─────お台場の海風が穏やかに吹き抜ける公園の一角。
茶髪に大きく赤いリボンを付けたハーフアップの女子高生・
今日の練習は、一人の少女が己の宿命に立ち向かうシリアスな歴史劇の一場面だ。
しずく「─────例えこの命が尽きようとも、私は私の信念を貫き通します。それが血塗られた我が一族の─────唯一の贖罪なのですから!」
凛とした声が響き渡る。
しずくの表情は一変し、そこには女子高生としての幼さは微塵もなく、ただ冷徹な覚悟を秘めた『役者』としての魂が宿っていた。
独り芝居とは思えないほどの気迫に、通りすがりの人々も思わず足を止める。
だが、その緊張感に満ちた空気を、場違いな足音と騒がしい声がぶち壊した。
???「─────見事な殺気だ。若き剣士かと思えば、ただの女子高生か。だが、その瞳に宿る光は本物だな。幼き少女にしてはなかなかだ」
低い、どこか中性的な響きを持つ声。
しずくが驚いて顔を上げると、そこには江戸時代からタイムスリップしてきたかのような、異様な集団が立っていた。
先頭に立つのは、ポニーテールに結った黒髪と凛々しい顔立ちをした美青年─────に見える、男装をした美少女・
その端正な横顔は、女子高生たちの画像に並んでいても違和感がないほどに整っているが、纏う空気は完全に《武士》のそれだ。
男性「九兵衛様!素晴らしい洞察力です!まさにその通り!彼女の瞳、かつての九兵衛様の─────否、それ以上に若き日の私のような瑞々しさが!」
九兵衛の背後から、ストーカーじみた熱量で割って入ったのは、長い金髪で細目の男・
彼はしずくには目もくれず、九兵衛の斜め後ろ三センチという絶妙に気持ち悪い距離を維持しながら、熱心に手帳へ何かを書き込んでいる。
九兵衛「東城、騒がしい。僕はただ、彼女の演武─────否、演技に少し興味を惹かれただけだ」
九兵衛が冷たくあしらうが、歩の勢いは止まらない。
歩「演技?!いやいや、あれは魂の咆哮です!九兵衛様、もしや彼女を柳生家の門下生に?!素晴らしい!柳生家に新たな花が!勿論、九兵衛様の《教育》は全てこの私が担当させていただきます。まずはお風呂の入り方から─────」
九兵衛「─────東城、死ね」
九兵衛の鋭い足払いが歩の顎を捉え、彼は鮮やかに一回転して地面に沈んだ。
だが、そんな主従の漫才を余所に、柳生四天王の残りの面々も好き勝手に振る舞い始める。
男性「ふむ、計算によれば、彼女の今の発声法は肺活量の八十七パーセントを消費している。実に非効率だが、その情緒的な揺らぎは観客の涙腺を刺激する確率が九十二パーセントに達するな」
眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、理屈っぽい口調で語るのは
彼は真面目腐った顔でしずくの演技を分析しているが、手に持っているのはストップウォッチと何故かケチャップのついたお徳用ソーセージだった。
男性「おいおい、そんな堅苦しいこと言うなよ、北大路。女の子ってのは理屈じゃねーんだ・・・よぉ、そこの可愛いお嬢さん。そんな物騒なセリフ吐いてないで、俺とあっちのカフェで、もっと甘いセリフの練習でもしないか?大人の男の魅力も知りたくないか?」
いかにもチャラそうな雰囲気を漂わせ、しずくにウィンクを送るのは
女好き(女子高生も範囲内)の彼は、しずくの可憐な容姿を見逃さず、すぐさまナンパを仕掛ける。
そんな喧騒の中、しずくが最も困惑の視線を向けたのは、集団の最後尾でどっしりと座り込んでいる大男・
その巨体は、公園の小さなベンチが悲鳴を上げるほどのボリュームだ。
だが、その屈強な腕に抱えられているのは、可愛らしいピンク色のプラスチック容器。
彼は小さなスプーンを使い、チマチマと『お子様ランチ』を頬張っていた。
しずく「あの・・・皆さん、一体何方様でしょうか?」
しずくは、台本を胸に抱えたまま、一歩後退りして尋ねた。
これ程までに個性の暴力が激しい集団には、虹ヶ咲学園でもお目にかかったことがない。
恐らくスクールアイドル同好会以上の個性が溢れている。
九兵衛「すまない、驚かせたな。僕は柳生九兵衛─────通りすがりの者だ」
九兵衛は少しだけ顔を赤らめ、気まずそうに視線を逸らした。
彼女も根は真面目な少女なのだが、周囲の四天王がこれでは格好がつかない。
歩「九兵衛様ぁ!照れるお姿もまた麗しい!ああ、今の恥じらいの表情を写真に収められなかった自分の無能さが恨めしい!私は万死に値する、まさに切腹ものです!」
復活した歩が、九兵衛の足元でゴロゴロとのたうち回る。
しずく「・・・・・・九兵衛、さん? あ、はい。私は桜坂しずくといいます。演劇の練習をしていたところなんです」
しずくは、歩の奇行を極力無視することに決めた。
役者として、どんな状況でも動じない心が必要だと自分に言い聞かせる。
九兵衛「演劇か・・・己とは違う誰かになりきる。それは、ある意味で自分を殺し、新たな自分を作り出す孤独な戦いだな─────僕は嫌いじゃない」
九兵衛の言葉には、どこか実感がこもっていた。
女性として生まれながら、柳生家の跡取りとして男として育てられた彼女にとって、演じることは日常そのものだったからかもしれない。
しずく「はい! まさに仰る通りです! 役になりきることで、私は新しい自分を見つけることができるんです・・・あの、もしよろしければ、今の私の演技、どうでしたか? 武道を嗜まれている方の目から見て、不自然なところは・・・」
しずくの目が、キラキラと輝き始めた。
彼女にとって、この『美少年に見える美少女』は、新しい役作りの最高のモデルに見えていた。
九兵衛「いや、完璧だった・・・特に、あの絶望に耐えながら前を見据える瞳。あれは、相当な覚悟がなければできない」
九兵衛に褒められ、しずくはパッと顔を明るくした。
しずく「有難う御座います! そう言って頂けると、自信が持てます!」
歩「九兵衛様!彼女、柳生家の次期メイドとして採用しましょう!私が徹底的に、九兵衛様の好みに合うように改造─────ゲフッ!」
歩は今度は九兵衛の鞘で脳天を叩き割られ、白目を剥いた。
九兵衛「─────さて、行くぞ。これ以上ここにいると、変な奴だと思われる」
しずく「いや、もう手遅れだと思いますけど・・・」
しずくの呟きを無視し、九兵衛は颯爽と歩き出した。
その後をケチャップを拭う斎、ナンパを諦めきれない粋、そして最後のおかずであるタコさんウインナーを惜しそうに食べる掴が続く。
歩「九兵衛様ぁ!待ってください!私を置いていかないで!私は九兵衛様の影、九兵衛様の右腕、九兵衛様の・・・!」
血を流しながら這いずっていく歩の姿をしずくは呆然と見送った。
嵐が去った後のような静寂が戻った公園。
しずくは、手元の台本に目を落とした。
しずく「・・・柳生九兵衛さん。凛としていて、それでいてどこか繊細で・・・次の舞台、ああいうキャラクターを取り入れてみようかな・・・でも、あのお付きの人たちの役は、ちょっと難易度が高そうだけど」
しずくは小さく笑うと、再び集中し、静かに目を閉じた。
お台場の片隅で、少女の『大好き』と『演じる情熱』は、奇妙な出会いを経て、さらに深く、熱く燃え上がっていくのだった。
次回へ続く・・・・・・