───人間は死を恐れてはいない。
───人間は死ではなく孤独を恐れる。
───私もまた、孤独な存在になるのが怖い。
───だから私は…。
「フェルリーア。私はあなたを、忘れないわ」