─────翌日、
おにぎりで少しだけ腹を満たした大人たちは、ベンチで並んで沈黙を守っていた。
騒がしかった坂本辰馬は「新しいビジネスチャンスじゃ!」と叫んで何処かへ走り去り、そこには坂田銀時、桂小太郎、高杉晋助の三人が、かつて松下村塾の縁側に座っていた頃のような、どこか静かな空気を纏って残されていた。
少し離れた自動販売機の陰で、飲み物を買おうとしていた高咲侑は、ふと足を止めた。
三人の背中から漂う、これまで見たことのない『重み』に気圧されたからだ。
銀時「なぁ─────松陽がこいつらを見たら、なんて言うだろうな」
銀時が、空っぽのペットボトルを弄びながらポツリと溢した。
その声には、先程までのふざけた調子は一切なく、深い慈しみと、ほんの少しの羨望が混じっていた。
小太郎「さぁな。あの人は、何より『無垢なる子ども』が好きだからな」
小太郎が、遠くで自主練習に励む歩夢やせつ菜、愛たちの姿を見つめながら応える。
小太郎「彼女たちの瞳は、淀みを知らん。夢を信じ、明日を疑わない─────俺たちのような、かつて剣を振り回して悪さばかりをしていた『悪ガキ』とは、根本から違う。あの人なら、目を細めて彼女たちの歌を聴き入るだろう」
晋助「・・・クククッ・・・松陽先生か・・・もう一度、会いたいもんだ・・・」
晋助が紫煙を吐き出し、独り言のように呟いた。
その横顔には、世界を壊そうとする(中二病の)狂気ではなく、ただ純粋に一人の師を慕う少年の名残があった。
かなり依存をしてるが、根底には確かに『父親に会いたい子ども』のように純粋な愛情がある。
晋助「あの人が生きていれば、それでいい。この平和な街の何処かで、また適当な屁理屈を並べて笑っていやがるなら─────俺がわざわざ、こんな退屈な街の空を睨みつける必要もなかったんだがな」
銀時「お前の場合はただの中二病だろうが、
晋助「殺すぞ、腐れ天パ」
自販機の陰で、侑は呼吸するのも忘れて立ち尽くしていた。
侑(・・・・・・え? 今、なんて・・・?)
脳裏に、数日前にあの静かな村塾で出会った人物の姿が浮かぶ。
「私は吉田松陽。君は?」と、そう言って微笑んだ、あの穏やかな大人。
銀時たちが、あんなにも切なげに、そして誇らしげに語る『松陽先生』という名前。
侑(銀時さんと、桂さんと、高杉さん・・・あの三人が、松陽先生の・・・教え子?!)
侑の心臓がドクンと大きく跳ねた。 彼女にとっての吉田松陽は、迷い込んだ自分を優しく導いてくれた『謎の賢者』のような存在。
しかし、今目の前にいる、家賃に困り、パチンコに明け暮れ、痰をなすりつけ合って巫山戯ていた駄目な大人たちの口から、その名前が出た瞬間、パズルのピースが音を立てて繋がっていく。
あの先生が言っていた「彼らは皆、自分勝手で、不器用で、けれど誰よりも真っ直ぐな魂を持っていた」という、かつての教え子たち。
その『彼ら』が、今目の前にいる、この不器用で小汚い侍たちなのだ。
銀時「─────おい。そこで隠れて聞いてんのは誰だ? 悪趣味な隠密ごっこは、ヅラだけで十分なんだよ」
銀時が、振り返ることもせずに言った。
鋭く、その気配の察知能力は、先程までの『駄目な大人』とは一線を画していた。
侑「あ・・・ご、ごめんなさい! 盗み聞きするつもりじゃ・・・」
侑がおずおずと姿を現すと、三人は三様のリラックスした姿勢で彼女を見た。
小太郎「侑殿・・・貴殿は、今の話を聞いていたのか・・・」
小太郎が少しだけ罰が悪そうに視線を逸らす。
侑「あの、銀時さん・・・さっき言ってた『松陽先生』って・・・もしかして、山奥の古い塾にいる、あの優しそうな人のことですか?」
その問いに、三人の空気が一瞬で張り詰めた。
銀時が死んだ魚のような目を少しだけ開き、晋助が三味線を弾く手を止め、小太郎が爆弾を落としそうになる。
銀時「・・・お前、何で・・・松陽を知ってる・・・?」
銀時の声が、地を這うような低い響きに変わった。
侑「私、道に迷った時に、あの場所に行ったんです。お茶をご馳走になって、少しお話しして・・・先生、言ってました」
松陽『彼らは皆、自分勝手で、不器用で、けれど誰よりも真っ直ぐな魂を持っています・・・』
侑「─────って」
沈黙。
波の音だけが響く公園で、三人の侍は呆然と侑を見つめていた。
自分たちがどれだけ探し、どれだけ想い、そしてどれだけ遠ざかってしまった《光》。
それを、この目の前の純粋な少女が、事も無げに『お茶をご馳走になった』と言っている。
銀時「・・・ハ・・・ハハ・・・ハハハ」
沈黙を破ったのは、銀時の乾いた笑い声だった。
銀時「おい、聞いたかよヅラ、高杉。先生、俺たちのこと『真っ直ぐだった』だとよ・・・どの口が言ってんだ、あのクソ教育者・・・俺たちの何処が真っ直ぐなんだよ。ひん曲がって、汚れて、今じゃ女子高生の通学路をうろつく不審者じゃねーか・・・」
小太郎「・・・全くだ・・・あの人は、相変わらず生徒の評価を高く見積もりすぎる・・・」
小太郎が目元を腕で隠し、小さく笑う。
晋助「・・・チッ・・・あの人は、昔からそうだ・・・勝てねーな、一生」
晋助も、ふいっと顔を背けて、どこか嬉しそうに煙を吐いた。
侑は、三人の間に流れる『愛おしさ』の正体を知り、胸が熱くなった。
彼らが何故、あんなにも汚くて、適当で、けれどどこか強くて優しいのか。
その理由は、あの山奥で静かに笑っていた松陽先生にある。
銀時「いいか、侑。先生に会ったら、こう伝えておけ─────『お前の育てた天然パーマは、今日も相変わらず、適当に生きてるぜ』ってな」
少女は力強く頷いた。
駄目な大人たちの《ルーツ》を知った侑。
かつての伝説の英雄たちは、自分たちの《光》を知る少女の存在に、ほんの少しだけ、救われたような表情を見せていた。
─────潮風が急に冷たさを増し、お台場の夜の気配が歪む。
街の灯りさえ届かない暗がりに、複数の人影が音もなく佇んでいた。
その視線の先には、銀時たち三人と一人の少女を正確に、そして冷酷に注がれている。
???「────いたぞ。あれが《
???「先程まで、《
低い、感情を排した声が闇に溶ける。
双眼鏡のようなデバイスで銀時たちを観察していた男が、嘲笑を隠そうともせずに続けた。
???「スクールアイドルという高校生の女どものところにいるのか・・・随分と平和のようだな。かつての伝説が、今や女子高生と交流中か─────反吐が出る」
???「・・・あのような腰抜けに、我らが大業を阻まれてきたとは信じがたい。だが、松陽の影が動いているのも確かだ」
リーダー格と思われる男が、腰に差した異形の刀の柄に手をかけた
その瞳には、平和な日常を楽しむ者への深い呪いのような、そんな憎悪が宿っている。
???「─────行くぞ。奴らの戦力は確認した。今すぐ報告を仰ぐ・・・お台場が、アイドルとやらの歌声ではなく、悲鳴と火の海に包まれるのも─────時間の問題だ。精々、楽しみにするがいい─────白夜叉よ」
人影は、夜風が吹き抜ける一瞬の間に、その場から完全に消失した。
平和な少女たちの日常。
そして、過去から追いかけてくる因縁の影。
お台場の輝きの下で、巨大な嵐が静かにその鎌首を擡げようとしていた─────
次回へ続く・・・・・・
もう暫く日常回が続きます。
シリアス篇はまだまだ先になります。