虹ノ魂 〜未来の歌姫たちと伝説の英雄たち〜   作:MLBU

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25話 亡霊

 

 

 

 

─────お台場の空が、燃えるような朱色から、不吉な紫を帯びた群青へと沈みゆく逢魔ヶ刻(おうまがどき)

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーは、練習を終え、いつものように賑やかに笑い合いながら帰路についていた。

 

 

侑「今日のダンス、歩夢、凄く良かったよ!」

 

歩夢「有難う、侑ちゃん。でも、もっとみんなを元気にできるようなステップにしたいな・・・」

 

 

そんな少女たちの何気ない日常の会話は、突如として訪れた《静寂》によって切り裂かれた。

 

学園の校門へと続く並木道。

先程まで響いていたはずの波の音や都会の喧騒が、まるで真空パックされたかのように消え失せ、冷たく重い空気が彼女たちの足を止める。

 

 

果林「・・・何、これ・・・」

 

 

果林が、本能的な恐怖に眉をひそめた。

並木道の陰から、そして建物の屋上から。

音もなく、影が滲み出すように現れた。

一、十、百─────その数は瞬く間に膨れ上がり、総勢三百名を超える《漆黒の軍勢》が、少女たちを円形に包囲していた。

 

全員が、顔を深く覆う笠を被り、不気味な黒装束を纏っている。

背負った錫杖が、カラン・・・と硬質な音を立てた。

その紋章は、一週間前に銀時が見たものと同じ─────死を運ぶ八咫烏・《天照院奈落》。

 

 

男「─────スクールアイドル同好会、だな」

 

 

軍勢の最前列から、感情を一切排した、鉄の擦れるような声が響いた。

 

 

かすみ「だ、誰・・・?!練習の邪魔をしないでください!私たちは帰る途中なんです!」

 

 

かすみが精一杯の虚勢を張って叫ぶが、その声は震えていた。

男たちは、まるで人形のように微動だにせず、三百対の虚無な視線が少女たちを射抜く。

 

 

男「─────お前たちが、『白夜叉』の仲間か。」

 

 

その聞き慣れない言葉に、歩夢たちは顔を見合わせた。

 

 

歩夢「しろ・・・やしゃ?誰のことですか?私たちは・・・そんな名前の人、知りません」

 

 

歩夢が、仲間たちを背に庇いながら答える。

 

男たちは、微かに嘲笑うような気配を見せた。

 

 

男「そうか・・・あの男は、お前たちに何も話していないのか。己の過去も、その手に染み付いた返り血の匂いも・・・平和という名の泥水に浸り、牙を隠して生きる道を選んだか」

 

侑「あの男・・・?誰のことですか!?」

 

 

侑が一歩前に出る。

その鋭い瞳は、得体の知れない恐怖を感じながらも、大切な仲間を守ろうとする意志に満ちていた。

 

奈落の男は、ゆっくりと錫杖を持ち上げた。

 

 

男「知る必要はない。知ったところで、お前たちの時間はここで止まるのだからな─────その男を誘い出すための《生贄》として、大人しく同行してもらおう。抵抗すれば、女、子どもだろうと、容赦はせん」

 

 

三百の影が一斉に、音もなく距離を詰める。

その圧倒的な殺気は、ただの女子高生である彼女たちが耐えられる限界を超えていた。

 

 

歩夢(どうしよう・・・どうすればいいの・・・?!)

 

 

歩夢の指が、震えながらポケットの中のスマートフォンに触れた。

脳裏に浮かんだのは、いつもヘラヘラと笑い、パチンコとイチゴ牛乳のことばかり考えている、あの『だらしない大人』の顔だった。

 

 

歩夢(・・・銀時さん。助けて、銀時さん・・・!)

 

 

歩夢は、気づかれないように素早く着信履歴の最上段をタップした。

だが、画面が繋がるよりも早く、奈落の刃が歩夢の喉元に突きつけられようとした、その瞬間─────

 

 

???「─────おい

 

 

─────頭上から、退屈そうでありながら、大気を震わせるほどに重厚な声が降ってきた。

 

並木道の街灯の上に、一人の男がしゃがみ込んでいた。

逆光で顔は見えない。

だが、翻る白い着物と、肩に担いだ一本の木刀。

 

 

???「─────三百人がかりで女子高生をナンパですか、コノヤロー。お台場の風紀も、随分と底が抜けたもんだな、糞烏ども」

 

男「─────貴様」

 

 

奈落の男たちが、一斉に標的を上空へと変えた。

 

男は軽やかに地面へと飛び降りた。

着地の衝撃さえ感じさせないその身のこなし。

街灯の光を浴びて現れたのは、何時もと変わらない、けれど決定的に違う『坂田銀時』の姿だった。

 

 

歩夢「銀時さん・・・!」

 

 

歩夢が叫ぶ。

だが、目の前の銀時から放たれるプレッシャーに、彼女は思わず息を呑んだ。

何時もの死んだ魚のような目は、今は暗闇の中で鋭く、凍てつくような殺意を宿している。

 

 

銀時「待たせたな─────パチンコ屋の景品交換所が混んでてよ」

 

 

銀時は、歩夢たちの前に立ち、背中で彼女たちを隠すように木刀を構えた。

その背中は、どんな壁よりも高く、そして頼もしかった。

 

 

男「─────やはり来たか」

 

 

奈落の指揮官が、冷酷に告げる。

 

 

侑「銀時さん、気をつけて!この人たち、ただの男の人たちじゃない・・・!」

 

 

侑の声に、銀時は一瞬だけ肩を揺らしたが、振り返ることはなかった。

 

 

銀時「─────ああ。あとでゆっくり、説教してやるよ。今はあっち向いててくれ─────これから始まるのは、教育に悪い『大人の時間(R18指定)』だ」

 

 

奈落の指揮官が、錫杖をゆっくりと地面に突き立てた。

金属音がアスファルトに冷たく響く。

 

 

男「─────まさか、かつて戦場で、数多の生命を無慈悲に刈り取っていた男が、今や、高校生の女たちと戯れ、その温もりに当てられて丸くなったとはな。滑稽極まりない話だ。坂田銀時─────貴様の牙は、そんなにも安っぽく錆びついたか?」

 

歩夢「戦場・・・?」

 

 

歩夢の喉が、引き攣るように鳴った。

以前、辰馬が酔った勢いで口にしていた『国を救おうとした仲間』という言葉。

あの時は冗談だと思っていた。

けれど今、目の前の男たちが発する言葉には、冗談では済まされない、重く、どろりとした《歴史》の重みがこもっている。

 

 

銀時「─────おい。糞烏」

 

 

銀時の声は、低く、低く、地を這うような響きを帯びていた。

 

 

銀時「余計な喋りはいいんだよ。お前らが狙ってるのは俺だろ。ガキどもには手ぇ出すな─────それ以上喋れば、その(くち)、二度と開かねーように縫い付けてやるぞ」

 

男「クククッ・・・隠そうとしても無駄だ。隠せば隠す程、その闇は深くなる─────さて、お前たちが慕うこの男の《真実》を、そろそろ明かしてやろう。」

 

 

奈落の男は、銀時の制止を無視し、歩夢たちに向かって朗々と、呪詛を吐くように言葉を紡ぎ始めた。

 

 

男「かつて、この国が天人の侵略により絶望の淵に立たされていた時代─────《攘夷戦争(じょういせんそう)》。血の雨が降り止まぬその戦場において、一振りの白刃を手に、数多の天人を塵へと変えた夜叉(おに)がいた」

 

 

せつ菜の瞳が大きく見開かれた。

彼女が愛するヒーローショーの世界ではない、本物の《戦い》の匂いが、その言葉から溢れ出している。

 

 

男「返り血を浴び、白銀の髪を真っ赤に染め上げながら、仲間の屍を超えて敵陣を蹂躙するその姿─────天人が恐怖でその名を口にすることすら憚った。戦場に現れる一筋の白い雷光、あるいは全てを飲み込む銀色の白き怪物─────」

 

 

男は、銀時を指差し、断罪するように言った。

 

 

男「それが、伝説の攘夷志士、『白夜叉』─────坂田銀時だ

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会「・・・・・・っ!!!」

 

 

歩夢たちの間に、悲鳴にも似た戦慄が走った。

 

 

侑「白・・・夜叉・・・?」

 

 

侑が呆然と呟く。

何時も苺牛乳のパックを咥えて、パチンコ屋のチラシを見ていたあの人の正体が、天人を震え上がらせた伝説の志士?

人を、斬り続けてきた《夜叉(おに)》?

想像もつかないその現実に、かすみは自分の肩がガタガタと震えるのを抑えることができなかった。

 

だが、男の暴露は止まらない。

更に追い打ちをかけるように、彼女たちがここ数週間で出会った、あの『変な大人たち』の名を読み上げていく。

 

 

男「それだけではない・・・貴様らがこれまで出会ったのは、ただの自堕落な大人たちではない・・・一人は、策謀を巡らせ、政府(ばくふ)を翻弄し続けた、『狂乱の貴公子』─────桂小太郎

 

栞子「え・・・あの、エリザベスさんと一緒にいた桂さんが・・・ですか・・・?」

 

 

栞子の顔面から血の気が引いた。

清廉潔白(中身は狂人)だと思っていたあの男が、国を揺るがす指名手配犯。

 

 

男「一人は、世界を呪い、破滅へと導く過激派集団の首領、『鬼兵隊総督』─────高杉晋助

 

せつ菜「高杉さん・・・あの方がそんな、方だったのですか・・・?」

 

 

せつ菜が、震える手で胸元を抑える。

 

 

男「そして、かつては龍の如き(けん)を振るい、裏からこの国を動かそうとする、『桂浜の龍』─────坂本辰馬

 

果林「あの・・・何時も笑って、小遣いをくれようとしていた坂本さんが・・・?」

 

 

果林が、あまりの衝撃に足元をふらつかせた。

 

 

男「奴らは《攘夷四天王(じょういしてんのう)》と呼ばれ、国が負け、この平和な世界で生き残った亡霊たちだ─────お前たちが笑顔で寄り添っていたのは、血の海を越えてきた本物の人斬りどもなのだよ」

 

 

奈落の言葉が、お台場の夜に突き刺さる。

歩夢たちは言葉を失い、ただただ、背中を向けたまま動かない銀時を見つめるしかなかった。

伝説の志士─────国を背負い、そして敗れた、戦いの化身。

自分たちが住む、平和で輝かしいスクールアイドルの世界とは、決して交わる筈のなかった『黒い過去』が、今、目の前に具現化していた。

 

銀時は、黙っていた。

否定もせず、肯定もせず。

ただ、手に持った木刀の握りを強くし、低く頭を垂れている。

その静寂こそが、奈落の言葉が《真実(まこと)》であることを何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

歩夢「・・・銀時、さん・・・」

 

 

歩夢が、絞り出すような声で呼んだ。

けれど、銀時は振り返らない。

振り返れば、自分の瞳に宿る《夜叉》が、彼女たちの純粋な光を汚してしまうと分かっているかのように。

 

 

銀時「・・・・・・ハッ。随分と長く喋ってくれたな、糞烏」

 

 

銀時が、ようやく口を開いた。

その声は、これまで聞いたどの声よりも冷たく、そして哀しいほどに鋭かった。

 

 

銀時「・・・正体だの過去だの、そんなもんはどうでもいいんだよ。俺が今、お台場(ここ)にいる理由はたった一つだ」

 

 

銀時はゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、死んだ魚のような目ではない。

その瞳には、かつての戦場で敵を震撼させた、本物の《白夜叉(夜叉)》の光が宿り、血のように紅く輝いていた。

 

 

銀時「─────お前らが、俺の《日常》に泥を塗った。その落とし前、きっちりつけてやるよ」

 

 

三百の奈落が一斉に襲いかかる。

衝撃波と共に、銀時が白い旋風となって敵陣へ突っ込んでいった。

歩夢たちの目の前で、伝説の《白夜叉》がその牙を剥く。

 

戦いは、もはや日常の域を超え、お台場を漆黒の戦場へと変えていく。

少女たちが目にするのは、憧れの銀さんの姿か、それとも凄惨な鬼の姿か─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、26話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────『SILVER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回、ついに銀さんのチャンバラ劇、解禁です!
そして、同時に彼らも─────!
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