DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

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第三幕、一節

♢ ♢ ♢

 

 

籠の中の鳥はいつも大切に守られている。

 

羽根を休めてエサをもらって、鉄柵の隙間から頭を撫でられ、

愛を求めて鳴くだけで脳と心臓が満たされる。

 

 

獲物を狩りに飛び立つこともつがいとタマゴを産むこともない、

肉塊同然の生き物を果たして鳥だと呼べるでしょうか。

 

「ひいッ!?来るな、来るな…………

いい加減許してくれ、これきり二度とあんな真似しねえから!!」

 

「金ならちゃんと返したはずだろ!?

なんでおれ達だけッ、おれ達は何も知らねえって!!」

 

 

エサが死骸で出来ていることも死ぬまで知らずに死んでゆく

───死骸以下の存在を、生き物と呼んで良いのでしょうか。

 

それならいっそ、生まれる前に貪り食われてしまえばいい。

 

「もうやめ、たす……けっ…………」

 

 

屈強そうなガタイに見合わず、怯えた顔を貼り付けて、

羽根をもがれた小鳥のように床に転がる男たち。

 

天敵から身を守ることすら教えられずに生きてきた、可哀想な鳥なのでしょう。

 

(血は出ていないみたいですね。よかった)

 

いい子に生まれる苦しみも悪い子に育つしあわせも

───ママのタマゴであるぼくは、きっと知ることはないのでしょう。

 

(ああ、…………やっと、うちにかえれる)

 

羽根や小骨が邪魔にならずに美味しく食べてもらえるように、

カラもカラダも空っぽな「タマゴのままで」生きてきたから。

 

 

♢ ♢ ♢

 

♢ 炎の宮殿:玉座の間

数段飛ばしに駆け上がる足で最上階へと辿り着き、

開かれた扉の先に私の両目が映したもの。

 

「「団長に敬礼ッ!!」」

 

声を張り上げる衛兵達の整列が囲む中心に、

紫黒の衣をゆらりと揺らす背中が私を待っていた。

 

「着いた、のか?」

「うぅ、早く下ろしてギーメルちゃん……」

 

目を回しながら両肩に掴まる彼等を担いだまま、頭を垂れて膝を着く。

 

「其方を呼ぼうとしていたところだ、近衛団長ギーメル

───衛兵諸君は席を外してもらいたい。我は三人と話がある」

 

「「ははッ!!」」

 

「甚く光栄に存じます、我が王よ」

 

主君に名前を呼んで頂いた、たったそれだけの事だと言うのに、

絨毯に映る私の影はうるうると輪郭を揺らしていた。

 

「まずは其方等三人に礼を…………

と言いたいところだが、我から先に説明すべき問題がまだあるらしい」

 

 

鼓動の跳ねる音と同時に、再び焦りが込み上げる。

 

「アドリー様方の身辺警護、及び王国の警備巡回、

…………門番からはそのように伝え聞いておりますが」

 

「その認識で問題なかろう。勿論不満はあるだろうが、

襲撃の件が収束するまでは厳戒態勢を維持して欲しい」

 

「!?我が王よ、仰る意味が…………」

 

 

『飢餓の復活』とやらを目論み、王墓の魔物の群れを引き連れ、

王国の結界を奪い攻め込んだ厄災の元凶。

 

(あの憎たらしい顔の魔人、

虚実の使徒なる者は確かに討ち滅ぼされたはずでは)

 

 

「エルバ=メヘト。これは僕の予測なんだが、

前に話した『秘宝』というのが襲撃の原因なんじゃないのか?」

 

「秘宝って…………?あ、思い出した!

穴に落っこちる前にボルダくんが言ってたやつだ」

 

言葉に詰まる私を置いて不意に沈黙を破ったのは、

まるで聞き覚えの無い単語。

 

「左様だが我が娘よ、余所見でもしていたのか?

阿呆でも分かるあの罠に引っ掛かるとは」

 

「…………僕だよ。阿呆ですまない」

 

「やめろ!私まで阿呆みたいになるではないか

───いや、んん、それより秘宝というのはなんなのだ?」

 

 

無理矢理に話を戻した私の疑問に答えてくれたのは、

仮面の奥から空間に低く響く我が王の声だった。

 

「『要石』という言葉を聞いたことはあるか?

人の手に負えぬ厄災を、より強き災いを以て封じるものだ」

 

アドリー様と知り合う前、火出國(ヒノイズルクニ)における呪術

───『鬼道』と呼ばれる統治について少し聞いた事がある。

 

神器の形代、要石などを含めた呪術により、

いわば毒を以て毒を制す形で飢餓の厄災を封じていたと。

 

「ピラミッドの秘宝はまさにその役割に値する。

本来ならば、儀式の間にある石棺の中に納めてあるはずだが」

 

 

思わず顔を見合せ、私と同じく二人とも驚きが隠せない様子だった。

 

「二人が寝てた石棺のことだよね?思い出すのも怖いけど、

何も置かれてなかったような」

 

「…………あんな棺でよく寝れたな、其方等」

「「…………」」

 

ふざけるなボルダ貴様、露骨に目を逸らすんじゃない。

いま話すにはあまりにも長くなるのは確かだが。

 

「だとするとあのカラの棺はなんなんだ?

僕達の目が確かなら、その秘宝が独りでに消えたことになるが」

 

「独りでにって、ご先祖様の祟りとか…………?!

キミがランプとツボを壊しちゃったから、お化けになって出てきたんじゃ」

 

「ば、ばば馬鹿言うな!なんで僕のせいなんだよ───

仮にお化けだとしても使徒と同じようなもんだろ、今更ビビってるんじゃない!」

 

 

傍から聞くと墓荒らしの言い訳にしか聞こえない。

まあ、だとしたら私も共犯な訳だが。

 

(…………いや待て私、

よく考えたらとんでもない狼藉に加担したのでは?)

 

「後で詳しく聞くとしよう。昨夜ボルダと話した時は確信が持てなかったが、

やはり秘宝は何者かの手で盗まれたとしか考えられぬ」

 

 

それは認識の一致によって研ぎ澄まされた感覚のせいか、

嵐の前の静けさというヤツのせいかは分からない。

 

しかし確かに、杖を着く我が王の声はいつになく淡々と聞こえた。

 

「王墓から秘宝を盗み魔物を操る何者か───

『黄金の爪』に魅入られた者。それが今もなお王国に潜んでいるということだ」

 

 

(…………そういうことか)

 

アドリー様とボルダには感謝しなければならないだろう。

ようやく心の取っ掛りが外れたような気分だ。

 

そんな逆賊の存在ならば、疾うに見当はついている。

 

「エルバ=メヘト様、貴方様の統治と国の平和に弓引く大罪人、

この『砂漠の白薔薇』が華麗に断罪して見せましょう」

 

「え?ギーメルちゃん急に何……

な、なんでそんな怖い顔してるの…………?」

 

多大な負債を抱えた挙句に近衛団長の座を追われ

───十年間もの間、私を騙し続けた『裏切り者』。

 

「待てギーメル、どこ行く気だ?!

何考えてるのかは知らないが早まった真似は……」

 

歯の軋む音が、いやにうるさく私の思考を研ぎ澄ます。

 

警戒されていないとでも思ったのだろうが、

運命とは常に皮肉で因果応報そのものだ。

 

育ての親を買って出てまで王国に従順な振りをして、

十年間一番近くで過ごした相手が貴様に罰を下すのだから。

 

「私の目だけは誤魔化せんぞッ、耄碌ジジイが!!」

 

♢ ♢

 

僕はともかく、あれだけ慕っていたアドリーの呼び掛けにすら目もくれず、

あいつは一人で玉座の間を飛び出してしまった。

 

「ボルダくん、あのまま行かせていいのかな……?

あの子絶対何か早とちりしてる気しかしないんだけど」

 

「…………あいつの行き先自体は大体予想がつく。

短絡的な性格だとは思ってたが、嫌な予感しかしないな」

 

 

ギーメルが疑うであろう相手はノラさんを置いて他にいない。

 

地下霊廟で聞いた『義賊』としての経歴、

それが疑念を確信に変えてしまった一因とも考えられる。

 

(隊商地区のテントに行けばまだ間に合うはずだ、

大事になってしまう前に何とか…………)

 

「くく、ははははっ、可笑しいなボルダよ───

どうして部外者である其方が他人のことまで気にかけておる?」

 

 

焦りや不安を吹き飛ばして時を止められたかのように、

僕の隣で言葉を失うアドリーの顔があった。

 

「王国近衛団の連中については本人達から聞くが良い。

そろそろ本題に戻るとしよう、頭の悪い野次馬も消えて話しやすくなったしな」

 

「お、お父様!?そんな言い方しなくてもっ、

二人はこの国のためを思って…………!!」

 

「異なことを申す、国の為とな?

過度に首を突っ込むのは慈善とも呼べぬ『偽善』であろう」

 

 

正論に頭を冷やされたのか、砂漠の熱気を離れたせいか

───冷淡にさえ思える王の言葉が意識を離れなかった。

 

「虚実の使徒消滅とともに王国は真実(ゲブラ)の結界を取り戻した。

ボルダが我が国にこれ以上関わる理由は無い」

 

「っ、……それは…………」

 

言葉に詰まる彼女同様、返す言葉が見つからなかった。

 

確かに図書館の祭壇でアドリーの手と神器を借り、

失われたオーブの光を取り戻せば僕の目標は達成されるはず。

 

 

(…………初めてこの国を訪れたときの感覚。

実際自分の故郷でもないのだから、至極当然なのだろうけど)

 

当初の目的意識に立ち返り、ようやく掴めた気がする。

 

目の前の出来事がどこか他人事であるかのような、

思考にモヤがかかったような、どこかむず痒く気だるい気持ち。

 

共通の敵を討ち滅ぼすために行動を共にしていた相手。

思えば、僕達はそれだけの関係。

 

無関係である『赤の他人』に、何を期待していたというのか。

 

「二人とも、……僕は…………」

 

「ボルダくんは、ギーメルちゃんは野次馬なんかじゃ無い

───二人は、大切なアタシのお友達なのっ!!!」

 

 

消え入りそうなその呟きは、直後に響いた彼女の声に不用心に掻き消された。

 

「部外者だったら仲良くしちゃダメなの?偽善だったら何がダメなの……!?

やっと仲直りできそうなんだよ、あんなにケンカしてた二人が」

 

 

声を荒らげて叫ぶアドリーはまるで反抗期の子供みたいで、

根拠と言うには不確かな感情論ではあったけれど。

 

「みんなの気持ちはお父様が決めることじゃない!!

お父様がアタシを想ってくれてるなら、お友達くらい好きにさせてよ……!!」

 

彼女が信じる唯一のおまじないであるかのような

───『お友達』という言葉の響き。

 

それだけで、目の前の霧が無理やりに晴らされていくような気がした。

 

 

「…………ほんとお前、馬鹿だな、

その理論だと僕の気持ちもお前が決めることじゃないだろ」

 

「!?あ、ご、ごめん、キミのことまで勝手に……」

 

 

アドリーは良くも悪くも相変わらずの様子だった。

 

言われた事を字面通りに受け止めて、

それが本音だと疑いもせず真に受けるから余計に傷つくのだ。

 

「エルバ=メヘト、貴方らしい教育方針だな。

誰の言葉でも何でもかんでも鵜呑みにするなと言いたいのか?」

 

「え?お父様、どういう…………」

 

「───『嘘つきは泥棒の始まり』というのは、単純ながら良い訓戒だ。

王国に潜む罪人を突き止めるつもりなら頭に入れておくが良い」

 

 

確かに彼女は素直すぎるし、人間を信用しすぎるクセがある。

平和主義的な考え自体は別に悪いクセではない。

 

だとしても、考えたくはないけれど、

いつか悪人に騙されるのが容易に想像出来てしまう。

 

「あ、あぁよかった、本気で言った訳じゃないんだ

───それにしたって酷くない!?いちいち心臓に悪いんだってば」

 

「正直全部が全部ウソという訳でもないのだがな。

其方等の好きにするが良い、いつまでも娘に窮屈な思いをさせるつもりも無い」

 

「何なのもう、……急に開き直んないでよ」

 

 

母様の心配性とはほとんど真逆の方向性だが、

王は僕が想像していたより何倍も過保護な父親であるようだ。

 

「本題に戻る前にひとつ、ボルダよ…………

其方が破壊したという祭具を見せて貰えるか?」

 

「あ、ああ、破片になってしまったが一応集めておいたよ」

 

 

恐る恐る道具鞄を広げて見るとそこには、

祭具だったものの破片が見るも無惨に散らばっていた。

 

「うわぁ!?こんなにバラバラだったっけ、……あっ」

 

僕たちを乗せた暴れ馬、もといギーメルの仕業である。

 

割れ物がアレに振り回されて無事で済むわけもなく、

ここまで見事に原型を失ってしまうと復元はまず無理だろう。

 

「肩を落とすでない。陶器を割るのは悪縁切りとも言うしな」

 

「お父様、あんまりフォローになってないよ……

ほんとに壊れたまんまでいいの?おかげで使徒は倒せたけど」

 

「役目を終えたモノだからな。何かに使えるかもしれんが、

使い道が見つかるまではこちらで預かるとしようか」

 

 

枯れ木の屑と見間違いそうな破片達は、ふわりと浮き上がる。

 

「祭具の浄化、回収までご苦労であったな…………

神罰を騙り砂漠を揺るがす『虚実』の罪、飢餓の復活は阻止された」

 

「「…………?」」

 

独り言じみたエルバ=メヘトの呟きとともに、

破片達は彼の衣の暗色の内側へと吸い込まれてゆく。

 

「ボルダにアドリー、秘宝について其方等にもう少し共有しておく

───その災いがいかにして王国を襲ったかも含めてな」

 

 

…………

 

 

「黄金の爪の性質は呪いとしては単純な部類。

元の持ち主でない者が手にすれば、元の棺に還るまで所有者に災いをもたらす」

 

『黄金の爪』に魅入られた者。

 

王墓ピラミッドに隠されていた砂漠最古の禁忌にして

───夥しい死に彩られた、紛うことなき歴史の闇。

 

 

「唯一その災いから逃れるすべがあるとすれば…………

魔物を寄せ付けぬ祝福の結界、すなわち王国内に黄金の爪を隠し持つこと」

 

昔話をするかのような、エルバ=メヘトの語り口調。

 

重く噛み締める彼の声色は敢えて言葉に直されなくとも、

「口にするのも忌々しい」と唱えるような響きだった。

 

「…………なるほど、探索中に少し不自然に思ってたんだ。

ただの遺品なら隠し部屋まで作って安置しておく必要は無いだろうし」

 

「恐らくだが物理的に、人の手に触れる場所を避ける狙いもある。

地下霊廟と儀式の間により二重に蓋をされておったのだ」

 

 

直接の要因でないとはいえ、使徒の存在も無関係とは言えなかった。

 

結界の無効化と同時に堰き止められていた魔物がなだれ込み、

持ち主をしらみ潰しに探して王国を襲った事になるからだ。

 

「…………元の持ち主って、お父様のご先祖様のこと?

自分のお墓を荒らした人への祟りみたいなものなのかな」

 

「それは商人や盗賊どもが吹いて回っておるホラ話だ。

あれはそもそも王族ではなく、旧イシス王朝に貢献した武闘家のモノだからな」

 

 

(集落から王国に来てすぐには気付けなかった。

戦の冠(アモン=ウェンリル)の厄災と無意識に重ねてしまったせいか)

 

歴史についての詳細はともかく、大まかな答えには辿り着いた。

 

『黄金の爪』と飢餓の鎧(アガレス=アグニース)との直接的な関係はなく、

魔物襲撃は王国に潜む個人による災いであるということ。

 

「警備巡回はあくまで民衆を守る安全措置に過ぎん。

不安を煽らぬため、衛兵隊連中には具体的な策については伏せておる」

 

 

「あ!警備といえばさっき門番さん達も───

身辺警護だとか言ってたけど、なんでアタシとボルダくんだけなの?」

 

仮面の奥からわざとらしい不気味な笑みを漏らして、

僕を見つめるエルバ=メヘト。

 

「…………どうした?ボルダよ、何か言いた気だな」

 

王は事前にある程度調査の準備を整えていたと考えられる。

 

そしてそれはほぼ間違いなく、昨夜僕と二人ここで言葉を交わした時点から。

 

「最初から僕にも調査を任せる前提だったろ…………

『王国に関わる理由が無い』なんてのはホンモノの大嘘だったな」

 

身辺警護とは単に僕達を守るボディーガードというよりは、

罪人に辿り着くまでの調査を安全に進めさせるため。

 

「そう腐るな、良い予行演習になったではないか?

赤の他人の真っ赤なウソにはせいぜい気をつけておくことだ」

 

 

「ボルダくん、お父様ビンタしに行っても良い?」

 

「良い…………いや駄目だお前、グーで行く気だろ!

ムカつくけど本気で仮面割りそうだからやめとけ」

 

 

王国に来て事ある毎に僕が冷静でいられるのは、

こいつが素直に喜怒哀楽を示してくれるおかげでもある。

 

まあ、それはそれで疲れるのだが。

 

「いつまで笑ってるのお父様、開き直りすぎなんだってば!

もう、…………それより、具体的な策って?」

 

「うむ、其方等三人が不在のうちにいくつか策は練っておいた。

罪人を炙り出すのに最も効率的で効果的なものを預けよう」

 

 

仮面をずらした隙間から見覚えのある煌めきを放ち、

一匹の虫のようなものが僕の方へと羽ばたいて来た。

 

「ひぃいぃいッ!むむむ、虫!!?」

 

「いや多分、ホンモノの虫じゃなくて───

『翼蟲(ケプリ)』で合ってるよな?エルバ=メヘト」

 

コガネムシじみた極彩色の小さな甲虫のような身体。

 

僕の右手の甲にちょこんと乗っかるそれは、

虫の見た目に似つかわしくない小鳥のような羽根を休めている。

 

「其方には一度話した通り、それは砂漠の信仰と古くより縁の深い護符。

黄金の爪の在処を探す案内人だと思えば良い」

 

「ふうん、意外とかわいいんだな…………

森の虫と似たようなものなら、確かに僕が一番扱い慣れてるか」

 

 

風の便りを運んできたり天気の報せをしてくれる、

自然とともに生きるエルフの友人とも呼べる存在。

 

一人で暮らしていた時期も、精霊の森に住む彼等に何度お世話になったことか。

 

「よ、よよよく触れるね、ホンモノじゃないのは分かってるけど。

キミは虫平気なの?刺されるのとか怖くないの…………?」

 

「刺すのは正当防衛で、刺されるのは自業自得だ

───いいか?虫っていうのは小さくて繊細な生き物なんだよ」

 

 

お化けといい虫といい、こいつは好き嫌いが多すぎる。

 

赤のオーブ復活のために後々風の集落に連れていくことにはなるが、

虫嫌いだけは何とか克服しておいてほしいものだ。

 

「調査の間は其方等二人にそれを預けておく。

ついでに警護を放ったらかして出て行った小娘も捕まえるといい」

 

あいつには申し訳ないが、確かに今のままでは困る。

 

「ノラさんを問い詰めてるんだろうが、まだ間に合うはずだ。

無実を証明すれば誤解もすぐに解けるだろうしな」

 

「行ってきますお父様っ、ちゃんとワルモノを捕まえてくる!

ノラおじ様とギーメルちゃんにも協力してもらわなきゃ」

 

 

拳でポーズを決めた直後にぐううと派手な音を響かせ

───張り切っていた彼女は、徐々にしおれていった。

 

「あ、えと、えへへ…………ついでにごはん食べてきちゃダメ?」

 

 

♢ ♢

 

♢ 砂の王国:隊商地区

「危ねえからソレ仕舞えクソガキ、営業妨害だぜ?

せっかく昼メシどきだってのに客が逃げちまっただろうが」

 

「『黄金の爪』を何処に隠した?その首が惜しければすぐに答えろ」

 

「かっかっか!どういう意味かもわかんねえし先に話してみろや、

…………育ての親ともマトモに会話出来ねえか、あ?」

 

 

先代近衛団長にして元教官ノラ=フィールド。

 

たとえこの世の罪人の一覧に目を通しても、

これほど人の道を外れた男はそうザラにおるまい。

 

 

(よくも堂々と飲食店など開いて過ごしておったものだな。

一般人の面をして周囲の目を欺く為であろうが)

 

首に刃先を当てられてなお、反省の色もまるで見えない。

 

「魔物の親玉、などというのも結局貴様のホラだったしな…………

質問を変えるが、襲撃の間戦いもせず何処で何をしておった?」

 

「避難だよ、ひーなーん、文字も読めなくなっちまったか?

そもそもワシはもう兵隊じゃねえ、見ての通りただの商人だろうがよ」

 

「避難、貴様が?笑わせる、

『戦える者はみな戦え』と仰せつかったはずだがな」

 

十年前の全盛期から随分力は落ちたようだが、腐っても王国有数の実力者

───魔物の襲撃ごときに臆して逃げ出すようなタマではない。

 

「かかかっ!そう言やあそうだ、大好きな王様の命令はどうした?

嬢ちゃん坊ちゃんおふたり様の身辺警護だか何だかはよ」

 

「その命令も盗人が捕まるまでの保険にすぎん。

黙って縄に着くがいい、どのみち団長の座を追われた貴様には関係無い」

 

いい加減、此奴の下手な芝居に付き合う余裕も失せてきた。

 

「タコが出来るくれえ聞かせてやったはずだけどな、

耳詰まってんのかお前さん?盗賊なんざ三十年も前に卒業してんだわ」

 

「ああ、…………で?

足を洗ったというだけで疑われないと思ったか?」

 

不審な行動に不審な経歴、全てが物語っている。

此奴が件の「黄金の爪に魅入られしもの」だと言うことを。

 

「もういいわ、疑われるような真似したワシにも責任があるわな」

 

(潔く罪を認めたか。尋問の手間が省けたな)

 

ため息とともに白髪の生えた頭を垂らして、

合わさっていた視線が外れる。

 

「ならば連れて行ってやる、貴様の罪を罰する我が王の御前までな」

 

目の前に項垂れるノラを連行すべく剣を下ろした。

 

 

───確かに、そのはずだったのに。

 

「何の、真似だ、……貴様…………」

 

下ろそうとした剣の切っ先は掴まれたまま微動だにせず、

気付けば代わりにノラの首元に食い込み、血を滲ませていた。

 

「何言ってんだクソガキ、コッチの方が簡単じゃねえか?

どうせ老い先短ぇんだし…………お前さんの手で罰してくれよ」

 

 

(…………)

 

王にすべてを捧げる身として、願っても無い申し出だった。

 

横一文字に首を刎ねるも袈裟斬りにするも、

少し指先に力を込めれば容易く叶うのであろう。

 

降伏にしろ服従にしろ、生殺与奪の権利はまさに我が手の中にある。

 

逆賊の首をこの手で討ち取る、

絵に描いたような栄誉の証が目と鼻の先で輝いている。

 

 

敗者自ら望む通りにお膳立てされたそんなモノを───

愚にもつかない八百長試合を、果たして勝利と呼べるのか。

 

「ふざけるなッ、……私は断る……!!」

 

 

刃先を掴む手を離し、ゆらりと顔を上げるノラ。

 

「かっかっ!そうかいお前さん、

良かったな?見物人にジジイの血を見せなくて済んだわ」

 

私ではなく、私の背後に向けられたその笑顔の先には。

 

「…………!な、何故貴様、一人で」

 

「また会ったなエルフの坊主。さすがのワシも死相が見えたぜ」

 

「縁起でもないこと言わないでくれ…………

あと五秒でも遅かったら無理やり止めるつもりだったよ」

 

 

…………

 

 

「ほーん、とするとなんだ、

わざわざクソガキを回収にお前さん一人で来たってわけかい」

 

「あ、あのなノラさん?回復が間に合って良かったけど、

ああいう無茶は控えてくれよ。ギーメルの扱いに慣れてるのは分かるが」

 

「かかかっ!わーってるって…………

もしもーし?息してっかクソガキ、いつまで体育座りしてんだ」

 

 

直接の罪人逮捕に向けたものではなく、

王国内の警備巡回はあくまで国民を危険に晒さぬためのもの。

 

さらに言えば、ボルダによれば、

肝心なことは私達には敢えて伏せられていたのだという。

 

「それはそうと、嬢ちゃんの昼メシは酒場か、商売ガタキとしてはちょいと残念だな!

久しぶりに暴れウシドリの新鮮な肉が入ったのによ」

 

「ああそういえば、あいつ『お子様でも酒場は楽しめる』とか言ってたっけ。

昼間も料理は出てるのか?そもそも店が空いてること自体初耳だったけど」

 

自分の傲岸不遜さにつくづく嫌気が刺してしまう。

それを聞く限り我が王は、ハナから私に期待などしていなかったということだ。

 

「酒を出せねえこの時間帯はマスターが料理を提供してんだ。

後で覗いてみな坊主、ウチの嫁さんにも負けねえくらいのべっぴんだぜ?」

 

「…………えぇい五月蝿いわ、スケベジジイ!!

私の両目が黒いうちは長生きできんと覚悟しておけ」

 

この老いぼれを合法的に捕まえるチャンスだったのだが、

主君の意向を履き違えていた私にそんな資格はない。

 

「やる気になってくれて助かるが…………

ゴタゴタはあとにしてくれよ。僕は何も終わったとは言ってないぞ」

 

 

ただもう一つ、真の罪人を探す手立てがあるという。

 

「ホンモノの虫みてえだな?坊主の髪ん乗ってるそいつ。

中々に似合う相棒じゃねえの、エルフの本領発揮ってか」

 

「黄金の爪の災いを探知して飛んでいくらしい。

近くにそういう気配があれば反応を示すはずなんだが」

 

ボルダが我が王より賜ったという『ケプリ』と呼ばれる護符は、

磨かれたような銀髪に留まったまま微動だにしない。

 

「隊商地区にはなんの反応も無かったよ。少なくともこの辺りは安全みたいだ」

 

「かかかっ!残念なことにワシの周りには金の気配がさっぱりでなあ、

仮にワシが持ち主だったらとっとと売り飛ばしちまうが」

 

「そこなんだが正直……僕も解せない。

どうしてそんな危険物を、わざわざ手元に置いておくんだろうか」

 

正直なところ、私には罪人のイカれた考えなどどうでも良い。

何にせよ今起きているのは、我が王直々に動くほどの有事なのだから。

 

「揃いも揃って無駄口ばかり叩きおって───

何を案ずることがある!この私がいる限り悪党どもの好きにはさせん」

 

「お前はカッコつけてる場合か!?早くノラさんに土下座しろ、

一般人を巻き込んどいてよくそんな堂々と言えるな」

 

「は、ボルダ、貴様の両目は眼前の事しか視えておらんのか?」

 

 

「へ?」と間抜けな声を漏らすボルダの隣を見てみれば、

首を傾げた白髪混じりの薄ら笑いが目に入る。

 

「いつこのジジイへの嫌疑が晴れたというのだ、馬鹿者め……!

黄金の爪を所持していないというだけで候補から外れるとでも思ったか?」

 

「かかっ!悪かったからそう睨むなよ、一応言い訳させてくれや」

 

 

この期に及んでなんの釈明があるというのか。

不審な動きについてもそうだが、此奴には列記とした盗みの動機がある。

 

未だに返済仕切っていない多額の借金に加え、

王国を裏切ったせいで団長の座を追われた前科まで。

 

「いますぐ貴様に制裁を与えるつもりはない…………

ただ無実だと言うのであれば、無論それ相応の申し開きがあるのだろうな?」

 

「そうさな、お二人さんにはもう少し説明しておくべきだった

───イチから話してやるとなるとホントに長くなるんだが」

 

 

カウンターに両肘を着いて、ノラはぽつりぽつりと口を動かし始める。

 

笑みのないその口調はいつになく物静かで、

ここではないどこか遠くに語りかけているようにも聞こえた。

 

 

「義賊を辞めてこの国に流れ着いたのは三十年も前のことになる。

『メラゾ熱』って名前は知ってっか?お二人さん」

 

「!?あ、ああ、知ってるけど…………

詳しいところは分からないが、確か『義賊団の孤児院』から来たんだよな?」

 

不意に上擦ったボルダの声は驚きなのか、焦りなのか。

 

そんな些細な疑問はおろかここまで抱いていた疑惑さえも、

誰より今の私には心底どうでも良いことだった。

 

「貴様、今何と!?何かの間違いだ、それは…………っ」

 

 

この砂漠から海を隔てて遥か北西の果てにある、

見渡す限り一面に連なる樹氷と雪景色。

 

幼き日の私が他の多くの戦災孤児とともに船に載せられ、

この王国へ来るまでの、わずかな記憶に残る場所。

 

「ま、まさかノラ、貴様が盗賊をしていたというのは」

 

「そうだクソガキ。お前さんが十年前まで居た場所

───王国まで奴隷船に連れてこられるまでの間な」

 

 

どうして今日に至るまで、私に話してくれなかったのか。

 

声に成らずに頭に浮かんだそんな言葉は、

音も無くまとまらない思考の隅に消えていった。

 

「待ってくれノラさん、奴隷だって?じゃあギーメルは」

 

「違う、勘違いするな!私は自分の意志でこの国に来たんだ、

勝者の国で兵士として仕える為にっ…………!!」

 

「「…………」」

 

私は決して、自由意志のない奴隷ではない。

ましてや戦災孤児などと哀れまれるいわれもないのだ。

 

 

敗戦により滅びた祖国でただ生き延びるためだけの日々

───孤児院に拾われてからも、居場所と呼べる居場所が無かった。

 

そんな私に手を差し伸べたのは、名も知れぬ奴隷商。

 

『次のお父さんとお母さんに会いに行かせてあげる』

 

期待や不安の声をあげる子供達。

私の鼓動は、そのどれよりも大きく高鳴っていた。

 

一人で生きることには慣れた。父親も母親も私には必要ない。

 

ただ相応しい居場所があるのならば、

「祖国を滅ぼした勝者」である砂の王国に骨を埋めようと望んだのだ。

 

 

そしていま、目の前にいるこの老いぼれは、

なんの前触れもなく私の前に現れただけだと思っていた。

 

負債を抱えて育ての親を買って出たのは、

それは比喩でも何でもなく本当に「私を買っていた」のか。

 

 

「聞きたいことは多いんだろうが、話を戻すぜ?

ワシは三十前にメラゾ熱の薬を探してここに流れ着いた」

 

しかしこれは、なんの因果と呼ぶべきだろうか。

 

勝者に仕えることを望んで、受け入れたはずの奴隷の運命。

 

それが同じ場所から同じ場所へ、

私より先に流れ着いた者の跡を継ぐ結果になるとは。

 

「ま、待ってくれ!全く着いていけてないんだが、

それに…………あの病気は僕の知る限り、とっくの昔に消えたはずじゃ」

 

「んな事ぁ、ワシが一番よう知っとんだわ。

王様から分厚い参考書までパク、……借りて調べたんだからな」

 

「!……資料室の本、貴方だったのか」

 

 

此奴が驚くのも無理はない。

なぜならそれは、あの孤児院だけが抱える流行病だったのだから。

 

「ボルダ、貴様が知っておるのはあくまで古代の話だろう?

孤児院で聞いた同じ名前の疫病は、外部から持ち込まれたものらしい」

 

「かっかっ!お前さんにしちゃ大した記憶力じゃねえの。

つってもギーメルがいた頃にゃ、だいぶ落ち着いてたんじゃねえかな」

 

見聞きしてきた情報がこうも上手く繋がると、

もはや先程までのように疑う気も失せてくる。

 

そしてそれは、再びノラが語り始めた経緯についても同様だった。

 

「結論からいえばワシの遠征は成功だったさ、

薬そのものも調合法も、この王国で買ったモンは無事孤児院に送ってやれた」

 

ふと隣に視線を感じてボルダの顔が映る。

 

「それなら何で貴方は帰ってやらなかったんだ?

さっきも言ってたじゃないか、嫁さんが居るって」

 

 

最後の疑問に対する答えは、変わらず淡々とした口調に反して、

ぎょっとするほどに虚ろな瞳が雄弁に物語っていた。

 

「そりゃお前さん、全員救えたわけじゃねえ。

成功つってもソレだけは流石に手遅れだったんだわ」

 

 

かける言葉の続きを失ってしまったのか、

ボルダは薄く開いた口を閉じられない様子だった。

 

「当然、誰もあんな奇病じみたモンに抗体なんざ持ってねえしな。

特にワシの嫁さんは生まれつき病弱だったからよ」

 

「…………もう良い、充分だ」

 

「あぁそうそう、ついでに思い出した!さっき言ってた避難ってのは、

戦えねえ住民達の誘導のことだ。後で衛兵のガキどもに聞いて見りゃいい」

 

今日から私がノラの経歴について勘ぐる必要が無くなったこと。

 

少なくともこの場において、考えるべきはこれだけだ。

 

「かかかっ、引退したワシが未だに衛兵と馴れ合うのも変な話かもしんねえな?

変に情報を嗅ぎ回ってると思われたって仕方ねえや」

 

 

「おい、ジジイ…………ッ、

難聴で耳も聞こえなくなったのか?充分だと言っておるだろうが」

 

「けっ、面倒くせえなぁ、ワシが答える側なんだからちったあ好きに喋らせろや!

『それ相応の申し開き』ってのはこれで満足か、あァ?」

 

前言撤回。この根腐れジジイは別の機会に血祭りにあげてやる。

 

「えぇーと……そろそろ酒場に行かないか?

僕を挟んで睨み合うのはやめてくれると助かるんだが」

 

「ふははっ、だそうだ!残念だったなクソジジイ?

私達は忙しいんだよ、客の一人もろくに寄らない掘っ建て小屋と違ってな」

 

「クソガキが好き勝手言いやがって…………

あーあ、可憐なアドリー嬢ちゃんならそんな酷えこと言わねえのに」

 

 

効くのならば何度でも言うが、無駄口を叩いている暇は無い。

アドリー様をお迎えに行かなければ。

 

私のハラの体内時計もきっかり正午を指したところだ。

 

「よかった、飲まず食わずで連れ回されるもんかと……

お前みたいな体力バカでもちゃんと、空腹は感じるんだな」

 

「馬鹿者め。戦における食事というものの有り難みを知らんのか?

食らわざる者戦うべからず、腹が減ってはアレなのだ」

 

「おっと!待ちなエルフの坊主、最後に聞いておきてえんだが」

 

 

呼び止められて驚く様子もなく、ボルダは振り返る。

 

「元は王様の質問らしいが、ワシも気になっとったんだわ。

何だってお前さんまで熱心に参加してんだ?身寄りの欠片もねえ国によ」

 

 

何時聞かれるのか、とでも予期していたかのようにも見える。

 

「僕がいちばん大嫌いなのは『恩義を知らないクズなヤツ』だ。

エルバ=メヘトの言う通りタダの偽善、かもしれないがな」

 

「恩返しねぇ?一日泊まったくれえのガキが随分大層な話だ」

 

臆面もなく抜かす声からは、迷いが消えたような

───否、此奴風にはようやく整理が付いたと言ってやるべきか。

 

「たった一日、されど一宿一飯の恩であることに変わりは無い。

その点エルフの僕は、時の流れの重さに敏感にならざるを得なくてな」

 

「そいつはちぃと耳が痛えなあ、かかか!けど気に入ったわ、

シワシワの知恵袋で良けりゃまた貸してやらん事もねえぜ」

 

「ふふ、恩に着せられておいてやる」

 

(…………誰の依頼でもあるまいに。小生意気な奴め)

 

しかしながら此奴なりの矜持、悪態を口に出すほどの軟弱者でもないらしい。

 

「ふははッ!少しは貴様を見直したぞ?

なかなか稽古のつけ甲斐が有る、その意気で精進するが良い」

 

「いきなり何だ!?いつから師範になったんだ、お前は」

 

 

♢ ♢

 

♢ 砂の王国:酒場

香草に油を閉じ込められて、焦げ目のついた鶏の丸焼き。

 

「んむぅ、しあわせ…………♪」

 

舌の真ん中で仲良く躍る味覚の彩りに、荒みかけていた心と身体が潤ってゆく。

 

「あらあら、アタシちゃん、飲み込んでからにしなさいな?

幾つになっても女の子なら御行儀を大切にしなきゃ駄目よ」

 

 

さらりと伸びた葡萄酒色を黒いリボンで結び直して、

優しく叱る声の主は長いまつ毛をぱちりと閉じる。

 

天国と呼ばれるところにはこういう天使が居るんだろうか。

 

「ねえローゼお姉さん、いつもお料理タダでいいの?

毎回ここに来るときは、お父様からお小遣いたくさん貰って来てるのに」

 

なんて、見惚れるアタシの唇を人差し指で撫でながら

───そっと触れた金色の視線に、思わず息を飲み込んだ。

 

「そうねえ?だったら代金に『唇』でも貰おうかしら。

娘が帰ってくるまでだったらお互い、独り占め出来るものね」

 

「!う、…………うん……」

 

揶揄われていると分かっていても、

同性のアタシですら変な勘違いをしてしまいそうになる。

 

人を酔わせる響きはむしろ、

美しい悪魔の囁きに近いものなのかもしれない。

 

「うふふふっ、ジョークよ?『踊り子のアタシちゃん』。

本気になって貰う為には冗談も本気でヤらなくちゃね」

 

塩気を増したスープの味が、じんわりと甘い胸焼けの隙間を通り過ぎてゆく。

 

女の色気は歳を重ねて纏うモノとはいうものの、

あと何十年生きたとしてもこのレベルには追い付けない。

 

考えてみればギーメルちゃんも相当美人、なはずだけど。

 

(目ツキと口さえ閉じててくれたらなあ、それこそ寝顔……とか……)

 

 

───駄目、駄目だ、こんな時に。

 

目を開くまいと固く瞼を閉じようとしてみるけれど、

すればするほど、その裏に焼き付いた記憶が離れてくれなくなる。

 

思い出すだけで吐き戻しそうな、儀式の間で見た血の景色。

 

『火の巫女サマ、さアどうぞ遠慮なく、

アナタ様だけのご馳走ですよ、血の一滴まで残さずに』

 

「…………なあに、アタシちゃん?怖い夢でも見てるのかしら」

 

 

「!んぐ、……けほけほっ」

 

なかなか喉を通らないままのお肉に呼吸を遮られ、

咄嗟に取り繕おうとした自分の声にむせてしまう。

 

「あら?いきなり踏み込みすぎたみたい、

もう少しずつ順序を踏んであげた方が良かったわね」

 

細められた金の瞳に映るアタシの両頬は、

血の気を取り戻し始めたからか仄かに紅く染まっていた。

 

「よければ聞かせてごらんなさいな。大事なところは伏せていいから」

 

 

かたりと置いたフォークの下から、

目の前を覆う料理の湯気に体温が少しぼやけるような気がした。

 

「…………正直まだ、整理出来てないけど。

アタシね、アタシ自身のことがたまに分からなくなるの」

 

勿論敵と戦うことも、怖くないと言えばウソになるだろう。

 

でももっと怖いのは、真実から目を背け続けて、

背負わなければいけないものまで向き合う勇気を失くしてしまうこと。

 

お父様は、アタシから話題を振るまでお母様の話をしてくれない。

 

聞きたいことは今日だけで山ほど出来たけれど、

聞ける勇気を出すまでわざと隠しているのかもしれない。

 

「ただ怖くて知ろうとしなかっただけのことだと思ってる……

きっと今日だけで二百年分、向き合わなかったツケが来たの」

 

 

そう言って俯きかけた視線を正してくれたのは、

水を拭いていたお皿を置いて差し伸べられた彼女の手。

 

「ウチの勘違いなら申し訳ないけれど───

気になる人でも出来たのかしら、アタシちゃん」

 

「え?!ち、ちがっ……そんなんじゃ…………」

 

「クスッ、薔薇色お目目は正直者ね?

『自分のことが分からない』なんて、誰かの影響としか思えないもの」

 

アタシの顎を持ち上げる細い指先の温もりで、

首を傾げる微笑みに釘付けにされてしまった。

 

「人は人とのカガミ映しで初めて自分が見えるのよ。

たとえ種族が違っていても、それは同じことではなくて?」

 

 

どこまでアタシを見透かせば気が済むのだろう、この人は。

 

「あっははは!占い師ってこういう気分なのかしら、

美味しい料理は笑顔で食べてもらわなければ勿体無いわ」

 

商人だと名乗っておいて、ホントに占い師なんじゃないだろうか。

 

問いかけの返事も見当たらないまま、

頷くことしか出来ない自分がやたらちっぽけに思えてくる。

 

「あれ、そういえばローゼお姉さん…………

最近料理の盛り付け変えたの?味付けも前より丁寧になったような」

 

「まあ!こんなに早く気付いて貰えるなんてね。

実はいつもは厨房をあの子に任せていたのだけれど」

 

「あの子、って娘さんのこと?そういえば前に言ってたよね」

 

 

突然キョトンとした顔で、首を横に振られてしまう。

 

「いいえ、娘に料理だなんてとても任せられないわ?

人前に出るような性格じゃないもの、ウチが言ったのはね」

 

 

ぷつりとそこで途切れた言葉。

彼女の視線は、扉の鈴が鳴るよりも早くそちらに向けられた。

 

「噂をすれば影がさすってやつみたい───

ご機嫌よう『白薔薇』ちゃん、カレシ連れなんて珍しいわね」

 

「え!!?」

 

跳ねる心臓と同期して口から飛び出たアタシの声。

それが何への驚きなのかは、誰も教えてはくれなかった。

 

「本気にするんじゃない!なんで僕がこんな、

心臓どころか脳ミソにまで毛が生えてそうな奴なんかと」

 

「ふはははっ、…………は?伴侶などとは笑わせてくれる、

誰が好き好んでこのような軟弱者を選ぶのだ」

 

 

いつの間にやら悪口に磨きのかかったボルダくん。

言葉の意味を理解できていないのか、無傷のギーメルちゃん。

 

(ノラおじ様の疑いは晴れたのかな?……それにしても)

 

こうして見ると相性ピッタリなのかもしれない

───いや、無いか。

 

「ま、ま、まさか料理番ってキミのことなの!?ギーメルちゃん」

 

 

鼻下をこする満更でもなさげな反応を見ると、

ローゼお姉さんはまた冗談を言った訳ではないようだ。

 

「まあ二人とも、知り合いだったのね?

白薔薇ちゃんはああ見えてグルメな特技をお持ちなのよ」

 

「フッ、悪い気はせんがあまり褒めるな、

逃げ回りもせぬ食材を斬るなど朝飯前だろうに」

 

言われてみれば、彼女以上に器用な刃物の使い手もいないか。

 

「マスター、昨夜はうちの連中が宴会で世話になったと聞いた。

礼金としては少ないが先に受け取っておいてくれ」

 

「白薔薇ちゃん?気持ちは有難いけれど、

まずは紹介しておくべきお客さんが居るんじゃないかしら」

 

 

彼女の緩んだ微笑みがウインクを飛ばす先には、

やけに口数が減って銀髪をいじる彼の姿があった。

 

「では改めて。ここは出会いと別れの酒場───

初めまして『エルフの僕ちゃん』、女主人のローゼさんよ」

 

「…………随分、変わった自己紹介だな」

 

 

互いにアタシの知り合い同士が、初めて言葉を交わしている。

 

「そんなに見つめないで頂戴?ふふふ、照れちゃうじゃない」

 

新鮮なはずの光景に唯一違和感があるとすれば、

どこか安らぎを覚えたようなボルダくんの表情だろうか。

 

「少し昔の知り合いを思い出しただけだよ。

こちらこそよろしく頼む、僕はボルダという旅の者だ」

 

 

…………

 

 

長身を包む白黒縞のエプロンの背に纏められ、

素早い動作に揺れのひとつも見せない赤銅色の髪。

 

処刑人じみた物騒な出で立ちを想像していたけれど───

料理人姿が様になるどころか、完全に主婦のそれである。

 

「待ってくれ、血まで料理に使うのか!?

魔物を料理に使う意味もいまいち分からないんだが」

 

「貴様が食われる側として、礼儀を知らぬ野生の獣に食い残されて腐るのか、

それともこうして料理されるのか。どちらが幸せに思うのだ?」

 

「…………確かに、後者かもしれないな」

 

幾重に刃物とまな板の刻むリズムは微塵のズレもなく、

鍋をぱちぱちと鳴らす油に肉も野菜も仲良く放り込まれてゆく。

 

(す、すごいギーメルちゃん、ボルダくんが論破されてる……)

 

「ただ腹を埋めるだけならば砂でも草でも問題あるまい、

しかし我等は野生ではない。我が王はそれを深く理解しておられる」

 

 

彼女の手際に圧倒されつつ、器具の準備や洗い物に追われるボルダくん。

これも特訓とのことで手伝わされているらしい。

 

「う〜〜、いい匂い……これ以上食べたら絶対太っちゃうのに」

 

「四人で食べ切れるのかしら?

久しぶりにお客さん側の気分になるのも悪くないわね」

 

観客席には戦力外通告を受けたアタシ、

カウンター越しにくすくすと見守るローゼお姉さん。

 

「白薔薇ちゃんの料理にはワインが一番合うのよねぇ。

本当はウチが持ってる時間、お酒は出せない決まりだけれど」

 

「…………って、昼間から飲む気満々だね?

ギーメルちゃんもその気らしいし、なんだか凄く贅沢な気分」

 

勿論二人はタダ働きを強いられている訳ではなく、

その腕前を披露したいとギーメルちゃんたっての希望である。

 

「血肉となって骨となるのは料理に贅を尽くしてこそだ。

やれ清貧の志だの贅沢が敵だの、抜かす馬鹿どもの気が知れん」

 

仕上げに入った胡椒やチーズの風味だろうか、

鼻をくすぐるソースの香りに程よく辛味と濃厚さが混じる。

 

それは何処と無く、お父様が好きなおつまみの味に似ていた。

 

(もしかしてギーメルちゃん、そこまで研究してたりして……?)

 

「『節制』などというものは敗者の思想。なぜならば

───美酒と美食に酔えるのは勝者の特権なのだからな」

 

 

出来上がったのは、首尾一貫として「勝利」を語る彼女の料理。

 

「たまにはこういうシンプルなモノも作ろうと思ってな、

即席にしては上出来だ。『ブンブン将軍牢獄風のミートパイ』とでも名付けようか」

 

「「わ…………!」」

 

温かみの無い物騒なネーミングとは対照的に、

閉じ込められたソースの旨味が目と鼻だけでも伝わってくる。

 

「彼奴に毒見を頼んだのだが……一言も発しないのでな。

お二人には申し訳ないが、味の保証は私の味覚だけになる」

 

その親指が示す厨房の洗い場には一人、

直立不動の石と化したボルダくんがいる。

 

「あらまぁ、これで美味しくなかったら新メニューはお蔵入りね」

 

「ち、ちょっとだけ怖いけど、

アタシが食べてみてもいいかな?すっかりお腹減っちゃったもん」

 

 

我慢ならない衝動に下らないウソをついてから、

中身が溢れてしまわぬように、慎重にそれを口に運んだ。

 

その直後───

身体中の血を駆け巡る未知の刺激と緊張。

 

 

「どうするの白薔薇ちゃん、この子も固まっちゃったわよ」

 

生地に塗られたまろやかな卵黄と、わずかな塩気。

ひと噛みだけで、その隙間から口に広がる鉄の味。

 

間違えようもなく、この料理に使われていた魔物の血の風味だ。

 

 

「〜〜っ、…………」

 

それが、どうして次のひと口に繋がったのか。

 

野菜に臭みを抜かれた肉の素直な旨味のせいなのか、

何層にも折り重なった風味が溶け出していくからか。

 

或いは未知なるその全てを、舌と胃袋が独りでに求めてしまったからなのか。

 

 

「───なに、これ」

 

ため息のような呟きがアタシの喉から漏れた頃には、

手元に掴んでいたはずのミートパイが消え去っていた。

 

「アドリー様!?もう食べ終えたというのか、たった二口で」

 

「ふふふ、御墨付きも貰えたことだしウチらも頂こうかしらね。

ついでに棚からグラス四つ用意して貰えるかしら?」

 

 

石化が解けて動き出したボルダくんもまた同じく、

カウンター上の料理皿から目が離せなくなっている。

 

ギーメルちゃんに毎日頼んでこれを味わう為ならば、

正直多少太ってもいいと思える仕上がりだ。

 

「白薔薇ちゃん、宮廷料理人にでも転職したらどうかしら、

隊商地区の仲間からお金くらい集めてくるわよ?」

 

「なに、我が王の元でか…………

非常に悪くない提案だが生憎、近衛団長は副業が出来ぬ立場でな」

 

(駄目なんだ。本当にお父様喜ぶと思うんだけどな)

 

ローゼお姉さんはワインの顔を傾ける手のもう片方で、

厨房に居るボルダくんに向けひらひらと手招きする。

 

「はぁい、みんな席に着いて頂戴。

僕ちゃんは飲める歳かしら?あまり強いお酒でもないけれどね」

 

「人間で言うと何歳くらいなんだろうな

───まあ細かいことはいいや。たぶん母様も許してくれる」

 

「あははっ、キミもそこは適当なんだね」

 

 

お酒が出ないお昼の酒場に客の気配はひとつもない。

お酒を飲む場所なんだから、当然と言えば当然なんだけど。

 

「勿論内緒にしてて頂戴ね?

昼からサボって飲み会なんて仲間に知れたら、酷いコトされちゃうもの」

 

「ふははっ!私も同感だな、さしずめ我等は勝ち組というわけだ」

 

「『血の誓約』というやつね。

素敵な出会いと義務との別れに乾杯しましょう、御三方」

 

 

カウンター越しの微笑みで、

アタシを挟んで座る二人とともにグラスを傾ける。

 

「調査に支障が出ないといいが…………

少なくとも王が知ったらド怒りだろうな。お互い秘密にしておこうか」

 

「そうだね、本当……それなのに」

 

賑やかな夜の喧騒よりも、アタシの心は躍っていた。

 

店主公認の貸し切りに近いそんな状況は、

なんだかアタシ達四人だけの秘密の宴みたいだったから。

 

 

「ああそれと、宴会の代金はウチが受け取るモノではないの。

夜の経営は隊商地区の仲間に大体任せているから」

 

「むむ、……そうなのか?ならば後で渡しておいてくれ」

 

カウンター下に置かれた荷物をごそごそと探るギーメルちゃん。

そういえば、いつまでエプロン姿でいてくれるんだろう。

 

「なんだか目線がジジくさいぞ、お前」

「…………へ!?な、なな、何の事カナ??」

 

冷ややかな視線から目を逸らすと、

何やら中身がぎっしり詰まった袋が取り出されていた。

 

「それまで預かっておくわね。でもいいのかしら白薔薇ちゃん、

闘技場で勝ち取ってきた大事な賞金なんでしょう?」

 

「これは近衛団みなの総意と思ってくれて構わん、

私の事なら気にするな。武器や防具の新調以外に良い使い道もないのでな」

 

「あらそう?それならお言葉に甘えて…………

クスッ、損得だけの勘定で感情は測れないモノね」

 

 

ワインに小さく唇をつけ、

その色と色を合わせたような長いまつ毛が閉じられる。

 

「はるばる暑い砂漠まで大変だったわね僕ちゃん。

人間の国はどこに行っても、お金ばかりでヤになるでしょう?」

 

冷えた含みを持つ問いに、少々バツが悪そうに銀髪を掻くボルダくん。

 

「二重の意味で返答に困るんだが。

僕は別に、金や商人自体に恨みをもってるわけじゃないぞ」

 

「どうかしらね?ウチは沢山の種族の御相手様と出会って来たの、

エルフから見れば商人なんて迷惑でしかないはずよ」

 

 

(な、なんだろ……聞いてるだけでハラハラする……)

 

しかし対する彼の横顔は彼女を睨むような様子もなく、

丸く開かれた翠玉色が随分キョトンとして見えた。

 

「主語が大きすぎるんじゃないのか?エルフにだって個人差はある、

僕が嫌うのは僕達の涙を狙う『ワルモノ』だけだ」

 

「!っ、…………」

不意に彼の目に捉えられ、また変に逸らしてしまった。

 

「簡単に言ってくれるじゃないの。

目の前に居るウチが、そんな彼等の仲間だとしても?」

 

「まあその時はその時で思っ切り軽蔑させてもらうが、

とっくに卒業したからな。肩書きや種族くらいで差別するのもされるのも」

 

 

彼が言い終えると同時に、瓶ごと枯らす勢いでワインを流し込む音色。

 

(あ、まずい…………)

 

アタシの予感がかすめたときには、

彼女の笑い上戸と絡み酒が牙を剥いてしまっていた。

 

「え、なっ、むぐぐ?!」

「あっははははっ!!なんてカワイイ子なの、僕ちゃん」

 

葡萄酒色の髪が解けたこともお構い無しに彼を抱き寄せる

───胸器、いや凶器と呼ぶに相応しくたわわに実った巨峰。

 

アタシとギーメルちゃんの二人で寄せても多分敵わない。

 

そんな丘陵に顔を挟まれる被害者の彼は、

声にもならない呻きとともに息の根を止められていった。

 

「ま、マスター!それはどういう技なのだ、私には使えないのか!?」

 

「踊り子ちゃんのお友達はしっかり者ね、

親御さんの教育の賜物かしら?母親として見習いたいわ」

 

親は子どもにそんなハレンチな教育、しないと思うけど。

 

「なるほど?胸筋で…………くッ、こうか、もう少し」

 

そしてギーメルちゃん、真似しようとするつもりならキミは色々手遅れだ。

 

「エルフは幼いうちにしか繁殖しないと言うけれど、

ふふふっ、それにしてもね。ぱふぱふも未経験だなんて」

 

この短時間で一度ならず二度までも、石と化した彼。

 

大事なモノを奪われて白目を剥いたボルダくんには、

沐浴場のお手拭きを後で渡しに来てあげよう。

 

「あら?気になる人、って…………

まさかウチとんでもない事しちゃったかしら、アタシちゃん」

 

 

「ははは。違うよローゼお姉さん」

 

アタシはこの葡萄酒を許さない。

お酒に酔う人ではなくて、酔わせるお酒が悪いのだ。

 

「お、おやめになってくれアドリー様、

自殺行為だッ!マスターの真似をされるおつもりか!?」

 

「へぇ、…………本気?」

 

単なる度胸試しではない、お友達の仇討ちひとつ出来ずして

───何が「勇気」の旅人か。

 

ローゼお姉さんを酔わせた挙句に一撃で彼を葬った瓶。

呼吸をすうっと整え、その首根っこを鷲掴む。

 

これはお姉さんでもワインでもなく、アタシ自身との真剣勝負だ。

 

 

口に噛み付きひっくり返した瓶の中身は、一直線に。

 

酸味や甘味の奥にある渋味が胸を締め付けて、

溺れるほどに芳醇でいて容赦なく、喉とお腹の渇きと飢えを潤しながら枯れてゆく。

 

「ん……ぐ、…………ッ!!」

 

耐えるでなく、味わうでもなくひたすらに飲み下し続けた。

激流に負けて溜まるかと、強く脈打つ心臓と喉の音色に身を任せて。

 

 

咳き込む度にハナの奥まで張り付く葡萄の香りに、眩暈が晴れたとき。

 

真正面には唖然としてか、金の両目に瞬きもせず見つめるローゼお姉さん、

そして隣から羨望じみた視線を送るギーメルちゃん。

 

 

未だお腹に波打っている重力を気合いで閉じ込めて

───アタシは勝利したのだと、ニッと笑いを作って見せた。

 

「偉いッ、偉いぞアドリー様!!

腑抜けた男連中にも、アカを煎じて飲ませてやりたいものだ」

 

「あはははっ!あぁ本当、可笑しな子、

本気で飲み干しちゃうんだから。ホンモノだったらどうする気だったのよ」

 

「えへへへ、…………え?」

 

 

邪悪な笑みに気づくと同時、

ローゼお姉さんの手元には「二本目」の瓶が握られていた。

 

「残念なお知らせかもだけれど…………

クスッ、許して頂戴?そっちはお子様専用ノンアルコール=ワインなの」

 

 

あっけらかんとした声で、絶望に叩き落とされる。

 

「白薔薇ちゃんは心配しないで?

ウチら二人のグラスには、ホンモノを入れておいたから」

 

「「…………」」

アタシの勇気は、ニセモノのお酒に騙されていたのだ。

 

「風味については百パーセント葡萄酒よ。うちはお子様でも楽しめる、

随分前に言ったでしょう?にしても、全く…………お馬鹿ね」

 

 

至近距離にてじとりと眉を下げる、彼女の赤ら顔。

 

「ち、近、うううう!?ごめんなひゃい」

 

有無を言わさず、長いネイルの指にほっぺたを挟まれた。

 

年上とはいえアタシは所詮「お子様」の部類なのか、

精神的には間違いなく彼女が最年長者である。

 

「酔う酔わないはさておいて、アタシちゃんは飲んだら意識が飛ぶじゃない

───タダの眠気では説明できないくらい。記憶違いかしらね?」

 

「あっ、あはは……そういえばそうだった気も」

 

 

確かに店主の立場上、ローゼお姉さんからすれば営業妨害もいいところだ。

 

こんな時間からカウンター上で気を失おうものならば、

ボルダくん含め二つの死体が酒場に取り残されてしまう。

 

「フ、フフッ、気に病むでないアドリー様!

それならそれでもう一度、私が運んでやるではないか」

 

「酔いが酷くなるだけだと思う、遠慮しとくよ…………

ごめんねお姉さん。瓶一本分弁償するから許してください」

 

赤黒く光るグラスの向こうで微笑ましげに、

ほとんど仮死状態にあるボルダくんを指す金色の視線。

 

「いやねえ、慰謝料なんてそれこそ感情でお金を取るようなモノじゃない?

それよりも誰かさんには、僕ちゃんの介抱を頼みたいのだけれど」

 

 

その誰かさんが誰であるかは、火を見るよりも明らかだった。

 

「まぁ!ふふふふっ、可笑しな子。

威嚇にしたって、もう少し位トゲを出せないものかしら」

 

「…………だから、もう!変な気遣わなくていいんだってば」

 

「あらあら、どう致しまして。若さを分けて貰えた気分よ───

甘くて酸っぱい黄金時代はそうでなくてはね、アタシちゃん」

 

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