努力しない禪院、だが、最強   作:禅院炉

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覚醒真希VS禪院真 下

「(犬が一匹、梟、私の背後に増え続ける兎……恵との模擬戦で見たことあるやつが三体。そして知らない化け物が1体。多分あれは、五条クラスだな。一番ヤバイ)」

 

領域を展開した禪院真は初手から三体の式神と魔虚羅を召喚していた。

 

彼が過去に対伏黒甚爾を想定して組んだプランには魔虚羅は存在しなかったのだが、確実にここで殺すという覚悟の現れだろう。

 

禪院真希が如何にあしらおうかと逡巡した刹那、魔虚羅の拳は眼前へと迫っていた。

 

「速っ!?」

 

咄嗟に前に出した『竜骨』が激しくしなる。

一撃でストックギリギリ、直ぐ様蓄積した呪力を峰から噴出して腕をぶった斬ろうとしたが、その薄皮は度重なる適応により鋼鉄以上の硬度を誇っていた。

 

ガキンっ

 

「(は?なんだこの手応え?今、私は何を斬ろうとした?腕の中に何か仕込んでいた?いや、素で硬すぎるのか)」

 

宿儺の斬撃が通ったのは彼の呪力を帯びた術式であったから。

呪力をブースターに利用しただけの呪具では『この魔虚羅』に傷を負わすことすら不可能に近い。

 

全力で振りかぶった分、腰の力が逃げた。

次に振るわれた拳との間に刃を滑り込ませることには成功すれど、真希は大きく吹き飛ばされた。

 

「(不味い。後ろには兎の式神が)」

 

空中で振り返った真希が見たのは無数の牙だった。最早兎の愛嬌など微塵も感じられない、小さな悪魔達が口を開いて自分という餌が投げ込まれる瞬間を待ち望んでいる。

 

「はは、上等だよ」

 

その中に飛び込む。

 

兎達は虫のようにそれに群がった。

 

 

 

 

「終わったな」

 

何とも呆気ない様だ。だが真希ちゃんレベルでは端から勝ち目のない分かりきった勝負だった。

 

禪院直哉は未だに領域を解かず、赤く染まっていく脱兎の群れを傍観し続ける真に容赦ないと笑いつつ、思わず見惚れて(尊敬して)しまいそうなその温度のない瞳に舌を巻く。

 

……()()()()()。そうだ。禪院家の男ならかくあらねばならない。

 

家族だからだとか、女だからだとか、色々と守る理由ばかり考えて後手に回る今の禪院真は腑抜けもいい所だが、もし全てを捨てて高みを目指すというなら、直哉は喜んで傅くだろう。

 

「(初めっからこうすれば良かったかもしれんなぁ。こいつの家族を全員殺せば、あの時の真君が顔を見せてくれたんや)」

 

それは禪院真が雛鳥のように禪院直哉の背中を追いかけていた頃の話。

見所があるから今のうちに唾をつけておこうと、側付きの真似をさせていた(このせいで口調が感染した(うつった))が、ある日、少し怖がらせてやろうと組み手をした。

 

体格差や経験は歴然の差だった。

 

現に一回、二回は直哉の圧勝だったが、三回目で禪院真は人が変わったように化けた。

 

まるで、そうだ。伏黒甚爾が禪院家を去ってから忘れていた強者への熱い情景。それを思い出させてくれる本物の怪物の瞳を幼き禪院真は宿していた。

 

その時、禪院直哉がどれだけ嬉しかったかはわざわざ語るまでもない。

そして愚姉のせいで、どんどん落ちぶれていく様子をこれでもかと見せられて、どれだけ彼が失望したのかも言わなくても分かるだろう。

 

 

「直哉君」

「ん!何や、どうしたん?」

「少し派手になるかもしれん。巻き込んで怪我させたらごめんな」

「はい?それって、ッゥ!?」

 

真希に群がっていた兎達が弾け飛んだ。

 

(あり得へん!?あれは完全に詰みやったやろう!?)

 

直哉ですらあの中に投げ込まれては死を覚悟する。万一運良く抜け出せても、死に体だろう。

だが、細かな噛み傷あれど、食い千切られたような傷は一切なく、未だ全力を発揮できるポテンシャルを維持していた。

 

「あーあー。益々、ブ女になったね。まぁ畜生に欲情する男なんていないと思うけど」

「女は顔で判断するなって昔教えただろう?大事なのは心だ」

「こころぉ?あんの?サルのお前に?あったとしてもとんでもなく醜いものやろうねぇ。みんな可哀想に、帰る家も嫁さんもおったんやで?」

「そうか?……いや、そうかもな。あー心、持ってかれたんだったわ。何も感じねー」

「じゃあ、心ないサルは殺処分やね!」

 

真希は一直線に真を目指した。

彼を守るように立ち塞がる玉犬や空から雷を降らして妨害する鵺は無視だ。

 

そして真希の後ろを走る魔虚羅はギリギリで追い付けない。

 

不幸中の幸い、フィジカルギフテッドを越える速度の持ち主はいなかったようで、適応は済んでいなかった。

 

八握剣異戒神将魔虚羅を調伏した十種影法術使いに対する弱者の唯一の勝機、それは術者の殺害である。

 

「真君!!!」

 

真希の間合いに真が飲み込まれる。

直哉はまさか、こんなカスに禪院真が負けるのかと思わず叫ぶ。

 

真依が残した魂を切り裂く呪具が禪院真の胸を貫いた。

 

パシャリっ

 

水風船のように真は割れた。

 

「そうだよなっ!お前は偽物!本体は!!!」

 

依然本体が消えたというのに残る影に呪具を突き刺す。

 

「残念こっちや」

 

影の中に確かな手応えはあった。だがそれは人間じゃない。禪院真が予め仕込んでいた蝦蟇だった。

真希の影から真の声がする。そしてそこから伸びた腕が真希の背中に

「遅せぇよ」

 

ズサリと自身の影に呪具を突き刺す。

 

今度こそ人間の手応えだ。

 

少しして影が震え、その中身が吐き出される。

 

それは首のないブ男(禪院甚壱)だった。

 

「(これもブラフだと?)」 

 

「サルが人間様に知恵比べを挑もうなんて100万年早いねん」

 

また自身の影が震える。つまり、これは影を媒介にして声を届けていただけ。

真希はフィジカルギフテッドの強化された五感を活かし、どこに真が隠れているのか探ったが、石の影や虫の影、ここらにある全ての影が微量な呪力を帯びていることに気づいただけだった。

影の中は刺してみるまで中身が分からない。

 

「それよりええの?魔虚羅との追いかけっこは?」

 

ガコンっ

 

言われるより先に振り返ったが、今度は防御することは叶わなかった。

辛うじて目で追える、自分よりも速い存在へと適応してしまった魔虚羅の勢いづいた蹴りが空に高く打ち上げる。

 

胃がむせ返り、吐き出した胃液の中に混じる色鮮やかな赤。

 

内臓をやられた。

いや、それより着地を、違う。空には──、

 

「キシャァァァァァ」

 

禪院真の呪力により、万全の状態で呼び出された巨大な鵺が待ち構えている。

 

避けようがない雷撃が外と内を蹂躙していく。

 

これで気を失わないというのだからフィジカルギフテッドの耐久力はバカには出来ない。

 

堕ちる真希。待ち構える玉犬と魔虚羅。

果たして伏黒恵が呼び出したものですら特級呪霊を貫く玉犬が禪院真の呪力で強化されて、フィジカルギフテッドの肉体を貫けないのだろうか。

そしてそれを乗り越えたとして雷撃で鈍った身体で真希は魔虚羅の猛攻を防ぎ切れるのだろうか。

 

「……ごめん。真依」

 

苦し紛れだろうが、身体をくの字に曲げて魂を切り裂く呪具を強く握り締める真希。

 

彼女が地に落ちる、その瞬間、玉犬の胴と下半身は泣き別れとなり、その次の一手に移る前に、魔虚羅の拳が彼女を地面に縫い付けた。

 

 

 

「はぁぁぁ、おもんな。帰ろっか」

「うわっ。僕の影に隠れとったんか」

「どや?灯台もと暗しやろ?」

 

ボコボコともうとっくに死んでいるだろうに地面を殴るのをやめない魔虚羅。それを二人は実は生きているんだろうか?虫みたいにしぶといなーと軽口を叩き合いながら目を離さない。

 

 

そして一分が経った頃、魔虚羅が拳が振り下ろすのをやめると、赤い染みがそこには出来ていた。

 

「……これってどうなん?サルは残穢が残らんから死体まで失くなると面倒やわ」

「死んだやろ。途中から砂煙が凄くてよく見えんかったけど、魔虚羅があそこから見逃すとは思えん」

「そっか。終わりか」

 

魔虚羅を影の中に戻して、そして領域を解く。

 

解いたと言っても、真の閉じない領域は影が本体なので目に見える変化は乏しいが、はよ帰ろうと先んじて歩き出す。

 

錯覚だろうか?その背中は前よりずっと大きく見えたが、前よりもずっと寂しそうに見えた。

 

「何をそんなにしょぼくれてんねん。甚爾君には遠く及ばなかったけど、甚爾君と同じ条件になった真希ちゃんに勝ったんやで?少しぐらい喜んでもバチは当たらんやろ?」

「……どうでもええ。早いとこ嫁さん達に会いに行きたい……そうしないとおかしくなりそうや」

 

「はぁぁぁぁ……まぁ、今回は目をつむったる。良いもん見せてもらった礼や。後の事は僕がやっとくから今日は休んどけ」

 

とぼとぼと歩くその背中が遠くなる。

 

直哉は術式の鍛練の癖で

18、19、20、と距離感を無意識に測ってしまうが、それが25になった瞬間だった。

 

何かが、走り抜けた。一秒で直哉が動ける速度よりも早く、一歩先へと歩みを進め、真の背中を拳で貫いた。

 

「ごぽっ……は?」

「やっと捕まえた」

 

口から血を溢した禪院真が見たのは、妹が命をとして生み出した呪具すら捨て石とし、路傍の石以下になった怪物だった。

 

「なんで?」

「呪術的に言えば私は無機物と同じらしい。お前の式神達が私の呪具を目印にしているのは分かってた。だからそれを捨てて、死んだふりを決めたんだ」

「なんで?あれ、真依お姉ちゃんが最後に作ってくれたもんやろ?なんで、そんなあっさり捨てられるん?」

 

禪院真はどれだけ傍若無人に振る舞っても、家族だけは手にかけることはしなかった。

あの扇ですら何やかんかと生かし続けたのだから、家族に深い繋がりを感じていたのだろう。

 

法陣を通じて意思疎通している魔虚羅はもしかしたら、真希を殺したくないという彼の感情を読み取って動きが鈍くなっていたのかもしれない。

 

「……わからん。わからんよ」

「無理に理解しなくてもいい。ごめんな」

 

真の足から力が抜けて地面に倒れそうになったところ、真希が抱き止める。

 

「……あ……なんか……これ、昔みたいやな」

「そうだな。昔は母さん達と野原で遊び回って、疲れたお前を膝枕して……なんでこうなっちゃったんだろう……」

「……あー。うん。少し眠い……そんで寒い……お姉ちゃん、抱き締めて」

「あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

パシャリと水のように解ける。

 

「っ……とと!ここは流れ的に死んどけよ」

 

真希の影。まさに不意を突くとはこのことだろうと、飛び出してきた真だが、真希はそれを辛うじて避ける。

さっきまで泣きそうになってた癖に、何が面白いのかうっすら笑っていた。

 

「誰が猿の膝の上で死ぬか。僕が死ぬ時は嫁さんと子供達に囲まれて死ぬって決めてんねん」

 

「刺した瞬間は本体だったろ。いつ()()()()()?」

「さぁな」

 

ゲホゲホと肺に残った血を吐き出し、禪院真は掌印を組む。

 

「領域を解いた直後は術式が焼き切れんだろ?(憂太に聞いた)次は、心臓じゃなくて頭を握り潰す」

「勉強不足やね。術式は焼き切れたからって使えんくなるわけやない。少しコツがいるが、呪力操作に集中すれば」

 

宣言通り、彼の影からは玉犬や貫牛が現れた。

少し形が崩れているが、その荒さは呪力を増やして補っていた。

 

「……そうか。じゃあ、逃げるか」

 

「はぁぁ?今さら誰が逃がすか」

 

もちろん術式が焼き切れた直後に領域は展開出来ない。魔虚羅を呼び出すことは可能だが、先ほどのように大技に紛れて雲隠れされても困る。

面倒だが、ちまちま削るかと式神達を差し向けると、潔いぐらいの逃げ足で逃げた。

 

 

「……直哉君!追いかけぇ!」

「え、お、おう!」

 

あまりにもあり得ない行動に数秒、フリーズした。

領域が使えない今、真は肉眼でしかフィジギフを捉えることが出来ない。

そこで長年のタイマン勝負により魔虚羅を除けば最速となっていた直哉を差し向けるが、二人の戦闘で無茶苦茶になった足場の悪いそこでは術式の真価を発揮できず、惜しいところで取り逃してしまう。

 

 

史上最悪の姉弟喧嘩はお預けとなってしまった。

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