DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

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第三幕、四節

♢ ♢

 

 

「お待たせ……って、探しに来てくれた相手に言うのもヘンか」

 

昼間の暑さがこたえたのだろう。日陰にもたれかかり、

仁王立ちのボルダくんは睨むでもなく、ただ呆れたように目を細める。

 

にしてもその視線が、いつもに増して元気が無いように見えた。

 

「時間を無駄にしたくなかっただけだ。幸い、人探しにも慣れてる。

勘の働かない土地で、来ない相手を待つより有意義だと思わないか?」

 

怒られているわけでもないのに、胃がキリキリと痛むこの感覚。

なんだか、二人目のお父様が目の前にいるように思えた。

 

「しかしよっぽど目立つらしいな、お前?

目撃情報のない奴の方が少なかったぞ。手間が省けて何よりだ」

 

「ご、ごめんなさい、広場のみんなと約束してたのすっかり忘れててさ。

それとなんか、やけに今日は声かけられたような」

 

「そうか、……お前らも災難だったな。

棒立ちの相手を狙って声を掛けてくるのは、大抵ロクな奴じゃないさ」

 

さっきのおじさん達の事、かな。

一部始終見守られていたと思うと、正直ちょっと恥ずかしい。

 

まあ多分、彼女は気づいていたんだろうけど。

 

「はあ。ギーメルちゃん、機嫌直してくれてたらいいな

───え?『お前らも』、って……」

 

 

アタシの問いかけをよそに、ボルダくんのまぶたがぴくりと動く。

 

さくさくと砂を踏む音に振り返ってみると、

彼が表情を変えた意味がなんとなく理解できた。

 

「レーニエちゃん?あれ、ギーメルちゃんに着いてったんじゃ」

 

「いいえ、その、わたしもフラれてしまいましたので。

ママのところへ帰る前に、ごあいさつ位はしておこうかと」

 

ふわふわと揺れる真っ白な髪の隙間から、ボルダくんの顔を見上げる。

そっか、顔を合わせるのは初めてだっけ。

 

(こういうときどうしてたっけ、アタシ?丁寧でえらいなあ、この子)

 

「レーニエ=フィールド、『ちゃん』を付けるかはお任せします。

あなたのことはママから。ボルダおにい……さん、ですよね?」

 

首を傾げるボルダくんを置いて、申し訳なさげな目線がちらりとアタシを向く。

 

「歯切れが悪いな。何か文句でも?」

「いっいえ、大したことでは。その、お姫様だっこが……あまりにも」

 

「へへへ、アタシも女の子かと思ってたんだよね。

別に怒りはしないと思うよ?無愛想だけどいい子だからさ」

 

「へえ。お前……褒めてるつもりなのか?それ」

 

やっぱり言わない方がいいんじゃないかなあ───と、

わたわたした様子のレーニエちゃんに目で合図を返した。

 

(…………)

こんな姿を見ていると、やっぱり不思議に思ってしまう。

 

『幾つになっても、女の子なら御行儀を大切にしなきゃ駄目よ』

『それにあの子、人前に出るような性格じゃないもの』

 

一人娘として、いわゆる保護者の気持ちは知っているつもりだけど。

ローゼお姉さんはどうして、今日まで会わせてくれなかったんだろう。

 

「『会わせたくない理由があった』……それじゃ不満なのか、お前は?」

 

耳を刺すような鋭い声。

アタシが何か真面目に考えるとき、いつも先を越してくる彼の声だ。

 

気付けばほんの少し、それでも確かに。

その声を響かせる空気を重苦しく感じながら、息を呑みこんだ。

 

「お互いに事が進みさえすれば、内実なんてのはどうでもいい。

癪なのは……そういう僕の立場も見越しての契約、ってところか」

 

 

それに気を取られたせい、なのか。

 

「…………ケイ……ヤク、とは?誰と誰の、でしょうか……?」

 

アタシは、気づくのに遅れてしまった。

レーニエちゃんの瞳から、透明な輝きが消えていたのを。

 

怒るような滾りでも、悲しむような潤みでも、どちらでもなく。

何か得体の知れないものに、ひどく怯えているような。

 

ガラスの底にぶちまけられた墨が、そんなドス黒さが、瞳の奥で震えていた。

 

「どうして、ママ、どう……して?『ぼく』が……知らない、ところで」

 

ぼろぼろと、黒いその涙が、彼女の頬を伝いこぼれ落ちた。

 

その理由なんて、何も分からなかったけれど。

分かって、あげられなかったけど。

 

「ここにいる、のに、ぼくは…………ぼく、は……いら……ない?」

 

「レーニエちゃん!!───」

 

アタシの声なんて、聞こえていないかもしれない。

冷たい胸は上下し続けるばかりで、真っ黒な涙も、動悸も止まらなかった。

 

分かるのは、きっと、背中を撫でたところで、何の解決にもならないことだけ。

 

「大丈夫っ!!大丈夫だから、落ち着いて……!!」

 

けれど、せめて。

この子が身を震わせる寒さを、少しでも和らげてあげたくて。

 

人並み以下の温もりでもいい。何も出来ずに終わるより、ずっと。

 

「…………おねえ……さ、ん」

 

「わからない……理由は、わからないけど。寒いのは、アタシ、わかるから」

 

きっと、生まれたときからずっと。

一人ぼっちの寒さが、たまらなく怖くて。

 

人肌の温もりを探し続けて、アタシは生きてきたから。

 

「三人で行けばいいんだよ。ボルダくんのところで、一緒にいよう?

落ち着くまでさ、一緒に……そう、すれば」

 

 

「ごめん、アドリー。多分これだけは、言っとかなきゃ駄目だ」

 

え、───

 

「集落に入れてやるのは、無理だ。そいつに流れてるのは、『魔物』の血だから」

 

「ま、もの?そんなはず……な、なんでそんなことっ、キミが」

 

ボルダくんを、目一杯に睨みつけた。

怒りの矛先が間違っている。そのくらい、いくらアタシでも分かっていたけど。

 

「ママがおにいさんに、伝えた……そう、なのでしょう?」

 

黒くすすけた頬を拭いもせずに、確かに、レーニエちゃんは言った。

黙ったまま、頷きもしないまま、ボルダくんは俯いていた。

 

お父様の護るこの王国に魔物が入り込んだあの夜が、どれだけ異常だったか。

使徒に立ち向かい、アタシと彼が戦った時にも、嫌という程思い知らされた。

 

魔物は、結界の中に入れない。

 

「違うっ。そうだとしても、無理なんかじゃない……!

レーニエちゃんは、ちゃんとここにいるじゃない!!」

 

「意地悪が言いたいわけじゃない。レーニエは、無理なんだ。

内側にいる今はいいが……外側から結界の中に入れてやるのは、話が別だ」

 

 

「うそ、……そんなの、うそだよ」

 

ちがう。そんなのは嘘だと、誰かに言ってほしいだけだ。

 

「おねえさんは……優しすぎる、のでしょうね。白薔薇さんと、同じで」

 

やめてよ。そんなの、意味無い。そんな優しさなんていらない。

何も出来なかったら、何も無いのと同じじゃんか。

 

「どうか、心配なさらないで。『わたし』は大丈夫なので」

 

(お願い。おねがい……分かってる、だから、それだけは)

キミだけは、言わないで───

 

「ママのもとに……暖かい、ところに。ちゃんとひとりで、かえりますので」

 

 

ああ。言われて、しまった。

 

「レーニエ、ちゃん」

「どうかお気をつけて。憧れの、おねえさん」

 

レーニエちゃんが離れていく。小さな手を振り、フードをぐっと被り直して。

その先にはたった一人の、大切なママがいるのだから。

 

みんなと、一緒にいてあげたいだなんて。

アタシが、温めてあげたいだなんて。

 

───なんて、わがままな憧れだったんだろう。

 

その寒さを、涙を拭ってあげるのは、アタシなんかじゃなくて良いのに。

 

本当の本当は、アタシが、そうありたかっただけなのに。

 

 

「なあ、……アドリー」

 

「そうだね。そろそろ、行こっか」

 

胸を濡らす黒い涙の染みを抱いて、砂に塗れた足を立たせる。

ボルダくんは羽を取り出すアタシに合わせて、お土産の鞄を担いでくれた。

 

「着いたらさ、水浴びしたいな」

 

「……うん。僕も丁度いくつか、一人で済ませる用事を思い出したとこだ。

頼み事が済んでからにはなるけど、それでいいなら」

 

 

二人の重さを載せたはずの身体が、羽根のように軽く思えた。

 

風に揺れる髪のせいで、顔は見えなかったけれど。

その風がキミの言いかけた言葉を、伝えてくれたような気がしたから。

 

 

「一応、お前には言っとく。あまり暖かい場所じゃないぞ」

 

王国の結界よりも、アタシは高く飛び上がる。

 

「───平気。キミがいるもん」

 

繋いだ手を、ぎゅっと握り直す。

透き通る肌は陶器のようで、しがみつくには脆い手を。

 

肌に馴染んだ熱気を洗い流す気流のせいで、

指の隙間からポロポロと砂が滑り落ちていった。

 

住み慣れた、見慣れたはずの街並みが、

鳥たちと同じ目線から見下ろすと、まるで違って見えた。

 

いつの間にか、当たり前だったものは遠く離れていったけれど。

 

(いってきます。お父様、みんな)

 

ひんやりとした心地良さが、昨日よりも頼もしかった。

 

 

♢ 精霊の森

降り立った地面に広がる、目の前に溢れる、鮮やかな緑色たち。

一歩踏み出す度に、ふかふかとした瑞々しさが足の裏側をくすぐる。

 

そよぐ風に運ばれ、軽い何かがアタシの頭を撫でてきた。

 

「なにこれ、花びら……?あっ」

 

青い睡蓮とは違う、一枚の緑色。

手に乗せて確かめようとすると、また風に連れ去られてしまった。

 

「『木の葉』だ。砂漠で見るのは稀だったろうな」

 

 

木の葉が残していった香りを、肺いっぱいに吸い込んでみると、

不意の風に揺られ、さらさらと擦れ合う音がアタシを囲んだ。

 

「日も落ちてきた頃合だ。森の空気は冷たいだろ」

 

「!『森』……そっか、これがっ」

 

声をあげると、身体の奥から緑の匂いが蘇る。

確かにひんやりしてはいるけれど、胸の高鳴りは冷めなかった。

 

「この森が、ボルダくんの故郷なんだ」

 

「そう……僕が生まれた場所。そして同時に、生命でもある。

生まれてからの半分以上を、共に育みあった生命だ」

 

 

なんだか、聞き慣れない響きだった。

 

アタシなんかよりも自由で、きっとずっと広い視界で。

家族のもとで胸を撫で下ろすかのような、優しい声だった。

 

「そういえば虫、平気か?ここから見えるだけでも、数十匹は」

「へっ!?だ、だ、大丈夫、見えてないから」

 

大きな声を出してしまうと、驚かせてしまうんだっけ。

 

呼吸を整え直すアタシの行動が正しかったからか、

それともよほど可笑しかったのか、笑みを浮かべるボルダくん。

 

「……キミってさあ。もしかして意地悪?」

 

「日暮れは本来活発だが、虫たちは樹液のおかげで温厚なんだ。

この様子なら、神木にも異常は無いか───よし、こっちだ」

 

 

淡い日差しを反射して、きらきらと緑を揺らす木々。

アタシの手を引く彼の足は、その隙間をずんずんと迷いなく進んでいく。

 

(森が生命、生まれた時からずっと一緒。

ってことはキミからすれば、幼馴染……?)

 

「?難しい顔だな、いつになく」

 

森にヤキモチを妬くなんておかしな話だし、

彼がアタシほど人肌に飢えているわけでもないだろうけど。

 

砂漠に降り立って、王国を訪れて間もないとき、

ボルダくんがどんな気持ちだったのか、少しわかった気がする。

 

「考え事をしてる間にもうすぐだ、アドリー。

到着したらだけど……少し、集落の入口で待っててくれるか?」

 

「うん?いいけど、何か用事?」

 

木々の隙間から灯りが漏れているのを二人で確かめたとき、

銀髪の隙間から覗く目が、どこか物憂げに映った。

 

「別に、大した事じゃない。

輪の中にいきなり放り込むよりは、話を通しておきたいんだ」

 

「あっ……あー、たしかに。じゃあ、この辺りで」

 

 

軽く頷き、ボルダくんが向かう先に見えた景色。

 

木組みで出来た家々や、羽で空を飛ぶ人々

───エルフ達だけが暮らす、小さな街。

 

生まれ育った場所ではなくとも、第二の故郷と呼べる場所。

ボルダくんのお母様が、治めていたという集落。

 

(そっかあ、だよね、いきなり入ったら……

お父様もギーメルちゃんも、最初は敵意剥き出しだったもんね)

 

遠目に見えるボルダくんの周りには、何人ものエルフ達が集まっている。

 

それに、ここからでも聞こえる。

彼の帰還を喜ぶ、ヒーローを讃えるような賑わいが。

 

「はあ……」

 

太めの木にもたれかかって、地面の草に指を絡めてみると、

なんだか柔らかく指を絡め返してくれた気がした。

 

そういえば森に着いてから、やけに優しいと思った。

キミなりに、慣れてないアタシを気遣ってくれてたんだろう。

 

それにも気付けず、アタシってやつは。

 

 

『意地悪だよねー、あいつ』

 

───え?

 

『意地悪だし、おまけにヘンクツ!妖精差別もしまくりよ!

まったく、わたしの気遣いもいつか返してほしいもんだわ』

 

「だ、誰!?」

 

フフンと、むしろまさしく意地悪そうな笑い声が聞こえた。

見えない誰かがそこにいて、声だけが飛び回っているような。

 

『っていうか、見慣れない種族ね?この子……

ロザリーちゃんも、ホントの事しか言ってなかったはずだけど』

 

「よう、せい?ボルダくんの知り合いなの?」

 

『あー、不便なんだから、もう!やりにくいったらありゃしないわ!

霊って火種がないだけでこんなに会話しづらいわけ!?』

 

なんだか感情豊かで忙しそうなその声は、

とうとう何か諦めたのか、落ち着いた声で語り始めた。

 

『ボルダの心を覗いてみたら、きみとの会話が聞こえたの。

わたしは妖精ベラ!よろしくね、虫が苦手なアドリーちゃん』

 

「ええと?心を、って」

 

『ああごめん、きみの声は聞こえないし、心の中も覗けないの。

火竜族…………ほんとにそれでいいんだよね、きみ?』

 

試しに頷いてみると、どうやら伝わるみたいだった。

 

『おっかしいなあ、せっかくのドッキリ大作戦が……

まあいいわ!あっちもそろそろだし。暇潰しにはなったでしょ?』

 

 

ベラちゃん、と名乗る妖精さんの声がする方向に目を向けると。

 

住人達に話を通してくれたのだろう、

ボルダくんがアタシの方へ歩いてくるのが見えた。

 

『図書館に用があるなら、また後で会えると思うわ。

ふふん、あの子が心を開いたなら、きっといい子に違いないもの』

 

「ま、待って!ベラちゃ……」

 

もちろん声は届いてくれず、気配を追うことすらもできず、

それきりベラちゃんの声は聞こえなくなった。

 

───わからない。

誰も嘘はついてないのに、知ってる種族と違う?

 

「待たせて悪い、行くぞ」

 

はっとして、平然を装いボルダくんの方へと向き直る。

 

多分あの様子だと、

ベラちゃんはバレないようにちょっかいをかけに来たんだろうし。

 

「ううん?ありがとね、わざわざ」

 

辛うじて怪しまれずにいられたのはきっと、

アタシの演技が上手かったからじゃない。

 

彼の表情には、そんな些細な事を気にする余裕が見えなかったから。

 

「ボル、ダ……くん?」

 

人間が嫌いだった彼。使徒と戦い、激情を露わにした彼。

森に思いを馳せるような、優しい彼の顔ではなく。

 

忌まわしくてたまらないもの、嫌いで仕方無いもの、

あるいは軽蔑すべきものを見る、静かな憎しみに満ちた目だった。

 

「いきなり連れて行かなくて正解だったよ、本当に」

「わ!?な、何……」

 

突然投げて渡されたのは、二つの小さな木片だった。

 

「何って、───耳栓だけど。不快な音を遮る道具。

あいつらの声が聞きたくないなら、付けておけ」

 

 

待ち望んでいた瞬間が、期待通りに訪れるとは限らない。

そんな簡単なことすらも知らずに、アタシはここへ来たのだろう。

 

何より、種族を隔てる境界が、どれだけ深いものかさえも。

 

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